すれ違う思い 重なる思い20




「すっがりと纏う空気が変わっだゃなぁ?」

フロッグが汚れた包丁を洗いながらサンジを見やった。
夕食の準備は粗方終わり、今は片付けをしている。カウンターの向こうでは、食事をとりにきた連中がガヤガヤと騒がしい。
サンジは仕事の後の一服とばかりに煙草を吹かしている。

「そうか?俺は別に何も変わっちゃいねぇよ。」
「んなごとねぇよ。すっがりとこの船に馴染んだゃというが・・・・でも、ぞれともぢがうような・・・。俺にはよぐわからねぇが・・・・、変わっだよ。」
「んなもんかねぇ〜?」

ぷかりと作った輪っかの煙を見上げながらも、チラリと横目にフロッグを見る。
彼こそ変わった。
今まで料理なんて興味もなく、仕事だから仕方がないとばかりに、ただただエサと言っても過言ではないような食事を作っていたのに。サンジが厨房に入って、彼が作る料理を見て食べてから、フロッグの料理に対する姿勢が変わった。
それを証明づけるかのように、フロッグの作る料理の味も一変し、サンジのようにまでにはならないが、口にする者が「旨い。」という言葉を発するまでになった。彼自身も料理をする楽しさを覚えたようだ。
それを間近で見てきたサンジは、純粋に嬉しい。

「あんたの方こそ変わったよ。料理、旨くなった。最初はどこぞのエサとか思ったが、すっかりと”料理”になった。」

サンジはフロッグにニカリと笑い掛けた。
それに頬を染めてフロッグも笑み返す。

「サンジのおかげだゃ。今まで俺は本当の料理に会っだゃことがゃながっだゃ・・・。サンジの旨い料理をぐって料理というものがゃ、わがっだんだゃよ。」

お互いに笑いあった。
遠くではおかわりの催促の声が聞こえる。この船の船員達も食事の質が上がったことで食欲も増え、また食事に対する姿勢も変わった。
残虐極まりない胸糞悪い連中に変わりはないが、それでも、この時間だけは気のいい連中に思えて仕方がない。

「スープのおかわりをくれぇ!!」

早く早くと皿を持って来て急かす男にサンジは溜息を吐きながら、カウンターへと足を向けた。

「慌てんな。まだたっぷりとある。好きなだけ食っていいからな。」

差し出された皿を受け取り、スープのある鍋へと向きを変える。素早く、しかし一滴も溢さずにスープを注ぐサンジに、男は感嘆の息を漏らした。

「まったくサンジさんはすげぇよなぁ〜。」

カウンターでほれぼれと見上げる男に、サンジは「そうか?」と肩を竦める。

「料理人が料理を溢すようじゃダメだろう?」
「そうじゃなくてさ・・・・。もちろん料理もだけど・・・・仕草とか、姿勢とか・・・・なんて言ったらいいのかな・・・・兎に角綺麗なんだよ!」

顔を真っ赤にして訴える男は、受け取ったスープを思わず溢しそうになる。

「おいおい、せっかく作った料理を溢すなよ。」

寸でのところで皿を持ち直した男に、サンジは苦笑する。

「ごめん・・・。でも、本当なんだ。サンジさんは、綺麗だ・・・・。その見た目もだけど。それに、あまり参加しないけど、戦闘の時だって動きが素早くて華麗で、ほれぼれする。料理だってこんなに旨くて・・・俺、こんなに旨い料理食ったの初めてなんだ。」

褒めちぎる言葉が続くことに、なんとなくこちらまで恥ずかしくなる。
が、こんな風にサンジに好意を寄せてくる連中がいつの間にか増えた。これも、フロッグが言った、”纏う空気が変わった”からだろうか。自分としては、何も変わった気がしないのだが。
もちろん、サンジに手を出そうと実力行使に出れば漏れなく蹴りをお見舞いするが、そういう勇気のある男は今のところ一人もいなかった。どちらかといえば、ほとんどの者が、目の前にいる若造のようにうっとりと眺めるだけで満足している風である。
お礼を言うのも違うだろう、と困っていたら後から声を掛けられた。知った男だ。

「サンジ。俺にも食わせてくれないか?」
「ディルか。ちょっと待ってろ。」

料理は、バイキング方式にしていて食堂の真ん中に置いてあるので、大抵の者は厨房の方に直接顔を出すことはないのだが、ときたま理由をつけてやってくる連中がいる。先ほどのスープのおかわりを申し出た男のように。
目の前の男も同様で、わざわざカウンターの方にやってくる必要もないのに、あえてサンジの傍にやってきた。
が、サンジも心得たもので、手際良く目の前の男の分を用意する。それは、他の誰とも変わらない料理なのだが。
スープ皿を持った若造は、隣に来た男に、ほぅと息を吐くとほれぼれとした視線を寄こし、それでも一旦サンジに目を戻すと、さりげなく自分の席に戻って行った。

「なんだ?あいつは・・・。」

よくわからない、と不思議な顔をしながらサンジから皿を受け取る。

「さぁ?」

サンジも肩を竦めた。

「あんだ達に憧れでるんだゃよ。」
「「はぁ?」」

二人して素っ頓狂な声を上げてしまった。

フロッグがサンジの後で笑っている。

「ごの船はゴグ船長のカリズマ性が高い。誰もがみんな船長に憧れぢょる。が、デュナミズもサンジもまた、憧れの対象なんだゃよ。」
「なんで?」

不思議に思い、サンジは純粋に聞いた。「知らぬは、当人ばがりだゃな。」とフロッグは笑う。

「さっぎも言っだゃだゃろ?”サンジの纏う空気が変わっだゃ”と。」

そんな話をしていたのか?とデュナミスはサンジに視線を寄こした。サンジは、軽く頷く。

「元々、デュナミズは剣士としでの憧れの対象どして、ごく一部の連中だゃが秘かに人気があっだゃんだゃが、そごに、サンジがその隣に並ぶようになっだゃ。それがまだ絵になるとあんだ達は評判になっでるんだゃ。知らんがっだゃか?」

サンジはコクリと頷いた。
デュナミスは心当たりに思い当ったのか、苦笑している。

「わかるよ。」

笑いながらデュナミスは納得いった顔でサンジに視線を寄こした。

「サンジが下手に人気が出るのは、俺としてはあまり嬉しくないが、でも、二人しているのが”絵になる”って言ってもらえるなんて、光栄だよ。」

デュナミスの言葉にサンジは眉を顰めた。

「なんだ?嬉しくないのか?俺は素直に嬉しいが・・・・・。」

笑顔を向けられてサンジは今度は眉を下げた。

「嬉しくないとか嬉しいとか・・・・そいういうことじゃなくて、こう何回も言われると違和感がある。俺は何も変わっちゃいないのに・・・。」

サンジには、わからなかった。変わったということは、すっかりとこの船に馴染んでしまって、自分も残虐な人間になってしまったということだろうか。血を求めるような悪魔のような表情をしているのか。
サンジの言いたいことがわかったのか。デュナミスがカウンターの向こうからちょいちょいと手を寄こした。
サンジはデュナミスの動向がわからずにただ呆然と手招きに従って顔を向ける。そのままデュナミスはサンジの頭を引き寄せ。
そのまま、カウンター越しにキスを寄こしてきた。突然のことに思わず素直に受け取ってしまう。
ひゅぅと何処からか口笛が飛んだ。
誰もが食事に集中しつつも、カウンターのやりとりに気配を向けていたので、誰からも見られてしまった。それがサンジにもわかったので、一旦は驚きのあまり素直に眼の前の男のキスを受け取ってしまったが、はっと我に返ると、ブンと拳を振る。

「何しやがる!!」

デュナミスもまた周りの気配と、サンジの行動は読めたので、軽くその拳をかわす。悔しさのあまりサンジはうーーーーっと唸ることしかできない。

「こういうことだろ?フロッグ。」

怒るに怒れない表情を見せて笑うデュナミスに、サンジは、体を震わせながら唇を手で押さえることしかできなかった。
フロッグも呆れたという顔を見せて、「まぁな。」と答える。
サンジには今一掴めない内容だが、なんとなくは想像できた。それをデュナミスは簡単に口にする。

「俺とサンジの仲がこの船で認められたってことだ、サンジ。」
「〜〜〜〜〜〜!!」
「サンジは綺麗になったよ。マジに。変に艶っぽさも出てきた。でも、俺という男がいるし、船公認の仲になったから誰も手を出せない。」

自信満々の顔でフロッグを見るデュナミスに、サンジはまた拳を振いたくなった。が、カウンターを旨く利用されて距離を置かれている。
だが、よくよく考えれば確かにデュナミスの言う通りだった。



サンジが犯された事件の後、一旦は、誰からも”女の代わりになる”と、邪な眼がいつもサンジを捕えていた。
が、デュナミスと心を交わし、一線を越えてから、周りもその二人の変化がわかったのか、寄こしてくる視線が変わったのだ。
ただサンジはその視線の変化には気づいてはいたが、その内容までは気づいていなかった。
と同時に、サンジもまた、自分では気づいていなかったのだが、デュナミスに対する態度が変わった。一歩離れた位置からの接し方ではなく、明らかに心を許しているとわかる接し方だった。
顕著なのはその呼び方か。デュナミスによるとその呼び方をするのは、亡くなった彼女だけが彼をそう呼んでいたという。その話を聞いた途端、サンジはデュナミスに謝ったが、デュナミスはサンジに訴えた。”ディル”と呼んでくれと。誰にも許さなかったデュナミスの呼び名。それをサンジのみに許すことがどういうことか誰の目にも顕かだった。

周りの視線とデュナミスの温かい瞳。決して心地悪いものではないはずなのに、サンジは居た堪れなくなって、思わず踵を返した。

「煙草吸って来る!皿はきちんと片付けろよ!!」

吠えるとさっさと向きを変えて厨房から消えてしまった。
フロッグやデュナミスは、笑いを堪えるのに必死だ。

「サンジ・・・・。君が手にしているのって煙草なのに・・・・。可愛いね。」











星が綺麗に輝ている。大抵の者は晩飯のために食堂に集まっているからか、甲板は人影も少なく、静かだった。
後甲板で手摺に凭れ、暗い空に光る星を見上げた。


自分では自覚はなかったのだが、たぶん二人の言う通りなのだろう。
それが悪いことなのか、いいことなのかわからない。
ただ、この船が持つ空気に慣れきり、誰彼構わず殺戮と強姦をするような人間にはなりたくなかった。が、あれから自分も戦闘に加わったことはある。それが襲撃された人間を守るためであったとしてもだ。
何度か加わった襲撃。
嬲り殺しされて苦しむ前に、自分の手で一息で楽になるように足を振り上げた。女性は犯されないように、蹴る振りをして船から海に落とした。
女を手に入れられなくて、欲望が溜まった連中には、こっそりと抱かれてやった。女性を襲わない約束で。もちろん、約束を守らない連中なのはわかっているので、約束を破るとその内の一人を見せしめ代わりに半殺しの目に合わせた。
表向きは二人の仲を認められて直接サンジに手を出す者はいないが、そんな理由で実際には時々、他の連中にも抱かれていた。
だが、デュナミスにはお見通しらしく、一旦は、苦しい顔をさせた。でも、自分にはこれしかやり方がない。そう伝えたら渋々承知した。
心の奥底では、きっと嫉妬の炎を燃やしているのだろうが、いつかこの海賊船を倒すのだ。だからだろう、それ以上何も云わなかった。

もちろんゾロのことも忘れたわけじゃないだろう。
それでもデュナミスはサンジに愛を囁いた。
サンジもそんなデュナミスにすっかりと心を許している。ゾロのことを思いながらも。



「俺もいつかすっかりと人間が変わっちまうのかな・・・・。」

ポツリと呟いた自分の言葉に、思わず眉を寄せてしまった。



あれから1年が経とうとしている。




2本ほど、煙草を吸い終わると、そろそろ厨房の方も、食事の片付けが始まるころだろう。
だが、戻ろうと踵を返したサンジの耳に届いた見張りからの声が、彼の足を止めた。
それはサンジを驚かすには十分すぎる内容だった。


「海賊船発見!旗印に麦わらマークが見えます!!」





10.02.25




           




次回はやっと再会?あと少しだぁ〜〜。