すれ違う思い 重なる思い21




深夜とは言わないが、それでも夜もかなり更けた時間帯。
お互いに船影を確認した後、双方共、動向を窺うこと数時間。付かず離れずに距離を保ったまま、船を進めていたが、その間に、天候が急激に悪くなっていた。


「向こうの様子を見る限りでは、襲ってくる気配もないわ。今のうちに進路を変えましょう。このまま進むと嵐にぶつかるわ!」

暗い空を見上げてナミが呟いた。

「フランキー!取り舵にして!」

そう叫んだナミにロビンが「ちょっと待って!!」とナミを制する。

「どうしたの?ロビン。」

ナミが不思議そうに顔を向ける。ロビンが顎に手を当てて何か考える仕草をして先に見えている船を見つめた。

「すぐに嵐がやってくるわ。そう大型ではないけど。このままあの海賊船が離れてくれたならいいけど、もし、嵐の中で戦闘にでもなったら堪んないから早々に進路を変えたいんだけど・・・。」

ナミがコツコツとヒールを鳴らしてロビンの隣に近寄った。

「何かあの海賊団に身覚えでも?」

ナミの言葉にロビンがハッとした。

「あのマーク・・・・。そうだわ!私としたことが、さっきから気になっていたのに思い出せなかった・・・・。」

「しまったわ。」と、独り言を呟くロビンにナミが怪訝な目を向ける。
と、ロビンはナミを余所に近くでずっと海賊船を見つめている男に視線を向けた。

「ゾロ・・・。」

名を呼ぶロビンにゾロは視線を変えず、声だけで返事をした。

「わかってるのね?あの海賊船。」

ゾロの横に立って、ロビンも並走している船を見上げた。
サニー号よりもかなり大きな船だ。それだけで敵の規模がわかるというもの。もっとも単に数にものを言わせるだけの海賊もいるが、目の前の海賊はその纏う空気で只者ではないことが伝わってきた。
と、同時に。

「向こうもこっちをずっと睨んでやがる。」

ポツリとゾロが溢した。

ナミは不思議そうにロビンの横へやってきた。

「ねぇ、どういうことよ!向こうが攻めてこないなら、さっさとここから離れたいんだけど・・・・。何かあるの!?」
「ナミ!!」

じれったくなって語気が強くなったナミを船長が呼んだ。

「このままあの船から離れるな!日が出てきたら接近する。」
「!!どういうこと!ルフィッッ!このままじゃあ嵐が来るわ。どうすんのよ!!」

サニーの頭に座ったまま、やはり隣の海賊船を見つめている船長にナミが噛みついた。わけがわからないことについ八つ当たり的な口調になってしまう。

「だったら向こうにも教えてやれ!場所を移動する。」

「ルフィ!!一緒に移動して・・・・って、戦闘する理由がないわ!フランキーッッ。」

強くなりつつある風にナミは前を見つめながらフランキーを呼ぶ。
が、ロビンが舵を取るフランキーに振り返るナミを止める。「ダメよ。」と首を振るロビンにナミはもうわけがわからない、と眉を寄せる。

「それが理由があるのよ、ナミ!」
「え!?」

靡く髪を押さえて厳しい顔つきでロビンがナミを見つめる。普段から表情をあまり表に出さない彼女がいつになく険しい顔を見せている。

「いるんだ。」

言葉を続けたのはロビンの横に立つゾロだった。
彼は今だ、海賊船を睨んだまま微動だにしない。だが、言葉はナミに向けられていた。

「コックがあそこにいる。」
「えっ!?・・・・・サンジくんがっ!!」

ゾロの言葉にナミも慌ててゾロの視線を辿る。

「本当に!?本当にサンジくん、いるの!?」

必死に目を凝らすが彼の姿を見つけることができない。船同士の距離は近からず遠からず。ナミの視力はいい方だ。普段なら敵の顔がわかる距離ではある。夜だから見つけられないのか。

「暗くてわからないわ!本当にいるの?ゾロッッ!!」
「いる。あいつもこっちを見てる。」

なんの躊躇もなくゾロは答えた。

「本当に・・・サンジくんが・・・・。」

途端、呆然とした表情になったナミにロビンが肩をポンと叩いた。

「ここからだと私にもサンジくんまではわからないけど・・・・あの海賊船のマーク・・・・。忘れていたけど、確かにそうよ。ゴク海賊団のもの。」
「ロビン・・・。ねぇ、向こうの船、覗いて、本当にサンジくんか確認してよ!」
「必要ねぇ。」

肩に置かれたロビンの手を上からギュッと押さえてナミが頼むのを船長が止めた。「何故?」と、今度は船長に視線を向ける。

「ロビンに確認してもらうまでもねぇ。わかる。」
「そう・・・・ルフィにもわかったのね・・・。」

ルフィもまたゾロ同様、隣に並ぶ船を見つめたままだ。
ナミは溜息を吐いた。ナミ自身はサンジを確認できないが、このルフィやゾロがそうだというのならきっとそうだろう。
だが、今すぐ彼の元に向かうことはできない。例え、どんなにこの瞬間を待ち焦がれていたといっても。

「ウソップ、信号を出して。あの船を連れてこの海域から出るわ。夜が明けたらきっと戦闘が始まるわよ。覚悟してね。」

フランキーの隣でゾロ達の言葉が信じられないのか、ウソップが「ホントかよ・・・。」と呟いた。
ルフィとゾロ以外は、やはりナミ同様、サンジがそこにいるということがわからないのだろう。半信半疑だ。だが、もしそれが本当ならばこのチャンスを逃すわけにはいかない。
誰もがナミの指示の下、まずは嵐を回避するべく動き出した。
それはずっと船首で敵船を見つめていたルフィでさえ。
しかし、ゾロは動くことはなかった。

「サンジくん・・・。本当にいるの?」

船を動かすべく動き出したナミは、振り返りながらゾロと隣の海賊船を順に見つめた。
ただじっと動かないまま船を見つめるゾロ。
ナミはゾロがこのまま動かないのがわかったからか、彼に指示を出すことを諦めた。










「向こうから合図が来たぞ!なになに?・・・・・・嵐がもうすぐやってくる?着いて来いだと!?」
「何だぁ〜?向こうもやる気かぁ?」

サニー号からの信号を読み取った航海士の言葉に誰もが色めきだった。

「ありゃぁ、あのマーク・・・。確か、麦わらだなぁ・・・・。懸賞金はかなりの額だったな。」
「おいおい、俺達も海賊だぜ?海賊は懸賞金貰えねぇよ!」

わはははと笑い声が辺りを響かせた。誰もがみな甲板に出て、自船よりも一回りも二回りも小さな船に笑っている。

「懸賞額だけ言ったら確かに大物だが・・・・こうやって見たら大したことねぇなぁ〜。人数も少なそうだし・・・その嵐の前にやっちまおうか?」
「そりゃあいい!今からやっちまおうぜ?お頭!!」
「おいっ!船の向きを変えろ!すぐに戦闘だぁ!!」

誰もがすぐにでも戦闘を始めたくてうずうずしている。壊滅までものの5分と掛からないと踏んでいるのだろ。
一斉に武器を手に、そわそわしている連中を横目にサンジがポツリと呟いた。

「やめとけ。向こうの航海士が嵐が来ると言っている。彼女の指示に従った方がいい・・・。」

さほど大きくない声だったのだが、それでも回りに聞こえたのだろう。みなが一斉にサンジを振り返った。

「なんだと!てめぇ、怖気ついたか?」

近くにいた一人がサンジに向かって吠えた。
サンジはチラリとその男を見やるだけで煙草を吹かしている。と、コツコツと足音を響かせて後ろからやってきた強い気を撒き散らした男が叫んだ。

「止めとけ!嵐が本当ならやっかいだ。あのふざけた船に着いて行け。」
「お頭ぁ〜〜!!」

不満たらたらの連中を一喝して、ゴクはサンジの隣にやってきた。サンジはチラリと上目遣いでゴクを見上げる。

「あの船、知ってんのか?」
「はぁ?」

ぷは、と煙を吐き出してサンジは前を見上げた。

「向こうの航海士のことを彼女と言った。何故、航海士が女だと知っている。」
「手配書で見た。美人だったから覚えてんだ。」

ふんと鼻を鳴らしてサンジは答えた。

「手配書には、誰が航海士とかまでは書いてねぇ・・・。サンジ・・・・・・そうか、てめぇの獲物は足だったな・・・・。黒足のサンジ・・・・。そうか、てめぇか!!」

突然、大声で笑い出した船長に誰もが驚いて振り返る。

「そうか!!てめぇ、黒足のサンジかぁ!!あの手配書じゃ、てめぇが誰かわからねぇよな!!」

ガハハハハと笑いが止まらないゴクにサンジは煙草を噛み潰した。

「笑うんじゃねぇ!!ありゃあ、海軍のミスだ!!俺はあんな顔じゃねぇ!!」

顔を真っ赤にして吠えるサンジにゴクは、ニヤリと厭らしい笑みを見せた。

「てめぇがどんな理由であの船から降りたかは知らねぇが、会わせてやるよ!久しぶりに昔の仲間に!!」

そう言うと、また大声でゴクは笑った。
二人のやりとりがわからない連中はポカンとしたままだ。

「ロア!後はまかせた。あのチビ海賊船についていけ。夜が明けて戦闘前になったら起こせ!俺は寝る。」
「ちくしょう!!」

鼻息荒く、ガツガツと甲板を蹴るサンジを残してゴクは簡単な指示を出して早々に船内に引っ込んでしまった。
他の船員達は誰もが多少の不満を残しながら、それでも夜が明けたら戦闘だということを知り、とりあえず嵐を避けるべく出された指示に従って動き出した。
最近では、船の操舵を手伝うようになったサンジは、しかし、その場を動くことができずに、ただただサニー号を見つめた。
ゴクが消えてからまた気持ちが落ち着いたようだ。


「昔の仲間か・・・・。」


先ほど言われた言葉に苦笑する。
サンジとしては、彼らはまだ過去の人間ではないのだが、回りから見ればきっとそうなのだろう。
だとしたら、ルフィ達もまた、サンジのことは忘れたのかもしれない。
なのに、ずっと視線をサニー号から感じる。
これは、ルフィと・・・・・ゾロだ。

ということは、ここにサンジがいることがわかったのだろか。

「んなわけねぇよなぁ〜。やつら知らねぇはずだしぃ・・・・。」

それでも視線は、気配は、止むことなく届いてくる。

「すごいな、ロロノアは・・・。」
「ディル?」

後ろでは、船員がバタバタと走り回っているのと対照に呑気な声でデュナミスが近づいてきた。

「これは、ロロノアの気配だろ?ビンビン伝わってくる。負けそうだ。」

サンジを見つめて苦笑した。

「まぁ、船長の気配も一緒になってるから、特にだと思うぜ?」
「そうか、麦わらもか・・・・。なぁ、サンジ。」
「あぁ・・・・。」

いつも穏やかに話しかけるデュナミス。今も柔らかい空気を纏っているのは変わらないが、なんだかいつもと様子が違う。

「ロロノアは、サンジがここにいるのをきっと知ってるんだろうな。」

視線をサンジから離れた位置にあるサニー号に移して会話を続けた。
サンジも習ってサニー号に視線を戻す。夜の所為か、嵐が近付いて風が二つの船を割っているからか、向こうの細かい様子がよくわからない。
先ほどまであまり感じなかった嵐を思わせる風が、徐々にだが強くなってくる。

「やつらは俺がここにいるのを知らないはずだ。例え前の客船に乗っていたのを知っていたとして、この船に移ったことまではわからねぇはずだ。」
「でも、この気配は、サンジがここにいるのを知っていると伝えている。」

真剣な口調にサンジは口を引き結ぶしかなかった。手摺を掴む手にギュッと力が入った。

「でも、どうやって・・・・。」
「わかるさ。大事な人がそこにいるなら。俺でもきっとサンジを見つけられる。」
「ディル・・・・。」

デュナミスの言葉に、困ったようにサンジは眉を下げる。
デュナミスも言うのならきっとそうなのだろう。サンジにも、ゾロの気配で自分がここにいることを知っていると伝えていることがわかった。

「彼らなら、ゴクを倒せると思う。」
「ディル?」

突然の話の展開に、サンジを隣の男を見上げた。

「サンジもそう思わないか?麦わらなら・・・・ロロノアならゴクを倒せると、・・・・そう思わないか?」
「それは・・・・・・。」
「チャンスが来たんだ。ゴクを倒すチャンスが!」

自分の言葉に興奮を覚えたのか、徐々にデュナミスの語気が荒くなってきた。こんなことは珍しい。

「ディル・・・・・。そうだな、これはチャンスだ。」

サンジもいつの間にか、自分もまた回りの気に触発されたのか、気持ちが高ぶっていくのを感じた。この高ぶりは先ほど、ゾロの気配を感じ取ったのとまったく別のものだ。
ルフィなら、ゾロならきっとゴクを倒してくれるだろう。この海賊船を簡単に潰してしまうだろう。
そうだ、これはチャンスだ。

「でも・・・・。」
「・・・?」

手摺を掴むサンジの手にデュナミスは手を重ねた。

「その前にロロノアと一度、戦わなくてはいけない。」
「え?」

デュナミスの言葉にサンジを驚きを隠せない。

「な・・・何言ってんだ!そんなことしていたらゴクを倒せねぇ。ゴクを倒すのには、あいつらの力が必要だ。今、そう言ったばっかりだろうが!そんな戦いしている場合じゃねぇだろうが!」
「それでも・・・・その前に決着をつけないといけないことがある・・・・。わかるだろう?サンジ・・・・。」

視線を合わせ、真剣な言葉を紡ぐ男に、サンジは目を見開いた。

「ディル・・・。てめぇ・・・・、マジでゾロと戦う気か?」
「サンジ。君を本当の意味で手に入れるには必要な戦いだ。」
「・・・・・。」




デュナミスの言葉に、サンジは、このまま嵐に紛れてサニー号を見失って欲しいと思った。



10.04.22




           




あれ?再会のはずが・・・。すみません。あ、今日は、良い夫婦の日v