すれ違う思い 重なる思い22




サニー号に朝日が降り注ぐ。
「漸く嵐を抜けたわね。一晩、ご苦労様!」

ナミは浴びて額に流れる飛沫を拭って回りを見回した。コツコツと足音を響かせて、みんなに声を掛ける。

「思ったよりも規模が大きかったわ・・・・。でも、みんなのおかげで船の損傷はナシ!さぁ、これから・・・。」

そう言葉を切って並走する船を見やった。向こうの船も損傷の痕は見られない。

「相手はどう出るのかしら・・・・。」

ナミを目を細めた。視線の先には、いつの間にか、戦いは今か今かと待ちわびる輩がそれぞれ手に武器を持ち甲板に並んでいた。
一目だけでざっと50名以上いるのはわかる。その後に構えているのも含めると100名以上はいるだろうというところか。
こちらは、8名。だが、ルフィもゾロもいる。ただ単純に数だけでいえば、倒せないわけではないが、名うての海賊だ。卑怯な手を使うことで有名。予想外に苦戦を強いられることも考えられた。
それに・・・。思い当る人物がいるのなら・・・・。彼がもし人質として現れたら・・・。

どうしようか。と目をきょろきょろとしていたら目に入った人物に思わず息が止まる。


「・・・・・サ・・・・・ンジ・・・・・くん・・・・・?」



大勢の敵が並び立つ甲板の上。2階?いや、3階になるのか。ポツリと立つ金髪の男を発見した。
と、隣に並び立つ男に気付く。あの男は一体誰なのか。
サンジと肩を並べて、いや、サンジの肩を抱くようにして当たり前のように隣に立っている。
茶色の短髪で、背はサンジよりも一回り大きい。腰に剣を差している当り、剣士か。





ギリ・・・・。


歯ぎしりが隣りから聞こえた。
誰かとナミが顔を向けると、ゾロは船上に立つ、二人を睨みつけていた。

「ゾロ・・・・・・。」

ナミが名前を呼んでも見向きもしない。
しかし、それが切欠となったのか、見せていた鬼のような形相は一瞬で消え去った。
口を真一文字に結んだままだが、冷静さを取り戻したのだろうか。
何も言わないゾロに、ナミはどうしたものかと、今度はルフィに視線を向けた。
ルフィもまた、いつの間に気付いたのか、船上のサンジを見つめたままだ。

と、そこへガハハハと嫌な笑い声が辺り一面に響いた。
誰もがみな、その声の主に集中する。

「なんだぁ?懸賞金額がすげぇからどんな男かと思ったが、まだガキじゃねぇか!」

笑い声を上げた男は、重厚な音を響かせてサンジのすぐ脇にやってきた。
サンジが嫌そうな顔を一瞬見せる。

「なぁ、てめぇら悪いことは言わねぇ。さっさとお宝を置いて行っちまいな!でねぇと、血の気の多い連中がお前らを殺したくて堪んねぇみてぇだから、殺されちまうぜ?・・・お?いい女が二人もいるじゃねぇか!!こりゃあ、女も置いていってもらわねぇといけねぇな!!俺達は名高いゴク海賊団だ。聞いたことあんだろぅ?さっさと尻尾を巻いて行っちまいな!」

一気に喋って、またガハハハと笑った。
釣られて甲板に並んでいる連中も一緒になってどっと大声で笑った。中には舌舐めずりしているヤツもいる。目が血走っている。
本当には、麦わら海賊団が逃げ去るとは思っていないようだ。戦いたくてウズウズしている様子が手に取るようにわかる。

「おい!おっさん。」

ルフィが口を開いた。

「なんでサンジがそこにいるんだ?」

今までの話を聞いていなかったのか。
ルフィは話の前後に関係なく、自分の疑問をそのまま口にした。

「あ"ぁ?」

ゴク海賊団の船長が眉を跳ね上げた。

「なんでサンジがそこにいるかって聞いてんだ!」

ルフィの言葉に、ゴク船長は隣に立つ金髪の男に顔を向けた。

「さぁ?なんでだろなぁ〜?お前らと一緒にいるよりもここが居心地がいいらしいぜ?なぁ、サンジ。昔の仲間に会えて嬉しいかぁ?」

ゴクの口端が笑いに釣りあがった。
ゴクの言葉に一瞬嫌な表情を見せたがそれもすぐに消え、サンジは黙ったまま、ライオンのフィギュアヘッドの船の船長と、その横に立つ男を見つめたまま微動だにしなかった。
隣に立つ剣士も黙ったまま、サンジの肩を抱いたままゾロの方を睨んでいる。

サンジ達を睨みつけているゾロも、表情さえ動いたもののずっと一言も発しない。
お互いに見つめたまま。黙ったまま、まるで目で会話でもしているかのようだ。
だが、その実、お互いの状況がわかったわけではない。



ゾロは、思い出していた。
サンジと言い争いをして彼が船を降りてしまった時のことを。
一度はサンジがどこかにいると思って、必死に倒した海賊船を捜し回ったことを。
そして、サンジを見つけられず、彼が死んだと告げられた時のことを。
彼が落していったネックレスを手にして、彼が生きていると信じた時のことを。

そのネックレスも今は、切れたチェーンをウソップの手で直され、ゾロの胸元を飾っていた。
最初は、ナミ達に似合わないと笑われたが、それでもまた失くしてしまうよりはよほどいい、と首に下げるようになったのだ。いつかまた再会した時に渡せるようにと。

ずっと動かなかったゾロは、思い出したかのように、首にぶら下げたネックレスを手にした。
見つめていたサンジの目が驚きに見開いた。

「それは・・・・!?」

サンジは声にならない声で驚きを発した。

どうしてその声が耳に届いたのか、ゾロはネックレスを首から外し、持ち上げてサンジを見上げる。

「てめぇの落とし物だ、クソコック!!」

高く掲げられたネックレスを見て、サンジは失くした時のことを思い出す。クルクルと回転して光る蒼色。
あれは、まだ自分が客船にいた頃。
そうだ。このゴク海賊団の襲撃に遇って、今は隣に立つデュナミスと一対一の戦いになった。剣士であるこの男との戦いは激しいもので、なかなか勝負がつかなかった。
結局は卑怯なゴクの策略によってサンジは負けてしまい、今ここに立つことになるのだが。気が付いたら、自分の胸元になかった。あの客船で落としていたのだ。

それを何故ゾロが。

「どうした、サンジ?あのネックレスに身覚えがあるのか?」

震える手で手摺を握るサンジの上から手を重ね、デュナミスは心配気に聞いた。

「あれは・・・・この船に襲撃された際に客船で失くしたネックレスだ・・・。ナミさんに貰った大切なものだ。・・・・それをどうして奴が?」
「ナミ?・・・・・あぁ、サンジが言っていた麦わらの仲間の航海士か。彼女とは?」

ゾロへの気持ちを知っているデュナミスとしては、新たに出てきた女性の名前に苦笑する。今までの航海で島に着くたびに見たサンジの女性に対する接し方で、彼の女性への扱いや思いはわかってはいた。その顕著なるものが襲撃での行動。彼は女性を守るためなら、己の身体さえ差し出す。惚れる、好きになるということではなく、彼の精神がそうさせているのだろう。それでも聞かずにはいられなかった。

「ナミさんは、俺達の船の女神だ。大切な人だ。」

予想通りの返答に、デュナミスは軽く笑った。

それよりも・・・・、と目をこちらを睨みつけている剣士に向ける。
彼の目は獰猛な野獣を思わせる。『海賊狩りのゾロ』の異名は伊達ではないだろう。懸賞金を考えれば一目瞭然というものだが。
その野獣がサンジを捕えて離さない。

サンジもまた、ロロノア・ゾロの瞳に射抜かれて震えている。それは恐れからではなく、求められて歓喜に震えているように、デュナミスには見えた。無理もない。彼には伝えていなくとも、彼の未来を思って船を降りるぐらいに、サンジは彼のことを大切に思っているのだから。

デュナミスは手摺の上で重ねた手をギュッと握った。

「元はナミと言う女性からもらったものだとしても、今、彼からネックレスを受け取るのか?」
「ディル・・・・。」
「ネックレスが欲しければ、俺が新しい物を買ってやる。受け取る必要はない。」
「・・・・・っっ。」

デュナミスから告げられる言葉にサンジは彼を見つめたまま顔をくしゃりと崩した。

「戻りたいか?あの船に。」
「それは・・・・。」

デュナミスの言葉に言い淀んで俯いてしまうサンジに、デュナミスは、顔を寄せて囁いた。

「彼らにゴクを倒してもらう。それは、最初に言った通り変わらない。だが、彼らにもこの海に沈んでもらう。共倒れになってもらおう。」
「ディル・・・。」
「最後にこの船に残るのは、俺とお前だけだ。」

断言するデュナミスに、サンジは、崩した表情のままもう一度デュナミスを見上げた。その顔にデュナミスはそっと口づける。愛情のこもった、それでも啄ばむ様な軽いキス。
途端、ぶわっと怒りに満ちた気が届いた。
思わずサンジは振り返る。

まっすぐにサンジを睨みつけている男。
彼は、今のふたりを見て、どう思ったのだろうか。ゴクを倒してもらうという話は耳に届いていないだろうが、接近し囁く二人に何かを感じたはずだ。
「クソコック!てめぇもこの船を襲うっていうのか?だったら、返り討ちにしてやるまでだ!!」

ゾロは手にしていたネックレスを思い切り振り被って投げ飛ばした。

「え!?ゾロっっ!!」

一番驚いたのは、サンジではなく、ゾロの傍にいた麦わらの面々だった。
綺麗な青を反射して、二つの船間。その波間にゆっくりと弧を描いて消えていったネックレス。まがい物だったけど、サンジのお気に入りだった宝石。
襲撃がしたくてウズウズしている連中には何が何だかわからないが、ただならぬ様子に息を顰めた。

「どうしちゃったのよ!ゾロッッ!!あれだけ大事にしていたのに・・・。」

ナミが真っ先にゾロの傍に詰め寄った。
ゾロはナミを真っ直ぐ見つめて口を開きかける。が、言葉の続きを発する前に大きな笑い声が辺り一面に響いた。


「何がなんだかわからねぇが!兎も角、てめぇらは海の藻屑になるんだ。くだらねぇ茶番はしまいにしようぜぃ。」

いい加減痺れを切らしたゴクが大斧を振り上げて叫んだ。それに触発されたのか、海賊どもがウオオオオオッと雄たけびをあげた。それぞれが飛び移らんとロープを振りまわしたり、剣を振り上げたりして襲撃体制に入る。

「話は後だ!来るぞ!!」

ゾロの叱咤に誰もが船を見上げた。


ワアアアアアアアアアアッッッ!!


耳を劈くような雄たけびと共に一気に攻め入ってきた。

「来たッッ!!」

至近距離の為、砲弾が使えない。
ごく自然に白兵戦となった。

「火薬星っっ!!」
「シエンフルールッッ!!」

ウソップとロビンが全面を担当した。ブルックはどこかでヨホホホホと声がするが姿が見えない。あちこち移動しながら戦っているのか。
フランキーもまた銃器の音はするが姿は見えず。

「サンダーボルト、テンポッッ!!」

バリバリバリと雷が落ち、周りに黒こげになった海賊が倒れていく。

「チョッパー!ルフィ達は?」

近くにいたチョッパーに主力二人の位置を聞いた。

「あの二人なら、向こうの船に飛び移っていったよ!」

角をふりまわり、数人を海に落としてチョッパーはナミに答えた。

「そう・・・・。でも・・・・サンジくん・・・。」
「ルフィが、ゾロがきっとサンジを連れて帰って来てくれるよ!」
「そうね・・・そうよね!!」

勤めて明るく言うチョッパーにナミは無理に笑顔を向けた。


ずっと大切に持っていたペンダントをいとも簡単に海に捨ててしまった。
サンジに刀を振り下ろしかねない勢いだった。
きっとサンジにも事情があるはずなのだ。あの船にいる。


「お願い、ゾロ。サンジくんをきっと連れ帰ってきて!ずっと信じて待ってたじゃない・・・・。」

泣きそうな顔をぐっと食い縛りながら、ナミはまたクリマタクトを振り回した。



10.05.11




           




この話はどこへ行きつくんだろうか・・・。自分で不安・・・。