すれ違う思い 重なる思い After3




カチャカチャと食器が重なる音が静かなラウンジに響いた。
粗方食事を終えて、今は、酒を飲む時間帯へと移行している。サンジはとりあえず食べて空になった皿を片付けて洗い出した。テーブルの上には、いくつかの酒瓶とつまみ程度の料理が2・3皿ある程度だ。酒ばかり飲む男には、つまみはこの程度でいいだろう。
ゾロと話をしなければと思うが、サンジは、食事の時間に話をして肝心な食事が疎かになるのが嫌で後回しにした。そのためか、かえっていつもの食事よりもどこか緊張してしまった。そのサンジのいつもと違う空気にゾロも何かしら感じたのか、ただでさえ物静かな男がいつもに増して寡黙に箸を動かしていた。
いつもなら、二人きりで酒を酌み交わす時間は、それなりに楽しい時間だったはずなのに。
ほんのちょっとだけど、ナミさんやロビンちゃんを恨みたくなる気持ちになる。だが、彼女らにあたるのは筋違いだ。彼女らは、サンジやゾロのことを思って二人の時間を作ってくれたのだ。いつまでもはっきりしない自分の態度がこのような事態を招いたのだ。

カチャと最後の皿を洗い上げ、他の皿の上に積み上げた。拭き上げるのは、あとでいいだろう。
いつまででも逃げていてはいけない。
ゾロはサンジの言葉を待っているのだ。
そうサンジには感じられた。
エプロンを外し、キッチンから回り、元いた自分の席へと向かう。一旦は、片付けられたサンジの席の食器が新しいものに変わっていた。いつの間にかゾロが用意してくれたのだろう。

「ゾロ・・・・。」

席に着く前にサンジは目の前に座る男の名を呼んだ。

「片付け、終わったのか?」
「あ・・・ぁ。まぁ、だいたいな。」
「じゃあ、座れ。飲もうぜ。」

魔獣と言われる男とは全く違う、穏やかな笑みを見せて、ゾロが顎で席を示した。言われるままサンジは向かい側の用意された席へと腰を下ろす。
と、同時に眼の前のグラスに酒瓶を傾けられた。素直にサンジはそれを受ける。

「久しぶりだよな。こうして二人で飲むの。」
「そうだな。」

先ほどの食事の時の緊張した時間はなんだったのだろうか、というほど静かで穏やかな空気が流れた。
いつもと同じような心地よい空間。
ずっとこうしていたいと思う。だが、何も言わないゾロに甘えて、いつまでもはっきりしないのは、やはりダメだろう。

「ゾロ・・・・あのな・・・。」
「サンジ。」

サンジが口を開いたと同時に名前を呼ばれる。普段呼ぶことのな名前を。そんな時は決まって改まった時だ。<

「ナミ達に何吹き込まれたか知らねぇが、俺は別に今のままでいいと思っている。」
「ゾロ・・・・・。」
「仲間として一緒に海を渡って、一緒に戦って、ケンカも毎日して。いつかルフィが海賊王になった時、そして、俺が大剣豪になった時、その時、傍にお前がいればそれでいい。時々、こうして二人静かに酒を酌み交わして、何気ない会話をする。それだけで俺は充分だ。」
「じゃあ、それはどうするんだよ。」
「それ・・・・?」

サンジが机の上に腕組みをしながら凭れた姿勢を取り、顎でゾロの腹巻を指した。その中に仕舞われているものを、きちんとサンジは覚えている。

「俺に渡してくれるんじゃなかったのかよ?」
「それは・・・・。」

ゾロは思わず腹巻を上から押さえる。サンジの言う通り、この中には、いつかサンジに渡そうと思って仕舞っている大事なものが入っている。だがゾロは、もう渡すことはないだろうと、半ば諦めていたのだ。

「これは俺が勝手に用意したものだ。てめぇが気にすることねぇよ。」
「でも・・・・それ、俺のために買ったんだろう?」
「・・・ぅ。」

顔を傾けて下から覗く角度でサンジはゾロを見つめた。思わず怯むゾロに、サンジは「ん?」と問うてくる。
ゾロは腹巻の上から中のものを大事そうに押さえて呟いた。

「これは、俺の独りよがりな気持ちで買ったものだ。確かに、俺の気持ちを受けとめてもらえる時にこれも受け取ったもらえたらと思って買った。だが、いいんだ。」
「ゾロ・・・。」
「話が辛気臭くなっちまった。飲み直そうぜ。」

ポンポンと腹巻を軽く叩くとゾロは注ぎ足そうと、酒瓶を手にした。
が、サンジの手が机の上を通り、上からゾロの手を押しとどめる。

「どうした・・・?」

ゾロは、胡散気にサンジを見返す。

「その腹巻の中のもの、出してもらえねぇか・・・・。」

サンジの言葉にゾロは片眉を跳ね上げた。

「どういう・・・・?」
「いいから!」

サンジの穏やかな、それでも有無を言わさぬ声音にゾロは、素直に従った。ここはケンカをすべきタイミングではない。
ゴソゴソと腹巻の中を探って、ゆっくりとそれを取りだす。チャラと小さな金属音が耳に届く。
箱にも入っていないのに、よく腹巻の中から落とさないなという突っ込みはナシにして、サンジは取りだされたシロモノに目を止める。ゾロは、真っ直ぐにサンジを見つめた。

「これを出せということがどういうことか、わかってんのか?クソコック。」

ゾロもサンジ同様穏やかだが、相手を圧倒する声音で声を発する。

「わかってるよ。クソマリモ!」

睨みつける勢いでサンジはゾロを見返すと、目の前に差し出されたシロモノ、ネックレスに手を伸ばした。ゾロはただただ、それを見つめることしかできない。サンジの様子に手を引っ込めることができなかった。
サンジはゆっくりと、ゾロの手の中にあるものを自分の手に乗せる。ゾロはただ為されるがまま、握りしめていた指先から力を抜いた。チャラと音を伴って、それはサンジの掌の上に落とされた。
ポトリと落ちて、サンジの手に収まるネックレス。
サンジは穏やかにそれをしばらく見つめていた。ゾロは口を挟むこともできず、ただサンジを見守ることしかできない。
どれくらいそうしていただろうか。

しばらくするとサンジはゾロに微笑むと、手の中にあるネックレスを自分の首につけた。

「てめっ・・・・!!」

あまりのことにゾロは動きを止めたまま、驚愕する。
手慣れた仕草で自分の首にぶら下げると、ニッとゾロに笑いかけた。

「似合うか?」
<
唖然とするゾロをそのまま、サンジは立ち上がり、壁に掛けられているさほど大きくない鏡の前に行き、ネックレスを掛けた自分を確認している。「お、なかなか似合うじゃん。」などと感想も漏らしている。
ゾロは茫然としながらも、鏡を見つめるサンジを後から見つめた。
何も言う事ができない。
嬉しいというより、戸惑いの方が大きい。

「コック。」

今度は名前ではない、普段の呼び名でサンジを呼ぶ。
サンジは、素直に振り向くと、ゾロの前まで移動してきた。ゾロは椅子に座ったままだ。

「ゾロ・・・・。」

サンジの方が今度はゾロの名を呼ぶ。



「俺を抱け。ゾロ。」
「・・・・!!」

サンジの言葉にゾロが大きく目を見開く。
本来なら、これ以上ないだろう嬉しい言葉だのに、驚きばかりがゾロの中を占める。

「・・・・本気か?てめぇ・・・・。」
「あぁ。本気だ。」

ゾロの前に立ち、見上げるゾロの目に視線を合わせたまま、サンジはうっとりとするほどの笑みを見せた。対して、ゾロは不審な目をサンジに見せる。

「自分の言っている意味がわかってんのか?」
「あぁ。」
「俺はセフレになるつもりはねぇ。」
「わかってんよ、外身も中身も、両方受け取れ。」
「俺は本気にするぞ。」
「構わん。」
「一度、受け入れたらもう二度と俺から逃げられねぇぞ。」
「あぁ。」
「俺は迷子癖があるからな。一生、俺の傍にいてもらわねぇとどこかへ行っちまう。俺の傍にずっといてくれるのか?」
「もちろん。迷子にならんように俺が見ていてやるよ。」
「サンジ。」

今度はまた、ゾロはサンジの名を呼んだ。

「あぁ。」

サンジのゾロを見つめる瞳は穏やかだ。
ゾロもまた静かにサンジを見つめる。

「好きだ。」
「サンジ。」

言葉と同時にサンジはゾロに覆いかぶさるようにして抱きついた。ゾロもまた腕を大きく広げてサンジを受け止める。そのまま、サンジを抱きしめた。
そのまま最も近い距離でお互いを見つめる。

「あいつのことは・・・。」
「ゾロ・・・。てめぇには悪いが、ディルのことは、忘れたわけじゃねぇ。確かに覚えているし、ディルのことを想っている気持ちも残っている。だが・・・。」
「・・・・・。」
「だが、それでもお前の事も好きなんだ!それだけは、何があっても間違っちゃいねぇ、確かな俺の気持ちでもあるんだ。ずるいかもしれんが・・・それじゃ・・・・ダメか?」
「サンジ・・・。」

ゾロが今日、何度目かのサンジの名前を呼んだ。
甘く囁くような声音で。サンジは、名前を呼ばれ、赤い顔をゾロに向ける。目の前のゾロの瞳がサンジを見つめていた。
サンジは居た堪れない気持ちで、思わず目を瞑ったが、それをゾロの手が押しとどめた。
ゾロは、サンジの頬に手を添えると、ゆっくりと顔を更に近付ける。

啄ばむような軽いキス。
ここまで来るのに様々な感情が入りこんでしまったが、それでもお互いを好きでいることには違いはない。

軽いキスの後、一旦唇を離して、改めてゾロはサンジを真正面から見つめた。

「あいつへの想いが残っていようと構わねぇ。その気持ちごと、お前を包んでやる。あいつが果たせなかった剣士としての夢は、俺が変わりに果たしてやる。」
「ゾロ・・・。」
「好きだ、サンジ。」
「ゾロっっ。」

お互い見つめあったまま、再度唇を合わせた。
先ほどよりも少し濃さを伴った口付け。
それはそのまま、段々と深く激しくなっていった。


10.12.24




          




今年最後の更新がこんなんで、すみません・・・。(チョッパー誕生日おめでとうv)