膿 ー1ー
「お疲れさん!」 ポンと肩を叩きながら声を掛ける。お互いにこりとしながら首に巻いてあるタオルで額の汗を拭いた。 「お疲れ様。若林くん!調子良さそうだね。」 疲れるということを知らないのか、今だ元気な声で返事をされた。 「おぉ、まぁな〜。そういうお前こそ絶好調ってカンジじゃないか、翼。」 これまた元気がまだまだある若林は負けじと返した。 周りを見ればこの2人以外にも練習を終え、今合宿所として利用している施設に向け歩いているのだが、そのほとんどは練習がきつかったのか、足取りの重い者ばかりだった。 1週間後に迫った国際試合を前に強化合宿と銘打ってリーグ戦の合間に集められた黄金世代と謳われたサッカー選手たちもさすがにここ2・3日の練習はいつも以上に厳しかったらしく、練習後に声大きく元気の残っている者はほとんどいなかった。 そのほんの一握りの怪物の中の怪物、翼と若林は、何かと話ながらタオルが滲みるほど流れた汗を落とそうと着替えを片手にシャワー室を訪れた。 ガチャリ シャワー室のドアを開けようとしたその瞬間、内側から突然ドアが開いた。 皆より早く建物に戻っていた為まさかすでに誰かがいるとは思わなかったようで、ノブを掴もうとした若林は咄嗟の出来事に開いたドアに顔面を打ってしまった。 「いてっ!」 ドアを開けたその人物も廊下側に誰かがいるとは思わなかったらしく驚いた様子であわてて「あっ。」と声を出した。 ゆっくりと打ち付けた額を擦りながらその相手が誰であるかを確認しようと打った瞬間に瞑ってしまった目を開けた。 その様子が相手を睨みつけたように思われたのか、あわてて「ごめんなさい。」と声が掛かる。 聞き覚えのある声に再度相手を確認しようと前を見つめると、相手はすまなそうに少し俯いていた。 横では翼がその一部始終を見てクスクスと笑っていた。 「あぁ、岬か・・・。」 「・・・ごめん、若林くん。悪気はなかったんだ、だからそんな睨み付けないでくれるかな・・・。」 「あ・・・いや、悪りぃ。睨んでるつもりはなかったんだが、そんなに俺、人相悪いか?」 横ではさらに翼が声を立てて笑っている。本気で怒っているつもりはなかったのだが、若林は今度はきつく翼を睨みつける。わざとなのはわかっている為、その睨みも翼には効き目はないのだが。 岬もその翼に対する睨みは本気でないと分かっているのだろうが、申し訳なさそうに声を細めてさらに謝った。 「ほんと、ごめんね。若林くん・・。」 「気にするな、岬。ぼーっとしていた俺も悪いんだし・・・。」 まぁ本当に機嫌が悪かったわけではないので、若林も声を和らげて岬に話しかける。 「そうえいば、岬、早いな。もうシャワー浴びたのか?」 突然の話の変更に岬はビクッとする。一瞬の事だったのだで翼は気が付かなかったようだが、岬に目をやっていた若林はその反応に何をそんなに驚くことがあるのか、そんな話題だったのかと不思議に思った。 岬はうろたえるのを隠しながら、答えた。 「あ・・・うん。一番乗りだったよ。今日はいつも以上に汗を掻いたからね。身体がベタベタして気持ち悪かったから、早々に汗を流したんだ・・・。」 「だよねぇ。今日は練習厳しかったし、なんせ天気もいつも以上に気温が高かったよね。いつもより暑かったのがわかったもん!」 岬に続いて、何も気が付かない翼がにこにこしながら話を続けた。 「じゃあ、翼くんも若林くんもさっさとシャワー浴びたら?気持ちいいよ。」 そっと優しく笑みを見せると、その笑顔とはまるで反対に立ち入る隙もない早さで行動した。 「悪いけど、僕、疲れたからさっさと食事を取って、先に休ませてもらうよ。」 「あぁ・・・。」 「・・・?うん・・・。じゃあ、岬くん・・・。」 咄嗟のことであやふやな返事を返す2人に気も留めず、さっさと岬は歩き出していった。 普段の穏やかな所作とはかけ離れた仕草で2人から離れた岬を不思議に思いながら若林はその後姿を見送った。 「かなり疲れたのかな・・。」 若林の横では、これまた不思議な顔つきで岬を見つめていた翼だったが、相変わらず明るさも魅力の一つであると言わんばかりに1人で結論つけていた。 2人が再びドアノブに手を伸ばした頃には、かなり奥行きのある廊下からはすでに岬の姿は見えなかった。 |