膿 ー2ー
がちゃがちゃと音を立てながらお皿を重ね、少し乱暴にトレイを持った。中味は綺麗に食べられていたので食べ物を溢すことはなかったが、これが薄く繊細なガラス食器ならば縁が少し欠けたかもしれない。しかし、そんなこともまったく気にしないまま、やはり乱暴にがたっと音を立てて椅子から立ち上がった。 それら一連の動作はいつもの岬を思えば確かに普段より乱雑な態度であったのだろうが、大勢があれやこれやとガタガタ動き回り、大声で話し合い、笑い合い、と賑わった広い食堂ではさほど目に留まるほどのものではなかった。 周りの喧騒にかき消された自分の失態に近い粗雑な行動は、だがしかしありがたいことに誰の目にも留まることはなかった。岬はホッと心の中で小さく息を漏らすと同時に舌打ちもした。 誰にも気づかれずにいた、とはいえ普段の穏やかな岬しか知らないサッカー仲間が大勢いるこの場で平常心を失う事は、岬にとってはまさに大失態と言っていいほどのものだった。 立ち上がったまま小さく深呼吸をすると、今度は先ほどの荒さを微塵も感じさせないゆっくりとした丁寧な所作でトレイを返却口に戻した。 「ごちそうさまでした。おいしかったです。」 さり気なく返却口の奥にいる職員、いわゆる食堂のおばちゃんに声を掛けるのも忘れない。 岬の一言に、「ありがとうね。」と笑って返事をすると、おばちゃんはすでに先に出されて洗っていた食器を再び洗い始めた。 漸く落ち着きを取り戻した岬は、その様子に微笑みかけながらしっかりとした足取りで食堂を出た。 食堂脇には選手達が使用している部屋と同等の広さの談話室があり、すでに食事を取り終わった何人かは、談話室の窓際に置いてあるTVを見ていた。 窓の外はすでに真っ暗で何も見えず、窓には反射してまるで合わせ鏡のようにTVの画面が映し出されていた。 その画面の中では、スポーツニュースで、岬達の先輩で先日までサッカー選手をしていた新しいスポーツコーナーキャスターが大きなゼスチャーを交えながら慣れない仕草で先週の国内リーグ戦の分析をしていた。 スポーツコーナーのキャスターになった先輩が話している反省も大事なのはわかっているのだが、過ぎたことを淡々と書き物を読むだけのように簡単には言われたくないなぁ、とぼんやりとテレビから流れてくるセリフを聞きながら岬は思った。まぁ、画面上で簡単に話しているのは確かだが、それもその人達の仕事だからしょうがないといえば、しょうばないのだが。 そんなことを考えながら、それでも足は止まることをせずに、ゆっくりではあるが食堂内よりはわずかに歩調を速めてそのまま廊下を進んだ。 静かに歩いていると。 廊下の向うから2人が歩いてきているのが目に入った。 2人を目の前にして、岬は嫌な予感を感じられずにはいられなかった。 向うも岬に気が付いたのか、2人のうちの向かって右側の人物から手を振られる。 「みさきく〜〜ん。」 徐に右側の人物、翼が手を振ると同時に元気な声を出す。 もう一人の左側の人物、若林は多少苦味を含んだ顔つきで岬を見つめた。 先ほどのシャワー室前での岬の様子がおかしいといえばおかしかったのだが、今、正面から歩いてくる岬を見れば翼が言った通り体調が悪かった様子が、さほど大きく気にすることではないと若林には思われた。 疲れてんだよな、岬も皆と同じように・・・。 そう一人で結論づけると若林も翼に習い、手を挙げる。 「おぅ!」 釣られるように岬も翼達に声を掛ける。 「翼くんたちはこれから夕食?」 優しい微笑みに対抗するように翼は元気な声で返す。 「そう、今から食事!ちょっとシャワーの後、外で涼んでいたんだ。風が少し出てきて気持ちよかったよ。岬くんは、もう夕食食べ終わったの?」 「うん、今終わったところ。」 「今日のおかず、何だったぁ?」 夕食がまだの為、期待を膨らませながら翼は尋ねる。 「えっとぉ〜、奴豆腐にさばの味噌煮、それから・・・サラダと金平牛蒡。あとは卵の汁物に野沢菜の食べ放題?」 岬の並べた献立に不満を漏らす翼に隣の若林が苦笑いする。 「あのなぁ〜、育ち盛りの中高生ってわけじゃあないんだから・・。」 「でも、やっぱ、これだけ体動かしているだから、もっとボリュームのある献立じゃないと持たないよ!!」 まるで中高生そのままの翼の発言に2人して翼を笑って宥める。 「その分、ちゃんとお昼がボリューム満天の食事だったじゃないか!」 「そうそう、逸れにお前、昼飯、おかわり3杯はしただろう?」 「そうだったっけ?」 翼のとぼけた答えにさらに笑い声が上がる。 ひとしきり笑った岬は、2人に再度手を挙げた。 「じゃあ、僕はこれで・・・。おやすみ。」 そう踵を返したとたん、滑ったのか躓いたのか、岬は転びそうになった。 咄嗟に若林は目の前で転びそうになった岬に手を出そうとしたが、思わずその手を出せずに終わってしまった。 瞬間に、さらりと流れる岬の髪の下から覗かれた痕を見て。 あれは何だ?? ほんの僅かな隙で一瞬見えただけだったのだが、はっきりと目に入ってしまった痕。 長めの髪に隠されて普段は見えない位置にあった痕。 何故、あんな一瞬なのに目に入ってしまったのだろう。 思い、先ほどのシャワー室前での岬を思い出す。 皆と一緒にならないように先に戻り浴びたシャワー。 気づかないで終わってしまう場所ではあるのだが、目に入ればはっきりと判ってしまうほどの紅い痕。 蚊に刺されたようなものではなく、強く何かを押し付けて残った痣のようになっていた。それはまるで指かなにかを押し付けたような。 首でも絞められたのかとも思ったが、でもそうなれば喉の辺りにも付きそうなものだ。 しかし、岬の喉には何の痕もついていない。 不可思議な痕。 岬はそれを隠したがっているのだろうか・・・。 一体、何だろう。 翼は何も気が付いていないようだった。 若林にはわからなかった。 しかし、とても気になった。 |
展開遅っ・・・。(汗)