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岬は半ば走るようにして部屋に戻った。

夕食後に翼と若林に廊下で会い、少し話したところで転びそうになって・・・。
転びそうになった瞬間、咄嗟に手を出しそうになって止まってしまった若林。そして、その瞬間に見てしまった若林の表情。
あれは何かを見たんだ。
でなければ、あんな驚いたような顔はしない。

なんとか転ぶという恥を掻くことはなかったのだが、でもそのかわりにもっと大変なことをしてしまったような気がする。
何か・・・何か見たんだ、あの瞬間、僕の中に。


岬はグルグル回る頭をフル回転した。




部屋に戻って、ベッドに倒れこむように寝て。
仰向けになった体は練習疲れだけでない重さを岬にもたらしていた。
もう寝てしまいたい気分だったが、やはり先ほどの若林の表情を作り出したものが何であるか確認したかった岬は重い身体をなんとか動かす事にした。
幸い同室者は練習後ずっと若林と一緒にいる翼だった。その翼は今、まだ食事中だろう。しかも、今日はずっと若林と行動を共にしているから部屋に帰ってくるのはかなり遅くなることが想像される。もしかしたら消灯時間を過ぎても部屋に戻ってこないかもしれない。それほど今日のあの2人は楽しそうに会話が弾んでいたのを岬は知っていた。
まぁ、ちょうどいいや、今のうちに彼が見たものを確認しよう。と、ドア横に設置されている鏡を見ようと動かした足を留めた。
若林が気が付いた何かが気になったが、一度横たえるとちょっと動くだけでも面倒になった。
翼達との会話にもあったように今日の練習は確かにハードだった。
それに加え、唯でさえここ最近回数が多いのだ。合宿の為に日本に帰って来てから・・・。
たまには本当に休もう。
起き上がり掛けた体を再度ベッドへ倒すと同時にポケットに入っていた携帯が鳴った。画面に表示されている名前を見て、口端が歪む。まるで岬の思考を読んでいるかのようなタイミングだ。
チッと舌打ちする。
少しも休ませてくれないのか、と片眉を上げると通話ボタンを押した。

「もしもし・・・。」
「岬か?どう?今夜、出られるか?」
「あ〜〜。疲れているからなぁ〜、どうしよっかな・・・。」
「じゃあ、その分、金額でサービスするからさ。相手はどうしてもお前がいいんだって言うんだ。」
「ふ〜〜〜ん。僕なんかのどこがいいんだろうね。・・・ねぇ?」

相手にはわからないだろうが、顔が歪んでいるのが自分ではわかった。きっとかなり酷い表情をしているに違いない。

「君は綺麗だよ。サッカー選手にしては筋肉も付きすぎず、綺麗な体をしているから。」

反吐がでそうだった。

「ふん。いいよ、もう。お世辞は沢山!」
「じゃあ、もうすでに近くまで来ているんだ。すぐに出て来れるか?」
「わかったよ・・・。いつもより時間が早いけど、今日は都合よく部屋の相方がいないし・・・。すぐに行くよ。」

簡単に返事を返すと携帯を切り、よいしょと立ち上がる。やっぱり、出かけることになったかと、ため息が漏れた。
ベッドに軽く細工を施すと「これで良し!」と、軽く布団を叩く。今日は疲れたと知っているので、翼が部屋に帰って来ても岬がすでに寝ていると思っているから、大丈夫だろう。
普段でも岬が先に寝ていることが多く、それに気を使って翼は声も掛けずに自分のベッドへと入る。実際は岬はそこにはいないのだが、翼はそんなことは微塵にも思っていない。
しっかりと確信犯だ。
そのままベッド下に隠してある靴を履き、窓を音を立てずに開けた。むわっとした熱気が今だ冷めやらぬ様子で部屋に侵入し、汗がすぐに噴出す。が、そんなことはおかまいなしに岬は窓枠に足を掛け、飛び出した。


とんっ

と軽く飛び降りると目を凝らし、先にある木々の中へと続く闇へと歩き出した。


「さっき翼くんたち、風が出てきて気持ちいいって言ってたのに全然涼しいくもないじゃないか・・・。」


ポツリと呟きながら歩く。誰もいないし、合宿用の施設以外に何もないからまわりも静かだ。

街頭もなく、月明かりと勘だけを頼りに暫く歩くとパッと眩しい光が目に入ってきた。手を翳しで一瞬見えなくなった視界を取り戻すとあまり大きくない声で怒鳴った。

「まぶしいじゃないか!」
「まぁまぁ、怒るなよ。待ったぜ・・・。」

ニヤリと厭らしい笑みを持って、灯りの元だったライトを点けている車の横に立つ男は岬に手を挙げた。
それに応えることもなくすすすと男の前まで進むと岬は苦笑いを溢しながら手を差し出した。
「いつもどうり、見せてくれる?」
岬の行動はわかっていると、彼の差し出した手の平にポンとメモ書きされた1枚の紙切れを載せた。
ピラピラと風で飛んでいきそうなそれをついと掴むとしげしげと岬はそこに書かれている内容を読んだ。

ふぅ。とため息を溢して岬は相手を睨んだ。

「それにしても、熱心だよねぇ〜。わざわざ日本にまで付いて来るんだから・・・。」
「まぁ、仕方ないだろう。これも仕事のうち。これで日本でも結構需要があるんだよ。さぁ、仕事仕事・・・。」
「早めに終わらせるからね。」
「わかったよ。」

目の前の男、今、岬が所属しているチームでコーチをしている男は、岬に「さぁ、御姫様」とドアを開けてやる。
嫌そうに顔を背ける岬を楽しそうに笑う男は、自分も車に乗り込むと来た道のりを引き返していた。









「たまには、岬くんや日向くんも一緒に話そうよ。」

そう言って翼は若林に提案した。よくゴールデンコンビと言われ、いつも一緒に行動しているように思われがちだが実際はそうでもなく、翼は誰彼かまわず皆と時間を過ごすことが多い。しかし、ここ最近はなかなか会えないこともあってか若林と過すことが多かった。
とはいえ、やはり岬も活躍している国が違うのだからこの合宿が終わればまた会えなくなるのは必至。だったら海外組みだけで集まって話をするのも悪くないと翼は思った。

「あぁ、じゃあ、岬、部屋に呼んでこいよ。」
「それじゃあ、若林くんは日向くん呼んできて?」

若林に異論はない。若林とて久しぶりの仲間と時間を過ごすのは嫌いではなかった。
お互いに部屋を出て、それぞれ決めた相手を呼びに行く。
疲れた、暑いとはいえ、まだまだ元気一杯の若者達の集まり。まだ消灯まで時間があることも手伝って、それぞれが思い思いの時を過していた。

「まったく翼も飽きもせず・・・っていうか・・・結構好きだよな、集まるの・・・。」

なにかと翼の周りには誰彼がいるのが常だが、その周りにはいつも笑いが耐えない。会話が途切れない。サッカー小僧を地でやり、また、サッカーバカとまで言われる割には結構話題に事欠かない。高校も行かずにそのままプロになったにしては勉強を怠っていなかったのか、はたまた中卒を気にしているわけではないだろうが、それでもそこそこの知識もあった。
まぁ、自分もそれなりに翼と同じようにがんばっているのだが。

ふぅ、とため息を漏らすと、何故か廊下の窓から覗く夜空の下に広がる森に目がいった。
ちょうど今、若林が歩いている階段の窓からは部屋とは逆に暗い森が覗く事ができた。廊下を挟んでグラウンド側、裏の森側と部屋が両側にあり、若林の部屋はグラウンド側にあるので気が付かなかったが、夜もまだ深くはないはずなのに森の暗さは怖いものなしの若林にも寒気を思わせるほどだった。

しかし。
その暗い森の中にほんの気づくか気づかない程度だが、何かしら移動するものが見えた。
あまり幽霊とかそんなものを信じる性格ではないが、一瞬信じそうになるほど小さな『何か』は消えてしまいそうな雰囲気があった。
目の錯覚で終わるはずの『何か』が妙に若林は気になった。足を止めて、目を細める。

「・・・ん?」

それは良く見れば、暗い森に同化しても違和感のない明るさの服だった。もっとよく見れば頭が付いているのもわかった。茶色をした、頭部と服と分かったそれにはもちろん足もついており、走っているとまでは言わないが、かなり急いでいる風に見えた。
(こんな時間に外出か?しかも、そっちは出入り口ではないだろう??)
疑問符だらけの思考に、ついついその誰かわからない人物をさらに目で追ってしまう。
(こそっと買い物か?それとも合宿中に逢引か?)
場所が場所ということで人の出入りが少ないだけに監視の目があるわけではないし、さほどうるさく言う者もいない。関係者以外立ち入り禁止とはなっているが、実際には家族が時々会いに来ていた。中には彼女が来るメンバーさえあった。
(あぁ、まだ誰にも内緒とか?)
短い時間でよくもまぁ、そんなTVの見出しのようなことばかりが頭に浮かぶなぁ、と若林は自分の思考に苦笑いを溢しながら今だ窓から目を離さないでいると、ふっ、とその誰かはわからない人物は木々の陰に隠れて見えなくなった。まもなくその近くから今度ははっきりとした灯りとそれに伴う車とわかるエンジン音が聞こえた。

「誰だったんだ?」

そんな疑問を口にしながら、自分の割り当てである日向を呼びに再度足を動かした。




「で?結局、岬はどこへ行ったかわからなかったのか?」

「うん・・・。ここって街からは車でないと行けないだろう?でも岬くんの車が出て行っていないのは壁に掛かっていたキーでわかったし・・・。誰も知らないっていうんだ。どこ行ったんだろうね?」
なんとなく腑に落ちない様子で翼がポトリと漏らした。

「まったく、ゴールデンコンビとはいえ、結局普通のチームメイトよりわかっていないんじゃないか?」

日向が苦笑いを溢した。その横にはいつの間にか部屋に戻ってきたこの部屋のもう一人の住人、若島津も座っている。若島津は若林と同室だからという理由にしてはしっかりと翼達の会話に入っており、翼の言動に一緒になって首を傾げている。しかし、そんな仕草の割りには岬はいてもいなくてもどちらでも構わないようだった。まぁ、若島津はただ単にこれからも自分も海外に出ようとしているのか、誰がどうというよりは、どこがどうっていう話の内容に興味があるようだからだろう。
腕を組んでう〜〜ん、と唸っている翼を前に若林は先ほど階段で見た誰だかわからない森へ消えていった人物を思い出した。服装までは記憶になかったが、あのシルエットは岬だったのかもしれないと今更に若林は思った。
(一体どこへ、そして、何の為に?やはり、逢引か?)
結局疑問が晴れないまま、翼は多少気に掛かる表情を残したまま会話は違い方向へと向かった。
若林もやはり、森へ向かった岬らしい人物を目撃したことを翼に告げることは出来なかった。





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久しぶりの更新でかなり忘れている私・・・。ちぐはぐでも許してちょんまげ・・・。(古っ)