膿 ー4ー
次の日の朝。 カーテンの隙間から差し込んでくる朝日で若林は目を覚ました。 暑かったために蹴ってしまっていたシーツの向こう側に落ちていた時計を見つけ、時間を確認すると、まだまだ朝食まで余りあるほどの時間があることを赤い色をした時計の針は教えていた。 (めずらしく目が早く覚めちまったな・・・。) 夕べは遅くまで翼や日向たちと話し込んでしまった。どれもこれもサッカー以外にいろいろと苦労していることが多いらしい内容で、耳を傾けていた若島津はただただ感心するばかりだった。 その若島津は今だ鼾ともとれぬ寝息を立てている。翼や日向はまだ合宿途中のこともあってしっかりと部屋で身体を休めている事だろう。 岬のことは気にはなったが・・・。 翼はわざわざ細工までして、と心配していたのだが、しかし子どもではないのだ。 (まぁ、いいさ・・。練習にちゃんと参加していれば・・・。) 動かすどころかしっかりと目覚めていない脳内に二度寝の指令を送ろうと目を瞑ると、ガサガサと遠くから聞こえる小さな音が耳に入った。よくもまぁ、こんな小さな音に反応するもんだと自分に感心しながら何事かと耳を傾けると、部屋の中からではないが、また風のいたずらでもない規則正しくてすぐに足音と判別できるガサガサという音が耳に届いた。 何故か昨日の階段で見た影以上に敏感に反応してしまった。 (どうも昨日からやたらと目につくことが多いな・・・。) 「誰だよ、こんな朝早くから・・・。誰か散歩でもしているのか?」 時間と窓から入ってくる光で日が上り始めた頃だとわかる。確かに早起きではあるが、すでに日は昇り始めているので誰かが散歩をしていたとしてもおかしくはなかった。 まぁいっか・・・、どうせ目が覚めたのだから。 すでに散歩と勝手に解釈し、若林は、どうせ目が覚めたのだからたまには自分も散歩に出てもいいかと思い出した。 今外で歩いている人物がチームメイトなら一緒に歩いて交流を深めてもいいかとも思った。なにせ、自分は普段は海外にいてなかなか他のメンバーと会話を交わすことは少ない。昨日の夜も結局海外組みばかりのメンバーだったし、こういう合宿の時も声が掛かれば談話の中に混じることもあるが自分からすすんでという性格ではない。たまにはこういうのもいいかと思う。 まだ隣で寝息を立てている若島津を起こさぬよう注意しながら、ベッドから降りる。これもまた音を立てないようにゆっくりとカーテンを開けた。一体誰が散歩に出ているのかと下を見下ろした。 と、目に入ったものは意外、いや性格的には散歩をしていても意外ではないのだが、その視界に入った光景からは到底散歩とは思えない様子であった。 「みさき・・・。」 呟き程度の声で窓も閉まっている。しかし聞こえるはずはないのに、名前を呼ばれた人物はまるで若林の呟きが聞こえたかのようなタイミングで若林の方に顔を向けた。 目と目が合ってしまった。 どうしたものかと、若林は思案する。 夕べのことを聞いてみようか。 先に起きた時には、自分には関係のないことだと考えていたのに、そんなことはもう忘れて気になりだしてしまった。 しかも、昨日の食事前に見たことまで一緒になって思い出してしまった。 確かに岬は翼とゴールデンコンビと呼ばれるほどの腕前で、実際に一緒に戦って頼もしいと思っているのも事実で。 小学校の時、転校で別れてしまった事に寂しさを感じたのもあるし、中学になってわざわざドイツまで会いに来てくれたことは本当にうれしかった。 そして、またこうして大人になって、翼を始め岬も一緒にまたサッカーができるのは喜ばしいことも本当で。 でも。 でもサッカー仲間であって、それ以上の交流はない。 親友というにはちょっと違う気がした。翼とは親友と言っても違和感はないのに。 そういえば。 翼はどうだろう。と思う。 翼は岬とは親友と思っているのだろうか。ゴールデンコンビと呼ばれているぐらいだからきっとそうだろう。 とはいえ、やはりサッカーを離れるとそんなにいつも一緒にいるようには見受けられない。 岬は・・・。 岬はいつも1人だったっけ・・・。 だから? だから合宿中も1人で出かけているのだろうか。 と、いうことはやはり散歩ではなく、夕べ出かけたのは岬だろう。わざわざ細工までして。 どういうつもりなのだろうか。 子どもではないとはいえ、やはり気になった。親友であろうがなかろうが気になるものは気になる。 気になりだしたら止まらない。 咄嗟に窓から離れると急いで部屋を飛び出した。 バタンとドアの音が響き、チッと舌打ちする。若島津が起きなければいいが・・・。 急ぎながらも大きな音を立てないように注意して玄関へと足を走らせた。 まわりに注意を払いながらのせいか、距離を走ったわけでもないのに息がハァハァと切れる。 玄関に着き、キュッと音を立てて足を止めた。 そこには岬が目の前に立っていた。 なんとなく歪んだ目をして自分をを見ているのは若林の気のせいだろうか。 「おはよう・・・、若林くん。朝、早いね?散歩?・・・僕はもう散歩してきたところなんだよ・・・・・。」 なんとなく歯切れの悪さを感じる言い回しだが、岬は散歩だと言った。 しかし、若林にはそれがウソだということは考えなくてもわかった。ちょっとイライラする。 「あぁ、岬も朝早いな・・・・。どこまで散歩してきたんだ?長い散歩だよなぁ。一晩中散歩しいていたのか?」 サッと岬の顔色が変わる。 自分で嫌味だとわかりながらも言葉を止められなかった。翼は夕べ表立っては普通にしていたが、それでも岬のことを心配していたのだ。 「一晩中散歩って・・・どういうこと?僕、今・・・。」 声が震えているのがわからないのだろうか、と若林は思った。 「知っているんだぜ、俺・・。夕べ出かけてたんだろう?翼も知ってるぜ、お前が留守していたの。バレバレだ!」 段々と顔が強張っていくのが手に取るようにわかるのだが、岬にはどうしようもないのだろう。 ギュッと目を瞑ると、ふっ、と小さく息を吐き間をおく。若林は岬の口から何か理由めいた言葉が聞かれると思ったのだが。 開き直ったのか、岬はクスリと笑った。 「知っているって何を?外出していて僕が何をしてきたのか知っているの?」 うっ、と若林は詰まる。無断外泊をしてきたことはわかるのだが、じゃあ岬が何をしてきたのかと言えば、それは若林にはわからなかった。 「何も知らないだろう?僕がどこで何をしてきたか?」 本当に開き直ったらしく先ほどまでの顔つきとは全然違う、まるで他人のような空気を纏いながら岬は若林に近づいた。 咄嗟に若林は後退さる。 「翼くんだって何もわかっていないんだろう?僕が外泊したってこと以外は・・・。下手なこと言わない方がいいよ。試合ももうすぐだし、今、変な不協和音作りたくないだろう?」 「何だ・・・。口止めか?」 「そういうわけじゃないけど・・・。でも口止めっていうなら、そうかもね・・。じゃあ、口止め料・・・いるかな?・・・ね?」 ニヤリという言葉が似合う笑みを作ると岬はさらに一歩近づいた。 あまりの岬の豹変ぶりに若林はどう動いていいかわからなかった。 ふわっ と、目の前に何かが掠めていったかと思ったら、唇に何かが触れた。 それが何であったのか理解するまでに若林には暫く時間を要した。 「君にはお金での口止めは出来ないからね。現物支給で・・・。結構貴重なんだよ、僕の唇・・・。」 唇に指をあて再度クスリと笑うと若林の横をすっと横切って言った。 もちろん、再度の忠告も忘れない。 一度足を止めて若林を睨みつける。 「翼くんには、急に母さんから呼び出しを貰ったってことにしておくから。細工をしたのは別れた母親からの連絡だから心配かけたくなかったってことで・・・。よろしくね。それからこれ以上、首を突っ込まない事。いいね!」 あまりのことに若林は岬を睨み返すことしか出来なかった。 「翼のためだからな。口止めしておくのは・・・。お前の為じゃない・・。」 声にならない声で遠ざかっていく岬の背中に呟いた。 |
やっぱ、進みが遅いです〜。(涙)