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「心配したじゃないかぁ、もう〜〜〜。」


朝の練習前。
道具を出したりと準備をしているグラウンドで。
ぷぅ、と頬と膨らませながら翼は怒っていた。

「ごめん、ごめん。別にたいしたことじゃなかったし、わざわざ翼くんに言いにいくまでもなかったし・・・。先に休むって言ってあっただろう、だからこうしておくのがいいと思って・・・。」

夕べのことを謝って、まぁまぁと翼の肩を揉んでご機嫌と取っている岬を見て、若林は複雑な表情をしてしまう。
あれが普通の岬なのだろうか。それとも・・・。

今朝の出来事がウソのように若林には思えた。
今朝の岬・・・。
あれも岬の姿なのだろうか。


ふいと、視線を逸らすと何故か日向と目が合ってしまった。日向も複雑な顔をしている。
何か知っているのだろうか。しかし日向と岬は、それこそ翼以上に長い付き合いといえなくはないのだが、普段の2人を見ているとそう親しく付き合っているとも思えなかった。もっぱら日向は若島津や沢田と一緒にいる事が多い。なんせ、今だに東邦組と呼ばれることもあるのだ。
はぁ、とため息を溢しながら若林はゴール脇に転がったボールを拾った。

それを見ていた日向は何を思ったのか、徐に近づいてきた。

「岬、朝帰りだったのか?」
「あ・・・・あぁ。」
「何だったんだ?」
「別れたお袋さんのとこに行ってたらしい。急に呼び出されたんだと。」
「そうか・・・・。」

ボールを拾うために屈んでいた若林が見上げると日向はホッとしたような顔をしていた。
何か知っているのだろうかと疑問が沸いてくる。

「知っているのか?」

ふいに聞かれて日向の眉が跳ねる。

「岬が何をしているのかお前は知っているのか?」

再度同じ事を口にしてみる。
若林の言っている意味がわからないのだろうか。だったら、それでかまわないと若林は思った。
しかし、日向は訝しげに考えたのだが、何か急に思ったのだろうか。

「お袋さんのことはウソなのか?じゃあ・・・、お前も・・・・知っているのか?」

逆に聞き返してきた。
知っているとは言いたくても言えない。実際は若林は知らないのだから。しかし、これで日向が岬の何かを知っていることがわかった。

気になった。多分翼には言えないだろう内容は簡単に予想できたが、それを自分は知ってどうするというのだろうか。
岬の忠告通りに下手に首を突っ込まない方がいいような気がする。頭の中で警鐘を鳴らしているのが自分でもわかる。
もしかして、日向も岬の何かを知っているからこそ岬と距離を取っているのかもしれない。日向は試合以外はわりと岬とは離れて行動をしていることが多い。
しかし、若林の口から発せられた言葉は若林が頭に浮かんでいた言葉とは違った。


「いや・・・・。知っているなら教えて欲しい・・・。」

日向がきつい眼差しを向けた。

「知らないなら、止めとけ。後悔するだけだ・・・。」

そう言われるとどう答えていいかわからない。

「さぁ、練習始まるぞ。」

遠くではすでに円陣の形で皆がストレッチを始めていた。
日向はそれきり、練習が終わるまで若林と口を訊かなかった。








練習にはなんとかミスを犯すことはなかったが、それでもいつもと比べると集中力がないのが傍から見てもあきらかだった。
若林は自分でも声にも覇気が無いのがわかった。
コーチや監督からは特に何も言われなかったが、井沢などは、「若林さんでも疲れるんだなぁ」と違う意味で感心していた。
翼は夕べのことが響いているのかと、「ごめんね。」と小声で謝ってきた。
若島津などは「いよいよ俺の出番」とばかりに苦笑まで溢していた。まぁ気持ちもわからなくはないが。

しかし、それらの声にはさり気なく手を挙げて答えるが、実際のところの意味合いを知っている二人からは厳い眼差しが向けられた。
もちろん若林の練習に対する集中力のなさに対して何もいうはずはなく。
ただただ睨むだけの視線。
事の真相を考えれば何も若林に非はないのに、それらの視線を真っ向から受け取る事は何故か若林にはできなかった。


知られたくない他人の秘密を暴こうというのか。
釘を指されたにも関わらず首を突っ込もうというのか。


いやいやと若林は首を振る。
俺はそんな他人の事情になど関心を持っている場合ではない。人のことをとやかく云う暇があったら、自分のことに力を注いで翼とともにサッカーでの王者になることの方がよほど大事で最優先項目ではないか。
ましてやチームメイトとはいえ、親友とまで関わりあっている相手ではない。
日向だって、事情を知っているわりには、無関心を通しているらしい。何も口を出すような素振りは見られない。夕べだってそうだった。
関わるな。と、当事者からも言われている。
本能もそれを察知して危険信号を出している。


それでも。


若林は練習が終わるといつものように片付けをするではなく、少し離れた多少土汚れのついたベンチに座った。
練習グラウンドの出入り口から反対側にあるためか、はたまた見た目にも古く見えるからかほとんど使われることのないベンチは土汚れだけでなく埃もかなり被ったままだった。
よいしょ、と声に出さずとも心の中での掛け声に、まだまだ自分は若いのにと苦笑いが浮かぶ。
座って膝を使って頬をつき、改めてグラウンドを見渡した。

チラチラとこちらを見ている者は、多分片付けをサボっている自分に文句をいいたいのだろう。時々居残り練習をしている関係で結構片付けをしていることが多いのだからたまにはいいだろうと若林は思う。
反対側でもこちらをチラリと見ている視線があるのに気が付いた。
今日1日ずっと怒りを耐えるようにだったのか、それとも怯えるようになのか。
緩むことのなかったキツイ視線は今また、こちらに注がれていた。
勝負ではないのだが、それでも負けることの嫌いな若林は、練習中とは違って逆にここぞとばかりに睨みかえした。
とたんに視線を外す岬になんとなくだが、やるせなさを感じる。
ただ単に怒っているのか、それとも何かいいたかったのか。

そういえば日向は、とまた視線を動かすと、何故か日向も今日の若林の言動を気にしていたせいか、目が合った。
みんなお互いよくよく感受性が高いのかと思うがそうではないのだろう。ただ単にお互いの様子を伺っているのか。

でも結局、睨む睨まれるだけでは何も変わらずわからないだけだった。
すっきりしなかった1日を再度振り返る。


やはり日向に聞くか・・・。


関わるなと云われれば関わりたくなるものだ、ただの好奇心だ。と勝手に解釈し、若林は片付けの終了頃を見計らって今まで落ち着かせていた腰を上げた。
日向に向かって足を進める。

もう片付けも終わり、汗を拭いながら宿舎に向かおうとした日向を若林は後ろから声を掛けた。

「おい、日向・・・。」

横にいた沢田が振り向くぐらいはっきりした声だったのに、当の日向は聞こえなかったといわんばかりに建物に身体を向けていた。

「おい、呼んでいるだろうが。日向!」

隣の沢田はどうしようかと日向を見つめる。いまだ日向を先輩と呼ぶ彼を怯えさせるつもりはないが、それでも口調が悪かったのか、おずおずと小さな声で「日向さん・・・。」と沢田が声をかけた。
当の日向は若林がどれだけ恐ろしい顔をしようが、きつい声音を使おうが、そんなことはお構いなしだろうが・・・。

ゆっくりと振り返った日向の表情は若林に負けじと厳しい顔つきでいた。


「こい・・・。」


一言だけ発すると先に向けていた方向と違う方へと歩き出した。

とっさに付いていこうとする沢田を目線で制した。さすが長年一緒に行動しているとあって、沢田は日向の言いたいことがわかったらしく、そ知らぬ顔で当初の予定通り宿舎に向かって歩き出した。
きっと後で何を話し合ったかということも聞かないのだろう。すでに先に建物に入っていってしまっている若島津を追いかける勢いで走り出した。

日向はさっさと歩く中にも後ろを振り返らずに若林に告げた。


「岬のことを話してやる。・・・が、話をするだけだ。関わるな。わかったな!」

少し後ろを歩きながら若林は今朝岬に言われたことと同様の言葉を聞いた。

が、関わるかどうかは俺が決めることだと心の中で答えた。
今だ何故ただのチームメイトを気にするのかがわからないままに。





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まだまだ先は長いです。どうしよう・・・。