ー番外編2ー




「煩いけど、我慢しろよ!」

兄が珍しく客を連れてきたことに弟達が挙って岬の回りにやってきた。
それを牽制しつつ岬を部屋へと連れあがる。部屋といっても客用のための部屋はない。上がり口からそのまま居間になるため、結局、兄弟が回りにやってくる。

「うぅん。僕、兄弟いないから、・・・・嬉しいかも。」

ニコリと笑って「誰?」「お兄ちゃんの友達?」などと聞いてくる弟達に笑顔で対応する。

「狭くて悪ぃな。」
「うぅん、そんなことないよ。僕がいるアパートなんかもっと狭いよ。6畳一間・・・。」
「そうか。」

小さな居間で小さな机を囲む。
同級生が近寄りがたいという見た目と違い、日向のお茶出しは慣れた様子だった。
母親は弟の話だと帰って来るまでにまだ時間があるらしい。
高級な葉ではもちろんないが、お茶は美味しかった。
岬はひと口飲むと、向かいに座った日向に顔を向ける。

「いつもなの?お母さん、遅いの・・・。」
「まぁな。だいたい7時過ぎるか・・・?」

二人の会話に、ほんの僅かだが、しょんぼりする弟達を横目に見る。
今日はサッカーの練習がグランドの都合でなかったので日向の帰宅も早かったが、それでももう少ししたらバイトの時間だ。

「せっかく来てくれたのに悪いな。俺、もうすぐバイトなんだ・・・。」

日向から家に来るように誘ったのに、その自分が用があるからとバツの悪い顔をする。

「小次郎が、バイトしてるの知ってるよ。結構、有名だよ。で、弟達がいるのも知ってる。若島津から聞いているからね。」
「だったら、何でこんな時間に来たんだ。後で俺から迎えに行こうと思ってたんだ・・・。」

確かに誘ったのは日向で、昨日の話だと屋台のバイトがないから、と声を掛けたのだ。
だが、蓋を開けてみれば自分は今からバイトが実際にはある。屋台のバイトではなく新聞配達なので、昨日の言葉そのものにはウソはないが、岬からすれば話が違うと思うだろう。
逆に、日向の方としては、新聞配達のバイトが終わってから岬の家に呼びに行こうと考えていたのだ。
それを、岬の方から先に日向の家にやってきた。時間の早いのに多少の驚きはあったが、それでも「家に来い」と言ったのは、日向からだからいきなり帰ってもらうわけにもいかない。
表情から日向の心情を察した岬は、「心配しなくてもいいよ。」と笑った。

「小次郎、屋台のバイトがないのは確かでしょう?」
「あぁ・・・。だが、新聞配達のバイトがこれからだから・・・。」
「でね、小次郎が帰ってくるまでに時間があるから僕が夕食を作ろうと思って・・・。僕、これでも結構料理できるんだよ?昨日は一人だったから作らなかったけど、こんなに沢山食べる人がいるんだから、ちょっと頑張って作ろうかな・・・・って。」

ニコリと弟達に目をやって話す岬に、日向は驚きを隠せない。
岬の方が料理を振舞おうというのだ。
当初の予定では日向の方が夕食を振舞う予定だったのだ。もちろん、食事は母親の料理で母親には了承を得ている。珍しい日向の言葉に喜び、いつもより早く帰ってくるとも言ってくれた。
しかし、岬の言葉に喜ぶ弟達を見ると敢えて断る必要もないと感じた。
だが、料理をする前に買い物にいかなくてはならない。その費用は出すべきだと、日向は申し出た。

「でも、僕が作りたいものを作るんだから、僕がお金出すよ・・・。」
「そんなわけにはいかねぇ。おれん家の人間がほとんどだから、うちが出すのが筋だ。それぐらいの金はある。バカにすんじゃねぇ。」

生活に苦労しているのは事実だが、それでも誰かに貸しを作るのは嫌だった。父親ではないが、一家を支える男としてのプライドもある。

「そんなつもりはないけど・・・・小次郎が嫌だったら、ごめん・・・。」

素直に謝られるとこれ以上怒る気にもなれなかった。

「僕んちも、別に余裕があるわけじゃないから・・・。でも・・・。」

岬が思案顔でじっと日向を見つめた。

「だったら、今回は僕が料理をするって申し出たことだから、僕が出すけど、今度、遊びに来る時は小次郎の方でごちそうしてくれる?」
「それじゃ・・・・割に合わねぇ・・・。最初に誘ったのは、俺だ・・・。」

今だ納得できない日向だが、岬も負けない。

「僕が作るって決まったんだから、今日は我慢して!」

見た目以上に頑固なところがあるのに日向は目を丸くする。しかも、岬の言葉には嫌味の一つもなかった。
今回は、折れるか、と珍しく日向が首を縦に振った。
我ながら本当に珍しいと笑ってしまった。

「いいか、次は絶対、俺が奢るからな!」
「うん、おいしいもの期待しているから。」

極上の笑みで「商談成立!」とポンと日向の肩を叩いた。
結構力は入っていたが、それは決して痛いものではない。


日向は不思議に思った。

これほど私生活にも触れたヤツはいねぇ・・。俺はどうしちまったんだ・・・。

それでも決して嫌な気分はない。
それどころか、楽しいと感じてしまう。

まぁ、いいか・・・。

転入してからの岬の様子を思い出す。
誰にでも愛想はよく、転入してすぐに誰からも好かれた。下手をしたら、ずっとこの地にいる日向よりも友達は多いのかも入れない。
だからと言って、日向と仲良くなったことを他の友人達に見せびらかすような人間でもないと判断できた。
もっとも「小次郎」と呼ぶあたりがもう親しんでいます!と言っているようなものだが、ニュアンスとしてはライバル視しているようにも見える。
なんせ、サッカーを最初に一緒にした時に、意見がぶつかっているのだから。それでも、お互いの実力を認めているから敢えて必要以上に揉めることはないが。

「じゃ、俺はバイトに行って来る。」
「うん、僕は尊くん達と買い物してから、料理始めるから・・・。」
「いいのか?大丈夫か?」

やはり心配なのか、日向は、これもまためったに見られない心配な顔をしていた。

「大丈夫だよ、兄ちゃん。俺が直子や勝をきちんと見てるから。」

話にすぐ下の弟の尊が加わる。
出会ってすぐの兄の友達だが、岬の人柄の成せる業なのか、弟達もすぐに懐いた。直子は手も繋いでいる。

「じ・・・じゃあ、頼んだぞ。」
「うん。」
「行ってらっしゃい、兄ちゃん。」
「行ってらっしゃ。」
「早く帰って来てね。」

それぞれが楽しそうに兄を見送る。
まるで、仕事に行く親父のようだ。いや、父親代わりなのだから、あながち間違っていないのだろうが、そしたら、岬は一体何役だ?と考えようとして止めた。
想像すると怖いことになりそうになった。
でも、嫌な気分はまったくなかった。























日向がバイトから帰ってくると、家の外から何やら良い匂いがしてくる。

屋台のバイトがある時は、帰る時間帯も遅い。母親はすでに帰っており、弟達の夕食も終わっているのがほとんどだ。
あとは、日向と母親の夕食だけなので、その料理も冷めていることの方が多い。もしくは、日向が帰ってきてから温め直すので、外にいる段階で食事の匂いに鼻が反応することは今までに殆どなかった。

「結構いいもんんだな・・・。」

ポツリと零れた言葉に、なんだか恥かしくなってしまった。顔もきっと赤いだろう。
思わずぶんぶんと頭を振って、気を散らすと、ガラリと玄関を開けた。

「お帰り、小次郎!」
「「「お帰り、兄ちゃん!!」」」
「ただいま・・・・。」

岬と尊達の声が響く。
やはり気恥ずかしかった。

「あれ?母さんは?」

気分を変えて回りを見回すと、早く帰ってくると話していたはずの母親の姿はそこにはなかった。

「うん・・・。」

勝がちょっと悲しい顔をする。
言い難いのだろう、口篭った様子に岬が代わりに答えた。

「急な仕事が入ったらしくて、まだ帰れそうにないみたいだ。電話があったんだ。ごめんなさい、って言われた。残念だけど、料理は先に作っておいてよかったかも・・・。」
「そうか・・・・。」

しゅんとする弟達だが、仕方がない。これも皆が生活していく為だ。わかっていることだ。
岬も彼になりに一人きりの寂しさを知っているのだろう。尊達の気持ちがわかるのか、残念そうにしている。が、嘆いていても仕方がない。
折角、ここに来たのだ。

「ね、子どもだけの食事ってわくわくしない?」

気分を一新したらしく、明るい声が居間に響いた。

「本当はもうちょっと違う献立を考えてたんだけど、ちょっと趣向を変えて、闇鍋にしたんだ!」
「闇鍋!!」

弟達は訳が分からないって顔をした。お互いに見つめ合っている。

「お前っ・・・・!」

日向も驚いている。

「闇鍋って・・・・あの。」
「ちょっと、変な心配しないでよ!」

訳の分からない顔をしている弟達の横で嫌そうに顔を歪める日向に彼の言いたいことがわかったのか、慌てて岬は付け加える。

「ちゃんと食べられるの入れてるよ!ゲームみたいな、ぞうりとか、靴下とか、そんなの入れないよ!!」

どんな鍋だ、と驚いている面々は今度は青ざめた。

「お前・・・・。どんな認識を持って言ってるんだ、それ・・・。」

思わず脱力する日向に岬は訂正とばかりに説明をする。

「この間やっていたテレビで見たんだ、闇鍋・・・。ゲームで食べられないものばっかり入ってたけど・・・。今日はちゃんとした普通の鍋だよ!」

ぷくりと頬を膨らませてそっぽを向く岬に思わず笑ってしまった。

「で?どんな闇鍋なんだよ。」
「・・・・・。」

すぐに答えずジロリと横目で見やる岬に、日向は、こんな顔もするんだなと今日僅かな時間で見つける新しい岬に内心喜んでしまう。

「尊くんに聞いたら、結構みんな野菜の好き嫌いがあるみたいだから・・・、鍋にして、自分の器に取ったものは絶対に口にするっていう約束をして欲しいんだ。で、野菜は小さく切ったし、野菜を取るときに選べないように、味付けを濃い目の味噌仕立てにして判りにくくしたんだ。」

岬に「こっち」と台所に連れてこられて見た鍋はなるほど、濃い色の味噌の汁で、一見味噌汁のようにも見えたがちょっと違う。きちんと鍋仕立てにはなっていた。そして、中の野菜が小さな子どもには判りにくくなっていた。

「前、名古屋の方で覚えた料理をちょっとアレンジしたんだ。あっちの味噌ってここと違うだろう?で、偶には変わったのもいいかな、と思って。結構おいしいんだよ?」

岬はニコリと笑ってお玉で取った汁を日向に渡した。
それをひと口、口にした。
なるほど、見た目ほど辛くない。そして、野菜の様々な旨味が汁に染み出ていて実際に野菜を食べなくとも栄養が取れるとわかる。
いつも母親や自分が弟達の野菜嫌いに献立決めに苦労をさせられているが、こんな食事もいいだろう。

「美味いな・・・。」

自然と口から出た言葉に岬は柔らかな笑みを溢す。
釣られて日向もめったにない笑顔を曝け出した。

「じゃあ、食べようか。みんなで食べる食事っていいよね!」

勝手知ったる、という感じで勧んで食事の支度を始める岬に、日向も慌てて「俺の家だぞ!」と支度をしだした。
もちろん弟達も始めての料理に率先して手伝いを行う。


子ども達だけの食事に、いつもと違う献立。日向の家にはいつもと違った温かい空気が満ちていた。
みんなで食べた鍋はとても美味しく、母親の分を取り分けておくのを忘れて、嫌いな野菜まで全て皆で食べてしまった。



07.6.08




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あぁ、小次岬になってる・・・。(汗)
豆味噌の鍋ってことで・・・・。(どんな鍋だ?しかも闇鍋って・・・古っっ)なんだか、書いてて鍋焼きうどんが食べたくなった〜。