遊戯戦



バルセロナとの試合が決まってからあっという間に日にちは経ち、いよいよ明日、翼が日本に帰ってくる。
岬はその日の練習を終えて一人自宅マンションへ向かい歩いていた。
帰りに石崎達が「飲みに行こう!」と誘ってくれたのはありがたかったが、今はそういった気分ではなかった。







翼が日本に帰ってきて会えるのは純粋にうれしい。
しかし。
と、岬は思う。
会いたいのは会いたいのだが、心の隅に会いたくないと思う自分も確かにいた。
わかっていた。その理由も・・・。
最初は順調に勝ち進んでいたのだが、いつの間にか気が付けば1stステージの優勝は自分の所属するチームではなかった。
こんなはずではなかったと思う。自分としてはかなりがんばったし、体調だって悪くなかった。
それなのに・・・。

やはりまだまだなのかと思う。
遠くがんばっている翼や若林、日向にまったく届いていない。
一緒に走る力量がない。
現実には岬の実力はかなり周りからも認められて海外からもいくつかオファーがあるのにも関わらず、岬には自分はまだまだ翼達の足元に及ばないような気がしていた。
翼や若林達と一緒に世界で闘う実力が欲しい。これだけがんばっているのだから、彼らと一緒に走りたい。
でも・・・・。
かなり世界に認められてきたとはいえ、まだまだと思われる日本のリーグで優勝することさえできない。
何が足りない。
どうしたら彼らに届く。
一体自分はどうすればいい。


気が付けばいつの間にか足が止まっていた。
思考の渦に飲み込まれていたのか、ぼおっと立ち止まっていて、先ほどまで明るかった空はすでに星の輝きが見られるほど暗くなっていた。
「あ・・・・・・。」
ぽつりと声を出してみて、再度歩き出した。
「なにやっているんだろう・・。」
小さな声が誰にも聞こえないどころか自分が発したのかさえわからないほど弱弱しいものだった。
こんなのでは・・・。
岬は思う。
こんな状態で翼とは戦えない。
ずっと・・・・ずっと夢見ていた試合。
叶うことはないと思われていた現実。
本当なら心が高揚して眠れない日々が続いてもおかしくないほどのことなのに。
違う意味で眠れない。
確かにバルセロナが、翼が日本に来ると決まって、ジュビロと試合をすることが決まってからきちんとした睡眠が取れていないのもまた事実だったが眠れない理由が本来のあるべき理由とまったく逆だった。
このままではいけないのは頭ではわかっているのに心が付いてこない。
高揚するはずの気持ちが高ぶる事ができない。沈み行くばかりだ。



ゆっくりとした足取りはそれでも確実に岬を自宅マンションにつれて帰った。
毎日の惰性とばかりにカタンとポストを覗く。
そこには少し厚みのある封筒が1つだけ寂しく入っているだけだった。それは通常のものより少し大きめの白い封筒だった。
一体誰だろう、と岬は封筒を取るとくるっと差出人の名前を確認した。
「・・・・若林くん・・・。」
差出人の名前は、遠く海外でがんばっている為なかなか会うことのできない岬の大事な人からのものだった。
部屋へ帰るのも忘れてビリビリと封を開ける。いつもの岬なら丁寧にナイフを使うのだが、そんなことは忘れてついつい乱暴に開けてしまった。
ガサガサと音が立てながら乱暴に中味を出す。
そこには・・・・岬の予想を大きく外して何故か飛行機のチケットが入っていた。
不思議に思いながらもう一度中味を覗く。
奥底に小さなメモ紙程度の紙切れがあり、手を突っ込んでその小さな手紙とはいえな手紙を出した。
チケットと見比べながら小さなメモ紙を見つめた。
慌てて書いたのだろうか、何かしらチラシの裏というのに苦笑いをしながら。





どうして若林には自分のことがわかるのだろう・・・・・。と岬は思う。
ユースの時のような大きな失態はないし、スランプと呼ぶほどには周りには分からない程度なのに。
自分がどこか行き詰っている事をどうして若林は遠くドイツにいるのに知っているのだろう。
小さな手紙には一言だけ書いてあった。
『ちょっと遊ばないか?』
と・・・。
『遊ばないか?』というのはドイツに来い!と、いうこととは違うのだろうか?
チケットに書いてある目的先はドイツではなかったし、往復分のチケットが1人分ということで密に会うってことかな?とも思った。チケットとたった一言ではよくわからないはずなのだが、でも若林が岬のSOSを感じ取ったのは確かだと何故か岬には思えた。
岬もそうだったから・・・。
若林が元気がない時はTVに写る彼の表情で分かるし、そんな彼の目を見たときに岬はいつも電話を掛けたり手紙を書いたり。
そんなやりとりをお互いしていたのだから。
言葉を発しなくてもお互いがいつ自分を必要としているのかがなんとなくわかった。
それは好きあっているとか、同じサッカー選手だとか、そんなことだけでは表せなかったが、それでも岬はよかった。
ただ単にお互いを必要としているということだけで・・。

岬は改めてその飛行機の時間と場所を確認をすると、すぐに荷造りの支度を始めた。
出発は明日早朝、しかもほとんどとんぼ返りの日程。
この後の翼との試合の日程や体調のことを考えるとあまりいいことではないのだろうが、それでも自分のSOSを若林が受け取ってくれて若林が自分のことを考えてしてくれていることだから間違いはないと思った。





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短いのに続いてごめんなさい(土下座)