遊戯戦2



飛行機のタラップを降りてまわりを見渡せば、そこは地平線が果てしなく続くばかりだった。
「ここって一体・・・。」
若林が送ってくれたチケット通りに飛行機に乗って、それも乗り換えというオマケまで付いていた。
そして着いた所は、どこまでも広がる空と地面。
地名も耳にしたことのないような南の小さな小さな島国だった。
飛行機から降りる人も少なく、しかもそれがどう見ても観光客ではない人達ばかりで。それだけでもここがあまり人々には知られていないことがよくわかった。
そんな所に来て、どうしようというのだろうか?しかも『遊ぼう』と小さなメモ紙に書かれていたのにもかかわらず、どう見ても遊び場などないに等しいのが容易く想像できた。



とりあえず、と一歩踏み出したとたん少し離れた建物から人影が一つこちらに歩いてくるのに気が付いた。
すでに飛行機を降りた人々は各々に歩き出して周りには誰一人いないのだから、その歩いてくる人物が自分に向かっているのはすぐにわかったし、もちろんシルエットだけでも誰だかわかったのだが、岬はすぐ近くに来るまでその人物の名前を呼ばなかった。
少し暑い日差しの中で彼が傍に来るのを待ち、岬はようやく声を出した。
「若林くん・・・・・。久しぶり・・・。」
相手に聞き取れるかどうかの小さな声にその相手、若林も小さな声で答えた。
「おう・・・。久しぶりだな、岬。こうやってここに来たってことは、チケット無事届いたんだな。よかったよ、来てくれて。」
「うん・・・・。」
お互い久しぶりで恥かしいのか、少し顔を下げて、少し顔をそらしての会話。
「まぁ、こんな所で立ち話もなんだから、行こうぜ。」
多少の気恥ずかしさもすぐに払拭できたのか、岬の持っていた鞄をさっと取ると若林はそのまま歩き出した。それに釣られるようにしてあわてて岬も歩き出す。
「若林くんっ!行くってどこへ・・・!」
「まぁ、とりあえずホテルにでも・・な。荷物も片付けなきゃいけないし・・・。」
そう軽快に笑うと今度は戸惑う岬の手まで握り、さっさと歩いた。少し引っ張られながらも付いて歩く岬はどうしてこんなところに呼ばれたのかの疑問もそこそこにただただ付いて行くしかなかった。







上背のあまりない3階建てという、ホテルと呼ぶにはあまりにも簡素な建物だったが、それでもそのホテルの中ではかなり高級の部類に入るだろう部屋に岬の荷物を置くと、若林は今度は休憩もなしにホテルから続く庭らしき所へと再度歩き出した。
部屋もすでに若林がチェックインしていたのか、勝手知ったる有様で一人でさっさと事を進めて行く若林に岬は戸惑いを隠せない。
「ちょ・・・・ちょっと若林くん・・・。どこ・・・。」
「あぁ、悪ぃ。でもちょっとだけ・・・付き合ってくれないか。見てるだけでも構わないから。」
またまた手を繋いで、引っ張られて、岬には、もうどうにでもなれ。と、少し遅れていた歩調を隣に並ぶまでペースを上げた。
先ほど部屋から見えた海に向かいただひたすら歩く。この島特有の植物なのだろうか。見もしない、名前はもちろん知らない草木の中を歩く。中には綺麗な黄色の大きな花も見られた。花を見に来た訳ではないのだが、南国といえど草花を見ることは癒しにはなるのに、それも目的とは違うのだろうか。
益々訳がわからない岬は若林と一緒に今度は目の前に現れた階段を降りていく。
あまり段差の少なく多少カーブの掛かった階段を降りると、漸く若林の目的地らしいものが何だか岬にはわかった。
靴では歩きにくい砂浜がそこにはあり、またその砂浜は暫く歩かないと辿り着かないほと離れた海に繋がっていた。
その海へと続く白い砂の中に岬の知っている光景が広がった。


「サ・・・ッカー・・・・してる。」
ポツリと岬が溢すと横に立つ若林は楽しそうに笑った。
「そうだ・・・。皆、サッカーをしているんだ・・・。どうだ、楽しそうだろう?」


この島の暮らしがわかるほど人々の間に転がるボールは古びていて、ボールを蹴っている足は誰一人靴も履いていない状態だった。
しかし、今まで声が聞こえなかったのが不思議なくらい笑い声をたてながら、その砂浜で地元の人間だろう人達が大勢サッカーをしていた。
岬はただ呆然とその光景に立ち尽くしていると、急に若林が靴を脱ぎだした。
と、思ったらそのまま走り出す。
大声を出しながら。

「おお〜〜〜〜い。俺も混ぜてくれぇ!」
若林から発せられたそれは日本語でこの国の人達には分からないだろうに。それでもボールを追って走り回って全員が振り返るほどの大声だった。
彼らの様子にこれまた勝手に同意を解釈して、若林は地元の住人が囲む輪に入り込み、こちらを振り返る。
手招きをしながら今度は岬に向かって大声を出した。
「みさき〜〜〜〜。どうする〜〜〜〜!!」
岬はそれに声を出して答えることが出来ずにただ首を小さく横に振るだけだった。遠く離れた若林にその動きが見えなかっただろうが、岬の様子を察してか若林は再度岬に声を掛けると足元にあったボールを蹴りだした。
「じゃあ、やりたくなったら、混ざれよ!」

楽しく地元の人間と一緒にサッカーをする若林・・。
暫くその様子を眺めて、岬はなんとなくこの光景をどこかで見たことがあると頭を捻った。一体どこでだったろうか・・・。
ひとしきり考えて再度若林に目をやる。
プロなんだからもう少し手加減してもいいだろうに一生懸命になって他の人間と争ってボールを追って走っていた。
叫び声らしきものも聞こえた。若林がボールを取られて悔しそうにしている。GKなんだからそれぐらいサービスサービスと笑みをもって見つめていると、ふ、と岬の中に先ほど思い出せなくて頭を捻った内容が脳内に浮かび上がった。
「あぁ・・・・そうかぁ・・・・。」
さらに笑みが浮かんだ。
これはずっと昔にあった光景。
場所も相手も違って・・・その時には自分も一緒に混じっていたけれど、確かにあった光景だった。



あれは中学最後の夏。
ずっと会えないまま大人になるのだろうと思っていた矢先、雑誌で若林の事を知り、いてもたってもいられなくなり思わず自分らしくないと思いながらも行動してしまった。
あの時、自分はフランスにいて、若林はドイツにいて。そして、若林に会いに夏休みにドイツに単身乗り込んで。
公園で一緒にボールを追っかけたっけ・・・・。
その時も特に知り合いという訳ではなかったのに公園にいた地元の子達は快く仲間に入れてくれて、一緒にサッカーを楽しんだ。
あれは本当に楽しかった。国境なんて関係ない。人種なんて関係ない。
サッカーって皆で楽しむスポーツだったと改めて思った。
楽しいスポーツだと思った。
そうだ。
サッカーって楽しいんだ。


そう思ったら次々と楽しいことを思い出した。
そうだ。
ユースの時行き詰って世界を旅して、その時だって感じたはずだった。
サッカーって楽しいスポーツだということを。
サッカーを楽しんだものこそが世界一流の選手だと。
あちこちでいろいろな人々がサッカーを楽しむのを見て、何度となく感じたことだった。

それを。

それをまた忘れてしまっていた。
また同じ事を繰り返した。
何度同じ過ちを繰り返せばいいのだろうかと、岬は情けなくなってしまった。
とたんに若林を見るのが苦しくなってしまう。今まで楽しい思い出に浸っていたのが急に辛くなった。
目には涙が浮かびだし、さらに情けなさに拍車をかけた。
どうしてこうも同じことを繰り返してしまうのだろうか。しかも、時間が限られていたとはいえ、今回は若林に『サッカーを楽しむこと』を教えてもらわなければそのまま気が付かなかったかもしれない。
翼と試合を楽しむことができなかったかもしれない。
あまりの情けなさにもうその場に立っていることさえ辛かった。

岬はだまってくるりと踵を返すと静かに歩き出した。その場から離れるために・・・。皆がサッカーを楽しんでいる場所から離れるために・・・。
スタスタと歩き、階段を上がろうとしたその時、後ろから声が聞こえた。自分の名前を呼ぶ若林の声が聞こえた。
しかし、岬は振り向く事さえできずにそのまま階段を上がり、そのスピードも徐々に早足になっていった。
もはや先ほど綺麗だと思えた草花さえ目に入らなかった。
後ろからはなおも岬を呼ぶ若林の声が聞こえた。
「みさきっ!・・・・待てって・・。おいっ!」
階段を上がりきった所で追いかけてきた若林が岬の腕を掴み立ち止まらせた。
「どうしたんだよ、急に・・・。」
はぁはぁと息を切らせて岬の肩を掴む若林に、岬は顔を上げることができなかった。ただ静かに俯いている事しか出来なかった。
若林はもう一度、今度はさらに優しく声を掛ける。
「一体どうしたんだよ・・・、急に一人で帰りだして・・・。疲れたのか・・。」
岬はまだ黙ったまた首を横に振る。
「黙ってちゃあわかんないぜ・・・。」
若林は掴んでいた肩を抱き寄せた。
「・・・ぅん。・・・ごめん・・・。ちょっと疲れただけだから・・・。」
「そっか、悪い。部屋に戻って休もうか・・・。」
若林は岬の頭をポンポンと軽く叩いた。
ん、と頷くと今度はゆっくりと歩き出す。若林も一緒に。
肩を抱きながら若林は岬の疲れを考慮してさらにゆっくりと歩いた。
少し凭れながら岬はずるいと思いながらも若林の優しさに甘えた。




部屋に着くと扉を開けそっとベッドまで付き添ってくれて、岬は若林の優しさとそれに甘んじている自分に苦笑が浮かんだ。
それを見逃すことなく若林は岬の頭を撫でながら一緒にベッドに腰掛けた。
「大丈夫・・・か?」
「う・・・ん。ごめん・・・。」
「どうした・・・岬。」
「・・・・・・。」
「・・・話せないならいいさ・・。悪かったな。」
若林に謝罪させる自分に岬はさらに情けなくなった。唇を噛み締める。
「でも・・・。」
そんな岬を赦すかのように若林は話を続けた。
「このままじゃいけないのは分かっているよな。」
若林の言いたいことが分かる気がして岬は頷いた。
「どうすればいいのかも分かるな・・・。」
また岬は頷いた。
「俺が言いたかった事、わかるな・・・。」
もう一度、岬は頷いた。
それに若林は、そうかと呟くと先ほどみたいに岬の頭をポンポンとして立ち上がった。
「そこの扉から続いているのが俺の部屋だから、何かあったら呼んでくれ。夕食の時間になったら声を掛けるからそれまでゆっくりするといいさ・・。」
その言葉に岬は入ってきた扉から反対側にある扉を見て頷き、そのままベッドに付いている時計に目をやった。
昼過ぎにこの島に着いてからすでに4時間が経っていた。お腹も空いてきている。
だが、そんなことより食事よりこの混乱している頭をどうにかしたかった。いや、わかってはいるのだ。どうしたらいいのか。
わかっているのだが、身体がそう動いてくれなかった。あまりの情けなさに・・・。
たださっきの人達と一緒にボールを蹴ればいい。サッカーを楽しめばいい。たったそれだけなのに・・・。
若林も言葉にはしなくてもそう言っている。
わかってはいるのだが、何度となく同じ過ちを繰り返す自分に嫌気が差した。
暫く一人になって頭を冷やそう。そうすれば、少しは落ち着くだろうか。
そう思ったのだが、何故か岬は頭で考えている事と違う動きをしてしまう。
咄嗟に立ち上がった若林の腕を掴んでしまった。
「・・・みさき・・・。」
若林が苦笑いをしながら岬を見つめた。
「ごめん・・・。暫くこうしていて・・・。」
ぎゅっと掴む手に力を入れた。
若林はストンと腰を落とすと今度は柔らかく笑った。
「いいさ・・・。岬の気が済むまで一緒にいるよ・・・。」
若林は岬の手をゆっくりと腕から外すと逆に若林から握り返した。
「これで落ち着くか・・・?」
「・・うん。」


暫く沈黙が続いた。
静かな時間がただ過ぎた。
遠くで鳥の鳴く声が聞こえた。




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たったあれだけの若林の登場でここまで妄想できる自分に感動!
しかも、まだ続くという・・・。ごめんなさい。(土下座)