遊戯戦3




頬に何かしら暖かいものが触れた気がした。
何だろうとそっと手を頬に当てると、その暖かさが確かなものとして岬には認識された。
あぁ、と思い今度は瞼を動かす。
ゆっくりと重い瞼を押し上げてみれば目の前には赤が広がった。しかしよく目を凝らせば部屋が暗かった為、赤というよりは多少赤黒いというのだろうかと岬は自分の視覚の感覚を訂正した。
色の感覚を覚えた次にはその赤が何であるかを理解しようとし、それは容易に出来た。赤の中に見覚えのあるロゴが目に入ったからだった。そのロゴの入っている赤いものは、若林が着ていた服であることは今日最初に若林を確認したときにしっかりと記憶に残してある。
目の前の赤に瞳の焦点を合わせたまま頬に当ててあった手に力を入れると、同時に自分の手もぎゅっと締め付けれられた。
握り返されたのだ。若林の手に。
岬がゆっくりと視線を上に向けると今度は赤ではなく、しっかりとした輪郭で若林の顔がその表情まではっきりと分かるほど目に入った。
岬に沿うようにして座っていた若林は岬が起きやすいように位置をずらして座りなおした。


「わかばやし・・・くん?」
「おはよう、岬・・・。っていっても、夜だけどな。」
男らしくないかもしれないがクスクスという擬音が似合う笑みを浮かべて、若林も岬を見つめた。
「寝ちゃったのか・・・、僕。」
「あぁ、疲れたんだよ。よくよく考えればずっと飛行機に乗りっぱなしだったし・・・。すまなかったな。」
すまなかったというのは、ホテルに着いてすぐ外に連れ出されたことをさすのだろうか、それとも、岬に自分が弱い考え持ち合わせていることを思わせてしまったことをさすのだろうか。
俯いてしまった岬に、若林は明るい声を掛けた。
「お腹すいてないか?暗くなってしまったが、まだレストランは空いている時間だから、外に出て遅い夕食でも食べないか?」
ギシッと音を立てながら腰掛けていたベッドから立ち上がる。
手は繋いだままだったので、釣られるようにして岬もベッドから起き上がった。
「どうだ?夕食、食べられそうか?」
「そうだね・・・。どこかおいしいところ、連れてってくれる?」
ニコリと岬が笑いかけると、若林はまかせとけと胸を叩いた。
「このホテルのレストランも旨いけど、近くにいいところがあるんだ。どうだ?この島の料理食べてみないか?」
「へぇ、どんな所?行ってみたいな。」
すぐに出かけることにした。






外に出てみれば空には星が犇めきあいながら輝いており、日本の澱んだ空気とは比べようもないことが容易く見て取れた。
気温も昼間の暑さが不思議なほど身体に丁度よい高さになっていた。昼間も嫌な暑さではなかたのだが、今の方がとても過しやすい。
「きれいだね・・・、空。」
「あぁ、いいだろう?夜はさほど暑くないし、空気は綺麗だし、過ごしやすい所だ。」
時計を見ながら若林は少し急ごうと進める足を速めた。
「時間ないの?」
確かにすでに夕食とは言えない時間ではあるが、まだ8時を過ぎたところだ。自分が住んでいるところを基準にすれば、まだまだ宵の口ではあるのだが、この島では1日が終わるのが早いのだろうか。
「あぁ、・・・いや。店はまだ大丈夫なんだが、結構地元でも人気のある店だから油断していると、オススメの料理がなくなっちまんだよ。」
「へぇ、かなり流行っているんだね。」
「まぁな〜。地元の人間だけでなく、数少ない観光客もそこに集中しちまってるし。店自体もさほど大きくないから、いつもギュウギュウ詰めなんだよ。」
ふうん。と岬は口にだして若林を見つめる。


ふと、岬は思いついた疑問を口にした。
「どうして、そんなに詳しいのさ。よく、来るの?」
岬は若林と過した過去を一通り思い出したが、この島に一緒に来た思い出がないのは考え込むまでもなかった。いや、話を聞いたことさえなかった。
いつの間にこんな所を見つけていたのだろう。しかも、今まで自分に内緒にしていた?
疑問と共に嫉妬に近いものがふつふつと湧き上がる。
嫉妬といっても誰にとはわからないのだが・・・。
ここを教えてくれた人?それともここに一緒に来た人がいるのだろうか?
ほんのちょっとした疑問と共に湧き出た苦い思いは徐々に岬に暗い影を作り出した。
そんな岬の思いなど露知らず、若林は苦笑いを浮かべながらどう答えようかと頭を捻っていた。立ち止まることはなかったのだが、歩調が自然ゆっくりとなる。
「う〜〜〜ん。まぁなぁ〜。後で話すさ。とりあえず、店に行こう。」
「・・・・・・うん。」
若林としてはそのつもりはなかったのだろうが、岬からすればなんとなくはぐらかされた気がした。
しかし、後で話すと言ってくれたのだ。大丈夫、何も自分に秘密にしていることなどないのだろう。
そう、自分に言い聞かせて岬も一緒に足を進めた。
少し出てきた風が気持ちよかった。





暫くすると、月明かりだけの景色の中にポツリと小さな灯が浮かんだ。
あれだ、と指を差す若林には楽しそうな表情が浮かんでいた。岬は何故そんなに楽しそうにしているのかがよくわからない。確かに出かけるときは一緒に夕食ということで岬も明るい気持ちにはなっていたのだが、今は若林ほど楽しい気分になれない。それは、昼間の出来事と先ほどのやりとりを引きずっているのに他ならなかったのは自分でも自覚済みだったのだが、浮上できない気分は仕方がない。
とりあえず、沈んだ気持ちを顔に出さないようにして、頷いた。
灯りが見えたと思ったらすぐに着いた。
あまり派手ではないが、それでもこの静かな島国では目立つだろう、ライトアップされた看板は岬には読めない文字が書かれていた。ただ雰囲気で地元のレストランということはわかった。
なんて書いてあるのかな、と見入っていると「いくぞ。」とさっさと若林は中に入ってしまう。置いていかれないようにあわててそれに付いて中に入れば、中は今まで歩いてきた外の静けさとは比べようもないほどに賑やかだった。
奥に設置されている舞台ではバンドの生演奏が行われていた。バンド演奏などどこにでもあるようなものだが、耳に入ってくるのはあまり聞き覚えのないようなリズムで、この国独特の音楽なのだろうと岬は思った。視線を横にずらすと、その音楽に合わせて右側の小さなホールでは数組の男女が踊りを楽しんでいた。軽いステップを踏みながら、くるくると動く身体。やはり地元の民族的な踊りなのだろうか。それも又、岬には初めて見る踊りであった。


過去、自分のプレイを否定され、もう一度自分を見つめ直そうと世界を回った時期。その時もいろいろな国を回ったが、その何処ともまた違う雰囲気を漂わせて、岬は、あぁ、僕にもまだまだ知らない事がいっぱいあったんだ、世界を回った時期があったが、その時に多くの事を知ったつもりなのがそれは間違いだったのだと、改めて認識した。
半ば呆然と周りを見回している岬に軽く笑みを溢すと、若林は一度離した手を再度繋ぎ、まるで決まっているのかさっさと奥の席に進んだ。
引っ張られながら岬はまだ回りをキョロキョロ見回している。

ふと、あるものに目が留まった。
「あれ・・・・?」
若林が着いた席の僅か離れた位置にあるカウンターの後ろ。多くの酒が並んでいる棚の一番上段。一般の観光客や、地元でも何も知らない者ならば気が付くことはないだろうほどの片隅にささやかにだが、その存在は知っているものにはすぐに誰だかわかってしまう写真に目を奪われた。
岬の目線に気が付いた若林が声を掛けようとしたその時、後ろから酒が何の前触れもなく、差し出された。
と、共に低く落ち着いた声が掛けられた。
「遅かったな・・・。」
「ちょっとね・・・・。でも約束通り来ましたよ。」
今までの若林の態度が少し緊張した面持ちになった。言葉も多少丁寧になったか。
その若林の緊張の相手が誰だかわからなかったので、岬はつい、と顔を上げた。



「え・・・・???」



一瞬、思考が止まる。
この繋がりって・・・??
あまりの以外な人物に岬は固まったしまった。
どうして、若林くんとこの人が?と思う。
その相手はそんな岬の反応も最もだとわかっているのだろうか、にっこりと岬にも声を掛けた。

「久しぶりだな、岬・・・。」

「・・・・・久しぶりです。」

声を掛けた人物。そして棚の上段に飾られた写真に写っている人物に対して、鸚鵡返しにしか今の岬には返事ができなかった。





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終わらない・・・。おかしい、こんなはずでは・・・。(涙)
そして、登場した人物って意外なのかなぁ〜〜。う〜〜ん。