遊戯戦4




「まずは・・・。」
と若林の後ろに立っていたその人は、岬達のテーブルに座るのは当然とばかりにガタッと椅子に腰掛けた。
照明が明るい店内だからだろうか、夜なのに何故か掛けていたサングラスをゆっくりと外す。

「翼の結婚式以来か?岬と会うのは・・・。暫くだな。再開の乾杯といこうか。」


元々持っていた、若林達に出した酒とは別の右手にあるジョッキを翳し、にこやかに岬の前に差し出されてあったグラスにカチンと当てる。若林とはお互いに楽しそうにジョッキを傾けた。
突然の目の前に現れた以外な人物に今だどう反応してよいのかわからないままも、とりあえず相手に合わせてグラスを取り、中の淡いブルーの色をしたカクテルに口をつける。岬の驚きを他所に目の前の2人は楽しそうに会話を始めた。
手と口は動きながらも目線は暫く相手を捕らえたままだったのだが、やはりどう考えても不思議でならないこの顔ぶれに岬は漸く脳を働かせ、疑問を口にした。

「あ・・・の。どうしてロベルトがここにいるのか、わからないんだけれど・・・。」

その声はなんとなく聞きづらいことをと思っているのか、か細い。
「あぁ・・・・。」
と若林はその横でまるでいたずらが成功したような表情で笑い出し、岬との間にいるロベルトに目をやった。
「俺から説明しましょうか?」
「なんだ、まだ岬に何も言ってなかったのか・・・。」
雰囲気は悪くないのだが、回りの喧騒とはかけ離れた物静かな空気がこのテーブルには流れていた。
はぁ、とため息を溢すとロベルトは再度ジョッキを口にした。
ゴクゴクと喉が上下するのを横目に岬は若林に視線で説明を求めた。



「元々はロベルトがここによく来ていたんだ。まぁ、簡単に言えばプライベートの秘密練習場ってとこか?」
確かに岬にはここは初めてだったし、若林は何度か来ているらしいのだが、それも岬には初耳だった。だが、それがどうしてロベルトの秘密の練習場になるのか、やはりわからない。そもそもロベルトは現役をとうに引退していて、今は監督業であるはずだ。
文脈の繋がりが見つからないまま、黙ることで若林に話を続けさせた。
「俺がさ、前にチームを移籍した時に、ちょっと行方知れずになったことあるだろう?」
「う・・ん・・・・。」


何年か前、若林はその当時在籍していたチームの監督と折り合いが悪く、それがチームの戦績に響き、問題になったことがあった。
岬はその頃、ユース時代のケガからの復帰直後で、なんとかJリーグに活動の場を移し、やっとこれから、と自分の方に忙しくその時はあまり力になれなかったことを思い出した。本当はすぐにでも若林の傍に飛んで行って彼の支えになってやりたかったと今でもその当時のことが悔やまれる。
結局、若林は数週間の後、若林らしいといえるかどうかはわからないのだが、上手く立ち直り他チームへ移籍、見事に復帰を果たしたのだ。

「実はあれ・・・。ここに来てたんだ。」
「・・・・・え?」
初めて聞く若林の苦い過去の話。そういえば、と岬はさらに過去の出来事を思い出していた。

あの時、そういえば復帰後も、岬には行方不明の時どうしていたかとか、どうやって立ち直ったのかとか、話をしてくれなかった。本来なら、いつもお互いに困った時や行き詰まった時、互いに支えあうことが常だったのに、唯一あの時だけは若林は自分1人で立ち直り、そして岬には何も話さなかった。
そんな岬の考えが読めたのか、若林はさらに苦い顔をして説明をする。

「いや・・・・。本当ならあの時も岬に連絡を取ろうかと思ってたんだけど、岬もいろいろと大変な時期だったろ?それに、なんとか立ち直れたしな。まぁ、後でごちゃごちゃ説明するのもなんだったし・・・。」
あぁ、そうか。と岬は思った。
岬が大変だった時期に、自分のことにまで神経を使わせて疲れさせてはいけないと若林は思ったのだ。
なんだかんだ言っても若林は自分のことにまで気を回してくれたのだと、言葉では簡単に言うけれど、その優しさがどれだけのものだったのかがわからないではない。
本当に岬にはどこまでも優しい。
こんなところまで若林にはかなわないと思いながらも、しかし、それは嫌な気持ちではなかった。
静かに耳を傾けている岬にロベルトが横から言葉を付け足す。
「元々、若林にここを紹介したのは俺なんだ。今回、岬をここに連れて来たいと言ったのは若林なんだがな・・・。」

え・・・?

と岬はロベルトに視線を移した。
少し意地悪ともいえる笑みを浮かべながらロベルトも岬を見た。
「あの俺が詰まった時期、たまたまロベルトが仕事でドイツに来ていて、俺の状態を見るに見かねてここを教えてくれたんだ。きっと何かを掴むことができるって。」
再度、若林が言葉を続ける。
それと今回のことがどう繋がるのかが、岬には今一度わからなかった。
「俺達の昔を知っているからこそ、ロベルトは翼と俺やお前との勝負が見たいそうだ。」
「俺達だけでなく、ロベルトもそれを望んでいる。」
「だから。」

一呼吸置いて続ける。

「俺もだが、お前も翼と戦いたいって思ってるだろう?」
もう一度若林を見つめる。
「翼の為にも。そしてお前の為にも万全の状態で・・・全力で翼と戦って欲しいそうだ。」
ロベルトが続けた。
「その為にはどんな協力も惜しまないよ。」



納得。
岬がここに呼ばれた理由も、やはりこれからどうしたらいいのかも納得してしまった。
「時間ないしな・・・。」
そう、時間もないのは事実。
「翼もお前と真剣勝負をしたいだろうしな。」
そうだね。
「お互い悔いのない試合をしたいだろうしな。」
ほんとだ。

日本で壁にぶち当たり、ここに着いて、若林がサッカーをしているのを見て、自分が情けなくなって。
頭ではどうしたらいいのかわかっているつもりでも、心が付いてこなかった。サッカーを楽しむことが・・・とは分かっているのに。
しかし、そんな建前のような言葉よりも、形よりも。
大好きで大切な仲間でありライバルである翼と悔いのない試合をする。終わったらお互いに笑顔で握手ができる試合をする。
勝ち負けはもちろんのことだが、サッカーを楽しむ。それはわかってはいるが、今はそんなことよりも、その方が大事だと認識した。
きっと今までも翼と全力で戦うのは頭ではわかっていたのだが、心の底から終わったら笑顔を向けることができる試合をとまでは考えてなかったのだろう。試合の中味しか考えておらず試合後のことまで頭がまわっていなかった。
試合後、笑顔で翼と握手したい。
その為には。どんな方向でもかまわないからまずはしっかりと気持ちの切り替えを行おう。そうすれば試合後のことだけでなく、試合そのものもきっといい形で向かえることができるような気がした。

岬が思い浸っていると、ちょっとバツが悪そうに若林が付け足した。
「いっとくが、ロベルトも俺も翼の為、ってわけでお前に頑張って欲しいわけじゃないからな・・。」
ニコリと微笑みを返す。
「そういうことにしておくよ。」
頬杖をついてロベルトが岬を覗き込むように心配な声を出す。
「本当にわかっているのか?」
大丈夫と口を尖らせて岬はロベルトの方を向いた。
「だってロベルトは南葛SCの監督だろう?」
上目遣いでニヤリとしてみた。
それをみて大声で笑う。
「あっはっはっは!!そうだ、確かにな!!」
一緒になって笑った。
その後で飲んだお酒はいつもよりおいしく感じられ、そしてそのお店で食べた夕食は若林が勧めるだけあって確かに絶品だった。
ついつい話は弾み、ついつい食も進み、岬はいつになく楽しい時間を過ごすことができた。
お互いの近況と、翼への思い。そしてサッカーへの思いへと話は尽きなかった。
サッカーというスポーツだけでなく、翼という人物に関わる繋がりは一見卑屈になりそうな感もあるのだが、ここに集う皆はその繋がりはまるで運命といっても信じてしまうほど嫌なものではなかった。
こんなに楽しい時間は岬には本当に久しぶりだった。





帰り際にロベルトが釘を刺す。
「いいか、ここは翼には内緒だぞ!翼のライバルの集う場所だからな!!」
「あぁ、もちろん。」
「それから。」
思い出したようにニヤリと笑う。
「ここがお勧めの場所の理由・・・。」
「それは明日説明するよ。」
ロベルトの言葉にそうだなと若林が相打ちを打つ。

そのままロベルトは歩き出した。
若林が手を振って笑った。
岬も一緒になって手を振った。

「じゃあ、明日な!!」
岬達とは別のホテルを取っているのだろうか。
もう一度、ロベルトは大声を出して別れをいうと、岬達と反対の方へと歩いて行った。



本当は翼の為でもあるのは、まぎれもない事実。
自分が、そして翼が悔いのない試合をするようにと。ロベルトの配慮であることは否定できないことだった。
もちろん、若林の時もそうだろう。その若林がチームを移籍する時点ではすぐに翼とは対戦するわけではないにしても、いつかは闘うことになるのだから。あの、ヨーロッパで行われる大きな大会で。

でも。
でも、と岬は思う。
翼だけでなく、自分達のことも考えてくれたのも間違いのない事実だと岬はロベルトの背中を見送った。




明日。

明日、ロベルトがここで作りあげたチームと闘う。





HOME    BACK     NEXT




どうした、私。何故終わらない??
もう暫くお付き合い下さい。