遊戯戦5
「おはよう・・・。」 ぼうっとした頭でぼんやりと天井を眺めていたら、足元から声が掛かった。 ゆっくりと声の上がった方へと視線を向けるとすでに若林は一汗かいたのだろうか、肩にタオルを掛けて髪を拭いているところだった。 「あ・・・れ?若林くん・・・?」 「よく寝たよなぁ〜。もうすぐ朝食の時間終わっちまうぜ?さっさと起きようぜ。」 答えるかわりにニコリと笑顔を向けると、傍に寄り手を差し出された。 それに掴まりながらよいしょと身体を起こすと頭が少しずつだが冴えてきた。岬は目覚めのいい方なのですんなりと体も動く。 「僕もシャワー浴びてこよっと・・・。時間ある?」 「あぁ、簡単にならあるぜ?行ってこいよ。」 ゴシゴシとまだ頭を拭きながら若林は岬を促した。 夜は暑さどころか涼しささえ感じるぐらいの気温だった為汗を掻いているわけではないし、昨日の酒が残っているわけでもなかったのだが、さっぱりしたくて岬は立ち上がるとパジャマかわりにしていたシャツの皺を直しながら裸足のままさっさとシャワー室へと歩いた。 昨日がよほど楽しかったのか、それとも今日のこれからを想像して楽しみにしているのか、岬の足取りは昨日、この国に着いた時を考えるとまるでウソのようにとても軽かった。 自分の思いが伝わったことがまたうれしくもあった若林は、その岬を楽しそうに眺めながら首に掛けていたタオルをポイッと近くの椅子に投げ掛けた。 「ビックリ作戦第2弾だな・・・。」 悪意はないのだが、今日もまた若林の悪戯心が顔を覗かせた。 さっぱりとした頭で簡単に朝食を取り、ふと気が付くと陽も午後へ向けて高く上がりかけていた。この国では太陽が日本にいるより高く感じる。ベランダで岬はお昼にはまだまだ時間があるのにも関わらず高くなっている太陽を目を細めながら見上げた。 その後ろでトレードマークともいえる帽子を被りながら若林が支度を始める。 「さて・・・、行くか。」 さりげなく岬に声を掛ける。 はっきりとは言わなかったが昨日のロベルトとの会話から想像するに、今日はロベルトがここで時々サッカーを教えているチームと試合なるものをする・・・予定だ。 試合といっても、こちらはチームどころのメンバーではないのだが、どんな形であれ、昨日とは違った明るい気持ちでボールを蹴る事ができると岬は自覚していてた。 もちろん若林も一緒にボールを蹴るという。 岬は昨日出す事のなかった奥底にしまっていたシューズを鞄から取り出すとおもむろにぎゅっとそれを握り締めた。 若林から『遊ぼう』と言われて必要ないとは思ってみたが、やはり持ってきてしまっていたサッカーシューズ。心のどこかでこの事を予想していたわけではないはずなのに、持ってきたことは正解だったと思った。正直に言えば、手放せないというのが本当だが。 岬は軽く息を吐き出すと、今度は優しさを伴ってシューズを握る。 若林はこれまたさわやかという表現が似合う笑顔で岬を眺めながら腰を上げた。 軽く手を繋いで部屋を出た。もちろん部屋を出れば自然とそれは離れてしまったが。 日差しがじんわりと汗を作り出す。 やはり日中の暑さはかなりのものだが、それでも流れる汗が嫌ではなかった。 空を仰ぐと遠くから声が掛かった。 昨日の夜、翼を通して新たな意識で繋がれたかなり年上の仲間。いや、仲間というより同士という方が近いだろうか。遠くからの声はその同士からのものだった。 何も考えずに進んでいたらいつの間にか目的地に着いていたようだ。岬はいかに現実と離れたところで思考を廻らせていたのかと考えると自分に苦笑いした。 「おぉ、昨日の酒はちゃんと抜けたか?」 いかにも自分は大人と言いたいらしい。見た目と違って内面はかなり自分達と一緒なのに。 ニコリと微笑むことで大丈夫なことを伝える。 と、ロベルトの後ろから初めて見る岬より少し背の高い少年と言ってもいいだろう人物がさり気なさを装いながら、それでもその存在感は溢れんばかりと前に出てきた。 この雰囲気は一体何だろう、と岬が首を傾げていると。 「こんにちは・・・。」 どうみても地元とすぐわかるのに日本語を話すことに驚かされた。 どういった返事がいいだろうと頭を捻っている岬を余所に若林はやはり、ここでも自分は知っているさと当然のように受け答えをした。 「やぁ、久しぶりだな、J。また暫く見ないうちにでかくなりやがって。」 相手の成長が楽しいと言いたげに若林は普通に会話を始めた。それももちろん日本語で。どうやら若林もよくここに来るのだろう、にこやかに会話をやり取りしている。ロベルトや若林から教えてもらったのだろうと岬はすぐにわかった。2人の会話はさも若林は自分の方が立場が上なんだぞと言いたげだ。まぁ、実際若林はプロのサッカー選手でここにいる彼は住んでいる場所からしてアマチュアなのは想像に難くないし、年もあきらかに年下なのがわかった。ここで岬と比べればあまり年離れた感じがしないのは愛嬌としておこう。 やはり日本語でいいのか、とここの言葉を知らない岬は少し胸を撫で下ろして会話に加わった。 「はじめまして・・・、J・・・・くん?僕は、み・・・。」 「知ってるよ、タロウ・ミサキだね。初めまして。」 「え・・・・・っとぉ〜。」 自分のことを知っているということにまたもや驚かされた。過去ジュニアユースやユースでは国際大会に出たとはいえ、翼や若林と違って岬はプロになってから国際的にはまだまだ名前を知られていることはなかったから。今は活躍しそれなりに名前が売れだしたといっても、それもまた世界的にみればまだまだ小さな島国でのこと。 自分のことを知っていることに驚かされたのだろう表情にJと呼ばれた少年は笑顔で岬を見つめた。 「ワカバヤシやロベルトから話を聞いているんだ。ツバサ・・・・の相棒だろう?」 まぁ、どうして名前を知っているのかという理由は簡単に分かったが、相棒なんて言葉をよく知っているなぁ〜、と妙なところに感心しながらも岬はうれしかった。日本では知られている翼とのコンビだが、世界に出てみればそれを知っている者はこれまた岬の名前と同等にまだまだ知られていない。コンビとしてしか知られていないのは仕方がないにしても翼と同等に思われているようで。 ふとその理由である二人に目をやれば、若林は岬とJの会話が始まったところでそろそろ身体を動かす準備をしているかと思っていたのだが、のんびりとロベルトと会話をしていた。昨日、あれだけいろいろと話をしていたのにもかかわらずよくそんなに会話が続くなぁと岬はこの2人の関係に不思議な縁を思った。 昨日の会話でも改めて翼を通しての繋がりは消せないまでも、それでもこんなににこやかに会話ができるものかと不思議に思ったものだった。なぜなら小学生の時は、ロベルトはやはり翼にばかり目を奪われていたし、その時には若林には見上という立派な専属コーチがついていた。お互いに師弟の関係のある相手がいるのだから必然的に双方での会話や指導はなかったのだ。そして、やはりさほど会話のないままロベルトはブラジルに帰り、若林はドイツへ渡った。どう考えても繋がりは翼を介しての方がすんなりと納得できる。 とはいえ、今は確かに2人の間にかなりの繋がりを感じさせるということは、サッカーというスポーツは不思議な力があるのだろうか?それとも昨日も言っていた翼を通しての繋がりというのはかなり深いものになるのだろうか?自分もその中に入ることができるのだろうか? ふとJとの会話を止めていろいろと思い巡らせていたら、何度も岬の名前を呼んでいたらしい。視線を戻せばJが不思議な顔をしながらさぁ、準備をしようと身体を動かし始めた。 「えっ!他の皆は?僕達だけ??」 「あぁ、他の皆はまだ仕事やら家の手伝いがあるから後から来るよ。まずはミサキと僕で試合だ。」 試合というよりはマンツーマンでの練習みたいなものかと思いながらも、最初に会った時に感じたこの少年が持つ不思議なオーラを思い出した。そのオーラを知りたくて素直に言葉に従う。一緒にサッカーをすればわかるだろうか。 軽くストレッチをし、身体を伸ばす。 ホテルから今日ロベルトやそのチームの仲間と会うと予定していた今いる場所まで軽くランニングしながら来たので身体はわりと温まっていた。 Jもすでに準備が出来ていたのか、すぐにボールを蹴りだした。ポンと足元から頭上にボールが跳ねる。 その様子に腱を伸ばしながらへぇ、と感嘆の声を内心漏らした。 「なるほどね。」 ロベルトと若林の魂胆がわかったような気がした。 それなりの実力があるらしい彼と闘わせることによって今までの自分を取り戻そうということだろか。単純だが、やはりそれが今の自分にとっては一番なのかもしれないと岬は思った。昨日、若林が地元の人間と一緒にサッカーをしていて岬に入れと目で訴えていたように。勝負にこだわらずに楽しむサッカーを教えてくれそうな気配がそのボール裁きに感じた。 あれこれと今までいろいろ考えてきたのだが、どう転んでも最終的には同じ所に結論が辿り着くのだろう。それならせっかくだからそのまま若林達の思惑道理にJと闘おう。Jそのものに興味もあるし。サッカーを楽しもう。 と、シューズを履き替えた。 ただ、最初にJと2人きりでゲームをするのは、やはり大勢でするわけでなく、個人対個人ということに目的があるのだろうか。 荒く書かれた線の中に入り、そのままセンターサークルに辿り着く。 じゃあ。 と言ってJが足元にあるボールを蹴りだした。 どちらか先にゴールした方の勝ち。もちろんゴールには若林が立っている。単純なゲームだった。 Jがどんな実力の持ち主か知りたかったから先にJにボールを渡した。 ポーンと軽くボールを蹴り上げたかと思うと、一気に動き出した。それを少し離れた位置で見つめる。 なんとなく只者ではないとは思っていたが・・・。岬は目を見張った。一瞬のことだが、呆然と見つめてしまった。 その一瞬の間に全てが分かった気がした。若林とロベルトが何故、自分とJを対戦させたかがわかった。 彼の動きがまるでスローモーションのように岬の瞳に写った。 「あぁ・・・・。そっくりだ。」 Jの動きを目で追いながらポツリと呟く。 いや、呟いた言葉では足りないほど似ていた。瓜二つと言ってもいいだろう。人に予っては同一人物か生き別れの双子かと冗談でも思ってしまうほど。 「翼くん・・・。」 今、Jの動きから見えている人物の名前が浮かんだ。いや、浮かんだのではなく、しっかりと声に出ていた。 こんなことってあるんだな。不思議だが・・・。 確か何処かで聞いたことがあるのを岬は脳の端に思い出していた。世の中には自分にそっくりな人間が3人はいるという。しかし、それは見た目の話ではなかったのか? 今、目の前で自分と闘おうと走っているこの男はまったく彼には似ても似つかない。それなのに、見た目は違うのに、それでも彼を思わずにはいられない動きをしている。 でも・・・。 と岬は思って漸く身体を動かした。 実際に彼と交えてみないとわからないこともあると思い直した。勘違いかも・・・と。実際に岬とJを会わせた若林やロベルトの行動からすれば勘違いではないことは考えなくてもわかりそうなのに、岬はやはり自分でしっかりと体験して認識したかった。 トップスピードに乗る前に彼の前に立ちはだかる。 キュっと足が止まるかと思いきや、それはフェイントだとすぐに分かった。しかし、岬もすぐにそれに合わせるかのように再度ステップを踏む。 右足に重心を取り、ターンする。 Jもそれを予測していたのか、今度は反対側に切り替えす。と思われたのが、彼の足が浮いた。ジャンプして岬をかわそうというのか。岬はまたそこまでを予想していたのか、その動きにも付いてきている。 Jはチッと舌打ちした。 岬はどうだと言わんばかりにニヤリとするが、内心必死だ。なんとかJに付いていっているのだが、しかし、ボールが取れない。ボールに触る事ができない。 これは実力とは違い、知っているから付いてこれる動きだと岬は考えた。Jに喰らいつくのが精一杯だったのだが、それも知っている動きだから出来る事なのかと思った。知らなければもっと苦戦しているはずだとかなり焦っていた。 奥歯を噛み締める。悔しい。 でも、その悔しさの中にも何故か笑みを溢してしまう自分がいる。 似ていると単純に思っていただけなのに、それだけではないような気がする。確かに似ている。いや、似ていると言葉ではやはり足りないと思う。何度もそう心の中で呟く。 そして、同時に楽しさが溢れてくる。こんなに楽しいものなのかと思う。彼ではないのに。目の前にいるのは初めて顔を合わした異国の少年なのに。 どうしようもなく楽しさが込み上げてくる。 苦しいはずなのに、岬には笑顔が浮かんでいた。 苦しいけど楽しい。 楽しい。 サッカーって楽しい。 あぁ、翼くんと闘う時は、きっとこんなに楽しいだろう。 それどころか今以上に嬉しくて楽しくて暴れだしたいくらいになってしまうかもしれない。興奮して寝れないどころかもしれない。 寝れない。 という、単語を思い出してふと気が付く。 つい一昨日まで違う意味で寝られなかった。楽しさなんて微塵も感じない感情で眠れなかった。苦しさだけだった。苦しさでいっぱいだった。 でも、今日、Jと闘うことで先が見えた気がする。 実際に翼くんと闘う前には嬉しさで眠れないかもしれない。と思った。それも今Jと闘っているという事実があるから感じられることなのだが。 これがなかったらそのまま苦しさで眠られずに苦しさの中での試合となっていたのは想像しなくてもわかっていた。 若林くんとロベルトには感謝してもしきれないほどだった。 なんとかJを前にしながらも、その若林にチラリと視線を流す。 若林も岬の気持ちがわかったのか、笑みを浮かべていた。それはもう、これ以上ないほどに。 |
次で終わります・・・。あとちょっとだ〜〜!