永遠の思いはあるのか16
テーブルには、ずっと食事にありつけていなかった男に配慮したのだろう、胃に優しい食事が並んでいた。 その横には、小さなコップに入ったミルク。 ゾロはとりあえず、隣に座る子どもは気にしないようにして、目の前の食事に集中しようとした。 「ゾロ、てめぇがどれだけ喰っていなかったのか知らんが、ゆっくり喰え。プットも怖がるな・・・。こいつはお前のとうちゃんだ。」 煙の出ない状態の煙草を咥えてサンジは、ゾロの隣に座る子どもの頭を撫でている。 プットと呼ばれた子どもはまだ多少おどおどしてチラチラとゾロを見ながらも、サンジがいることに安心しているのか大人しくゾロの隣に座っていた。 そこへナミが後からラウンジに入ってきた。 「プットの着替え持ってきたわ。ほら、プット、ミルクを飲んだら服を着替えるわよ。すっかり汚れちゃって・・・。」 さきほど食べていたおやつのプリンが服に染みを作っていた。まだミルクを飲んでいるから、零れたらそれこそ何度も着替えなくていはいけない。とりあえず、ミルクを飲んだら着替えることにした。 ナミとその子どものやりとりが耳に入ってくる。 ゾロがメリー号に辿り着く前、何日か食事にありついていなかったのは確かなので、これ以上ないというほどの空腹に見舞われている。漸く辿り着いた船と漸くありつける食事にこれ以上なほどに腹が食べ物を欲していて実際に食べ物を口にしているが、それでも食事に集中できなかった。 気になる。 隣の子どもが気になる。 まずは食事ということで詳しい話がされていないが、ともかく気になる。 先ほどのサンジとナミの言葉により、今、隣に座る子どもがどうやら『ゾロの子ども』らしいということはわかったが、どうにもこうにも実感がない。どころか、どこから運ばれてきたのだろう?ぐらいにしか思えない。 だが、確かに『ゾロの子ども』だ、と言われると否定できないほどにゾロの遺伝子を持っていることがその緑色をした髪とかが証明しているように思える。顔つきはまだまだ幼さを持っているのは当たり前だが、その中にもきりりとした眉や整った鼻筋などはゾロとそっくりだ。将来はきっといい男になるだろう要素が見え隠れする。確かに、この船の他のメンバーを眺めれば『ゾロの子ども』と言われるのが一番しっくりくるほどにゾロに似ていた。 そして、母親はナミだという話だが、そう言われればもちろんナミに似ているところもないわけではない。目はくりりとしていて明るい茶色をしている。口元もまだその笑顔を見ていないが、笑ったらナミのようなかわいらしさを見せるだろうことは想像に容易かった。 それでも。 やっぱりどうしても不思議に思えて、ゾロは目の前で子ども同様におやつをほおばっているルフィに目線で疑問を投げつけた。 ルフィもゾロの視線に気が付く。 「プットのこと、気になるか?」 ゾロの言わんとすることが通じたのだろう。頬にプリンの跡をつけてにぱっと笑う。 確かに、ゾロの疑問も当然だろうと誰もが思うだろう。 「お前が鷹の目と戦った後・・・・。行方不明になってからのことだ。ナミのお腹に赤ちゃんがいるのがわかったんだ。」 思わずガチャンと箸を落とした。 「あれから2年以上も経っているんだ。こんなに大きくなっているのも、仕方ないだろうが・・・。」 サンジが後ろから補足する。 ゾロは、すでに古くなっていた記憶をなんとか蘇らせる。 鷹の目との戦いの前。 あの時、ナミに言われて一緒に一晩過したのだ。 最初は、ただ恋人代わりのつもりで一緒に傍にいるだけのつもりだったのだが。 戦いを前にした男というのは、どいつもこいつも一緒なのだろうか。ただただ動物の本能が己の中を締めて、女を求めた。自分の遺伝子を残す為に。 そんなゾロに恋するナミが拒否するわけもなく。 そのまま自然と男女の関係を結んでしまった。 サンジという男を心の中に住まわせていながら。 ただナミを抱いた翌日、ゾロはサンジに改めて話をしようと言った。 もちろん、恋愛感情はなかったとしても、ナミに好意がなかったわけではない。仲間として信頼もしているし、人間としては好きではある。だからこそ、一緒に旅ができるのだ。 そして、結果として男としてナミを抱いたしまったが、それを後悔したくはなかったし、してはナミにも失礼だと思った。 それでも。 あの時、ナミを抱いた事実はあるが、それでサンジへの気持ちが変わったわけではない。 サンジへの想いはそのままに心の片隅に今もきちんとある。 過去どういったことがあろうと、再会できて改めて、サンジとの関係を向き合おうとしたとたん。 ゾロは、父親になってしまった。 だが、何故、ゾロの子どもだというプットはサンジのことを『ぱぱ』と呼ぶのか。 ゾロにはちょっと引っ掛かった。 サンジは口にしていた煙草に火をつけることもなく、くねくねと口で弄んでいる。イライラしているわけではないだろうが、彼なりにどう説明しようか頭を痛めているのだろう。 「プットのことは・・・。俺は、てめぇが帰ってくるまでの繋ぎだ。ナミさん一人に重荷を枷ちゃあまずいだろう?・・・・・・・・お前とナミさんの子だ。大事に育てたつもりだ。」 「俺が死んだと思わなかったのか?」 ゾロがポツリと溢す。 この船に帰って来た瞬間見た皆の表情で、自分が死んだ可能性も頭にあったのだろうことがわかった。 自分は死んだわけではないが、生きていることを伝える術がなかったのも事実だ。 「俺は、鷹の目との戦った時。俺も死に生きの瀬戸際状態だったんだ。いや、死んでもおかしくない状態だったんだ。」 行方不明となっていたゾロがどこでどうしていたのか。そして、どうやってここに辿り着いたのか。 話が飛んではいると思うが、誰もが疑問に思っているだろうことだ。 そちらの疑問を先に説明した方が話が早いと踏んで、いつになく言葉を口にする。 プットのことは、それからゆっくり聞こうとゾロは思った。 「ギリギリの勝負だった・・・・。三日三晩、睨みあいが続いた。決着が着いたのは、あの島に降りてから三日後のことだった。」 話がわからずキョトンとしているプットを残して、誰もがゾロの話に集中する。 プットが「ぱぁぱ?」とサンジを見上げるが、サンジはプットを抱き上げたまま、やはりゾロの話に耳を傾けた。 ウソップやチョッパーなどもプリンに運ぶ手を止める。ロビンもコーヒーを手にしたまま、みんなと同じように顔をゾロに向けた。 「鷹の目と俺は、お互いに浜辺で倒れた。どちらが先に息を引き取っても不思議じゃないような状態だった。先に息を引き取った方の負け、という時、一隻の船が俺達の前に現れたんだ。そして、俺と鷹の目、二人ともその船に助けられたんだ。」 「・・・・・・あの無人島からそんなに離れた位置にいなかったけど、気が付かなかったわ。」 ナミが悔しそうに唇を噛む。 どういう運命なのだろうか。その船に気が付いていれば、あの時、ゾロは自分達の元に帰って来たのかもしれないのだ。 「メリー号より多少大きいぐらいの船だったからな、見つけにくかったのかもしれん。規模はそうでかくなかったが医療設備はかなり整っていたし、船員もそれなりに優秀な連中ばかりだった。・・・海賊船だったがな。」 ゾロが口元を緩める。 「でも、・・・・俺はこのメリー号の方がずっといい船だと思ってる。」 みんなを見上げて言うが、フォローのつもりではなく、それがゾロにとって事実だとゾロの目は伝えている。だからこそ、ここに帰ってきたのだから。 「その船は本当に偶然、島に着いただけらしい。ログを指している方向とは多少違って辿り着いた島でも呑気に船から降りてきやがった。」 「なるほど・・・。ゾロはその船に乗ったから島にいなかったのか。」 ウソップがうんうん、と腕組みながら頷いている。 「まぁ、傷がかなり深かったから、近くの島できちんと治療した方がいいだろうって、運んでくれたんだ。おかげでこうして生きて会えたんだから、彼らには感謝しなくちゃいけないんだろうな。」 「で、今頃、ここに辿り着いたってのは、やっぱり迷子か?」 ルフィが「ゾロだな〜」と笑っている。 ゾロが苦虫を噛み潰した顔をした。 「それだけじゃねぇよ。助けてくれた船に暫くやっかいになってた。優秀とはいっても、戦闘に関してはかなり弱っちい連中だったからな、暫く用心棒代わりにいたんだよ!」 とってつけたような理由だが、まぁいいだろう。 それよりも、とロビンが誰もが思ったことを聞いた。 「鷹の目はどうしたの?」 チラリとゾロが顔を上げて一呼吸置く。 「死んだよ。」 誰もが口を噤んだ。 「鷹の目も治療を受けて一旦は一命を取り止めたが、島に着いてから治療を拒んでな。『もう自分の時代は終わった』と、自分の人生に幕を引いたよ。まぁ、命は助かったとしても、もう剣士としては生きていけない状況だったから・・・・、それも有りだろうな。」 「結局、剣士としてしか生きられない人だったのね。」 誰ともなしに呟く。 「まぁ、俺もな・・・。だが、俺は生きて帰ってくる必要があったからな。それに、腕がなくなろうと、足がなくなろうと、戦うことはできる。」 ニヤリと笑うゾロは剣士の顔をしていた。 「でも鷹の目が亡くなったっていう情報はまったくと言っていいほど聞かなかったわ。噂もない。」 「本人も名前を名乗らなかったし、まぁ、口も殆ど利けない状態だったからな。それに、わざわざあえてそんな噂を流す必要もないだろうが。俺も別に有名になりたいわけじゃない。てめぇらに会えて、報告できればそれでいいと思っていた。くいなにもいつか改めて報告はする。」 ゾロがなりたいのは、有名人ではなく、世界一の大剣豪なのだ。それは、当人達がわかっていればそれでいいのだろう。くいなにも、それで伝わると思っている。 結局、ゾロは暫く助けてもらった海賊船で世話になり、麦わら海賊団の行方がわかるところまで辿り着いてから、ルフィ達を追ったということがわかった。 その間、2年間。 短いようで長い。 知らない内に子どもが言葉を発するぐらい成長するほどに。 「プットのことは、本当に予定外だったのよ。でも、・・・・・・嬉しかった。」 今度はナミが告白する番だ。 |
07.02.19
ゾロ、やっぱり迷子?