過去と今と未来と3−4




男部屋へ降りて寝床になっているハンモックに潜り込むが、サンジはやはり眠れなかった。

元々、眠れなくて甲板に出て風に当たっていたのだ。
そうすると心が落ち着くのか、眠気が訪れる気がして、サンジは夜、眠れない時は時々そうしている。
その様子をたまに不寝番に見つかることがあり心配されるが、それは大概チョッパーやウソップの時が多い。
医者であるチョッパーは、酷い時には軽めの睡眠薬をくれ、ウソップは逆に本当だかウソだかわからない話で気を紛らわせてくれる。
ありがたい連中だ。

対して、不寝番の回数が少ない女性連中や、まわりのことに割りと無頓着な船長、そしてサンジを意識的だか、視界から外しているJJとゾロはサンジの様子を知らないでいた。
船の仲間全員にサンジの体調を知られて心配させてしまうことにも気が引けて、それはそれで知らないでいることもありがたいと思っていたが。


サンジが起きていることに驚いていた様子だったが、不眠症のことにゾロは気が付いただろうか。


改めてゾロの様子を思い出すと、そういう訳ではなかったように思う。
いや、それどころか・・・逆にJJとの行為を見られたと焦ってはいなかったか?
別に船公認の仲なのだから、気にする必要はないだろうと思う。
とはいえ、それでも、話で聞くのと行為そのものを目撃するのは訳が違う。実際は、見たのではなくて、耳にしたのだが。
サンジの言い方も拙かったかと今更ながらに後悔するが、ゾロの様子はそれだけでの問題ではなかった。


毛布を被りながら、ぶるりと身体を振るわせた。


サンジを見つめた時の眼。いや、見つめたというレベルではなかった。
睨みつけられたと思った。
咄嗟に二人の仲を邪魔したから怒ったかと思った。

が。

そうじゃなかった。

あれは、怒りの眼ではなく・・・。

あれは。



一体、何が言いたかったのだろう。


ゾロの眼から感じたものは、怒りではなかったが。
サンジには、ゾロがどうしたかったのか、何が言いたかったのかがわからなかった。

そして、重なりかけた唇。
もし、JJが現れなかったら、あの唇は重なっていただろう。

ゴロリと寝返りを打つ。

過去、ゾロと恋仲だったという自分の話は聞いた。
記憶のない自分としては、そんなこともあったのか、と人事のようにしか思っていなかったし、今は誰もが認めるJJという恋人がいるのだからそれはもう過去のことになったのだとばかり思っていた。
しかし、それはまだ過去のものではないということだろうか。
それとも、ただ単にJJとの行為の後だったから、感情が昂っていたからだろうか。
ゾロの気持ちがわからなかった。

同様に。

自分もその瞬間を嫌とは思えなかった。
それどころか、ゾロの眼にゾロ以上に気持ちが高揚した。
ゾロとのことを覚えていないのに。
マリアと別れて、まだ日も浅いというのに。


ブンブンと首を振り、毛布を深く被った。


何も覚えていない。
何も知らない。
過去のことはもう過去のことだ。
マリアのことを忘れない。
自分は自分の夢の為にこの船に乗ったのだ。
この先、奇跡の海を見つけるために旅に出たのだ。
もう誰とも情を交わしたくない。


サンジは毛布に被ったまま、何度となく呪文のようにこの船に乗った意味を自分に言い聞かせていた。
















ゆっくりと瞼を開けると、キョロキョロと周りを見回す。気が付けば、男部屋にはもう誰もいなかった。
天井の隙間から日が差し込んできていた。

一瞬ボウッとした頭がクリアになると、ガバッと慌てて跳ね起きた。

「しまった!朝飯っ!!」

コック長としてJJはサンジに調理のメインを任せることはしなかったが、それでもサンジが後から起きてくるのを嫌う。
今はサンジが新人という形なのだからそれも当たり前といえば、当たり前なのだろう。直接料理をしなくとも、皿を出したり洗い物をしたりとすることはあるのだ。

「・・・・まずいなぁ・・。」

ポツリと呟くとガリガリと頭を掻いた。
これで今日一日のJJの機嫌は決まったようなものだ。
ましてや、夕べのことがある。サンジとしてはデバガメをしたつもりはないのだが・・・。

しかし、ここ最近になくしっかりと寝れたような気がするのは気のせいではないようだ。
いつもなら寝起きにする頭痛もない。
JJとのことは気分が低下しないでもないが、久し振りに睡眠が充足できたことはサンジとしてはとても有難かった。
その理由は自分でもよくわからないが・・・。

どちらにしても、ここから出なければ、とハンモックから足を降ろした時、上部がいきなり明るくなった。
眩しさに思わず目を細めて顔をあげると、開いた扉から差し込む光の中に人影がある。
輪郭から、それがウソップだとすぐにわかった。と、同時に声も掛かる。

「お・・・。サンジ、起きたか?」
「あぁ・・・。悪ぃ、寝坊しちまったようだな。」

トンとハンモックから降りながら、すまなそうに顔を上げるが、やはりその表情はわからなかった。しかし、声音から笑っているのだろう。

「いや、起こそうと思ったんだが、どうにも気持ち良さそうに寝ていたからそのままにしちまった。その様子だと、よく寝れたみたいだな。」

ウソップはサンジの様子をよくわかっているのを思い出す。

「サンキュー、おかげでよく寝れたよ。」
「そりゃあ、良かった。」

ちょっとした心遣いが嬉しい。
が、この船に乗っているみんながみんなそう思っているわけではないだろう。

「もう朝食終わっちまったか?悪いことしたな・・・。JJ、怒ってただろう?」
「それがな、そうでもないぜ?なんだか、ヤツは気分がいいらしい・・・。」

「今朝は鼻歌なんて歌いながら給仕してたぜ?」なんて言う、ウソップの言葉にサンジは「へぇ。」と驚く。
どちらにしても、顔を出さなくてはいけないだろう。
服が夕べのままだったので、素早く着替える。
食後になにかまたウソップ工場で実験でもやるのだろう、何か専用の箱をガサガサと捌くっていたウソップと一緒に男部屋を出る。
階段を上がると中からいかにも機嫌が良いのが分かるほどのJJの声が外まで響いてきた。
「ほらな。」というウソップにサンジの顔も苦笑する。
ゆっくりとドアノブに手をかけて扉を開けた。
部屋の中の全員により一斉に注目を浴びるとなんだか居心地が悪い。
が、ウソップも一緒だ。みんなの視線は自分だけに注がれているわけではないと、サンジは改めて息を吐いた。

「おはよう、サンジくん。」
「おはよう、コックさん。」

それでもやはり、その日の最初に顔を合わすことに挨拶が掛かってくる。
まずは女性陣から挨拶があると、緊張していた気持ちが多少薄らぐ。
そして今はJJがコック長としているのに、今だ「コックさん」と呼んでくれるロビンにサンジは覚えがなくとも嬉しさを感じる。

「おはよう、ナミさん、ロビンちゃん。」

島にいた時はあまり気にかけていなかったが、船に乗ってからの呼び方に女性陣は、サンジが「ナミさん」「ロビンちゃん」と呼んでいた事を教えてもらった。
そして、二人とも、「昔のように呼んでね。」と笑ってくれたのを覚えている。以前同様に振舞えるかどうかわからなかったが、そんな二人にはサンジはとても感謝している。

「おはよう、サンジ。」
「おはよう、チョッパー。」

エッエッエッと笑う船医は、サンジが夕べよく眠れたことがわかったようだ。サンジの顔を見て、ほっとした顔をしている。

「おう、サンジ。やっと起きたな。」

シシシ、とこれまた笑っている船長も、いつもと同様だ。
が、横からナミにガンと殴られる。

「あんた、今、私のところからデザート取ったでしょう!」

ナミがサンジに挨拶をしている瞬間にどうやらルフィがナミのデザートを取ったらしい。自分の皿を見つめて一瞬あっけに取られてからルフィを睨んでいた。
思わず、クスリと笑ってしまう。
と、ふと視線を感じてサンジが顔をあげると、JJがさっきまでウソップが座っていたであろう席を顎で指した。
いつもなら自分で席を見つけ、自分で用意をするサンジにはJJの行動が驚きであるが、意外だったせいか思わず素直に指定された場所に座った。
と、目の前に皿が置かれる。

「もうみんな食べちゃったから、後片付けは自分でやってね。」

JJがサンジにサーブする事自体、今までになかったシチュエーションに一瞬誰もが驚きを隠せなかった。サンジもそれは同様だが、ここであからさまに驚いたら失礼だろう。素直に礼を言った。

「夕べは遅くまで起きてたみたいだから、寝坊しちゃったんだね。まぁ、僕とゾロのセックスの様子を聞いて興奮するのはわかるけど、デバガメするのはもうやめてね。そんなことしたら、ゾロが反って燃えちゃうじゃない。おかげで夕べ、あれからすごかったんだから・・・。」

ウソップ工場で改めてお茶を飲んでいたウソップと寛いでいたチョッパーが思わず噴出する。
ナミががちゃんとスプーンを落とした。
いつも冷静なロビンも、コーヒーカップを落としそうになる。机から生えた手でなんとか零れるのを免れたが。
ルフィも手が止まっていた。
JJが他の者の皿を片付けながら口にした言葉に誰もが固まっていた。

JJは回りの様子を気にも留めず、流しに皿を置いて洗う準備をしている。
誰もがじとっとゾロに注目する。
当のゾロもJJの思わぬ言葉に固まっていた。
みんなの視線が痛い。
ナミが指で眉間に寄った皺を解している。

「そう・・・・・。夕べ、そんなに燃えたの、ゾロ・・・・・。」

声は冷たい。

「サンジくんもデバガメしたの・・・。」

今度は下から見上げるようにサンジに視線を移した。

「いや・・・・・ナミさん。俺は別にデバガメなんて・・・・・。」

JJの機嫌がいいのはこういうことか、と気が付くが今更だ。
ゾロと一晩中いちゃいちゃしてたんだな、と分かるがそれも今更だ。
しかし、二人の様子を探りたくて起きていたわけではない。
ましてや、それが船に乗っている全員に知れ渡った。あの場で「俺は何も見ていないし、何も聞いていない。」と宣言したのに。
嫌な汗がサンジの背中に流れる。

「どうせ、ゾロとJJがセックスしてるのって、みんな知ってることだろう?今更じゃねぇ?」

フォローになっているのかなっていないのかわからないが、ルフィの言葉に、誰もが声にしなくともコクコクと首を縦に振った。
それでも嫌な空気が爽快になるまでは時間が掛かった。











「みんなの前で言うことじゃねぇだろうが!」

めずらしくいつもならサンジに任せるのを、ゾロとラウンジに二人きりになりたかったのか、JJはゾロに手伝いを頼んだ。
いつになくゾロに甘えているような気もするが、仕方なしとゾロは腰を上げた。
が、言うことは言わねばなるまい。
誰もがラウンジを出てから、ゾロはJJに怒鳴る。が、JJは皿を棚に片付けていた。

「ゾロはサンジじゃなくて、僕を選んでくれたんでしょう?それを改めてみんなに教えただけじゃない。」

皿を全て片付けるとJJはゆっくりとゾロを見上げた。
その瞳は笑みを浮かべていたが、それ以上に真剣にゾロを見つめている。
JJの真剣な表情に、その真意が言葉と共に現れたような気がした。

「サンジがあの場にいて・・・。ゾロがサンジの傍に行ったでしょう?昨日は、ゾロ、サンジに口止めをしたと言ったけど・・・・。でも、僕からすればゾロがサンジの所に行っちゃったような気がして・・・。でも、ちゃんと、ゾロ、僕の所に戻って来てくれた・・・。ゾロはサンジじゃなくて、僕を選んでくれたんだ。それをみんなにも知っておいてもらいたくて・・・。」

今朝のJJの言葉は、改めてサンジとはもう二度と結ばれることはないように、との牽制の意味があったのだろうと読み取れた。
ずっと根に不安があったのだろう。
それも致し方ないのかもしれない。
それだけ、自分の視線はサンジに向いていたと言われても否定しきれない自分がいる。


ゾロは何度も何度も、JJに「好きだ」「愛している」と伝える。
自分に似合わない言葉に苦笑するが、それでJJが安心できるなら、と何度も囁いた。
自分に言い聞かせる意味合いも含めて何度でも囁く。



それでも。
ゾロの視線は無意識にサンジへと向けられるのは、自分にも止めようがなかった。





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ラストはハッピーエンドの予定だから!・・・・。(予定は未定?←こらっ)サンジファンの方、ごめんなさい。

2007.05.11.