永遠の思いはあるのか4




サンジがラウンジのドアノブを握ったその時、ゾロが後から声を掛けた。

「何処行く、クソコック。」

先ほどから感じた空気が徐に重いものへと変貌していく。


なんだ、一体?


サンジはドアノブを握ったまま、眉間に皺を寄せた。

「何処って・・・。寝るんだよ。心配すんな。二人の邪魔をするほど野暮じゃねぇよ。」

サンジがゆっくりと振り返る。寄せた眉間の皺をとり、笑顔を見せる。
先ほど、ナミがゾロに告白した瞬間、わあわあ喚いた人間が別人のようにナリを顰めて穏やかに笑う。
それはナミにも意外だったようで、ナミは目を丸くしている。

「サンジくん?」

ナミの声を聞いて、サンジは咥えていたタバコを外してにっこりと笑った。

「ナミさん、確かにゾロはマリモで、船の極潰して、筋肉バカだけれど、でも、俺も何もわからないほどバカじゃない。ゾロがナミさんを幸せにしてくれる奴だって、ちゃんとわかるよ?二人が本気なら、俺が反対する理由ないじゃない?」
「・・・・・・ありがとう、サンジくん。」


サンジの言葉に驚きはしたものの、それでもとても嬉しく思い、またホッとしたのも事実で・・・。
ナミははにかみながら可愛らしい笑顔をサンジに向ける。


あぁ、天使だなぁ〜と、サンジは思う。


「待てよ。」

そこに鬼のごとく低い声が部屋内に響く。
こんな声音を出して、どうしたんだ?戦闘中でもあるまいし、とサンジとナミはゾロを見つめた。
サンジは肩を竦めて言う。

「誰と戦ってんだよ。んな、声出して!折角のナミさんの愛の告白が台無しじゃねぇか・・・。」
「戦いと一緒だろ、んなの。」
「何だよ、そりゃ?」

ハァ〜とため息を溢すと、サンジはゾロを睨みつけた。
先ほどまでの、穏やかな雰囲気はすっかり何処かへ逃げていってしまったようだ。
ゾロはサンジ以上に強面になっている。

「お前もいろ。」

命令口調で伝える。

「はぁ、何言ってんだ、戦いと一緒だって言ったり、俺にここに居ろと言ったり・・・・。俺は、二人の邪魔をするつもりはねぇよ。」
「これは真剣な話なんだろう?それに、お前も関係がある。だから、ここに居ろ。」

そう強く言えば、理由はわからずともサンジには拒否が出来なかった。
仕方なしに元に居た場所に座ると、隣でずっと座ったままだったナミの唇が震えているのが目に入った。いつの間にか、顔色も良くない。

「ナミさん?」

サンジが声を掛けるが、どこか反応が鈍い。

「どうしたの、ナミさん。酔うほど飲んでないはずだけど、水でも飲む?」

手にしていたタバコをギュッと灰皿に押し付けて、腰を上げようとしたサンジの服にギュッとナミがしがみ付いた。


「ごめん・・・・。サンジくん。」
「ナミさん・・・・・。」

サンジが顔を覗きこむと俯いていた頬に水色の雫が流れているのに、ゾロもサンジも気が付いた。

「ごめん・・・・サンジくん。ごめん、ゾロ。」

突然、涙を流しながら謝りだした。
一体どうしたかと、わらわらと慌てるサンジに対し、冷静にナミを見つめるゾロに、サンジが更に不審がる。

「ナミさん・・・。泣かないで・・・。」

慌ててサンジはナミの背中を摩り、落ち着かせようとする。
暫く、そのままに時は流れた。ナミはそれきり言葉を継げず、ただただ泣くばかりだった。
夜も遅い時間だったが、更に深夜もいい時間になってしまった。いつもなら、とうに酒盛りもお開きにしている時間だ。
それでも、ゾロもサンジもナミが落ち着くのを辛抱強く待った。


漸く落ち着いたのか、サンジが手渡していたハンカチから顔を上げる。
その目は真っ赤に腫れて、いつもの魔女と言われるほどの態度はまったく見受けられない。

「落ち着いた?」

サンジが優しく言葉を掛けるとナミはコクンと頷いた。ゾロは黙ったままだった。

「ありがとう、サンジくん。落ち着いたわ。」


「どうする?」

ナミが泣き出してからずっと黙ったままだったゾロが声を掛ける。
その声は先ほどのサンジに『ここにいろ』と言った声音と変わらなかった。

「え・・・?」

ナミがゾロを見上げる。サンジもそれに続いてゾロを見つめた。

「ナミ、お前は一体どうしたんだ?」
「・・・・・。」

沈黙に答えるナミにゾロは普段の寡黙さはどこへやら、話を続ける。

「お前は一体どうしたんだ?俺に好きだと伝えて、恋人同士にでもなりたいのか?それとも、ただ伝えて、それで満足なのか?」

真摯な眼差しがナミを捕らえる。

「この船は少ない人数で動いているんだ。仲間の関係にちょっとしたヒビが入っても、それだけでこの船は沈むかもしれない。ましてや、お前は俺の気持ちをわかっているんだろう?それでも、そう伝えてくるってことは、それなりの覚悟があってのころだろうな。お前が俺の答えを欲しいのなら、言ってやる。それでもいいのか?これからも仲間として、皆と上手くやっていけるのか?」
「ゾロ・・・・・・・。」

ゴクリと自分の唾を飲み込む音が響いた気が、ナミはした。

「みんなと上手くやっていけれないなら、俺に答えを求めるな。」

発せられる言葉は淡々としていたが、容赦はなかった。
そこにサンジが噛み付く。

「なんてこと言いやがんだ、このマリモ!!折角のナミさんの告白を、てめぇは受けねぇっていうのか?」
「あぁ・・・。」
「何で・・・・。」
「言っていいのか?それこそ、この船で皆で上手くやっていけるかどうか、わかんなくなるぞ?」
「何・・・・・?」

ゾロが何を言いたいのかわからないが、それでもその目から窺えるのは真剣な思いそのもの。決して人の気持ちを揄でもなく、知らない振りをするでもなく。それでも、己の気持ちを伝えることで、きっぱりと切り捨てることはあるのだろう。
サンジは唇を噛んだ。

「・・・・・・・いいわ。」
「ナミさん・・・。」

サンジが心配気にナミを見ている。それはもう本当に、ナミには優しさが伝わってくるほどに。
嬉しいようで、それでいて憎らしかった。


「別にこの船に亀裂を入れようとは思っていないけど、でも、私だって半端な気持ちでいるわけじゃないもの。後悔はしないわ。あんたの答えが欲しい。でも、・・・・・・・・・。それよりもあんたの答え方によっては、あんたの方が、覚悟がいるんじゃないの?」
「・・・。」

ナミの返事を聞いて、ゾロはポツリと呟いた。

「俺だって半端な気持ちじゃ、ねぇけどよ・・。それでも、言うつもりはなかったんだ。だが、致し方ねぇな。お前がそこまで真剣なら、俺だって真剣に俺の気持ちを言うさ。」

横で聞いていたサンジは一体なんだ、と思う。
この二人は、本当に思いが繋がっていないのが不思議なほど、妙にあうんのやりとりをしている。
こんなに繋がっているんなら、まったく問題ないじゃないか?とサンジは思った。
いや、もしかしてゾロは、サンジが常日頃ナミのことを好きだと公言しているから、それに気を使っているのかもしれない。
しかし、そんなことを気にする必要はないはずだ。確かに見た目、サンジはナミのことを女神か、はたまたお姫様並に敬っている。だからといって、自分がナミの恋人になれないからと、ゾロを嫉んだりはしない。
それにゾロに対してだって、サンジは好意を持っている。信頼おける仲間だとわかっている。ちょっと硬すぎる面もあるが、それでもナミの恋人としては申し分ないのは、わかっている。
先にナミに言った言葉は嘘ではない。本当に二人の邪魔をするつもりはないのだ。
それは言葉にしなくてもわかってもらえると思っていたはずだ。

サンジは、二人に目をやる。

「ゾロ・・・・、教えて。私の気持ちを受け取ってくれる?」



サンジがナミの顔を覗くと、ナミはゾロの言う事を予測しているようで、言葉とは裏腹に頬が引き攣っていた。

「お前の気持ちには、答えられない。俺には別に思う人間がいる。」

震える声で再度ゾロに気持ちを伝えるナミとは対照的に、淡々と答えるゾロが妙に冷たく見えた。が、しかし、その内の見えぬ部分でゾロらしかぬ自信の無さが秘められているのは誰にもわからないだろう。

目を瞑り、大きくため息を吐くナミは、今度はゾロを追い詰める言葉を続けた。

「そう・・・・わかったわ・・・・。諦めるしかないわね・・・。でも、教えて欲しいの。貴方の思い人を。」
「・・・・・・。」
「私が貴方の思い人をわかっているって、貴方は言ったわよね。確かにだいたい想像はついているわ。でも、きちんと聞いたわけじゃないわ。だから、きちんと教えて、貴方の思い人を。」
「それを聞いてどうする。」
「別にその人に意地悪しようってわけじゃないわ。・・・・・・・ただ、知りたいの。私のどこがダメだったのかな・・・・って。だって悔しいじゃない、女なのに負けたのよ、その人に・・・。」

さっきとはまるで立場が逆転したようにゾロの頬が引き攣る。
再度の告白の前にしたやりとりから察するにゾロにもそれなりの覚悟があると言っていたのにも関わらず、ゾロの顔も緊張で強張っているのがサンジの目に入った。


いつものあの自信たっぷりの剣豪ともあろうものが。
こと内容が人の恋愛になるとこうも変わるものだろうか・・・・。
いつもと違う空気を発している剣豪にサンジは内心ため息を吐いた。




当たり前か、こういったことに慣れているとは思えない。
この船に乗る前はずっと一人旅をしていたと聞いている。
もちろん、その旅には多くの人との出会いや別れがあっただろう。しかし、その出会いがあったとしても、未来を見つめる剣豪には、常人には入れない世界がある。旅の途中で恋人を作るほど、目指している先は生易しいものではないし、それだけの期間、一所に留まるような旅はしていないだろう。もちろん、一夜の恋がないとはいえないが、それはあくまで一夜だ。
どう見てもそういった方面では不器用に思える。一夜の関係が女性とできたとしても、恋愛そのものの経験は少なかろう。
それに、ウソップのように故郷に未来を約束した恋人を残してきたという話も聞かなかった。

そんなゾロが思い人がいるという。しかも、どうやらこの船に。
その思い人はこの船にたった二人しかいない女性のうちの一人、ナミではないという。
だったら、それはロビンか。
確かに、ロビンに対しては最初は警戒心剥き出しに接してきたが、それも今は解れてきたように思う。
ロビンがこの船の仲間に対して態度が柔らかくなったと同様にゾロのロビンの接し方も厳しさが消えてきてる。それはもしかして恋愛感情からきているものだろうか。

しかし。
ナミの言葉から見えるは、相手はどうやら女性ではないらしい。
「女なのに負けた。」って・・・。
相手は男なのか。
確かにこの船には、女性は二人しかいないので。割合的に考えれば、相手が男と言われても仕方ないようにも思える。
しかも、よくよく考えれば、ゾロの女性人に対する言動は決して柔らかいものではなかった。もちろん、仲間としての信頼や優しさはあるが。

一体誰だ?


もしかして、あのバラティエであったミホークでの戦いの場で誓った相手、ルフィか。
あの誓いは傍から見ていたサンジには衝撃的だった。
あんな強い思い。絆。
自分にも返せない程の恩と思いをもらった。レストランのオーナーに。ゾロの誓いに負けないくらいの思いがあおのレストランとそのオーナーに対してないというわけではない。
が、それを言葉にするだけの自信はない。

それを言葉に発して誓う。

それなら頷ける。
あの誓いを聞いた瞬間、二人の厚い信頼は誰にも崩せないものだと感じた。
ただの仲間とは到底言えない程の絆。
それは、友情とか男としての誇とか、そういうものからきているわけではなかったのか。


まぁ、いいけどよ、別に。





サンジは懐からタバコを取り出すとシュッとマッチを擦った。
軽く息を吸う。
タバコの味が妙に苦かった。




チラリと横目で見たナミと目があった。






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06.07.28

目と目で通じ合う・・・・の?