ー番外編4ー




「ただいま。」
「お帰り、兄ちゃん!」

部屋の照明は煌々と点いていたが、起きていたのは、次男の尊だけだった。と言っても、尊も机に突っ伏して寝ていて日向が帰ってきたのを気配で察し、起きたようだった。
隣の部屋に続くふすまをそっと開けると、勝と直子が寄り添うように布団に埋もれていた。

「母ちゃん、まだ帰ってこないのか?」
「うん、さっき電話があって、もうすぐ帰って来るっていってたけど。」
「そうか・・・。」

まだほんのりと温かかったが、それでも冷え始めた部屋に温もりを求めて日向はストーブに火を点けた。
たぶん岬が帰る際に用心して火を切っていったのだろう。

「岬はいつ帰ったたんだ?」
「え〜〜と・・・。9時半ごろかな・・・。」
「そうか・・・。」

時計を確認すると、岬が帰ってからまだ30分ぐらいしか経っていなかった。が、時間自体は小学生が出歩くには充分に遅い。
あの時、客がうだうだと管を巻かねば、早々にバイトも上がれて、岬のいる内に帰ってこれたのに、と内心舌打する。だが、仕方が無い。日向が遅くなる時は、岬も先に帰ることがあることは承知済みだ。
台所に移動し、鍋を見ると、室温以上に冷めたカレーがそこに残されていた。自分から作ると言っていたサラダは冷蔵庫に仕舞われていた。日向と日向の母親のと、二人分、きちんと分けられてラップが掛かっていた。

カチリ

ガスに火を点けて、カレーを温める。これが温まる頃には、尊の言う通り、きっと母親も帰ってくることだろう。
帰宅しても、ずっと着たままでいた上着は徐々に温まる部屋に必要なくなり、脱いだ。

「兄ちゃん・・・。」
「もう遅い。悪かったな、こんな時間になって・・・。もう、お前も寝ていいぞ。」
「うん・・・、でも、母ちゃんが帰って来てから寝る。」
「わかった。母ちゃんの顔を見たら、すぐに寝るんだぞ。」
「うん。」

まだまだ幼いのだ。母が恋しいのは当たり前か。
日向は軽く笑いかけると、尊の言葉を背に鍋の火を弱めた。

「兄ちゃん。岬兄ちゃんね、小次郎兄ちゃんのこと待ってたんだけど、これ以上遅くなると気にするといけないから、って帰っちゃった。」
「そうか。・・・岬のカレーは旨かったか?」

聞くまでも無いとは思いつつ、すっかりと岬に懐いた尊達が喜んでカレーを食べている顔が脳裏に浮かんだ。

「うん、美味しかったよ!」

すっかりと目が覚めたようで、明るい声で答えた。

「良かったな・・。」
「うん!・・・その後ね、直子は布団に入って本読んでもらってた。勝も一緒に隣で聞いてたんだよ。岬兄ちゃん、いっぱい本を読んでくれたんだ。」
「そりゃあ、良かったな。」
「うん・・・・ねぇ、兄ちゃん。岬兄ちゃん、帰ったら、今一人なんでしょう?岬兄ちゃんも、寂しいのかな・・・。」
「そうかもしんないな・・・。」

聞こえるか聞こえないかの小さな声で返事をした。だが、今の状況以上にお互いの生活に踏み込まないと決めているのだ。
岬の話によると、今、この地で描いている絵を描き終われば、岬父子はこの地を離れることがわかっている。そう長くない先に別れるのだ。
ほんのわずかな時間だけしかお互いの寂しさを埋められないが、仕方が無いのだ。
一旦目を瞑ると、そっと瞼を上げる。
そろそろ母親が帰ってくる頃だろう、と日向は時計に目をやった。
と外からガタガタという音が耳に入った。
母親が帰ってきたと思い、日向は鍋の火を止めて、カレー皿を取り出す。

「母ちゃんかな?」

尊が顔を上げた。が、いくら待っても人の入ってくる気配がない。
不思議に思い、カレーを皿に盛りつけ途中の手を止めて、日向は玄関へ向かった。
バタン、とそれでも近所迷惑にならない程度の音を伴って、玄関の扉を開けた。
が、そこには母親の姿はなかった。

「おかしいな・・・。」

誰かがいたような気がしたが、とキョロキョロとあたりを見回すと、少し離れた場所から人影が遠のいて行くのが目に入った。



あれか?



それは、どうみても母親ではなくて・・・・・。

「岬!?」

日向はあわてて靴を履いた。

「どうしたの?兄ちゃん・・・?」

尊の声が中から聞こえたと同時に、横道から帰宅した母親の姿が目に入った。

「どうしたの?小次郎?」
「ちょっと出かける。すぐ帰るから!!」
「あ・・・。小次郎!?」
「尊が起きてるから。後、頼む!!」

そう言い残し、人影が消えた方へとダッシュをかける。



あれは絶対岬だ!!



はっきりと姿を確認したわけではないが、何故か核心を持って日向は岬を捜した。

「確か、こっちの方・・・。岬の家の方角の方へ・・・。」

街灯も少ない細い路地をパタパタと足音を響かせて走った。誰も通らない暗い道。
普段、怖いもののない日向でもなんとなく心許ない暗闇。
岬は暗いところは好きではない、と言っていた。それは一人でいることへの寂しさから来るのかもしれなかったが、それでもその時の不安気な顔が脳裏を過ぎる。

絶対いるはずだ。と、何故か迷い無く日向は走った。
時間帯が時間帯なので、大声で名前を呼びながら捜すわけには行かない。
目を細めて、只管暗闇を見つめる。


と、電柱の影に丸く縮こまった人影を見つけた。

「岬!!」

真っ直ぐに日向はその人影へと向かう。

やはり間違うことなく、その人影は、確かに岬だった。

「どうしたんだ!!」


だが、小さく丸くなっていた影は、キズだらけでボロボロの状態で日向に背を向けていた。



08.01.18




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ちょっと進展・・・?でも、なんだか痛そうな展開になります、ごめんなさい。