過去と今と未来と2−5




サンジが目を覚ましてから1週間が経った。

マリアとその父、イネストロは、サンジが目覚めた最初の日の言葉通り、名前しかわからないコックを受け入れることにした。
イネストロによれば、腕のいいコックに悪い奴はいない、ということだろうが、それのどこに根拠があるかわからないままマリアは笑顔で父の言葉に従った。

もちろん、サンジが気兼ねする事のないように、仕事も与えた。それは、ただ単なるサンジがここにいる為の口実だけでなく、実際に厨房に立てば記憶が戻るかもしれない、という期待も篭ったものだった。
が、物事はそうそう思い通りに行くはずもなく、期待とは裏腹にサンジの記憶が戻る事は一向になかった。

落ち込むサンジに、「いや、まだ1週間だから。」とマリアは何度となくサンジを慰めた。
サンジの気が紛れるように、時にはマリアが手料理を作り、時には散歩と称して一緒に街を散策した。マリアの行為は記憶を取り戻す為のものではなかったが、サンジにとっては何よりも嬉しい心使いだった。
そんなマリアの心使いに答えるように、サンジも店を一生懸命に手伝った。

やはり記憶が無い為か、料理の名前やレシピが言葉になってサンジの口から出てくることはなかったが、サンジの手が加わった料理は今までのイネストロが作る料理をさらに一段上の料理へと変貌させた。身体が料理を覚えているのだろう、と誰もが思った。
そしてそれだけでなく、時には力仕事もこなし、時にはマリアとともにウェイターとしてもサンジは見事に働いた。新しい料理店での仕事は、店内のメニューやレシピを新たに記憶すると言う形でサンジの頭の中に入っていき、料理人としてのサンジを見事に作り上げていった。


たった1週間、されど1週間。
サンジは瞬く間にこの街の住人に溶け込むことができた。
それは、マリアとイネストロのおかげでもあり、また、サンジ自身の力でもあった。気がつけば、お互いの名前も気安く呼べるようになっていった。


記憶があった頃のサンジの性格や気性はマリアにもわからない。
が、今の記憶のないサンジはその症状と環境のせいか、とても穏やかで人当たりも悪くない。分からない事が多い分、多少人見知りすることはあったが、マリアが知り合いだ、と告げると相手をホッとさせる笑顔を向ける。言葉少なにしても会話をしようと試みる。
マリアの心遣いとサンジの努力によって、サンジは店の常連客にも商店街の連中にも受け入れられた。それはサンジがマリアのところに世話になる事情を知っているものあったのだが、もともと島の気質もあるのだろう。
マリアがサンジに説明したように、時々、近くの海域で起こる嵐は、航海中の船を沈め、船員をこの島まで運んでくる。この島に辿り着いた彼らがどのような船の乗組員かはわからないが、身寄りもなく行く宛てのない人間を見捨ててはいられない人情に溢れた島だ。
時には勘違いして、「マリアの恋人か?」と聞かれることもあったが、それもマリアにとっては恥かしくはありつつも怒るほどに嫌な気分になることではなかった。サンジの方も否定はするが、それは決して嫌悪からくるものではなく、世話になっている人に対する遠慮と申し訳なさから来るものと見受けられた。



マリアは幸福だ。
今までにないぐらい幸福だ。
確かに、何処から来たのかわからないが。
もとは男性の恋人がいる人間だったが。
それでも、マリアはサンジに対して恋心を募らせずにはいられない。
記憶がないと言っても、身体が覚えているだろう彼の手から生まれる料理はこれ以上ないほどに絶品で、料理に合わせるワインの選び方も申し分ない。ウェイターをすれば一流のレストランを思わせる対応の上手さに手際の良さ。コックというのが嘘とは思えないし、それどころか一流の出を思わせた。
そして、コックとしてだけでなく、サンジ本人も一人の男として申し分ない良い男だ。マリア以外にもというのはちょっと妬けるが、女性に対しては丁寧で尊敬に値するほどの接し方は、男性として他の男達に見習ってほしいぐらいだ。
そんな一流と称しても問題ないほどの男が、今、マリアと一緒にいる。
ただちょっとだけ文句を言っていいならば、一つだけ言いたいことはあった。
彼がモてる。
マリアとサンジは誰かが揶揄したような恋人という関係ではなかったが、そうなったらどんなにかいいだろう。マリアはそう思う。
誰もが羨むだろうことは、想像に難くない。が、実際はそういう関係ではない。
それを知ってか知らずかわからないが、サンジがマリアの店に出るようになってから、普段の常連以外の女性の客が増えた。いや、彼女達が日参すれば、彼女達も常連というところだろうか。
客には、愛想良くしなければならない。
サンジに笑顔で声を掛ける客に、嫉妬の目を向けたくなるのを我慢し、マリアも笑顔でサンジ目当ての客に接する。

マリアは、今まで父親と店を切り盛りするので精一杯で恋人というのを作ったことがなかった。
だからだろうか、サンジとは恋人になりたいと思ったところで、自分からアプローチすることが憚れたし、どう口にしたらいいのわからないのもあった。
が、今はサンジが一緒にいてくれるだけでいい、それだけで幸せだ、とマリアは自分を慰めた。






今日もサンジとマリアは一緒に仕入れをする。
イネストロもすっかりサンジの腕を信用したようで、二人に仕入れを任せるようになった。



「こんにちは、おじさん。」
「いらっしゃい、マリア!お・・・今日もサンジは一緒か?」
「こんにちは、今日はどんなのが入っているんだ?」

朝市の通りに並ぶ、とある店に入った。
ここは、昔からお世話になっている商店で、数多くある八百屋類の中でも特にいい品が揃っている。レストランを始めてからという長年の付き合いもあり、イネストロの指定からは外れなかった。
サンジも、最初、マリアにこの店に連れて来てもらった時にいい店だと思い、イネストロ指定は納得できた。それは言葉では上手く説明できないが、商品を見て、なんとなくわかった。勘みたいなものからだが・・・。

いくつかあるじゃが芋の箱の山から、数個を手に取る。
ふむ、とそれを見詰めると、うん、とサンジは頷いた。

「これ、3箱くれないか?」
「お・・・・。いい目を持っているね。」

マリアにサラダ用の野菜の説明をしていた店主はサンジの傍に寄ってきた。

「今日のは、また特に質がいいのが入ったんだ。しかも、この島では初顔の品種になる。煮るもよし、蒸かすも良し!のどんな調理法でもいけるぞ。」

ニコニコと愛想良い店主に笑顔を返すとサンジは手にしていたじゃが芋を箱に戻す。

「でも、これはどちらかと言えば、煮る方に向いているだろう?実がしっかりして煮崩れしないと見た。味も滲みやすいだろうこともわかる。」

ほぅ、と店主は目を見張る。

「よくわかるな・・・さすがイネストロが見込んだ男だ。確かにそのじゃが芋は、この島では初物だが、産地ではそういう評判で人気なんだ。」

拍手を送らんばかりの賞賛の言葉にサンジは少し照れて頭を掻いた。マリアも少し離れた位置でサンジを尊敬の眼差しで見つめていた。

「あとは、そっちの人参を見せてくれないか?」

あまり褒められるのに慣れていないというよりも、褒められるほどの人間かどうか、自分のことがわからないサンジは早々に話を終わらせようと、別の野菜を見だした。
じゃあ・・・・、と店主もそちらに着いて行く。

暫くあれこれと店主と野菜談義をして、二人は店を出ることにした。次は、魚を仕入れる予定だ。注文した野菜は、八百屋の店員が、店に届けることになっている。

「じゃあ、後はよろしく頼む。」

そう言って、次の店へと足を向けた。
魚屋は八百屋からそう遠くない。
マリアはサンジを見つめた。

今日だけでなく、初日からサンジは店主と上手くやり取りしていた。自分には真似できないことだ。
もちろん、父親と一緒という甘えがあったからそれなりに上手く品定めしていると言えばその通りだが、自分にはサンジほど品物を見る目がない。
店では料理を作る側ではなく、綺麗に作られた料理を運ぶだけだが、それでもこの島でずっとレストランを続けてきた自負がある。それなりに品物を見るはできているはずだ、とそう思っていた。サンジに会うまで。
しかし、自分は今まで仕入れられたことのない野菜に気づかずにいた。他のものとの違いが分からなかった。
それがどうだ。記憶のないままでも、品物を見る目はきっと変わらないのだろう。サンジの凄さを改めて見せられた。
マリアはサンジに見惚れているのだろうと思われるほどの熱い視線を向けていた。



余所見をしていたからだろう。
マリアの体が通りざまに反対側へと歩いていく男にぶつかって、男が身に着けていた銃と自分の服が引っ掛かってしまった。

「キャッ!」

引っ張られるようにしてマリアの体が男に再度ぶつかる。
ぶつかられた男の方も、よろめいて勢い倒れてしまう。

ドサッ

とみっともなく倒れた二人にサンジが慌てて駆け寄る。

「大丈夫か、マリア・・・。」
「えぇ・・・。」

サンジの伸ばした手に掴まってから、マリアは一緒に倒れてしまった男に詫びるつもりで振り返った。引っ掛かった服はすぐに外れたようだ。難なく立ち上がることができた。

と、マリアの顔が一緒に倒れた男の顔を見て、強張る。

「ぁ・・・・・・・・。ごめんなさい。」

咄嗟に謝る声にも緊張が見て取れた。
どうしたのかと、サンジがマリアを覗く。

「ごめんなさい、じゃねぇだろう!!どうしてくれんだ、俺の綺麗な服に泥が付いてしまったじゃないか。しかも、銃にまで・・・。謝ってすむ問題じゃないぞ!」

ギロリと睨む男にサンジが慌てて間に入った。

「悪かった。ぶつかったのは謝る。が、こっちも悪気があったわけじゃないんだ。それに、叩けば落ちる程度の汚れだろう。銃だって、泥が付いたようには、見えない。大事なものなのはわかるが、そう剥きになって女性に怒るものでもあるまい。男の器が測られるぞ。」

サンジの言葉に男は噛み付いた。

「貴様、恋人の前だからって格好つけようと思うなよ。お前、俺を知らないのか?」

銃に手を掛ける男にサンジは首を傾げる。
一人カッカして武器を取る男に首を傾げるのも無理も無いだろう。
当たり前だ、まだこの島に来て1週間しか経ってないのだ。いや、眠っていた時間を考えると、実際にはもう少し日数が経っているか?

が、サンジの様子を余所に、マリアが恐々とサンジの服の裾を握った。

「どうした、マリア?」
「サンジ・・・・。この人・・・。」

震えながら小さな声でサンジに教えた。

「この人、”早撃ちのジョー”と言って、この辺では有名な人よ。」

ジョーと呼ばれた男はマリアを見てそれを賞賛の言葉と受け止めたのか、ニヤリと笑った。

「それに・・・・乱暴者でも有名。」

そこはジョーに聞こえないように小声でサンジに教える。
サンジはジョーと呼ばれる男を見た。

「乱暴者はそうでも、早撃ちはウソだろう?そうは見えない。」

サンジは見た目通りに感じたことをそのまま口にしてしまった。
突然のダメだしを言われて、ジョーはキーッとなってしまった。
マリアは慌ててサンジを嗜める。

「ちょっと、サンジ・・・。」

一気に顔を紅潮させる男を前にしてもサンジは一向に慌てる気配がない。
記憶が無くなると、危機的状況判断までもが鈍るのだろうか。だったら自分がなんとかしないと、とマリアは口を開きかけた。
が、それは言葉を発することなく、そのまま固まってしまう。

「てめぇ!!」

ガッ

さっと銃を抜くジョーは、いつの間にかその手にしているはずの銃を地面に落としていた。
一体何があったのかわからない、と、今は地面にクルクルと転がっている銃とその銃を握るはずだった手を交互に見つめている。
気が付けば、サンジは片足を上げたまま余裕の笑みでもって笑っていた。

「これで早撃ち?」
「くっ。」

ジョーと同様にマリアにも一体何が起こったのかわからなかった。振り上げて高く掲げられたままの足を見つめる。
自分もジョーも最初はわからなかったが、サンジがゆっくりと足を降ろす様を見て、一体何が起こったのか思い出す。
それはジョーも同じようだったらしく、低く唸る。
しかし、この島で悪評の”早撃ちのジョー”はプライドが高いだけなのか、自分の実力さえわからないほどのバカなのか。
ジョーは咄嗟に屈むと、手早く銃を取り、そのままサンジに標準を合わせる。

ガチャリ

重い音が響いた。
と同時にサンジがジョーに向かって飛び掛る。

シュッ


ドゴ―――――――――ンッッ




空気を裂く音が耳に届いた瞬間には、ジョーは遠く並んでいる家々の壁に激突していた。
あまりのスピードと衝撃でメリメリと壁にめり込んでいて、ジョーは白目を剥いている。
最初の一撃同様に、一体何が起こったのかわからないままに、事はあっけなく終わってしまった。

呆然と立ち尽くすマリアに、サンジは改めてトントンと爪先を叩いてからニコリと笑顔を向けた。

「もう大丈夫だよ・・・マリア。」

マリアは、これまでの瞬間をつい見惚れてしまっていた。
最初の銃が落ちたのもサンジが蹴り上げたのだろう。そして、今度はジョー自身を蹴り飛ばした。
そのジョーを蹴り飛ばした瞬間は、穏やかな表情の中にも怖いくらいの気配を纏っていた。それは、戦闘や争いを知らないマリアにも伝わってくるほどの気配だった。
が、あっけなく争いが終わった今、笑顔を向けてくる男は、この島で目覚めてからずっと一緒にいるサンジだ。優しくいつも笑顔で接してくれる誠実な男だ。
怖い争い毎にはまるで無縁とばかりに、マリアがホッとしる笑顔を見せている。

「あ・・・。うん。」
「行こう・・・。」

ちょっとした人垣が出来ていたがそれを気にする風もなく、マリアの肩を抱いて踵を返すサンジに、マリアは顔を見上げた。




さっきのは、一体何なの?



マリアの頭の中は混乱していた。

聞きたいけれど、怖くて聞けない。
穏やかさと気の弱さを勘違いしていたのだろうか、サンジがこんなに強いとはマリアは思わなかった。いや、知らなかったというのが正解かもしれない。
いつもの仕草からは微塵も見られなかったサンジの一面に内心戸惑ってしまったが、コックとしても海を渡ってきたのだ。それなりの強さが必要なのだろう。
いや、それなりどころか、かなり強い。この島でも一番強いと自負していた男が一瞬にして伸されたのだ。半端な強さでない事は、戦いと無縁の生活をしているマリアにもわかった。
と、同時に。



海を渡って・・・?



突然、以前ロイから聞いた話を思い出す。

悪い連中に追われている、と彼は言っていた。
それはどういう理由で追われているのか詳しく聞けないまま、ロイは亡くなってしまった。
マリアは単に、通りすがりに海賊にでも襲われたのだろうぐらいしか思っていなかった。だが、改めて思い出せば、”追われている”と言っていた。
今のサンジと当時のロイを見ても、どうしても彼ら自体が悪い男達には思えなかったが、実際は彼らもそれなりの悪事をしてきた”悪い連中”の仲間なのだろうか。

いやいや、そんなことはない。と頭を振る。

強い=悪い。ではないはずだ。強くて逞しくて正義を貫く男達はくらでもいる。
正義を貫く為に悪い男達と戦い、それで追われる事になることもありうるのだ。
何せ、この島は平和で不安のない島だが、世の中は、今は海に出れば1時間もたたないうちに海賊に出会っても不思議ではない、大海賊時代なのだから。

女性に優しく、男性に厳しい面はあるにしても基本、人には温かく接してくれるこの男が、悪い、海賊のような男のはずはない。
ましてや、強くてもコックなのだ。逆に、サンジは強くて逞しくて、弱い人を助ける心優しい人。
悪い連中に追われることはあっても、海軍などの正義を貫く人達に追われることはないだろう。




そう、マリアは半ば無理矢理結論付けて、サンジと共に歩き始めた。












サンジは、静かにマリアと歩きながら、汗を掻いていた。



一体、俺は・・・。




自分の体に何があったのか、と内心驚きで一杯だ。
これからまだ買い物の続きをしなくてはいけないのだが、正直いつものようにできるか不安でならない。


一緒に歩いているマリアを覗き見ると、マリアも不安そうにサンジを見上げていた。


「どうしたの、マリア・・・。」


不安が消えるように笑みを添えて声を掛ける。


「・・・・・・・ぅんん。」

どう答えたものか、と目をキョロキョロさせた結果、結局何も言わなかった。
マリアもどう聞いていいのか、わからないのだろう。
だが、その不安に彩られた瞳の揺れは消えていない。
マリアの心の中に広がりつつある不安を取り除けるとは思わなかったが、自分にさえ答えの出ない疑問を口にした。

「俺が・・・・・・あいつ、ジョーだっけ?を倒してびっくりした?」
「えぇ・・・。」

コクリと首を振るマリアは、多少驚きはしたものの、話の切欠を作ってくれたのをいいことに顔を上げた。

「貴方がそんなに強いとは思わなかった・・・・・・・。あの強さは、普通の人では考えられないわ。悪い人達に追われているってロイは言ってたけど、一体どうして追われていたの?どうして、そんなに強いの?・・・・・・・貴方は一体何者なの?」

畳み掛けられる勢いで質問攻めにしたことに慌ててマリアは口を噤む。

サンジの目はマリアの瞳を凝視していたが、その先はどこか遠くを見ているようにマリアには思えた。


「ごめん・・・・。わからないんだ。さっきも、自分の意思というより、自然に体が動いた感じで・・・。言った言葉も自分で言おうと思った言葉と全然違っていた。・・・・・まるであの瞬間だけ、別人に体を乗っ取られたように、勝手に体が動いてしまった。・・・そう言った方がしっくりくるぐらいなんだ。ごめんね。」

謝るサンジにマリアも目を伏せた。

「・・・・・・ぁ・・・・・。ごめんなさい。記憶が戻ったわけではないのよね。」

改めてサンジを見上げたマリアは、心配そうにサンジを見つめる。

「顔色が悪いわ。一旦、戻りましょう?」

実はマリアの言葉通り、先ほどのジョーとのやりとりの後、サンジは頭痛がしだしている。それは酷いものではなく、軽く無視できる程度のものだったので気づかない振りをしていたのだが、気が付けばその痛みは徐々に増している。
最初は気が付かない程度だったものが、いやな顔色をしていると言われても納得のいくほどの痛みを今は感じている。この先、痛みが増せば買い物どころではないのは目に見えていた。
が・・・・。

「・・・でも、・・・・・・・・・まだ仕入れが、・・・・・途中だ。」
「そんなのは、後で私が行くから!まだ時間はあるし・・・。だから、一旦、家に戻って休みましょう?」

サンジはマリアの言葉に素直に頷き、ゆっくりと体の向きを変えた。
今はもう、痛みを隠すことなく、顔を顰めて頭を抑えることにした。マリアがそっと肩に手を添えてくれる。

「大丈夫?」
「あぁ・・・・帰ってゆっくり休めば、治るさ。」

ゆっくりと、今は家と化したマリアとイネストロの経営する店に向かってサンジはマリアとともに歩き出した。









驚くイネストロに簡単に説明をすると、そのまま二階へと向かって行く。
ダイブする勢いで、ベッドに倒れこむと、マリアも一緒に部屋へ来てくれて、水を差し出してくれた。顔を向けるのも億劫だが、それでも水を溢してはいけない、と起き上がり汲んでくれた水を飲み干した。
マリアがそっとシーツを掛けてくれる。

ありがとう、とそっと呟くとマリアは笑顔で、「ゆっくりと休んで。」とそのまま今はサンジの個室へと変わった部屋を出て行った。



サンジは目を瞑る。



先ほどからする頭痛に伴って、遠く聞こえていたモヤモヤしたものが、今ベッドで寝ているこの瞬間に漸くそれが声であることがわかった。
それは、聞いた事も無い声。
遠く遥か彼方になってしまった昔の記憶から来る声だろうか。

自分を呼ぶ声。
だが、それは自分の名前では決してなく。職業で呼ばれている。

「クソコック!」

そう怒鳴りつける勢いで呼ばれることに、怒りはしても嫌悪感はない。



マリアが言っていた、ロイという人物の声なのだろうか。




サンジは遠くからする声の主を勝手に決め付けて、そのまま眠りについた。






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2006.11.16.




料理も適当なら、食材も適当!?