過去と今と未来と2−6




「敵襲だ〜〜〜〜〜っっ!!」


ウソップの叫び声が船内に響いた。
バタンとドアを開けると同時にナミが遠く水平線に目をやる。
青と青の色間にチラチラと点が見え隠れしている。どうやら、海賊船のようだと旗色から伺えた。それが風の向きがいいらしく恐ろしく早いスピードで近づいてくる。明らかにこの船に向かっているのがわかった。

「ルフィ!!」
「おうっ」
「このままだと、30分もしないうちに捕まるわ。面倒はしたくないけど、風の向きがいいみたい、逃げ切れないわ。」
「任せろ!ゾロッ!!」
「いつでも行けるぜ、船長。」

気が付けば、すでに船長の横で剣豪が刀に手をやり、不敵な笑みを浮かべて敵船の方角を眺めていた。

「俺とルフィだけでいいだろう?人数も大していないようだ。」

近づいてくる船の規模も海賊船としては小規模の部類に入るだろう。もちろん、メリー号と比べればそれなりのでかさはあるのだが。
しかし、届いてくる戦闘気配からも大したことがないように見えた。

「じゃあ、ルフィとゾロ、頼むわよ。ウソップは、上から見張って!チョッパー、舵をお願い。ロビンは後方支援。サンジくんは・・・・。」

そう口をついてナミはっ、とした。
今、この船でコックをしているのはサンジではないのだ。いや、サンジがいないのだ。
サンジがいなくなってからだいぶ経つのに、いざとなると今だにそれに慣れていない自分に舌打ちする。
いや、ここ最近、穏やかな日々が続いていたせいだと勝手に決め付ける。

舌打ちと同時に、息を飲む音が後から聞こえた。

「ごめん・・・・・JJは、ラウンジで隠れて・・・。」
「ナミさん、俺も戦える。」

強く握り締めた拳を震わせて、JJはナミに訴える。

「でも、貴方は今回の航海が初めてでしょう?ましてや、海賊船なのよ、この船は・・・・。」

目を細めて引き下がるように言うナミにゾロが横から口を挟む。

「俺がJJをサポートする。こいつも男だ。いっぱし戦えるだろうが。それに海賊船だと承知で乗ったのはこいつの方だ。」

キッと眉を跳ねるその顔は、JJを庇うそれにしか見えなかった。
ナミは唇を噛む。別にJJを除け者にしようとか、信用できないとか、そんなつもりは毛頭ない。ただ今回初めてなのだ、JJは。
ルフィもゾロの横で首を縦に振る。

「みんな仲間だ。ナミ。それに俺達は海賊だ。」
「わかってるわよ・・・・・・。」

ルフィの言うこともわかる。経緯はどうあれ、今は仲間で、JJも麦わら海賊団の一員だ。サンジのような強さはなくとも、今は同じ仲間として戦う必要があれば、戦うのが当たり前。
ナミはくるりと踵を返した。

「JJもロビンと一緒に後方支援をお願い。敵に能力者に対抗する術があったら大変だから。」
「わかった。」

JJは、この船に乗る時に持ち込んだ銃を手にした。
ガチャリ
と音を立てて、銃の準備をする。海賊船に乗るのだと決めた時に買ったものだ。それまでは、武器なんてものは無用の長物だった。
そして、今までのJJだったら銃そのものの重さですら、顔を顰めて、放り出すだろう。武器とは強さがない者が持つにしても、それなりに使いこなす力が必要だろう。
海賊船に乗り込んで数ヶ月、店ではウェイターしかこなしていなかったJJは、今は、料理をする。重いフライパンを振り上げ、大きな鍋一杯に作られたスープを一日中掻き回し、自分の身体よりも重い食材を抱えるため、腕力もついた。
実際に戦うという経験は初めてだが、海賊船に乗った時から覚悟はしていた。
ゾロと一緒に生きていくには、強さが必要だということも、知っている。
だから。
だから、引き下がれない。

緊張で強張っている顔をゾロがそっと撫でてくれた。

「大丈夫か・・・?キツかったら、無理せずラウンジに入れ。俺とルフィだけで事足りる相手だ。」
「大丈夫だよ、ゾロ・・・・。俺も・・・ゾロと一緒に・・・・戦いたい。」

心臓がドキドキと脈打つのが耳に響き、吐くセリフは乾いた喉に張り付いて上手く言葉にならなかったが、ゾロにはJJの気持ちが届いたようだった。
ゾロはニヤリと笑うと「いい覚悟だ。」と呟き、JJに軽く口付けた。


ルフィはすでに先に船首へと立っていたが、ゾロとJJの様子に気が付いたのか、「おい」と叫んだ。

「ゾロ。来るぞ。」
「今行く。」

タンとジャンプする勢いで、ルフィのいる船首へと、向かった。
それを羨ましそうに眺めているのがわかったのか、JJの後からロビンが声を掛けた。

「貴方は私を援護して。大丈夫よ。」

見られていたことに一瞬ドキリとするが、振り返って目に入ったロビンの顔からは、何が言いたいかは、わからなかった。
真っ赤になった顔を俯く事で隠して、JJはロビンの後を着いていった。
気が付けば、敵船はすでにその人数がわかるほどに近づいていた。雄たけびが耳に届く。

「麦わらのルフィだな・・・・。懸賞金額がすげぇから、どんな奴かと思えば、なんだ!ただのガキじゃねぇか!!」

船長らしき男が大声で笑っている。一目見れば誰だって侮り、笑い、喜び勇んでしまうほどの見映えしかないルフィの体格と容貌は、JJですら納得してしまう。
そういえば、自分はこの船の仲間達の力量を目にした事がない、と今更ながら不安になるが、笑われている船長の隣のゾロを見れば、その不安も吹っ飛んでしまう。
大して力のない者ならば、その空気だけで怯えてしまうだろう気を撒き散らせている。戦闘体勢は万全のようだ。
それを証拠に、笑っていたはずの敵の声が近づくに釣れ、震えだした。

「海賊狩りのロロノアも一緒だな・・・。二人合わせりゃかなりの額だな・・・・。こりゃあ、いい・・・。」

セリフは先ほどの言葉に続いて強気ではあるが、かなりビビっているのがわかる。
もちろん麦わらを被る我らが船長も強さも尋常ではないが呑気に準備運動などしているのを敵が侮るのは仕方が無い。
が、対象に、殺気を撒き散らしているゾロは敵を震えさせているのもまた、納得がいく。

JJは目を見張った。
と、同時に自分も震えているのを再認識する。
それは、初めての戦闘ということだけでなく、ゾロの放つ気に自分も敵同様に怯えているのには気が付かない。

「ゾロって・・・・・、格好いい・・。」

改めて、ロイとはまったく違う男だとJJは思う。
つい震えながらも見惚れてしまう。
瞬時に動く素早さ、刀を振り上げる舞いのような動作に、JJの視線はゾロから離れられない。



しかし、そんなことに気を取られてはいけない。すでに、戦闘は始まっていた。

「JJ!!」

ロビンの声が響いた。
いつの間にか、敵は方々へ散らばり、自分達がいる後方へも雪崩れ込んでいた。
あわてて振り返る。と、そこにはすでに大刀を手にした男が今にもその光る鉄の刃を自分に向けて振り下ろそうとしていた。

「うわわぁぁぁぁ!!」

あわてて手にしていた銃を翳す。

パアァァン

と空気を震わせて銃身から煙を吐いた。
思わず目を瞑ってしまったから、相手を打つことができたかどうかもわからない。いや、目標を外してしまった可能性の方が大きいだろう。
やられてしまっただろうか・・・・。
JJは、ガタガタと震えだす体を叱咤して動かす。
と、重くはあるが、どこも痛くないことがわかった。
ゆっくりと目を開けると、目の前には刀を向けた男の口から血が流れていた。

「あぁ・・・・。」

スローモーションのように倒れる男の胸には見覚えのある刀が刺さっていた。いつも大事そうに握っていたそれ。一度手入れしているところを隣に座って眺めていた記憶が、JJにはまだ新しい。

「・・・・・ゾロ・・・?」

綺麗に心臓を突き刺したのだろう、その刀は先ほどまで船長と共に船首で暴れていたゾロのものだった。自分が放った銃の弾は外れていたのだろう。が、そのかわりにゾロの刀が敵を倒した。

「大丈夫か!JJっ!!」

ウオォォォと埃が舞う向こうから聞きなれた声が届く。

「ゾロっっ!!」

涙ぐみながら声を上げて愛しい人の名を呼ぶ。

「こっちを片付けたら、すぐにそっちへ行く。」

その声に安堵すると同時に、ゾロに心配を掛けてはいけない、とJJは思いなおす。

「こっちは大丈夫!ロビンと頑張るから、ゾロはそっちで戦って!!」

今だ身体の震えは止まらない。が、あえてそれには気が付かない振りをして、ロビンの傍へと走り向かった。
滲む涙を振り絞り、強張る頬を引き締め、JJは戦った。


今度は、外さない。大丈夫、大丈夫。
ゾロがいる。ゾロが後ろで助けてくれる。
でも、自分で戦うんだ。負けない。死なない。
大丈夫、大丈夫!!


呪文のように心の中で繰り返し、白煙舞う中でJJはひたすら初めて使う銃を握り締めた。































あれから然程時間は経っていないだろう。いつもの食事に掛かる時間もない間に、全ては終わった。
しかし、その短い時間に辺りは一様に様変わりしている。
JJはこれもまた初めて見る光景に顔を背けた。屍が所々に転がっている。
ナミは当たり前のように男連中に指示を出し、自分は「着替えて来る。」とさっさと部屋へと行ってしまった。男供は、これもまた当たり前のように辺りを片付けるべく、死体を海に流し、血を洗い流している。
JJは手伝う事も出来ずに、吐きそうになるのを耐えて船縁に掴まった。
それに気が付いたらしく、見張りとして敵船が逃げた海を見つめていたロビンが肩に手を掛けた。

「辛かったら無理しなくていいわ・・・・吐いてらっしゃい。 初めてだったら仕方ない、いつかは慣れるわ。」

慰める言葉が淡々としているのは、それだけの経験を積んできたからだろう。海賊業なら当たり前なのだろうが、見目麗しい女性から出る言葉ではないと、JJは思った。
しかし、彼女らを否定する立場ではない、と口を噤む。

辛そうにしているJJが心配だったのか、ゾロが肩を抱く。

「歩けるか?」

その腕に血が流れているのにJJは目が止まった。

「ゾロっ!血が出ている・・・。」
「あぁ、これは大した事ない。」

JJの声が聞こえたのか、チョッパーが素早く反応した。

「ゾロ、だめじゃないか、そういうことはきちんと俺に言え!治療をしよう。」
「大丈夫だ、チョッパー。大した傷じゃねぇ。」
「ダメだ。小さな傷でも雑菌が入ったらどうするんだ。医者の言う事は聞け!」

多少語気を強めて小さな船医はゾロを男部屋へと引っ張って行こうとする。

「俺より、JJの奴の方が顔色が悪い。あいつを見てやってくれ。」
「・・・・・・。JJもちゃんと見るから。でも、慣れないといけないことでもあるし・・・。とりあえず、ゾロが先だ。」

結局、ゾロはそのままチョッパーに連れて行かれた。

JJは呆然とその様子を見詰めていたが、はっ、と顔を上げた。その先にはルフィが立っていた。

「大丈夫か、JJ。」

言葉は心配するものだったが、声がそれだけではないことを表していた。

「ルフィ・・・。」
「ゾロ、あのケガな、お前を助けた時にできたものだ。」
「・・・・え?」

JJは、自分に刀を振り下ろしてきた男にゾロの刀が刺さっていた瞬間を思い出す。その時は、自分は後方に、ゾロは前方に、かなり離れた位置にいたから声は聞こえても自分からはゾロの姿が見えなかった。助けてくれたということは、ゾロからは自分が見えていたのだろうが、こちらを見たということは、自分を襲った男に剣を放った瞬間にやられたのだろうか。

「別にお前に強くなれと言うつもりもないし、ゾロがお前を助けたことをとやかく言うつもりもない。仲間なら当たり前だからな。」

一瞬ニコリとするが、すぐにその顔は真剣なものになる。

「だが、ゾロの行為に甘えるな、助けてもらえるのが当たり前だと思うな!」

強く光を放つ瞳に見つめられ、JJは思わず頷いた。

ゾロに助けてもらえると思ってたわけではない。
ない、はずだ。

が、どこかでルフィの指摘する気持ちがあったのだろうか。

JJは今だ青い顔をして遠くを見つめた。




サンジはコックだけでなく、戦闘員としてもこの船でゾロと共に戦ってきたと聞いた。
自分は戦闘員と呼べるほどの強さはない。
でも。
でも、ゾロは今は自分を選んでくれた。
心配しなくていい。サンジになる必要はないんだ。
ゾロは僕がいい、と言ってくれたんだ。僕を心配してくれているんだ。
今回は初めてだし。
これから強くなればいい。
大丈夫。大丈夫。


JJは呪文のように大丈夫を繰り返していた。





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2006.11.19.




サンジサイドと時間軸が多少前後します。分かりにくくてすみません。(土下座)