過去と今と未来と2−7




「サンジ、『早撃ちのジョー』を伸したって本当か?」

イネストロとマリアの店、『country road』。
日がまだ暮れてばかりで客もたいして入ってない時間帯、数人の常連客はすでに食事を取っていたが、そのうちの一人がサンジに声を掛けた。



あれから一眠りし、夕方に差し掛かった頃に漸く頭痛の引いたサンジは起き出して、いつもと変わりなく店の手伝いを始めた。
マリアは心配そうに何度も声をかけ、顔色を伺い、父親に休むよう進言をお願いしたが、今ではすっかりサンジの料理に惚れた客が来るようになっている、正直サンジに休まれると痛かった。もちろんイネストロの料理も客に人気があるのは変わらないのだが、サンジの料理もまた、この店を訪れる客の楽しみの一つにもなっていた。
サンジの方も、包丁捌きも味加減も今だ無意識で行っているという状態ではあったが、何より、料理を美味しそうに口に運ぶ客を見るのが楽しくて仕方がなかった。
今やすっかり、店員としてみんなにも認められている。
だからというわけではないが、昼間、一騒動起こした後、頭痛に悩まされても結局、夜、店に出るのを止めたいと思うことはなかった。



包丁を手に魚を見事に捌く様を見ながら、「やるなぁ〜」と褒め称える仕草で、カウンターに座るラルクが言う。近所で大工をしている恰幅のいい男だ。もともとの常連だったが、サンジが店に出るようになってからまた食事に来る頻度が増えたのでサンジの料理のファンの一人と言っていいだろう。
特に今日は、楽しいことでもあったのか、やたらと機嫌がいい。

「見たとこ、優男にしか見えないが、やっぱりグランドラインを渡ってきたとあって、結構強いんだな。」

フォークを手にして眉を上げるラルクの隣の男もまた、サンジの強さに感心する。彼も常連客の一人だ。
実際に目にしたわけではないのだろうが、「あのジョーを」と言うだけで、ここら一体では、英雄扱いだ。
サンジは、肩を竦めるだけで、手は止めない。目を瞑ってても手を切らないだろう慣れた包丁捌きはやはり、身体が覚えているのだろう。


昼のジョーとの騒ぎ。
あの時は、確かに口から出てくる言葉も動く足も、まるで他人のように感じながらも自分の行動と理解はしていた。
が、あれから一休みしたのもあるからか。
サンジは、本能のままとばかりに今動いている手と同様、昼間の出来事も本当に自分がやったのだろうか、と不思議な感覚がしていた。昼間の出来事は、まるで夢の中の出来事のように人事に聞こえた。
でも、今この包丁を捌いているのと同様、自分の行動には違いない。


「でも・・・・・相手はあの『早撃ちのジョー』よ。彼、結構プライド高いって言うし、しつこい性格だって聞いているわ。よくない噂ばかり。この後、何もなければいいけど・・・。」

サンジに変わり、客の話に加わったマリアは不安そうに顔を顰めた。

「そういやぁ前に、やはりこの島に流れ着いた剣士を奴が倒したって言うが、どうやら不意打ちで狙ったと聞いたことがあるぞ。結構卑怯なところがあるからな、気をつけた方がいいぞ・・・。」

ラルクが腕を組みながら、以前の彼の噂を思い出す。

「大丈夫だろう?俺達はただの通りすがりだ。」

サンジが軽く流した。
「ほい。」と新たにできた料理をマリアに運んでもらおうと皿を差し出す。「はい。」とカウンターの端に行ったマリアに向かって突如、手を上げた男がいた。
彼はすでに食事をすませたらしく、「ごちそうさん」と立ち上がった。どうやら勘定を頼もうとしたらしい。
マリアが料理を運びながら、立ち上がった男へと、向かう。

「アンタも、奴には気ぃつけな。」
「え・・・・・・?」

お金を払いながら突如言われたセリフにマリアは驚く。先ほどの常連達との会話を聞いていたのだろう。男のセリフの『奴』はすぐに『早撃ちのジョー』だとわかった。
突然の脅しとも取れる忠告に怯えつつも仕事を優先と、客の勘定をこなしたマリアはそれでもなんとなく顔が強張っている。

「・・・・サンジ。」

勘定を済ませ、出て行った客は初顔だ。客とはいえ、見知らぬ者からの忠告にブルリと身体を震わせてマリアはサンジを見上げる。

「大丈夫だよ。」

サンジも、マリアの不安が読み取れたのか、それを払拭させる笑顔を見せた。サンジの笑顔で多少の不安が取り除かれたのか、帰って行った客の皿を片付けた。
と、テーブルの脇に紙袋を見つける。

「これ・・・・・、今のお客の忘れ物だわ・・・。」

慌てて顔を上げるが、その客はとうに店を出て行ってしまっている。が、きっと困るかもしれない。ましてや、いつも来る常連ではない。今度いつ、来るのかわからないのだ。先ほどのセリフにあまりいい気はしなかったが、だからといってほかっておくわけにはいかない。走ればまだ追いつくだろう。と、マリアは即座にその忘れ物の紙袋を手にした。

「俺が行こうか?」

つい今しがたの話もある。サンジが握っていた包丁を置いて、手をエプロンで拭った。

「大丈夫よ、これぐらい。すぐそこにいるわよ、今出て行ったばかりだし。」

じゃあ、と踵を返すマリアに「気ぃつけろ。」と父の声が響く。
イネストロとしては、昼間のサンジの行動はマリアを助けるものだった為、結果としてジョーの怒りを買うことになったとしてもサンジを責めるわけにはいかなかった。そんな物騒な輩に関わって欲しくないのは、正直な話だが、見ていないにしても皆が云う強さをサンジが持っているのなら、寧ろ、この先もマリアを守ってもらいたい、とも思う。
複雑な父親としての心境を口にすることはなかったが、やはり一人娘が心配なのは当たり前だ。
そんなイネストロの表情を見て、サンジは俯く。あえてここで謝ることはできないのはわかっていた。



マリアが出て行ったことで一旦、静かになってしまった店内では、サンジが握る包丁から生み出されるリズムに乗った音と、鍋から奏でられるグツグツという煮物を作る音、そして客の静かなグラスを傾ける音が響いた。
最初は気まずい空気を伴った静かさだったが、それは微かに届く店内のあらゆる料理を作り出す音に心地良さを引き出して、穏やかになった客が新たな話を始め出した。
そうしていつの間にか最初の賑やかさが取り戻されたが、しかし、暫くしても出て行ったマリアは帰ってくることがない。

おかしい。
誰もがそう思い、客の一人が、イネストロに声を掛けようとしたところだった。

バタンと大きな音を立てて、ドアのところに男が立っていた。
先ほど店を出て行き、忘れ物をした男がそれに気が付いて戻ってきたのかと、一瞬誰もが思ったが、風貌が先ほど店にいた男と全く違った。
新たな客かとイネストロが「いらっしゃい。」と声を掛けたら、その男が何ともいえない顔を見せた。

「マリアっていう女のいる店はここか?」

客かと思えばそうではないらしい態度、しかも含みを持った言葉に店内に緊張が走る。誰もがまず思い描いたことは先ほどまで話題にしていた男のことだ。

「あんた、誰だ?客じゃないな・・・。」

イネストロが低い声で問う。サンジはすぐさまカウンターを飛び越えた。
入り口で立ったままの男を退かす勢いで店を出ようとしたが、サンジの行動の意味がわかったのか、男はまるでそれを塞ぐようにサンジに声を掛ける。

「無駄だ。」
「何!」

男の言葉にカッとなり、射抜く勢いで睨みつけるサンジに男は一瞬ビクリとする。殺気を纏うほどの男が店にいるとは知らなかったのだろう。サンジに睨まれて青くなるが、男は震える声でなんとか言葉を繋げた。

「お・・・俺は伝言を頼まれただけだ。」
「・・・・・!」

ダンッ

グイッと襟首を掴んで伝言係だと言う男を壁に押し付け締め上げる。
それを慌ててイネストロが止める。

「待てっ、サンジ!マリアの身の安全が先だ。」

イネストロの制止にハッとする。
確かにここでこの男を蹴り倒したとしてもマリアが無事に戻ってくるわけではない。ただ単に伝言を頼まれただけならジョーの仲間でないのかもしれない。だったら尚更、無駄な行為だろう。
サンジはゆっくりと手を放す。
ゴホゴホと咳き込む男は、後ろの壁に手をついて凭れ込んだ。

「お前がサンジか?」

店主が出て行こうとしたこの男を名指しで止めたのを聞き逃さなかったのだろう。男は目の前に立つサンジを見上げる。
サンジはコクリと頷いた。睨みつける眼はその鋭さを鈍らせなかった。
男はやはり青い顔をしてサンジに向かう。

「マリアと言う女がいる店にサンジという男も一緒にいるはずだ、と聞かされた。そのサンジにこれを渡してくれと、頼まれたんだ。」
「誰からだ?」
「・・・・・。」

マリアを連れ去ったのだろう、この男に伝言を頼んだ奴が誰だか聞いたが、男はわかっているだろうと首を振るだけで答えなかった。
替わりに、そっと懐から折りたたまれた紙が差し出された。
サンジは乱暴にそれを受け取ると、紙を広げじっと見つめた。
心配になったイネストロがサンジの傍に寄る。客の連中はただ静かに彼らを見つめるだけだ。

「くそっ」

サンジが舌打ちした。
イネストロが横取りする勢いで手紙を握る。それを手を震わせて読んだ。

「なんてこった・・・・・・。」

ガクリと項垂れる店主に手紙を託されたという男が、急く勢いで「邪魔したな。」と出て行こうとした。

「待て。てめぇ、頼まれたってことは金でも積まされたか・・・?奴の仲間じゃないんだろう。」

サンジが出て行こうとした男の肩を捕まえた。

「悪いか?本当に俺は何も知らずにただ金をもらって、その手紙をあんたに渡すように頼まれただけだ。中身も読んじゃいねぇよ。」

バッと手を振り解いて慌てて出て行く。
怒りの余りその男を蹴り上げようとして、サンジはイネストロにまたも止められた。

「こいつを殴ったところでマリアが戻ってくるわけじゃない。腹が立つかもしれんが仕方がない、本当に何も知らないんだろう。話によるとジョーはあんまり仲間に恵まれちゃいないらしいからな。」

伝言係だと言う男は、これ以上撒き込まれまいと慌てて出て行ってしまった。
それを静かに見送り、イネストロはエプロンを外すと、そのまま扉から出て行こうとした。

「何処行くんだ?おっさん。」
「何処って、マリアを助けに行くに決まっているだろう。指定の場所はここからそんなに遠くない。」

震える声で扉を開けようとするイネストロを今度はサンジが止めた。

「待ってくれ!これは、俺が蒔いた種だ。俺が行く!!」
「しかし、マリアは俺の娘だ。」
「奴は卑怯者だろう?俺が行かなきゃ、マリアの身が危ないかもしれない。」
「・・・・!」

ぐっと拳を握るイネストロに今度はサンジが引き止める。自分が行くのが当たり前だとサンジは言う。

「必ずマリアを、アンタの娘を命に代えても無事にここに帰す。アンタはただ待っててくれ。絶対に、彼女を連れて戻ってくる。約束する。」

サンジの瞳は真剣そのもので、命を掛けるというのは本当だろう。
イネストロはサンジと真正面に向き合った。
暫くの睨みあいの後、軽く息を吐くと、イネストロはサンジの両肩を掴んだ。

「頼む・・・・。一人娘なんだ。」
「必ず。」

コクリと頷くとサンジはそのまま出て行った。





肩を落として小さくなってしまったこの店の主を常連客は静かに見守る。
それに気が付いた店主が皆に声を掛けた。

「悪いが今日はもう店じまいだ。」

力なく言う店主に常連客は宥めるように伝える。ラルクが口を開く。

「俺達もマリアちゃんは心配だ。ここで一緒に待たせてもらえるか?」

それに他の者も続く。

「大丈夫だ、サンジは昼間一発でジョーを倒したんだろう?信じて待ってようぜ。」

口々に慰めてくれる客達にイネストロはほろりと涙を溢した。



夜は、まだ暮れたばかりであった。みんなには長い一晩になるだろうことが予想された。






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2006.11.21.




あぁ・・・・・、よくある展開・・・・。