過去と今と未来と3−6
「今日のはまた特に上手にできたんだ。どう?おいしい、ゾロ?」 満面の笑みでJJは聞く。 「あぁ・・・。」 だが、ゾロの返事は素っ気無い。 JJは眉を顰めて再度聞いた。 「甘みはどう?丁度いい?」 「あぁ。」 投げやりにも聞こえる返事に、口を尖らせて詰め寄って、ゾロの鼻頭を抓んだ。 「何考えてんのさ!」 ふがっと抓まれた鼻を首を振って外すと、さらにJJが拗ねた顔でゾロを見上げる。 「ゾロ、ここ最近おかしいんじゃない?どうしたのさ・・・。」 「何がだ?」 JJの質問にゾロは意味がわからないという顔をする。JJの機嫌は悪くなるばかりだ。 せっかくの午後のおやつタイムにゾロと二人きりの時間を満喫しようとしているのに、ゾロの方はまるで心ここにあらずで、ぼうっとしている。 普段から鍛錬しているか寝ているかどちらかだ、とみんなから文句の対象になっているが、そうそう寝てばかりでないのをJJは知っている。 一緒になって騒ぐ事はないが、ルフィ達から声が掛かれば、参加できることはそれなりに参加している。力仕事は率先してやってくれるし、島に着けば買出しの手伝いもしてくれる。 そして、JJが臨めばゆったりとした時間を一緒に過ごしたり、甘い蕩けるような朝を迎えることもある。 見た目ほど人を寄せ付けないわけではない。 だが、今はなんとなくだが、いつもと違うと感じた。 確かに「おやつを一緒に食べよう。」と声をかけても拒否されたわけではないし、差し出された皿を戻されたわけではない。心を込めて作ったおやつをきちんと口にしてくれているし、「美味い。」とも言ってくれた。 それでも、何かが違う。 そして、それは『今』だけではない。 あれからか・・・とJJは眼を瞑る。 あの日から不安が消えることがない。 ゾロと二人で夜を過していて、余りに疲れてしまい寝てしまった日。 気が付けば、JJの身体に毛布が被せられてゾロの気遣いにほんのり温かい気持ちになった。 だが、肝心のゾロがいない。 シャワーでも浴びに行ったのかと思ったが、なんだかラウンジの向こうから不審な音がする。 それに船の上とはいえ、いつもならJJを屋根の外にたった一人きりで一晩放っておくはずもないので、ゾロが戻ってくるのかと思って待っていたがそんな様子も感じられなかった。 ゾロ一人ではない? 人の気配がゾロだけではないように感じられた。 「一体誰が?」と、そっと立ち上がりラウンジの壁に隠れるようにして覗いたら、やはりそこにはゾロがいた。 がそれだけではなかった。 ゾロと一緒にサンジもいる。 瞬間、JJの眉間に皺が寄る。 何やら二人で話をしているように見えた。 と、突然、サンジが部屋へ戻ろうとしたのだろう行動にゾロがその腕を取った。 同時に。 「確かにな!てめぇは関係ないよな!俺がJJをどう抱こうが、JJをどんな風に啼かそうが!」 何を怒っているのか、怒鳴っている。 そして・・・・。 ゾロがサンジをマストに押し付けて。 JJは顔を真っ赤にした。 キスしてる!! さらに熱が上がった。 どういうこと!! ゾロはサンジのことを怒っていたんじゃないの!! ロイと一緒に消えたサンジを怨んでいたんじゃないの!! 最初は、捨てられた僕のことに同情してくれて。でも、自分も一緒だって言ってくれて。 そして、お互いに惹かれあいだして。 僕のことを好きになってくれたんじゃないの!! サンジのことは忘れたって言ってくれたのに。 もう、サンジを見つけてもサンジの元には戻らないって言ってくれたのに!! これからは僕と一緒にいる、って言ってくれたのに!! ゾロにはもう僕しかいない、って言ってくれたのに!! それなのに!! それなのに!! 気が付けば二人を見下ろして立ち尽くしていた。 「ゾロッ!!ゾロっ!!そんなこと言うの!!僕が起きちゃいけなかったの!!」 声を荒げて二人を見つめる。 ゾロは「キスなんてしていない。」「誰にも言うなと口止めをしていただけだ。」と言う。 それが、どこまで本当だがわからないが、信じるしかない、とJJは一旦は大人しくなった。 その後は、不安を解消しようと強請るJJに、ゾロは期待に沿えるべくJJを抱きしめてくれた。 だから、大丈夫だ、とJJは自分に訴える。 不安で不安でたまらないが、JJはゾロを信じるしかない。 ゾロの方もJJの不安を察してか、以前にも増して「好きだ。」「愛している。」と、らしくない言葉を紡いでくれる。 今まで以上にJJを強く抱きしめてくれる。 行為も包み込むように優しい。 だけど。 だけど、ゾロの瞳にJJが映っていないような気がしてならない。 その瞳の奥には誰か別の人間が潜んでいるように感じてならない。 今もおやつの時間だからと、今日改心の出来栄えのクレープを持って行ったら、一人後部甲板で海を見つめていた。 いつもなら鍛錬をしているのが、殆どなのに。 何か考え事をしているのかと思って、JJはそっとゾロに近づいた。ゾロらしくなくJJに気が付かない。 そして、その時、はっきりと声にしたわけではないが、ある人物の名前が聞こえたような気がした。 もちろん、それは単なるJJの空耳なのだろう。 だが、口にしなくとも、思いが耳に届く事もある。 ゾロが言葉にしなくても、考えていた人物がサンジだということにJJは直感として感じた。 だから、必要以上に今はおやつのことに集中してもらうべく話しかける。 本当に今日のクレープは出来がいいのだ。生地もだし、ナミから貰ったみかんで作ったオレンジソースなんて最高だと思う。サンジの作る料理にも絶対負けない自信があった。 それなのに、それなのに。 ゾロは上の空だ。 食べているけど、きっと味をわかっていない。 サンジがどうしたの? サンジとどうしたいの? JJの不安は増すばかりで消えることはない。 それがゾロもわかったのだろう。 「ゾロ、ここ最近おかしいんじゃない?どうしたのさ・・・。」 「何がだ?」 JJの声になんとなくで返事をしてしまっていたが、それではいけないと、ゾロは慌てて言葉を変えた。 「あ・・・いや、いつもと同じだ。別にどうもしていない。」 それにJJが納得できるわけはない、と思いながらもどう説明したらよいか、わからない。 いや、どんな言葉で説明しても納得してもらえないだろう。 それだけ、自覚済みの感情が今、ゾロの心の中に湧き上がっている。 ただ単に心配なだけだと言って、納得してもらえるだろうか。 ただの仲間として彼の体調を気にかけていると言ってわかってもらえるだろうか。 イヤ と、内心首を振る。 サンジに対して怨みが消えたわけではない。それは本当だ。 だが、同時に過去、彼に対して持っていた感情が、今更ながらに改めて噴出してしまった。 やはり、忘れられない。 夜、眠れずに甲板で一人過ごしているサンジを見ると抱きしめたくなるのだ。 そんな感情を持っているのを隠して、言葉だけでJJに説明しても納得してもらえるはずがない。 だから、必死の思いで感情を殺してみる。 今だ怨みのあるはずのサンジに優しく接する必要などないはずだと自分に言い聞かせる。 反して、一言二言話をして、彼に穏やかな時間をサンジに与えたいと思っている。 彼の不眠の元になっている精神的不安定な状況をどうにかしてやりたい。 その為には、サンジに酷くあたらないようにJJの感情を落ち着かせてやる必要があるように思った。もちろん、サンジの精神的バランスが崩れているのは、JJが原因なだけではないだろうが。 それでも、JJがサンジに酷くあたらなければ、サンジもまた落ち着いてくるのも事実だ。 以前にも増してJJに優しく大事に接するのは、JJへの気持ちだけでなく、サンジのこともあると思う。 JJ以上にサンジのことを大事にしたい気持ちが湧き上がっているのは、どうしようもない事実だ。 だが、それをJJに知られてはいけないとゾロは思った。 「うそ、何か僕に隠している?」 JJは真っ直ぐにゾロを見上げる。 一瞬たじろぐがここでサンジの名前を出せば、JJの機嫌が更に悪くなるのは分かっている。 「何も隠していない。」 「サンジのこと、考えている?」 業を煮やしたのか、JJはいきなり核心を突くべく名前を出した。 キツイ眼差しでキッと睨みつけるJJにどうしたもんか、とゾロは腕を組む。いつの間にか話に気を取られて、おやつの皿は床に置かれたままになっていた。 「あいつのことを考えているのは、お前の方だろう?意識し過ぎだ。」 「そうじゃないよ!」 「それよりもおやつ、食べかけのままだろう?せっかく美味く出来たんだ。食わせてくれ。」 「ゾロっ!」 「一体何なんだ、お前は。お前こそ、どうしたんだ!」 半ば強く言うと、JJは泣きそうな顔をしてゾロを見つめる。唇を噛み締めて、只管哀しみに耐えている顔をする。 ゾロは息は吐くと、ポンポンとJJの頭を撫でた。 「・・・・・ゾロ。」 「お前は何も心配しなくていいから・・・・。」 「・・・・うん。」 「お前だけだから・・・。」 「・・・うん。」 「JJ・・・。」 「うん。ゾロ、好き。」 「俺もだ・・・。」 JJがゆっくりとゾロに凭れかかり、瞼を閉じた。 ゾロはまだ細く頼りない体をゆっくりと抱きしめた。 やはり、JJを安心させるのが最優先だろう。 今夜の不寝番は確かサンジだ。 サンジにしてみれば、眠れなくても丁度いいだろう日程だし、JJも早々に寝てしまう日だ。 自分も起きていることが時々あるのを口実にして。 サンジに話をしよう。 もう夜に二人きりで会わないよう伝えよう。 ゾロはJJを抱きしめながら、今夜のことを考えて少し苦しくなった。 |
2007.05.27.