ー番外編6ー




結局、布団の中で二人くっつきながら横になっている間、岬はポツリポツリと日向に事の真相を話した。

それに因ると。
ことの始まりは、帰宅途中で酔っ払いらしい男に会ったことだった。
相手は、ごくごく普通のサラリーマン風の男で。かなり酒に酔っていたようで、途中で出会った岬に声を掛けだした。
最初はふざけて子どもに「気をつけて帰れよ〜。」というようなものだったが。
酔っ払いに不安を感じた岬は、足早に岐路へと向かう。と、どうやら男も同じ帰宅方向だったらしく後ろからついてきた。
なんとなく嫌悪感を感じながら後ろを振り返ると、酔った男は、突如岬に「いいケツしてるな〜。」とにやけた笑いをする。
一体何を言い出すのかと驚いていると、ストレスでも溜まっていたのか、それとも単なる悪酔いする人間なのか、突然、岬を舌なめずりしながら見つめて「悪くねぇ」と呟いた。
男の言動も更にエスカレートする様相を見せて、不安が募り、走って逃げ出そうとしたところを腕を掴まれた。そのまま、細い裏道の誰も来ないような場所へと連れて行かれた。
逃げようとするが、当然、小学生が大の大人の力に叶うはずがない。口も大きな手で塞がれて助けを呼ぶことも叶わなかった。
誰もいない袋小路になった場所で、突如、ズボンをずり落とされた驚きで固まってしまった岬に、酔っ払いは「男か・・・。」と舌打ちはしたが、それでも腰を撫で擦る手の動きを止めることはなかった。どころか、「反ってこりゃあ、面白い・・・。」と忙しなく動きを早め、岬を恐怖の渦に陥れた。
性の知識もまだまだ浅い子どもに対する行為。
あまりの恐ろしさと痛さに、岬は震えながらも、ただただ目を瞑って時をやり過ごすしかなかった。








どれくらいの時間が経った頃だろうか。さっさと自分の欲を吐き出すとすっきりとしたようで、酔っ払いは早々に岬を置き消えてしまった。
痛む体を叱咤して動かし、朦朧とした頭で向かったのは、誰もいない暗い自分の家ではなく、心温まる日向の家だった。
だが、自分の状態を思い出し、日向の姿を見つけると、身体の痛みも忘れて思わず走り逃げた。
当然逃げ切れるわけもなく、日向に見つかってしまったのだった。










もしかしたら、この辺りの人間じゃないのか?だったら尚更、ほっとくわけにはいかないんじゃないのか?


日向はそう判断したが、それでも岬は、警察へ行くことには首を縦に振らなかった。

「どうせ、ここももうすぐ離れるから。」
「どこかまた違う街に行けば、嫌なことは忘れるから。」
「サッカーをしていれば、どんな嫌なことも忘れることができるから。」

今日あった出来事を全て封印して、忘れてしまいたいと岬は言う。そんな岬に日向はこれ以上何も言えなかった。
そのまま。
眠れぬまま、二人で朝を迎えた。
















次の朝早く、日向は岬の家を後にした。
母親との約束は破れなかった。この約束をもし破って、何かの拍子に岬の誰にも知られたくない出来事が明るみになったら、岬は本当にここにはいられなくなるかもしれない。実際には、岬は被害者なのだから岬がこの場にいられないわけではないが、散々、「誰にも知られたくない」という岬の言葉に、日向は何故だかそんな気がした。そりゃあ、被害者であろうと事が事なのだ。人に合わす顔はないかもしれない。
ましてや、父親にも知られたくないと言い張る岬。もし父親にこのことを知られたら、これからこの親子はどうやってお互いと接していけばいいのか。
それだけ岬には、今回の出来事はショックで羞恥心を煽るものだった。
日向に言うのも、その姿を見られてしまったから致し方なく、と言う感じだ。
日向はなんとなく、岬と会って、この出来事を知って、内容は別にしてもほっとした。もし、日向に出会わなかったら、きっと岬は一生誰にもこのことは言わなかっただろう。そのことは、きっと岬の心の傷を癒すことができずに終わるだろう。
自分がその場に居合わせて、岬の心の傷を知り、そして、岬の傷を癒すことが出来る立場になった事は、不謹慎にも嬉しいと感じてしまった。

辛くなったら、いつでも俺に相談しろ。

岬の家を出るとき、日向は岬の顔をしげしげと見つめ、そう言った。
岬は、はにかんだ様に笑って、コクリと頷いた。
風邪をひいたという理由で、岬はその日は学校を休んだ。
実際、岬は一日寝込んだ。
が、次の日は、日向の言葉が効いたのか、明るい顔で登校してきた。まるでいつもと変わらない。
日向は、それがなによりも嬉しかった。




ただ気になることといえば。

岬は、忘れた振りをして気づかないが。

その犯人である酔っ払いが、もしこの辺りの人間ならば、また、顔を合わせる可能性がないわけではない。



その事実にも蓋をして、二人は日常に戻った。


09.02.01




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今回、話が少しです。すみません・・・。(1年以上経ってるので、自分が忘れちゃったよ・・・。)