ー番外編8ー




「岬!お前、今、何と言った!!」
「だからね、僕、性にあってるみたい。こういうこと・・・・。」
「こういうこと、・・・・・ってお前・・・・。」
「だから、仕事として男の人に抱かれるの、向いているみたい。」
「仕事って・・・・。」

フランスを代表する川を背に岬はクスリと笑った。日向は笑顔で答える岬にただ呆然となるばかりだ。



今は、ワールドJr.ユース大会の最中で。岬は翼と偶然会ったことにより、チームへの参加が決まった。
本来ならば、日本の中学生大会に参加していないのだから、と参加に意義を唱える者がいるはずだったが、岬が参加する前に若林の加入で一悶着があり、結果、実力勝負ということで岬の参加も決まったのだった。
日向は岬の実力を知っている。なので、今更文句はない。ただ、一つ気になることがあった。
大会も後半戦を迎えた頃、聞く事でもないかと思われたが、大会が終わればゆっくりと話をする時間はないだろうことが予想された。大会が終われば、観光をするまでもなく帰国だ。それだけ日程が詰まった今回の大会だ。
この時期に、と思いつつも、日向は、「もう昔のことは忘れたか。」とさり気なく普通の会話に紛れて岬に聞いただけのつもりが。
そうしたら、意外な答えが返って来て、絶句した。


「あ、でもみんなには内緒にしてよ!あのことを知ってる小次郎だから話したんだから。」
「岬・・・・・一体何があったんだ。それに、そんなことしてて、お前、サッカーの方は・・・。」

苦悶を見せる日向に岬はいつの間に身につけただろう笑みを見せた。
昔はこんな笑顔をする奴じゃなかったのに。少年なのに天使と言う言葉が似合うほどの笑顔を持っていたのに。
今、目の前で見せている笑顔は天使ではく、もはや、悪魔に近いものだった。

「大丈夫だよ。組織の方もサッカーには影響しないように配慮してくれているから。」
「組織?」
「あ!このことは内緒だよ!!」

しまった、というように慌てて口を押さえるが、最早手遅れだ。一人で勝手に犯したミスに舌打ちするが、それもまた昔では見せなかった仕草の一つだろう。
観念したように肩を竦めて、回りを気にしながら、岬は向かいあった日向にすぐ隣にくるように手招きした。
不審がりながらも、日向は岬に呼ばれるまま、隣に立つ。二人並んで川を見つめる形で話を続けた。
大きな川は、本来はあまり澄んだ色をしていないだろうに、もうすぐ落ちようとしている日の光を反射してとても綺麗に感じた。

「どういう事だ?!」
「あのね・・・・組織ってのは、僕も詳しいことも名前もわからないけど、いろんな裏事業なんかを手がけているらしくって・・・それも世界規模だって聞いた。」
「誰から聞いた?」
「僕のマネージャーっていうのかな。今は、あるサッカーチームのコーチをしているんだけど、僕達の草サッカーチームにもよく顔を出してくれて面倒を見てくれるんだ。でも、それはカモフラージュで、いろんな裏の仕事をしているみたい。で、僕のあっちの仕事を持ってくるんだ。あ、もちろん他の子には何もしていないよ。大丈夫、回りでは僕だけだから。こういうことさせられているの。」

日向の欄干を掴んでいた手が震えた。思わず振り返る。

「おい、岬!そいつをここに連れて来い!!俺が一発・・」
「ダメだよ!!」

怒りで声を荒げそうになる日向に、岬は冷たい声で言い放った。普段、冷静な面が多い彼だが、今はただ冷静だけではない。冷ややかさがその瞳に写っていた。
ぎゅっと欄干を掴む手に力が入る。

「岬・・・・。」
「子どもには太刀打ちできないよ。それに・・・・・。」
「?」
「例え大人になろうとも、個人じゃ相手が大きすぎて太刀打ちできないんだ。その組織ってのは。」

あまりにも非現実すぎる。日向は今度は笑った。

「岬・・・・。お前、いい加減にしろよ。漫画じゃあるまいし・・・。そんな空想話、俺が信じると思ってるのか?」

笑い飛ばす日向を岬はじっと見つめた。真剣な瞳に思わず日向は怯む。

「だったら・・・・・今夜の試合。確か、練習試合の類だけど、国際試合だからテレビでもやるから見てよ。ボーンっていう選手。彼、ケガをして退場することになるだろうから。下手をすれば、骨、折られるかもしれないって・・・。」
「何だ、それは・・・?」

にわかに信じられない、という日向だが、岬は真剣だ。

「そのボーンって選手のことはコーチから聞いたんだけど、組織を裏切ろうとすると必ず制裁が下る。忠告の意味で時々そういった情報を前もってくれるんだ。あと、先月、事故で家族を亡くした野球選手がアメリカにいるけど、それも組織の仕業らしいよ。」
「ありえん・・・・。」
「でも、本当なんだ。僕も、・・・・・・。」
「岬?」

今度は自嘲ともいえる笑いをみせた。さまざまな笑みをみせるがどれもこれも昔にはなかった顔だ。でも、この苦笑はなんだか全てを諦めたような顔だ。この年で。
日向はなんだか居た堪れなくなった。

「つい最近だけど、一つ仕事逃げちゃったことあって・・・・。僕もまだ世間でいえば子どもだろう。そう問題になるとは思わなかったけど・・・・。でも、その直ぐ後、予定されていた父さんの個展が延期になっちゃって・・・・。本当は中止の予定をなんとか延期にしてもらったんだ・・・・。もちろん、スポンサーの仕事の都合とか言ってたけど、偶然にしてはあまりにもタイミングが良すぎておかしいな、って思ったんだ。そしたら、そのコーチが警告だって言った。今度、仕事を放れば、こんなんじゃ済まないって言われた。」
「そんなのは、偶然だ!」
「僕もそう思いたいけど、コーチが前もって流してくれる情報とか、あまりにも実際に起きたりして・・・。」

俯く岬に日向はいらついた。
がしり、と肩を掴む。突然のことに岬は日向を見上げた。肩に食い込む指が痛いが、そこは気づかない振りをした。

「小次郎?」
「日本へ戻ろう、岬!日本へ戻れば全て忘れて一から出なおせる。日本でだってサッカーは出来る。何だったら俺達の街に戻ってくればいい。」

日向の言葉に、じわり、と岬の瞳から涙が浮かんだのは日向の見間違いではないだろう。
それでも岬は歯を食いしばって涙を見せなかった。

「ありがとう、小次郎・・・・。でも、父さんを置いてはいけない。父さんは何も知らないんだ。知られたくない。」

その昔、苦い過去を二人だけの秘密にして実際には何もなかったものにしようとした、あの時と同じ事を岬は今また口にした。

「そんなこと言ってる場合じゃないだろうが!」

怒りが湧きあがる日向に岬は「ありがとう」と答えた。

「さっきも言ったろう?僕の性に会ってるって・・・。確かに、ここフランスでも同じように襲われて始まったことだけど、今はもう、仕事として自ら望んで出来るようになったんだよ。」
「みさき・・・・・。一体、何でこんなことになってるんだ・・・・・?」
「まぁ、元々、フランスで襲われたのも組織がある程度噛んでいたらしい。サッカーをやっていたのを知られてて、将来を見据えて、僕が使えるって思って手を出したんだけど。結局、今はサッカー選手として使うより、体を商売にした方が金になるからって、そっちの方での仕事がくるんだ。・・・でも、それはもうどうでもいいことなんだ。僕はもう、今の生活にすっかり慣れてしまってる。」

穏やかな顔で、力が緩んでしまった肩を掴んでいる手をそっと外す。
日向の想像の範疇を超えた出来事が、このフランスで岬の身に降りかかっていたのだ。
何もできない自分に、日向は歯噛みする。


「僕ね、時々思うんだ。サッカーじゃなくて、男の人に抱かれる方が本業に向いてるのかもって・・・。」
「そんなことねぇだろう・・・。」

外された手は力なくだらりと落とされたままにするしか、日向にはできなかった。
今度は、岬から日向の肩に手を置く。

「岬?」
「ね。君のお母さん、とても優しい人だよね。弟達も妹のなおちゃんも、みんな可愛らしくて優しくて、大事な家族だ。」
「みさき・・・・?」

困った顔の日向を岬は覗き込んだ。

「僕が今日話したこと、絶対に誰にも言わないで!!日本Jr.ユースの監督やコーチ達や、もちろん翼くん達にも。今回の大会は、子どもの大会だから何も手出しはしないって言ってた。だから安心して試合に臨めばいい。」
「しかし、お前は・・・。」
「サッカーは普通にやれるんだ。だから、僕のことは気にしないでいいって!!僕のやることには関わらないで。知らない振りをして!」

岬にはもはや涙はなく、ニコリとした。

「もし、このことに首を突っ込んで組織に目を付けられたらどうするんだよ、小次郎!サッカーもまともにできなくなっちゃうかもしれない!」
「そんなことは大丈夫だ。気をつければ言いだけの話だ。」
「それ以外にも、家族に何かあるかもしれない。それでいいの?」
「それは・・・。」

言い澱む日向に、岬の方が肩を掴んでいる手に力を入れた。

「・・・・・。」
「何かが起こってからじゃ、遅いんだよ!例え赤ん坊だろうと容赦なく手を下すんだ、あいつらは。」
「・・・・・・・。」
「いい!!」
「・・・わかった。」

岬の気迫に押され、日向はしぶしぶ首を縦に振るしかなかった。

「僕、組織が他のメンバーに手を出さなくて・・・、ターゲットになったのが、僕で良かったって思ってる。だって、翼くんとか若林くんとか、君も・・・・真っ直ぐな君達には無理だもんね。」
「岬・・・・。」
「八百長とか、裏工作とか・・・そんなこともさせられるんだ。君達には、できないことだから・・・・。」

岬は俯いたまま、自嘲の笑みを溢した。
しかし、あまりにもドラマのような話で、日向は岬の言葉を芯から信じてはいなかった。














それからワールドJr.ユース大会も無事終わり、帰国に向かうというその日。
日本に帰る面々を見送りに来た岬は、青い顔をして日向に駆け寄った。

「お、岬。見送りに来てくれたのか?」
「小次郎!!ちょっと、こっちに来て!」

慌てて日向の腕を掴んで、いかにも団体様です、というみんなから足早に離れた。
誰かが、様子のおかしな二人に「どうした?」と声を掛けるが、岬は引き攣った笑いを浮かべて「ただの忘れ物を渡すだけだよ。」と素っ気無く答えて日向の腕を引っ張った。

「いででで、どうしたんだ?岬。」

らしくなく力づくで腕を引く岬に日向は怪訝な顔をする。

「ちょっと・・・・・こっち・・・。」

みんなから声が届かないところまで来て、やはり回りを視線で確認してから岬は日向に耳打ちした。

「僕が君に組織のことを話したことがばれたみたい・・・。ごめん、小次郎・・・。君を巻き込むつもりは全然なかったんだ。」
「どういうことだ?」

日向の顔が険しくなる。岬は反して、ただただ申し訳なく俯くばかりだ。

「昨日、コーチに釘を刺されたんだ。これ以上、君に組織の話をすれば君の家族に手を出すって・・・。幸いこの間話した内容程度で止めておけば警告だけで済ましてやるって言ってたから、たぶん大きな事故とか事件は起きないだろうけど・・・。でも、帰国しても暫くは・・・・、回りに、家族の回りも・・・気をつけて。」
「冗談だろう?」
「僕がわざわざ冗談を言いにここまで来ると思う?」
「本当に?」
「うん・・・・・。ごめん・・・・。本当にごめん。」

俄かに信じられない日向だったが、今すぐにでも泣き出さんばかりの、この大事な仲間が嘘をつくとは到底思えなかった。しかも、もし、それが本当のことだったら・・・。そう思い、家族の顔を思い浮かべると身震いが起きる。

「わかった。まぁ、俺は大して信じちゃあいないが、気をつけておく。それでいいんだろ?」
「うん・・・・・。ごめん。」

何度も謝る岬に日向は大きく息を吐いた。
遠くで「もう時間だ。」と、日向を呼ぶ声が聞こえた。
みんなの所へ向かいながら、日向は振り向かずに岬に告げる。

「俺はまだお前の言う事を信じてはいないが、もし本当に俺の家族に何かあったら、・・・・・・お前には悪いがお前の言う通り、俺はお前のことには口を挟まない。今までのは聞かなかったことにする。」
「それでいいよ、小次郎。僕だってまだ何もかもを管理されているわけじゃないから・・・・。サッカーはできるから。」

泣きそうな顔で笑った岬の顔は日向には見えなかった。











日向がみんなと共に日本に帰国してほどなく、日向の妹、直子が誘拐事件に巻き込まれた。幸い未遂で終わったことと、犯人がすぐに捕まったことで大きなニュースにはならなかったが、近所ではその話題は暫く続いた。
誰もが直子の無事にほっとし、誰もが日向に「大事にならなくて、良かったな。」と声を掛けてくれた。とりあえず、日向もほっと胸を撫で下ろす。
どうやら犯人はクスリをやっていたらしく支離滅裂で、彼の口から動機などが一切語られることはなく、事件は淡々と処理された。結局、クスリの中毒者の犯行ということで、それ以上の詳しいことは一切わからなかった。
そうして世間ではその話題も徐々に消えつつあった。

しかし、日向はフランスを発つ前に岬から聞いた言葉を思い出した。













フランスの岬が住むアパートメントに電話の着信音が響いた。

「おい、太郎。電話だ。日本の・・・・確か、日向とか言ったか?お前のサッカーの友達だろう?」
「あ、ありがとう。父さん。」

岬は電話を掛けるようなタイプではない意外な相手からの電話に、嫌な予感が脳裏に浮かんだ。

「もしもし・・・。」
「岬か?俺だ、日向だ。」
「うん、小次郎?どうしたの?」

日向の声音が暗い。予感は的中か。

「悪い・・・・・。先日、直子が攫われた。幸い未遂で終わったし、犯人はすぐに捕まったから大丈夫だったが・・・・だが。」
「うん、どうせ何も詳しいことはわからないでしょう?組織が絡んでいるから調べても無駄だよ。犯人もクスリをやってたかとか、そんなところだろ?」
「よくわかるな。」
「警告程度なら、それぐらいでいつも済ますから・・・。本格的に手を下す場合は、もっと綿密にやることが多いし・・・。大丈夫。君が口を閉ざせば、もう君や君の家族に手が伸びることはないよ。でも、直子ちゃん、無事なら良かった・・・。」

受話器の向こうで安堵の息を吐く岬に、日向は申し訳なく思う。

「岬・・・・。俺は・・・。」

言いよどむ日向に、岬は見えない笑顔を相手に向けた。

「今後一切、電話もしないでね。君が何も知らないでいてくれる方が、僕も嬉しい。」
「悪ぃ・・・力になれない・・・。」
「君が気に病むことじゃないよ。君や君の家族が無事なのが一番だから。」
「悪ぃ・・・。岬・・・。」
「ん?何?」

申し訳なさでいっぱいだろう日向に、岬は勤めて明るい声で答える。

「体、・・・・・壊すなよ。サッカーはやめるな。」
「ありがとう、もちろんだよ!ね、小次郎。またチームの一員として会えた時は、その時は、チームの仲間と迎えてくれる?」
「あぁ・・・。」
「ありがとう・・・・・。」


チン、と岬は受話器を置いて空いている窓から空を見上げた。気持ちの良い晴天だ。
向こうは何時だろう、と計算する。きっと、彼なりに気を使って時間を計算して電話をしてきたのだろう。


「でも、サッカーの仲間として繋がっていられるのなら、それでいい。」


岬はポツリと呟いた。



09.04.03




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あれから1ヶ月以上経ってる!!本当にこのシリーズいつ終わるんだろう・・・。