永遠の思いはあるのか21
島に係留して1週間が過ぎた。 この島のログは約10日。 ログが溜まるまで残りあと3日。 もう少しで溜まるだろうログポースをナミは眺めた。 腕に付けられている飾りのような針が僅かに動いた。 ように見えただけかもしれない。 愛しい、息子は今は、先に寝てしまった。夕食はあまり食べなかった。 それは、いつものサンジの作った味と違うからだろうか。 「これでもサンジくんの残してくれた材料を使って作ったんだけどな・・・・。」 ナミはプットの寝顔を見て、ため息を吐いた。 サンジは島に着いたら降りることを元々考えていたのだろう。よく見れば保存食の作りおきが沢山あった。すぐに腕のいいコックが見つからなくても、暫くはそれで船の食事は補えるだろう。それは、素直にありがたいと思った。 座っていたベッド脇から立ち上がり、部屋に作りついているバーカウンターへと移動する。 コツコツと足音がいつも以上に響いている気がして、音を立てないように思わず足に力が入る。 ナミが今いる女部屋では、ある程度の酒が飲めるようにいく種類かの酒が置かれていた。それらはこの船のコックであったサンジの見立てによってかなり質のいいものばかりだ。 食に関することはたとえ酒であっても隅々までサンジの意思が反映されていると思う。この船のコックとして当然のことなのだろうが、一流を自負する料理人の腕によりこの船は支えられていると改めてナミは思う。量も質も。 棚にある中で一番値のはるワインを手に取った。以前、めったに手に入らないと喜んでいた酒だ。 その横にやはり並んでいるワイングラスを取り出した。コルクを抜き、ゆっくりとワインを注いだ。 カウンターに凭れるようにして座り、グラスを手に取った。 くるくるとグラスを回して、たぷたぷと揺れる赤い色をじっと眺める。 揺れるワイン以上に自分の思考がぐるぐる回っているような気がする。 ナミは肘を付き、目を閉じた。 最初はただの仲間だった。 向こうは自分ほどアルコールには強くはないが、腕のいいコックということもあり、味が判るいい酒飲み相手でもあった。もちろんその酒飲み相手の一人にゾロも入っていてだが。 そのゾロを挟んで3人で不毛とも思える感情が絡み合い、一時は船の中の空気が悪くなるかとも思った。 が、それはサンジの配慮のおかげか、それとも自分のエゴが強かったのか。 ゾロの死闘、行方不明を境に、さらに自分の都合の良いようにことが動いた。 もちろん、その間も様々なことが起こり、苦悩する時もあったのだが。 結果としてゾロと関係が出来、ゾロの子どもを生み。 その子どもをサンジが大事に育ててくれた。 まるで自分の子どものようにとても大事に大事に育ててくれた。 そしてゾロが戻ってきて、家族という新しい関係を築きだした今。 サンジはまたもや己の気持ちを抹殺するかのように。 自分達の前から姿を消した。 海賊船という特殊な環境の中で、親子3人が揃ったことは幸せだ。普通に考えれば、そんなことはありえないだろう。なんたって、いつも死と隣り合わせの人生なのだから。 それが、実力といえば実力なのだろうが、運がいいこともあり、親子が一緒にいることができる。 感情の奥底にどのような思いが隠れていようとも。 その奥底にある感情がやっかいだと思ってもそれはどうすることもできない。 ゾロはまだサンジとの関係を深めたいと思っている。それはゾロの言動から明らかだ。 ゾロが自分の横にいなくても、プットがいれば大丈夫だ。 そう思い、ゾロへの思いを半ば諦めかけたナミのこれからの幸せは。 やはりサンジによって齎されたのだ。 本来ならゾロを挟んで憎悪を持つべき相手。 しかし、いくら女性を敬う性質だとしても、ここまで大事にされると怨むことさえできない。 いや、寧ろ感謝すべきなのだろう。 グラスの中味を飲み干す。 「おいしい・・・。」 やはりサンジの見立ては確かだ。 この美味しいワインを提供してくれた男の笑顔を思い出す。 新たにワインをグラスに注ぐ。 パタン 今は当たり前のように、ゾロが女部屋へと降りてきた。 「プットは?」 「寝たわ。今日は早かったわよ。街に降りて疲れたみたい。」 「そうか・・・。」 一度、愛しい息子の顔を覗き見てから、ナミの隣に座った。 そのままカウンターにおいてあるワインを瓶ごと口をつける。 「あ!それ高いワインなのよ!ゆっくり飲んでよ。」 半ば怒り口調で言うナミにゾロは軽く眉を上げるだけだ。 「別にいいだろう?どうせこれ、空けちまうんだろうが。」 「そういう意味じゃない!味わって飲んでよ。」 頬を膨らますナミにゾロはそ知らぬ顔だ。 「さっきルフィが新しいコックを見つけたって言ってたぞ。」 「え?」 「船には明日来るらしい。」 「・・・・・・・そう。」 関心なさそうにナミはグラスに残っているワインを飲んだ。 「よく見つかったわね。」 「どんな奴か興味あるのか?」 「ん〜〜〜〜〜、そういうわけじゃないけど。海賊船に乗る人がいるなんてちょっと驚いているだけよ、ましてやこの船は賞金首ばかりだし。」 「まぁ、確かにそうだな・・・。」 「ゾロの方こそ、気になる?新しいコック。」 「別に・・・。誰でも一緒だろ?」 「そうね・・・・。サンジくんじゃなければ、誰でも一緒・・・。」 それぞれの思いが違えども、この船のコックはサンジだという思いが拭えなかった。 しかし、もうサンジはこの船には戻ってこないのは確実なのだ。 そして、結局みんなはその事実を受け入れた。 突然、ポロリとナミの目から涙が零れた。 一瞬ぎょっとするが、マジマジとナミの顔を見つめてからゾロはボリボリと頭を掻いた。 「てめぇ、なんか涙もろくなったんじゃねぇか?」 「・・・・・そう?」 「なんか変わったな、お前・・・。」 「変わるわよ。これでも母親なのよ。」 「母親ってのは、もっと強いもんだと思ってた。」 「そうなんだけど・・・・。子どもの前では弱いところは見せれないから・・・・・。」 チラリとゾロを見やるとナミはポツリと溢した。 「だから、今、泣いてるんじゃない。」 へぇ、とゾロは腕を組む。 「コックがいなくなった時、わんわん泣いてたのは誰だっけ?」 「うっさいわね。わんわん泣いてたのはプットの方よ!私は!!」 「泣いてたじゃないか・・・。」 「あれは、驚いて・・・。いいじゃない、あれから私、普通に過しているわよ!」 「まぁ、確かにそうだな・・・・。」 ナミの言う通り、サンジがいなくなったと聞いてプットと一緒に涙を流したのはナミだ。もちろん、ウソップやチョッパーも泣いてはいたが彼らは感情表現が豊かなせいか、日常的に涙を流しているような気がする。 しかし、ナミが涙を溢すことはまずない。それが、あの時は子どもと一緒にボロボロと泣いたのだ。 しかし、次の日にはまるで何事もなかったように振舞っている。 実は、ゾロにはそれが内心腹が立っていた。 何故、そう普通にしてやがる。 何故、何事もなかったような顔をしている。 もちろん、サンジの存在をなかったことにしているわけではないのだろうが。 サンジの姿が見えなくなって不安がっているプットを一番に宥めていつも以上に世話をやいていた。 ゾロもそれは同様に行っていたのだが、あれだけ世話になりながらいてもいなくても同様とばかりのナミをゾロは複雑な目で見ていた。 それなのに、今更のように改めて涙を溢している。 ある意味恋敵的な相手であったのに。 ところどころでプットがサンジのことを忘れられなくて泣くのに「ゾロがいるじゃない?親父がいるじゃない?」とごくごく普通にプットを宥めていたのに。 そのナミが今は静かにだが、涙を流している。 しかし、何に泣いているのかゾロにはわからない。 今一ナミの思いがわかっていないゾロは、ナミをどう慰めていいのかわからなかった。 やはり、形は夫婦ということになるのだろうが、気持ちはそうではない、と改めてゾロは自覚する。表向きは何であれ、どうひっくり返ってもこの女性を恋愛の対象として見ることはできないのだ。 かと言ってほかっておけるほどこの女性に対して関心がないわけでも嫌っているわけでもない。人間として好意はある。 とりあえず、と言う感じでナミの髪を撫でた。 「私さ・・・。」 ナミがコクリとワインを一飲みしてからポツリと呟いた。 「サンジくんのこと・・・・好きだった。」 「あ?」 一旦俯いた顔をゾロに向ける。 「以前、いろいろとあったし、ある意味恋敵でもあって・・・・本来なら憎むべき人なのかのしれなかったけど、でも、あんたと違う意味で、サンジくんのこと・・・・・大好きだった。」 「そりゃあ・・・・・・あいつが聞いたら喜ぶだろうな・・・。」 ゾロはどう答えたらいいのかわからない。 ナミのセリフからは、サンジとナミが恋敵ということになるのだろうが、単純に今の言葉を受け付ければ、ゾロにとっても恋敵になるんじゃないか、と思う。 が、妙にそんな敵対心を燃やすような雰囲気ではなく。まるで同士に近い?という、感情が芽生えた。 「あんたがいなかった時、本当にサンジくんには助けてもらったわ。あんたが生きているって、いつか帰ってくるって信じてたけど・・・・・。でも、もし帰ってこなかったら、私・・・・サンジくんが本当のこの子の父親になってくれたら、って思った。サンジくんとなら家族として上手くやっていけるような気がした。」 我が子の寝顔をチラリと見て、ナミは微笑む。 その笑顔を見て、ゾロは今更ながらに怒りが湧きあがってきた。 その言葉をもっと早く言っていたら、サンジはこの船を降りなかったのではないか。そんな思いが過ぎる。 「だったら、やつにそう言ってやれば良かったじゃねぇか。プットとも上手くやっていたし・・・そうすりゃあ、あいつがこの船を出て行く理由がねぇだろうが!」 今回はサンジが勝手に考えて判断し、しでかした事なのだ。 怒りの矛先をナミに向けるのは違うだろうと頭の中ではわかっているのに、ゾロは厳しい口調でナミに詰め寄る。 「それもわかっててサンジくん、出て行ったんじゃない?」 上目でナミに言われてぐっ、と詰まる。 ナミの言う通りだ。サンジだからこそ、関係が悪くなるわけではないと皆が思っていてもあえてこの船を出て行った。それは、やはりサンジの優しさからくるものからだったかもしれないし、もしかして、サンジの心の中では耐えるに忍びない思いが犇いていたのかもしれない。 全てはサンジにしかわからない。 「一度は関係悪くなった時もあったものね・・・。仕方ないかも。」 「・・・・・・。」 ほぅ、と息を吐いてナミは話を戻した。 「でも、もしゾロが戻ってこなかったら、私、本当にサンジくんと一緒にプットを育てるつもりでいたのよ。サンジくんもそのつもりだったみたいだし。」 「何か言われたのか?」 ゾロも冷静になろうと立ち上がりかけた腰を下ろし、続けた話に再度、耳を傾けた。 「うん。まだプットが生まれて間もない頃だけど、サンジくんから告白めいたこと、言われたことあるわ。」 「なに!」 瞬間、また違う怒りが湧きあがりそうになるのをなんとか押し留める。 「サンジくん、私の気持ちわかっているから、表向きだけでもって意味だったんだろうけど、『もし、ゾロが帰ってこなかったら自分がプットの父親になっていいかな・・・。』って聞かれたわ。私も、お願いって即答したけど。」 その言葉を聞いてゾロにはサンジがこの船を出て行った理由が改めてわかったような気がした。 それはもちろんそれぞれの想いのすれ違いからくるものもあったのだろう。 が。それだけではなく。 以前のようにお互いのエゴによって関係が悪くなることはないとわかっていても、そうするべきだと思ったのだろう。 これが、サンジのけじめのつけ方だったのだろう。 ゾロは目の前にある空になったワインの瓶を見つめていた。 「私、サンジくんにはあんたに対するような気持ちはなかったんだけど、でも一緒にここまでプットを育てて、このままずっと一緒にいたいなぁって思った。・・・・キスをしたこともあるしね。」 「なんだと!」 さりげなく舌を出すナミにゾロはピキリと眉間に皺が寄る。 一旦押し留めていた怒りが今更湧き上がる。 ナミの方は悪びれる事もなくゾロを見上げる。 もうなんだか今夜はナミに翻弄されっぱなしだ。 「私が寂しくて寂しくて仕方がない時・・・・・・、時々だけど、ずっと抱きしめてくれてた。やっぱり男の人の胸って温かくて心地良かったわ。何度となく安心できたもの。」 「・・・・・・。」 「口では上手く説明できないけど・・・・・好きの形は違うけれど、でも、サンジくんも好きなの、私。」 ほんのりとした笑みを浮かべるナミにゾロは怒りとは違うがどうにもやりきれない思いが湧き上がる。 「だったら・・・。」 「?」 「だったら、何故引き止めなかったんだ。ヤツが船を降りることを・・・。」 改めて問う。 真正面に向き合い、凶弾する意味合いを含めた瞳でゾロはナミを見つめる。 ナミはゾロのあまりにも自分を責めるような眼に怯むが、それも一瞬のことだった。 「さっきも言ったじゃない。サンジくんが私に言った言葉は『もし、ゾロが帰ってこなかったら父親になっていいかな』ってことよ。『ゾロが帰ってこなかったら・・・』って。でも、貴方は帰ってきた。プットの父親は一人で充分だと、彼は言ったのよ。だから、船を降りる決心はその時からずっとしていたのよ。その彼を私もずっと見ていたから・・・止められるわけ、ないじゃない!」 すっかりなくなったと思っていた涙が、今、改めてナミの目から滲み出した。 ナミにも彼女なりに思うところがあったのだろう。ただ単にゾロの帰還を喜んでサンジのことをまったく考えていなかった、というわけではないのだ。 ゾロは改めて、サンジの覚悟と、ナミの思いを感じ取った。 「悪ィ・・・・。」 「ゾロ・・・・。」 「・・・・・。」 「・・・・・。」 一度静寂が訪れるが、今のこの雰囲気に沈黙を伴えば、もう、二度とこの話をすることはできない、と部屋の空気が告げているようだった。 「もし・・・。」 「・・・・?」 ゾロがぽつんと言った言葉にナミが目を上げる。 「もし、俺が鷹の目との戦いからすぐに帰ってきていたら、状況は変わっていたのだろうか?」 「ゾロ・・・。」 「もし、俺がすぐに船に帰ってきていたら、ずっとみんな一緒に居られたのだろうか?」 「・・・・・わからない。」 「ナミ・・・・。」 「状況がどうなっていたか、わからないけど、でも・・・・・これだけは言えるわ。」 「?」 「私も貴方も、そしてサンジくんも。それぞれの気持ちは今も昔も同じだと思うわ。私は貴方を好きなのは変わらないし、サンジくんのことも好き。貴方もサンジくんへの気持ちは変わらないでしょう?サンジくんも結局、教えてくれなかったけど、彼の思いも変わらないと思うわ。」 「・・・・・あぁ。」 「人の気持ちって、移り易いって言うけど、でも、ずっと変わらない思いもあると思う。私、最初、貴方がサンジくんのことを好きだって言った時、サンジくんのこと憎むかと思ったけど、でも結局、憎めなかったし、サンジくんのことも人として好きだったのは変わらないわ。」 「あぁ。」 「それに貴方もサンジくんへの気持ち、変わらないんでしょう?これからも変わることないって思ってるでしょう?」 「そうだな。どんだけ離れてても、あいつへの気持ちは変わらない自信がある。」 「でしょう?だから、そういうずっと永遠に続いていく想いっていうのもあると思う。」 「そうだな。」 忘れていたと思われたワインを改めて飲みだす。 先ほど湧き上がっていた怒りはすでに静まり、今は穏やかな気持ちに落ち着いていた。 「サンジくんへの思いは変わらないってわかったから・・・。私、明日来るっていう、新しいコックさんも受け入れられるわ、きっと。」 「・・・・・そうだな、俺もそう思う。」 ナミはグラスを。 ゾロはワインの瓶を。 二人して掲げた。 「「いつかまた会えるサンジ(くん)の行く先を祝して。」」 チンとガラスのぶつかる音が部屋に響いた。 |
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07.03.23
あとちょっとで終わります。(頑張れ、私!)