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「若林くん・・・。冗談だって思っただろう?」

にっこりと笑顔で話しかけるのが不思議なくらいの内容なのに目の前の岬は静かに笑顔を向けてきた。

「岬・・・・日向が言ったのか。俺に話したって・・。」
「違うよ。気が付かなかったの?君達のすぐ近くにいたんだよ?ダメだなぁ、小次郎は!まったく隙だらけじゃないか。だからこそ、大丈夫なんだけどね。」
「・・・?」
「小次郎みたいな、直球な人は組織も手を出さないよ。だって、すぐばらしちゃうだろう?そういう人は・・。現に僕は口止めしておいたのに、君に話したじゃないか。」

うっ、と詰まる。実際に日向に話させたのは自分だが、そういうことが日向の身を滅ぼすことに繋がるなら、やはり聞かなかった方が良かったか・・・。
心配げに岬を見つける若林に再度岬は笑うと大丈夫だという。

「若林くん、噂では聞いたことないっていうけど、でも一部ではちゃんと噂になっているんだよ。あくまで噂だから誰も信じていないし、ごく一部の間でしか知られていないから。まぁ、日向くんが知っているのはそんな噂話のレベルだから大丈夫。彼には手が伸びないから。必要以上のことをして下手に尻尾を出してもまずいだろう?」
「・・・・いいのか?ここでそんな話をして。」

笑顔でいることが不可思議でならない若林は半ば睨みつけるように目の前で食事をしながら話す日本の誇るMFを見つめた。

「うん・・・。ここの方がいいと思う。部屋の方が心配、まぁ日本だからいいとは思うけど、フランスの宿舎には盗聴器・カメラの類は当たり前だからね。こういった人の多い所のほうが反って仕掛けられていないから。どうせ今は僕達以外誰もいないし。」

岬の言葉に首を巡らすと食堂のおばちゃんですら姿が見えなかった。もう殆どの選手が食事を取ってしまったので片付け前に休憩をしているのだろう。遠くの廊下から少し甲高い女性特有の笑い声が聞こえてきた。
回りの状況を理解した若林は岬を正面に食事をしていた手を止め、改めて聞いてみた。
返事をもらえなくても構わない。どうせ最初は何も教えてくれなかったのだし、ここで岬が日向とのやりとりを聞いていたのなら話を聞くには反って都合がいいと思った。

「岬・・・・。お前がやっている事っていうのは、本当に日向が言った事なのか?」

自分の話を終えて食事に専念しようとしていたのか、下を向いていた岬は若林の声に顔を上げた。いつの間にか、その表情からは先ほどの笑顔はとうに消えうせ、まったく何も感じていないのか、無機質なものとなっていた。

「・・・だから・・・?」

「止められないのか?・・・その・・・売春紛いのこと。」

「どうやって止めるのさ。客が僕をいらない、と言わない限り終わらないよ、これは。それとも警察にでも駆け込む?もし上手く警察の手が入っても多分途中で揉み消されるのは目に見えてるし、上手くいったとしてもスキャンダルになって困るのは僕だけじゃないんじゃないかな?君達も困ることになると思うよ。」

「?」

「だって、サッカー協会そのものの立場が危うくなるほどのネタだってあるんだよ?その組織には・・・。意味、わかる?」

「サッカー協会の立場が・・・って、一体!」

「だから、各国のサッカー協会だって一枚絡んでいるんだから、無理だって!」

「でも・・!」

「大丈夫だよ。君達には危害が及ぶことはないから。日本はまだまだ目を付けられていないし、まぁ、逆に目を付けたところで翼くんや君には手を出せないから。」

「なんで、翼が大丈夫だって言い切れるんだ?」

「だって、僕からそう言ってあるもの?一種の交換条件って言えばいいのかな?」

「交換条件って、まさか・・・!」

日向が言っていた八百長の話が脳裏に過ぎる。
まさか、岬が八百長をしているとは思いたくなかった。それでなくてもすでに岬にはがっかりさせれているのだから。
若林が懸念している事が顔に出たのだろうか。岬は若林の表情を見て、クスリと笑った。

「あぁ、心配しなくても試合には、何も細工していないよ。だから、まだ日本はそういう意味では目を付けられていないから大丈夫。この先はわからないけどね・・・。」

『この先は八百長をするというのか!』
若林は思わず立ち上がってしまった。椅子がガタンと大きな音を立てて倒れる。
岬は肩を竦めると、まだ半分以上残っている食事にも気にせず、「ご馳走様」と手を合わせた。
強く睨みつける若林に目もくれず、立ち上がった。
一言残して。

「僕を軽蔑するならそれでいいよ。じゃあね。」

踵を返す岬に思わず手が伸びてしまった。

「まだ、話は!」

「おばちゃん達が来るよ?」

優しい声音だったが、言っている事は半ば話を強制終了させるものだった。
結局、若林は先ほど日向が話したことの繰り返しになるだけで、本当に岬に言いたいとこも聞きたいことも何も話せなかった。
いや、先ほど日向が言った内容以上に心に引っ掛かる言葉が増えてしまったと言っていいのだろうか。

『交換条件』って何だ!岬はないと言ったが、やはり八百長でもしようというのか?


もうすぐ試合がある。その為にここで合宿しているのだ。試合そのものは、直接ワールドカップに関係はないとしてもやはり国際試合なのだがら、いい加減に闘っていいものではない。もちろん、国際だろうが国内だろうがそれは同じなのだが。

クソッ!!

もはや食事にも手をつけられない若林だった。















「今夜も出かけるのか?」
ポツリと独り言を呟いて、あわてて口を手で覆った。
部屋には自分1人しかいないので誰にも聞かれることはないはずなのに、ついドキリとしてしまう。岬の先ほどの盗聴器の話を聞いて過敏になっているようだ。
ここは日本。ましてや岬がいる部屋ではない。誰も気に掛ける必要がない部屋のはずだ。
(まぁ、今度の試合相手だったらわからないけどな・・・。)
そう不必要な考えが頭に浮かんでしまう。こうなっては何物にも信じられない気分だ。
自嘲しながら、部屋を出る。もう消灯時間を過ぎているのに同室の若島津が戻ってこないところを見ると、日向のところにでも行っているのか。
都合がいいと若林は思った。別に疾しいことなどしていないのだが、それでも若島津の口から自分が部屋にいないことを知られると日向にまた余計な心配を掛けてしまうだろう。

幸い誰にも会わずに裏口へ出ることが出来た。
静かに扉が開く音がするが、やはり何処からも声が掛からない所を見ると誰にも気がつかれていないようだった。
表へ出るとゆっくりとため息を吐いた。



ここへ来て、どうしようというのか、何も考えずにここに来てしまった。
岬に会ったところで、何と言っていいのか。
もう一度話しをして、八百長をしていないのか確認した方がいいのか。
それともあの売春紛いのことを止めさせる為に出かけないでくれというのか。
八百長の話を聞いたときは本当に頭が沸騰するかと思うほど腹が立った。

が、しかし。
落ち着いて考えてみれば。
しかし、岬が本当に望んでやっているわけではないと思えた。
そう思った。
岬だって一緒にずっとサッカーをやってきた仲間だ。本当にサッカーが好きなのは見ていてわかっているし、知っていた。だからこそ仮に八百長をしているとしても嫌々していると考えられた。
そして、あの売春行為でさえ好きでやっているわけではないのは、わかった。
誰だってそんな行為をしていて楽しいわけではないはずだ、ましてや男だ。同じ男性に抱かれて気持ちいいはずがない、しかも好きでもない相手だ。


助けてやりたい。
そしてまた一緒に楽しいサッカーをしたい。


あの食堂で見た笑顔の中に岬の苦悩があったのだと、後から気が付いた。何故気が付いたのかは自分でもわからないが、それでも若林にはそう思えた。


ガチャリ


音がした。
咄嗟に音がした方に首を傾けるとそこには怒った顔の岬が立っていた。半ば顔を真っ赤にして。

「どういうつもりだ、若林くん!!」

音量を抑えてはいるが、怒りでいっぱいの声だった。
その顔を見て若林は何故かホッとしてしまった。ここにもまだ岬の苦悩が潜んでいると思えたから。
自然に笑みが零れてしまう若林に岬はさらに激高する。

「もう就寝時間だ!明日は紅白戦やるって言っていたろう!そんなんじゃ若島津に正GKの座、取られちゃうよ。」

「お前こそ、何処へ行くつもりだ?人の心配するより自分の心配したらどうだ?何処へ行くのかは知らないが、こんな時間に出かけて、明日大丈夫なのか?」

「心配されなくても大丈夫さ。その辺はこれでもプロだからね、ちゃんと考えているよ。」

若林の眉間に皺が寄った。

「じゃあ、部屋に帰れよ!」

「だから!何処へ行くかは僕の勝手だろうが!」

「翼は・・・。」

「翼くんはとうに寝たよ!あれで彼、朝まで熟睡するタイプだし、ちょっとばかりよく寝るように配慮したから大丈夫だよ。」

岬の言葉尻に引っかかった。
まさか、と思う。

「お前、翼に・・・!」

「睡眠薬は市販されている弱い物だから心配ないよ。」

内心ホッとする。
油断ならないと思いきや、それでも翼には岬なりに配慮しているのだろう。優しいのだか何なのかわからないが、それでも岬としては精一杯のことなのだろう。

ところどころ見え隠れする岬の心遣いに、イライラさせられるようなホッとするような複雑な気持ちだった。
やはり捨てて置けないと思った。

今回も話は終わったと言いたいのか、先に動いたのは岬だった。

「じゃあ僕は出かけるから、後よろしくね。」

よろしくとはなんなのか。



「行くな。」


咄嗟に言葉が思いつかなくて、ただただ言いたい事がそのままに口から出てしまった。
岬は怪訝な顔をして若林を見つめる。

「行くな、岬・・・。仲間だろうが、俺達。こんなことしていないで、一緒にサッカーをしよう。」

真面目な顔をして若林を見ていた岬は、大きくため息を吐くと、肩を竦めて改めて笑った。

「いい加減、忘れろよ。って言っても顔を合わすのだから忘れるのは無理かな?・・・若林くんは、僕のしていることがよくわかっていないからこんな事が言えるんだ。」

「・・・・。」

多少自嘲気味の言い回しをしている。
若林にはどう答えていいかわからなかった。
しかし、一度岬を助けたいと思ったからには本当に岬の手助けをしてやりたいと若林は思った。ただ単に親切心ではここまでは思わないのかもしれない。どうしてかはわからないが。
ある意味自己満足かもしれない。困った仲間を助ける自分に。
それとも、また皆で楽しくサッカーがしたいと言う思いからか。それとも翼に、こんな岬を見て落胆して欲しくないという希望もあるのか。
一つに絞れない理由にまた違う理由を見つけて若林はそれでもこのまま岬を行かせてはいけないと思った。

もういいと、先に進もうとした岬の腕を咄嗟に捕まえた。
腕を握ぎられ動きを止めた岬の顔が歪む。
ぶんっ、と腕を振って若林の手を解こうとしたが、握力はやはり若林の方が上で、岬には若林を振りほどくことができなかった。

強く握る腕にさらに力を込めて何かしらを発しようとした若林に岬は笑った口をそのままにそうだ、と言葉を続けた。

「じゃあ・・・。そんなに僕を止めたいなら、見てみる?僕のしていること・・・。見たら、そんなこと、二度と言えないよ?きっと、・・・本当に軽蔑しちゃうよ・・・。」

「見る・・・ってどうやって・・。」

「着いておいでよ。」

そう言うと、空いた方の手でゆっくりと若林の手を握っている腕から外した。

「こっち・・・。」

外されたまま呆然とする若林を顎で促すと岬は先ほど向かおうとした方向とは別の方へ向かって歩き出した。






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当たりまえですがハックション・・・ではなくてフィクションです。(わかってるって?ごもっとも・・・土下座)
サッ○ー協会の名前まで使ってドキドキしてんだよ!(動揺?逆ギレ?)・・・すみません。