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「だから、僕が自分からそっちへ行くから。いつもの場所だろ?」

ぼそぼそと携帯で話している岬の言葉には、多少嫌悪の感情が伺えた。
ほら、やっぱり嫌々やっているんじゃないか、と若林は思う。
携帯を切ると岬は若林に向かってこっちと手招きする。

「いつもはお迎えが来るけど、今日は断って僕が直接自分から行く事にしたから。だから存分に僕がどういったことやっているか見てよ。すぐ帰りたくなっちゃうかもしれないけど、それは出来ないからね。」

ぞんぶんに、の所に力を込めて岬は若林に言った。
もしかして、今から岬が客を取るところを見せられるのか。

そう理解した若林はやはり嫌悪しか湧かないが、逃げ出そうという気にはならなかった。
日向はどこまで本当に岬のことを理解しているのかは、わからなかったが。
でも、岬の表に出さない、いわば心の叫びのようのなものを感じて、若林は逃げるわけにはいなかいと思った。









車は岬のものを使った。
とはいえ、国外で過すことが多いということで、今はレンタカーを借りている。どこにでもある白の小型車だ。現在、時間を多く過ごしているのがドイツとあって若林の車はドイツ車だ。一部では、ある意味あこがれと言ってもいいだろう、ベンツ。なのですっかり日本の車に疎くなってしまったせいか、若林には車の名前が思い出せなかったが、よく見る車であることは若林でもわかった。
合宿期間やたびたび帰ってくることを考えれば、1台は国内移動用に車を持っていた方が面倒がないように若林には思えた。
実際、若林はドイツにも日本にも、どちらにも、家も車も自分のものを所有している。しかも、世間一般で言えば、それなりのシロモノを、だ。いわゆる、住所、も便利がいい場所でもある。金もかかるし、使っていない間の管理を考えれば、一見とても手間のようにも思えたが、やはり自分のものをきちんと所有している方が、面倒がなくていいと若林は考えている。経費的な問題は、問題とも思えない程度には稼いでもいる。
しかし、岬からすればこちらの方が、合理的と踏んでいるのだろう。家の方は向うではクラブが用意したものだし、日本に帰ればウィークリーマンションか、合宿所だったりする。
確か以前、家についてみんなで話していた時は、そう言っていたことを若林は何故か、思い出した。
今、考えるとそれらも、若林が知らなかった部分での理由があるように思えた。

気が付けば知らず、必要以上に岬について考えてしまっているような気がした。
そういえば、レンタカーということであまりオプションがついていないのか、大概の若者ならCDぐらいかけるものだが、それすらも聞かれなかった。
車の内装をぐるりと見て、首を傾げる。CDが聞けないわけではなかった。

じゃあ、聞かないのか。聞く余裕がないのか?
若林が同席しているということで、必要以上に岬が緊張しているのか。
それともバレることを心配しているのか。
CDなんて今この時に必要ないことなのに、ついついそんなことまで考えてしまった。
助手席のシートを多少倒して緊張をほぐしながら、若林が心配げに問う。


「大丈夫なのか?・・・・いつもは迎えが来るって・・・。」

レンタカーとはいえ、車の持ち主だから当然といえば当然なのだが、岬がハンドルを握っている。
ずっと無言のままだったせいか、間が持たず、若林の方から声を掛けてみる。それはやはり、ずっと同じことの繰り返しではあるのだが、やはり質問になってしまった。

「・・・たまにあるから、大丈夫だと思うよ。時と場合によるかな。僕がここを抜け出すタイミングなんかもあるから、時々はこうやって自分だけで動く事もあるんだ。」
「俺はどうすれば、いい?」
「僕が先に部屋に着くから。お客を待たせることはできないから・・・。だから、ちょっと大変だけど、クローゼットか隣の部屋にでも隠れてて。それがイヤなら車でわからないように待ってて。今更、宿舎に戻る時間はないから・・・。」
「・・・・。」
「イヤならいいんだよ、・・・・車で待ってて・・・・・。でも・・・、知りたいって言ったのは、若林くん・・・・だから・・・。だから・・・・見て・・・・もらう・・・のが一番・・・。」

岬の言葉がポツリポツリと零れる。心なしかハンドルを握る手が震えているように若林に見えた。

当たり前か・・・。


どうしたら、そんなことを・・・、人とセックスしている所を他人に見せられるのか。況してや一緒にサッカーをしている、ずっとずっと一緒にサッカーをしてきた仲間なのだ。
若林は知らず唇を噛み締めた。


なんて酷いヤツだ、俺は。なんて惨いことを岬に求めているのか。
しかし、今更引けない。このまま知らないフリをしていてはいけない。
岬をなんとか助けたい。理由はいろいろあるが。
それでも岬を助けるなら。
そう決めたのだから、どんなことも受け入れなければいけない。
若林は、改めて覚悟を決めた。


車はそのまま若林の知らない街へと入っていった。

ラジオもCDもなく、ただただ静かに時間が風景と共に流れていった。













若林には、見も知らないホテルに着いた。
まぁ、合宿所の近くの街でホテルを利用することはないのだから知らなくても当たりまえといえば当たりまえだが。
とは言っても大概の大きなホテルなら若林は知っているはずだった。でも、これは知らないと若林は車の中から見上げた。
かなり高級な部類に入るだろう建前をしている。高さもかなりある。利用客も結構限定されているのかもな、と若林は思った。
車はそのまま地下駐車場へと入っていった。

「あぁ、最近できたばかりだから若林くんが知らないのは不思議でも何でもないよ。」

まるで若林の心の疑問を読み取ったように岬は答えた。

「へぇ〜。そうか・・・。」

と若林には答えるしかないが。

補足。と岬が狭い駐車場に車を止めながら、言った。

「これってやっぱり、組織が一枚噛んでるんだよねぇ〜。だから若林くんが知らないところのホテルだよ。ついでにいうと、いろんな施設が車で30分かからない所に点在しているんだ。便利だろう?」

咄嗟に岬の顔を見つめてしまった。岬もこちらを見つめている。すでに車はエンジンを止められていた。
そう言われればあまり時間が掛からずにここについた。時計を見ると正確には25分というところだろうか。合宿所も30分圏内ということか。
もはや引きつた笑みでしか、若林には答えられなかった。

「じゃあ、僕はロビーで鍵を取ってくるから。とりあえず、1階のエレベーター脇の柱の影にでも隠れてて。この時間、宿泊以外の人がうろうろすることないから、怪しまれちゃうから。」

岬も引き攣った笑みで対応するしかないのか。

「それともここで待っている?2時間もあれば戻ってこれると思うけど・・・。」

「いい・・・。お前のやっていること、教えてくれるんだろう?この目で見届けてやるよ。」

今度は真剣な眼差しで岬を見つめた。
あまりの真剣さに岬は顔を真っ赤にすると、あわててドアを開ける。

「じゃあ、いい?誰にも会わないと思うけど、一応気をつけて・・。行くよ!」

小さな声でそう忠告とも取れない言葉を伝えると若林を待たない速さで車を降りた。カツカツと夜中ということもあって足音が響く。
それにドキドキしながら、若林も岬に続いてエレベーターに向かった。













エレベーターに乗ってすぐに1階に着いてしまい、ドアが開く瞬間、若林はあわてて回りをきょろきょろする。と、近くにあった柱の影に隠れた。なるほど大きな柱がエレベーターホール前にドンと2本立っていた。しかも、その横にはご丁寧にこれまた大きな観葉植物が置いてあり、この柱の場所のや植物の配置の不自然さから、多分いくつかあるエレベーターでもなるべく他の人と鉢合わせしないような意味合いがあるのではないかと、ここまでくるとまるで映画か何かのような設定まで脳内に浮かんできた。
いかんいかんと首を振り、しっかりと隠れるが、時間が時間なので、人気すら感じられなかった。内心ホッとしながらも、油断しないように気をつける。本来なら自分はここにいるはずがない人間なのだから。

岬はまるで若林の存在がない様子で、さっさと歩いていく。壁で見えないが、多分岬の歩いて行った方向が受付なのだろう。
岬の話し振りからすれば、昼は別にして、多分この時間にいる従業員は組織の者なのだろう。でなければ、岬自身が堂々とこんな場所に行けるわけが無い。

はぁ〜〜〜、とため息が漏れた。

まったく。
まったくなんてことだ。
隠れながらも見える範囲で探れば、やはりこのホテルは高級感が漂っている。
多分街の規模からいえば、不自然ではないだろうが、それも考慮してこの街にしたのかもしれない。いろんな施設があると岬は言ってたが、それらも全て含めて自然に街に馴染むほどには、施設類もホテルもこの街にマッチしていることだろう。都会ではないにしろ、それなりに大きな街だ。


間もなく、岬が鍵を持って現れた。
くいくいと手招きをしている。
キョロキョロと回りを見回すが、岬は大丈夫と声にせずに若林に伝えた。
そのまま、自然な動きで持って、岬に続いて新たにエレベータに乗った。
よくよく見ればかなり上層のボタンを押している。いや、最上階だった。

「最上階がそういったことに使われているらしいよ。一般の人はまずこの階には泊まれないから、一般の人の目に触れることもないし。まぁ、特別な人とかが泊まっている、とかはわかるんだろうけど、それぐらいのこと。実際は僕も他に同業者らしい人には会った事ないから、時間もかなり調整されているんだろうね。」

またも簡単に説明してくれた。
この調子ならそのうちどんなことも話してくれそうだ。
これから見届ける内容を考えれば、それ以上の秘密を見ることになるのだから。

そう思ったら自然、ゴクリと唾を飲んでしまった。

男同士のセックスだぞ。色気も何も、気色悪いだけのものだ。
でも、いつの間にか、若林には、岬との話上だけでなく、興味まで湧いてしまった。

つい横に並んで立っている岬に目をやってしまう。
これから行うことを考慮しての服だろうか、着ているシャツのボタンは出かける前にはかなり上まで綴じられていたはずが、今ではかなり下の方まで空けられていた。その隙間から覗かれる胸元は確かに男のものなのだが、同じサッカー選手としては色白な岬は、そこに妙な色気を作り出していた。ただ胸元のボタンが開いているだけなのに。
やはり・・・・。
シちゃうんだろうな・・・。と今更ながらに若林は思った。
岬はもう、黙ったままだった。



エレベーターが止まり、若林がハッとした瞬間、ドアが開く。
さっさと歩く岬に遅れを取るまいと、若林も慌てて続いた。がついついやはり、ここでもキョロキョロ挙動不審になってしまう。無理も無いが・・・。
それに比べて岬は人が変わったように先ほどから違う空気を醸し出している。エレベーターの中で感じられた色気もそうだろうか。まるで別人のように若林には感じられた。
さらさらと流れる髪をした後頭部を目の前にして歩ているからか、必要以上にドキドキした。これは見つかるかもしれない恐怖というドキドキとは違うように若林には感じられた。
やはり、今から岬の秘密を見ることからくるのだろう。

突然岬が立ち止まった。
前には、ごく普通に部屋番号のついているホテルの白いドア。


「最後にもう一度だけ、言うよ。もう、後には引き返せないからね・・・。いい?」



「あぁ・・・。」


若林は掠れた声で返事をした。
横にいるのは、もはやいつもの岬ではなかった。


まるで娼婦のような笑みで若林を見つめる、見知らぬ人だった。







ドアを開けて岬に案内された部屋へと足を通す。
利用しているホテルがホテルだけにドアの中には部屋数もかなりあるようだ。もちろん特別高価な部屋だということもあるのだろうが。

「これだけの部屋があって利用しないなんて、もったいないな。」

若林は、らくしないセリフを吐いて自分を落ち着かせた。まぁ、だから窮屈なクローゼットなんかに隠れる羽目にならなくてすんでいるのだが。
でも、念のため、鍵を掛ける。利用することはないとは言っても、もしかして急に何か思いついてこの部屋を開けられる恐れがないとは言えない。
ガチャリと鍵を掛け、ため息を吐くとぐるりと部屋を見渡した。

照明もつけないただ暗いだけの部屋だが、大きな窓から入ってくる月明かりか街の明りかで、多少は様子を伺うことが出来た。
目を凝らしてみれば、狭くはないが、そう広くもない様子の部屋で。ソファとテーブルがワンセット置かれており、ベッドもあるが小さい。多分、秘書やマネージャーが使う部屋。
ソファのその向うの明りの元であるガラス窓が通常の窓よりか幾分か大きい。部屋の照明をつけるわけにもいかないので、ソファに足を取られないように気をつけて窓へと近づく。
あぁ、綺麗だ。と若林は思った。

足元に街が一望できた。

よくいう、何万ドルか何億ドルか忘れたが、どこかの景色ではないが、足元に広がる光景はかなり綺麗だと若林も思った。女性なら一目でうっとりするような景色だった。
それにしても、自分はいつもサッカー、サッカーで、こういった景色に魅了されることもなければ、どこかの雑誌で見た見出しに心躍らせて出かけることもないなぁ、と妙に場違いなことを思う。
親や家を考えればよく経験するだろうパーティなどにもほとんど参加したことがなかった。知識としてはそれなりに知ってはいるが・・・。
突然降って湧いた、「綺麗」な光景に今更疎遠に過している自分に何故か自嘲してしまった。

岬もこの光景をきちんと眺めたことがあるのだろうか?
教えてやって、一緒にこの景色を眺めたいと思った。

何故?
何故、岬と一緒に?

次から次へと湧き上がる自分のらしくない思いに驚いた。
と、とたんに隣からガチャリとドアの開く音が聞こえた。





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※9はRな内容です。ダメな方は飛ばして10へ入ってください。(読んだ後の苦情は受け付けません)


次はエロ?どうしよう〜〜。(滝汗)