過去と今と未来と3−9
ラウンジの隅に簡易ベッドを作り、そこにサンジは寝かされていた。 麻酔が効いたのだろう、先ほどの様子とは打って変わってとても静かだ。 脇にはチョッパーが聴診器を片付けている。診察は終わったのだろう。 ウソップとロビンは離れた位置で椅子に座って様子を眺めていた。 ゾロは・・・・・・と視線を彷徨わせて、JJは後悔した。 ゾロはJJのことを考えてなのか、やはり離れた位置で腕組みをして壁に凭れていた。 いかにも、自分は外野の一人だと言わんばかりに・・・。 しかし。 瞳はウソをつかない。 チラリチラリとサンジに掛かる視線がゾロの心境を物語っている。 態度では関係ないと言いながら、心配な瞳をサンジに向けている。口元も僅かにいつもより強く引き結んでいるのがわかる。 それでもJJがラウンジに入ってきたのを知るや否や、ゾロは目を瞑り、他人事のように振舞った。 JJもチラッとゾロの視線を投げるが敢えて声を掛けなかった。 どうせなら、ゾロの方から声を掛けてもらいたかったのだ。 僕のことを心配してゾロ・・・・。 JJの心の訴えを聞き取ったのか、JJが歩を進めると、改めてJJに気が付いたように足を動かした。 「驚いたろう・・・。大丈夫か?」 歩み寄ってくるゾロの気配とその声を聞いてJJは安堵する。 「うん・・・・。大丈夫、ちょっとびっくりしただけ・・・。」 ごく自然な動作でゾロに凭れかかる。JJの肩にゾロの手がそっと置かれた。そんな二人に誰も声を掛けられない。 「どうだ?チョッパー・・・。」 「うん・・・・。さっきと変わらないよ。麻酔が効いたんだね。大人しく寝てる・・・。」 心配そうに声を掛けたルフィに、涙目になりながらチョッパーは答えた。 静かに寝息を立てているサンジに部屋の中も落ち着きを取り戻し、誰もが平常心で持って会話を試みる。 「ロビン、ルフィから聞いたわ、煙草のこと・・・。」 「あくまで私の推測なんだけれど・・・。」 すでに話が通じていると踏んでロビンはゆっくりと言葉を発した。 「ごく普通の煙草であんなに過剰な反応を見せるのはおかしいと思うの・・・。ただ、記憶を取り戻そうとしているのではなくて・・・・。記憶を失う切欠があったんじゃないかって思うの。記憶を失うほどの衝撃を与えた何かの瞬間か行動にあの煙草が関わっているんじゃないかしら・・・。それも、彼が叫び苦しむほどの恐怖が・・・。」 「・・・恐怖?」 ナミが怪訝な顔をする。 JJとのやりとりの時との動揺はすでになくなり、今は冷静に物事を分析しようとしている顔だ。 「恐怖って言ったら、大袈裟かもしれないけど・・・。何て言ったらいいのかしら・・・。でも、彼にとってショックな出来事なり、状況なり、何かがあった時にその煙草が関係しているのかもしれないわ。」 「ごくごく普通の煙草なのに?だって、サンジくん、銘柄は違うけど、それでもヘビースモーカーだったじゃない。煙草でショックを受けるようなことなんて・・。」 「だから、煙草自体というわけじゃなくて、その状況かもしれないし・・・。」 ロビンもどう説明してよいか、わからないようだ。 当たり前だ。ただ、サンジが煙草に拒否反応を示しただけで、それ以外はまだ何もわからないのだから。 それでも、その煙草に何かがあると感じるのだ。 それは、意味合いはちょっと違うがチョッパーも同様らしい。 「ロビンの話とはちょっと違うけど。俺・・・・、何かこの煙草の匂いにさっき打った麻酔とは違うんだけど・・・・でも似たような匂いがするような気がする・・・。人間じゃわからないぐらいだけど・・・・。」 「チョッパー?」 ヒクヒクと鼻を鳴らしてチョッパーが間に入った。 ただの煙草じゃないのか? みんなの視線を今だルフィが手にしていた煙草に注がれる。 「煙草に何か仕掛けが・・・・?」 ナミがポツリと溢した言葉に黙ったままゾロにすがり付いていたJJが反応した。 「何!それじゃあ、ロイがこの煙草に何か仕込んでいたっていうの!!」 「そうは言ってない・・・。そんなことは誰も言ってない、JJ!」 剥きになるJJをゾロがギュッと押さえ込む。 が、優しく抱きしめるというよりも、ゾロの方がJJに縋り付いているように力が入っている。 「吸ってみりゃいいじゃんか!」 何でもないようにルフィが手にしていた煙草を改めて一本、口に咥えた。 そのままガスコンロの傍に来て、ガスに火をつける。 「ちょ・・・ルフィ。待って!まだ、何が仕込んであるかわからない・・・・。」 ナミが止めようとしたのも気にせず、カチリと付いたコンロの火に煙草を咥えたまま顔を寄せた。 ウソップなんかは、逆にお前なんかが吸えるのか?と変な顔をして見ている。 誰もがルフィの様子に注目していた。 ぼうっと燃え上がる炎に煙草の先端が一瞬燻り、しかし、すぐに火が煙草に移った。 ゲホッゲホッゲホッ 煙草を吸いなれないルフィは上手く煙を吸えなかったようで、すぐに咽た。 「ほれみろ」とウソップは笑っている。 が、同時に辺りに広がった匂いにチョッパーとロビンが顔を顰めた。 「ルフィ、すぐに煙草消して!!」 強い語気でチョッパーがルフィを止めようと立ち上がった。 と、とたんにクラリと足元がふらつく。 まわりにいた全ての者も、瞬間、頭がグラッとしたように揺らめいた。 「船長さん、すぐに煙草を消して頂戴!」 ロビンもチョッパーの言葉と様子に只ならぬ事態を予感したらしい。ルフィを止めようと手をルフィの身体に咲かせて、煙草を取り上げる。急いで煙草を流しに押し付ける。ジュッと音を立てて問題の煙草はすぐに消えた。 咽たまま、「なんだなんだ?」とわけのわからないルフィは、そのままクラリと身体が傾いた。 「え?何?ルフィ・・・?」 ガタンッ!! ルフィとチョッパーが同時に倒れる。 チョッパーはウソップに抱きとめられたが、ルフィはそのまま床に倒れこんだ。 「え?ルフィ!!」 慌てて駆け寄るナミにルフィは、「眠ぃ・・・。」と一言だけ呟くと倒れたその場にそのまま眠り込んでしまった。 「眠い・・・・って・・・。一体・・・・?!」 結局何だったのかわからない、と怒りの表情そのままに鼾を掻いているルフィを見下ろす。 何だか踏みつけたい気分だ。 「起きなさいよ!こんな時に・・・!」 しかし、ロビンの言葉によって、それは止められる。 「船長さん、薬や毒性のものには慣れてないから弱いのね。あっという間・・・。」 「え・・・?何、ロビン・・・。」 誰もがロビンの言葉にわけがわからない、という顔をする。 倒れた瞬間、毒かとも思った煙草だが、眠ってしまったのだから、何でもなかっんだろう?と首を捻る。 「その煙草、かなり強力なのね。身体が慣れていないからっていうのもあるのでしょうけど、たった一吸いで寝てしまうんですもの。それに・・・。」 と、チラリとウソップに抱きとめられたチョッパーをも見やる。 気が付けば、チョッパーもすやすやと寝ていた。 ウソップが呆れてチョッパーを揺り動かすが寝たばかりだというのに、起きる気配がまったくない。 仕方ない、とばかりにサンジの横に寝かす。あまり大きくないベッドだし、一応病人の横なのだが、チョッパーなら問題ないだろう。 それにしても、麻酔を打たれたサンジは仕方がないにしても、この状況でどうして寝てしまえるのだろうか? ナミは鼻息を荒くしたかったが、ロビンの言葉に今一度、思考を巡らせる。 腕を組んで唸るナミに、男共はわからないまま、黙って説明を待つしかなかった。 「ロビン・・・。この煙草って、もしかして・・・。」 一旦は黙ってしまったナミだったが、すぐに物事を理解したようで、胡散気な瞳を上目遣いにロビンを見た。 「えぇ・・・。私も実物を手にした事がなかったけど、たぶん、そうだと思うわ。」 「もう出回っていないって聞いてたけど・・・。」 女性二人だけで話を続けるのに痺れを切らしてゾロが声を荒げた。 「おい、俺達にもわかるように話せ!」 そうだそうだとウソップも頷いている。 チョッパーはきちんとベッドに運んだのに、船長であるルフィは床の上でいいのかという突っ込みは誰もしてくれなかった。 事の真剣さに反比例して平和そうな顔をして寝ているのだから、誰も同情はしてくれない。 「一昔前、裏では結構出回っていたものだと思うわ。私も小耳に挟んだことしかなかったけど・・・。」 「出回ってた?」 ウソップがわからない、と聞き返す。 「ロビンのが詳しいかしら・・・。」 ナミがロビンに視線を送る。 ロビンは軽く息を吐くと、いつもの落ち着いた様子で淡々と説明を始めた。 「さっきも耳にした事しかないって言ったけど、私もよくはわからないの。結構、昔は高額で裏取引されていたものらしいし、産地が一箇所しかなかったから出回る範囲が限られていたの・・・。」 「で、何なんだよ、その裏取引されてたってヤツは?その煙草がそうなのか?」 「煙草を吸った船長さんと鼻が効く船医さんは一発で寝てしまったから多分そうだと思うわ。強力な睡眠薬よ。さっき船医さんが使った麻酔よりも強力な・・・。」 「睡眠薬・・・?」 それが一体何だというんだ? ゾロは眉を顰める。JJは、ギュッとさらに力の入ったゾロの手に顔を顰めて見上げた。 ゾロ・・・・なんだか怖い・・・。 ゾロの様子に身体を震わせると、それを勘違いしたのか、ゾロはさらに強くJJを抱きしめた。 JJはゾロに身を任せるしかない。 「元々は、やはり医療用に開発された薬らしいけど、どこにでもいるわよね、悪用する人間が・・・・。この煙草はそういった輩によって作られたものなの。その当時、・・・・たぶん今でも、一番強力なものだと思うわ。」 「で、それが何で煙草なんだ?」 ウソップがやはりわからない、と首を捻る。 「だから、人間を誘拐したり、殺したりするのに手っ取り早いでしょ?そういう薬。それに、元々の原料が煙草の葉と組織が似ているから煙草に作りやすかったんだと思うわ。まぁ、煙草というタイプ以外にももちろん注射や、錠剤タイプもあったらしいけど、見た目にはわかりにくいから裏で売買するには好都合なの。狙った人物を簡単に攫ったりできるじゃない。酒場なんかで煙草を吸わせて寝てしまったら、介抱するふりして連れ出したり・・・・・。便利なのよ。」 「あと、身体を麻痺させる効果もあるから逃げ出せないし・・・・。使う量によっては中毒になるらしいわ。犯罪者にはとっても魅力的な代物よ。麻薬のさらに強力なものと考えれば解り易いわね。それに、製造も簡単らしいわ。だから、大量に出回った時期もあるけど、元々の原料の取れる島が一つしかなかったし、皆が皆、欲しがったから直ぐに高騰したらしいけど。」 「結局、海軍によってその薬はもう出回ることはなくなった、って聞いてたけど、まだあったのね。」 ナミとロビンによって説明されて、なんとなくだが男性人にもことの重大さがわかったような気がした。 「じゃあ、サンジがあれほど反応したのは、その煙草が原因か?」 「確かにサンジくん、煙草を吸うから何も知らずにその煙草を抵抗なく吸ったとしたら・・・。」 しかし、言葉はそこで途切れた。 いや、その先も想像はできたが、あくまで推測の域を出ない。 そして、その推測は、JJの恋人だった男が全ての元凶だったと言っているようなものだ。それが例え事実だとしても今、仲間であるJJに言うのは多少なりとも憚れる。 だからなのか、明確な言葉でその先を口に出来る者はいなかった。 「・・・・・・・。」 「・・・・・ともかく、私達には必要のないものだわ・・・・。」 ナミが「捨てましょう。」とルフィの傍に散らばった煙草を手に取る。 「待ってよ・・・。」 ずっとゾロに縋りついていたJJがキッとナミを睨みつける。 「JJ・・・・?」 屈んだままJJを見上げたナミの顔が引き攣る。 JJの身体が震える。 ゾロが支えてなければ、倒れていたかもしれない。 「ロイが・・・。ロイが故意にそれを手に入れて、それを使ってサンジを攫ったって・・・・そう言いたいの?」 「JJ・・・・。」 ナミは一旦唇を噛み締める。その表情はJJの指摘を肯定しているとわかるが、敢えてそれを言葉では否定した。 「そんなことは言ってないわ・・・。」 JJの顔をまともに見られなくて、ナミは煙草を掴もうとしたままで止まっていた手を再度動かした。 「でも、思っているでしょう?」 「・・・・・。」 JJの言葉を今度は否定できなかった。 誰もが、答えることができない。 「ちゃんと調べてよ。その煙草が本当にその薬かどうか、まだきちんとわかったわけじゃないじゃない。そう思っただけで決まったわけじゃないじゃない。ただ、ルフィとチョッパーが寝てしまっただけだよ!!」 「JJ・・・。」 誰もが苦しげな顔をJJに向ける。 確かにJJの言葉通り、あくまで推測で、その煙草が問題の薬だと決まったわけじゃない。 「そうね・・・・。あくまで推測ね・・・。」 「ロビン・・・。」 「それとコックさんの記憶喪失にどこまで関係あるのかも、まだはっきりとしたわけじゃないわ・・・。」 JJを真っ直ぐに見つめてロビンが彼の言いたいことを代弁した。 「船医さんが起きたら、調べてもらいましょう・・・。その煙草が予想通りの薬なら、たぶん、2〜3日は起きないとは思うけど・・・。」 視線を今度はチョッパーに移す。 「そんなにか!」 ウソップが驚いて振り向く。 「えぇ・・・。たぶん。」 「だって、たった一吸いしただけだぞ!」 ガバリと立ち上がるが、それには怯まずロビンは首を縦に振った。 「だから、それだけ強力なの。たぶん、煙草1本分だと、一週間はまず起きないでしょうね・・。一吸いだけど、船長さんも暫くは起きないかも・・・。」 「おいおい・・・・。どうすんだよ、敵が攻めてきたら・・・。」 一旦は立ち上がったが、ダンと座り込むウソップにため息にも似た息が漏れた。 「サンジくんは、ただの麻酔だからすぐに起きるでしょうけど・・・。でも、チョッパーとルフィは怪しいわね・・。ま、あとのメンバーだけでも航海は支障ないでしょう。戦闘が起きてもゾロもいるし・・・。」 ナミも手に取った煙草を机に置くと、脱力してウソップの隣に座った。 いつの間にか話が摩り替り、JJとしては納得ができなかった。 「ゾロ・・・。」 ゾロもJJにどう言葉を掛けてよいのか解らないまま抱きしめるしかなかった。 |
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2007.06.15.
3部も漸く折り返し地点到達・・・のはず。