過去と今と未来と3−10




深夜の騒ぎから三日ほど経ち、漸く船医が目覚めた。
凡そロビンの推測通りだ。

「あれ・・・・?」

ぼんやりとした顔で回りをキョロキョロしている。

「お・・・。漸く目覚めたか・・・?オッス、チョッパー!」

簡易ベッドの脇に設置してあったウソップ工場で武器でも作っているのだろうか、何やら作業をしていたウソップが明るい声を掛けてきた。
ふと反対側を見れば、横には船長がグーグーと寝ている。

「よっぽど薬には、慣れていないんだろ〜な〜。ルフィの奴、まだ起きねぇよ・・・。」

苦笑して作業の手を止める。

「喉渇かねぇか?水、飲むか?」
「あ・・・・。うん、貰う・・・。ところでウソップ。」

カチャカチャとコップを用意しているウソップに事の成り行きがわかっていないのか、チョッパーが不思議そうな顔をしたまま見つめている。

「俺、どうしたのかな・・・?なんかあったの?」

さり気なく手渡されたコップを手にしたままチョッパーは見上げた。

「覚えていないのか?煙草のこと・・・。お前、あれの所為で丸三日間寝っぱなしだったんだぞ!」

鼻息を荒くしてウソップは腕を組んだ。

「え?煙草・・・?・・・・・・・あ!」

ひと口コクリと水を飲んでからウソップの『煙草』の言葉に首を捻っていたが、漸く思い出したようだ。思わず水を溢しそうになった。

「ロビンの話だと、強力な麻酔よりもさらに強力な睡眠薬だとよ。一昔前に出回った代物らしいが、かなり悪用されていたようで、今は無くなったという話だったが、どうやらまだ出回っているんじゃないか?・・・と、そういうことらしいぜ。」
「ふ〜〜〜ん。」
「まだその煙草が本当にその薬だかどうだかわかんねぇからよ、お前に成分を調べて欲しいらしいけど?・・・・・もう大丈夫か?」
「あ・・・・・うん。もう大丈夫・・・。ちょっと身体がだるいし、頭がくらくらするけど・・・。動けないわけじゃないから・・・。」
「そっか・・・。なら良かった。中毒性もあるらしいから、ちょっとやっかいらしい・・・。」

ウソップの言葉にチョッパーは深呼吸して応えた。
その様子に話をしても大丈夫だろうと、ルフィとチョッパーが寝てしまった時の話を細かく伝える。
チョッパーはうんうんと耳を傾けていた。

「たぶん、中毒性のある薬といっても、一回ぐらいだったら大丈夫だと思うよ。あんまり使うと中毒になっちゃうけど・・・。ほんの一息吸っただけだろう?」
「まぁな。お前もルフィもちょっと吸っただけだよ。」
「なら問題ないよ。」
「でも・・・・すげぇよな。たった一息吸っただけでこの有様だ。結構大変だったんだぜ?お前らが寝ていた三日の間に襲撃もあったしよ。」
「え!そうなの!?」

驚くチョッパーに、えへん、と胸を張り、ウソップは自慢げに話す。

「まぁよ、俺様の指示により難なくその襲撃してきた海賊は退治したけどよ・・。ルフィも寝てるだろう?だから、ここ守るのに必死だったぜ?俺様の活躍がなかったら危なかったところだ!!」
「そっか・・・。ごめん、ウソップ・・・。」

シュンと項垂れるチョッパーに胸を張っていたが、「おいおい」と慌ててしまう。

「大した海賊じゃなかったから問題なかったし・・・。そう心配すんな。」
「うん・・・。」
「ソレよりも調べてくれるか?その煙草を・・・。ロビンとナミだと現物を調べるのに限界があるらしくってよ・・・、もっぱらあの二人は書物関係で調べるだけだ。その結果と現物の成分を比べたいんだとよ。お前がいないと何にも始まらねぇ・・・。」

ウソップの「頼りにしているぞ!」という言葉に、チョッパーは沈んでいた顔を明るく上げた。

「うん、じゃあ、今から調べるよ、それ・・・。」

そう立ち上がると「待て。」の声が突然、片隅から聞こえた。
気が付けば、言葉と共に、ドアの開く音も一緒に耳に届く。

「あ・・・・・サンジ。」
「漸く起きたか、チョッパー。」
「うん・・・。心配掛けてごめん。」

再び項垂れる小さな船医にサンジは近づいて、ポンポンとまだ帽子の被っていない頭を撫でた。

「なぁに、もう大丈夫なんだろう?だったら、いい。」

ニコリと笑う顔は以前のそれだ。
チョッパーがウソップの言葉で思い出した事と同時に心配事になっていた一つ、サンジの容態が気に掛かった。
船医として仲間の健康状態や、精神状態も把握しておくのが本来なのだ。それを怠ったつもりはないが、麻酔で落ち着かせたとはいえ、一時は狂ったようになってしまったサンジを放った状態で自分は寝こけていたのだ。気にならないはずが無い。同時に不可抗力とはいえ、自分の不甲斐無さに改めて悔しくなる。

「サンジ・・・・。その、・・・・・大丈夫か?体調の方は・・。」
「あぁ、もうすっかりいいぜ。こっちこそ、心配掛けたな。」

以前と同じようだ。

手にしていた野菜籠をテーブルに置くと、改まってチョッパーの傍にやってきたその様子に、チョッパーはほっと息を吐いた。
それでも船医としてしなければいけないことはある。

「サンジ・・・・今更かもしれないけど・・・見せてもらえないか?診察したいんだ。」

本当に船医失格と言われても仕方がないが、やはりここは責務を果たさねば。そうチョッパーは脇に置かれたままになっていた医療鞄に手を伸ばした。

「本当にもう大丈夫だよ。この間の戦闘にもきちんと参加できたし・・・。」
「え?戦闘に参加したのか?大丈夫だったのか?」
「当たり前だろう!」

いつになく機嫌がいいのか、笑顔が絶えない。
なんとなく、チョッパーは鼻をスンと鳴らした。

「大丈夫かもしれないけど、見ておきたいんだ。ほんの5分だけでいいから・・・。」
「わかった・・・。心配性だなぁ・・・。」

テーブルに置いた野菜籠に入っている野菜に一旦目を留めて、「まだ時間があるか。」と判断したのか。サンジはチョッパーの前に患者よろしくきちんと位置した。
ウソップはウソップ工場で作業を再開したようだが、二人の様子を気に留めているようで、時々視線を投げる。

「俺がベッドにいるのはなんだか逆みたいだね。こっちに座って・・・。」

割と素直にチョッパーの指示に従ったサンジに船医は嬉しくなって、ポンポンと自分が座っている横を示した。
サンジはこれもまた素直にチョッパーの横に座る。
聴診器を出して、医者らしく彼の胸、背中を見る。人間以上に性能のいい耳を欹ててきちんと判断を下す。
一通り見て、息を吐いた。

「うん・・・。体の方は、特にどこにも以上はないみたいだ。」
「だろう!」

ニコリとお互いに笑う。明るい空気がラウンジを包む。やはり何となく心配が抜け切れていなかったウソップも二人を見て「良かったな。」と笑った。
だが、あの時の様子を思い出すと、そのまま笑って終わらせるわけにはいかないだろう。
とりあえず今は異常はないが、また、いつ三日前のようなことが起きないとも限らない。
それにサンジは元々睡眠不足の傾向があったのだ。

「でも、精神的に落ち着いたわけじゃないだろう。」

チョッパーの言いたいことはすぐに伝わった。
サンジの笑みに少し陰りができる。

「だが、それも前よりは良くなっているんだ。今は暫く、そおっとしておいてくれないか・・・。」

サンジの瞳を覗き込む。じっと見つめる瞳にウソはないように思えた。
緊張の面持ちで暫く見つめていたが、力を抜く。

「わかった・・・。でも、絶対無理は禁物だよ!いい?ちょっとでも様子がおかしかったら、必ず俺に言う事!」
「あぁ。もちろん。」

医者のOKが出たことにほっとし、サンジは置いてあった野菜籠を再び手に取り、シンクへと向かった。
そこで包丁を取り出し、来た道を戻るように扉へ向かう。

「天気がいいから、外で皮むきをしてくる。」

籠を翳して中のじゃが芋を見せてくれた。

「うん。煮るの?」
「あぁ、今日もじゃが芋の煮物らしい・・・。まったく、JJはあの剣士の好物ばかり作りやがる。」
「いいよ、俺も好きだから。」
「そうか・・・。チョッパーもまだ本調子じゃないだろう。ゆっくりしろ。」
「うん。」

ウソップは二人の会話には加わらず様子を見たままニコニコとしていた。
が、パタンと扉が閉まると、会話には口を挟まなかったウソップが改めて作業の手を止め、今更ながらにチョッパーの傍に寄ってくる。

「なんかよぉ、サンジちょっと雰囲気変わった気がしなかったか・・・?」
「う〜〜〜ん。わかんないけど、確かに空気が違ったような気がする・・・・。」

自分の方が後に、そしてたった今起きたばかりなのだ。まだ何もわからない状態だといってもいいだろう。

「ウソップ。」
「何だ?」

見上げた瞳は船医としてだけでなく、仲間の一人としてのそのものだった。

「聞いていい?」

そう言葉とここに座って欲しいとの視線でウソップは今しがたサンジが診察時に座っていた場所に座る。

「なんかあったの?俺が寝ている間に?」
「いや、別に戦闘以外、何もなかったんだが・・・・。それが反って変な気がしてな・・・。あれだけ狂ったような状態だったにも関わらず、起きたらいつも以上に普通だったんだよ。」
「?」

意味が解りかねるようでチョッパーは首を傾げる。

「起きてすぐに『騒ぎ立ててすまなかった』って皆に詫びてよ・・・。もう、その後は何もなかったように以前同様に振舞うんだ。ナミも一体どうしたんだ?って聞いても『もう大丈夫だ』の一点張りでよ。あの時、サンジの身に何が起こったのか判らずじまいだ。俺はあの出来事で反って昔を思い出したくない一心で無理してるんじゃないかなって思ったんだが・・・。」
「う〜〜〜ん。」
「だから尚更、お前に例の煙草を調べてもらうしかないよな・・・。」
「そっか・・・。」
「できるか?」
「うん。」

顔を覗きこむウソップにチョッパーは首を縦に振った。

「そういえば・・・。」

改めて思い出したようにチョッパーは顔を上げる。

「JJとゾロは?彼らはどう?サンジと上手くいっているの?」

誰もが心配していることだ。

「まぁな。今のところ何も無いぜ。以前のままだ。戦闘時には、ちょっとトラブルになりかけたけど、相手を倒せたから結果オーライってとこか?」
「トラブル?」
「大したことないさ。ナミが人質になっちまったんだけどよ、ゾロとサンジで相手の船長を倒したんだ。で、昔のようにゾロとサンジの息があっての戦い方にJJがヤキモチを妬いたってだけだ。いつものことだよ。」
「・・・ヤキモチなら・・・・いつものことだね・・。」

サンジがこの船に帰ってきてから、JJはやたらとサンジを意識している。
それは当然といえば当然だし、今更だ。
一旦は落ち着きかけたそれが、また激しくなっている?
ゾロはJJとの仲を改めて公言したというのに。

それも仕方がないことなのかもしれない。

ウソップとチョッパーは二人してため息を吐いた。







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2007.06.22.



あまり進展なし・・・。