過去と今と未来と9
何か頬に温かいものが当たった気がして、ゾロは重い瞼を持ち上げた。 気が付けば、部屋の中はすっかりと明るかった。カーテンがまだ引かれていて日の明るさそのままではないが、夜でないことはゾロにも容易にわかった。 「ん・・・・・。朝か?」 「あぁ・・・。もう皆、朝食も終わったみたいだぜ?どうする?すぐに食べるか?」 独り言のつもりで呟き、ないと思っていた返事に驚いて顔を上げる。 夕べは本当にそのまま寝てしまった為、全裸なのを自覚するには多少の時間が掛かったが、それでも夕べあったことは忘れておらず、すぐにサンジから返事があったのに多少の照れを感じる。 サンジはなんとも思わないのだろうか?いくら恋人の振りをする約束になったとはいえ、仲間と関係を持つことは予定にはなかったはずだ。 もしかして、そんなことはまったく気にならないくらい、昔いた魚の形をした船のレストランでは、そういった仲間で、男同士で関係を持つことは当たりまえなのだろうか? ロイだけではなかったのだろうか? そう思ったら何故か腹が立った。 しかしそれを表に出すわけにはいかなくて、ゾロは冷静さを持って返事をくれた声の方を向いた。 「早ぇな。いや・・・、俺が遅いのか・・・。」 「あぁ、お日様はすっかり天辺だぜ?参ったよ、お前あのまま寝ちまっただろう?せめて抜けよな。苦労したぜ、お前重いし・・・。」 咋な表現もそのままに苦言を向けるサンジ。だが、表情はまったく怒っていなかった。怒るどころか、まったく普段と変わりなくニヤリと笑みを溢している。 相手がゾロとわかっているだけに、そこは怒るまでもないのだろうか?それとも、そこまで恋人の振りということで怒るわけにはいかないのだろうか? 多少の申し訳なさと恥かしさに頭をボリボリ掻きながら、掛かっていたシーツを捲ると、なるほど、サンジのいうとおり、すっかり自分の身体は綺麗に拭かれていてすっきりしていた。 あのまま寝てしまったのだから、後処理にかなり苦労しただろう。恥ずかしながらも、つい自然に詫びの言葉が口から漏れた。 「悪ぃ・・・。面倒かけたな・・・。」 ゾロから謝言の言葉が来るとは思っていなかったからか、サンジは口に咥えた煙草をポロリと落としてしまった。 「いや・・・・。・・・別にたいしたことじゃないが・・・。」 落としたことに気が付き、すぐに拾って灰皿でギュッと消す。煙草のおかげか、すぐに我に返ったサンジはとりあえずの返事を返したが、まるで棒読みのセリフになっていた。サンジ自身、ゾロから詫びの言葉がもらえるとは思っていなかったらしい。 新たに煙草を胸ポケットから出すと、平常心に戻ったらしくベッドへ腰掛けて朝飯どうする?と聞いてきた。 「・・・・んぁ〜〜。食う・・。」 まだ目が覚めないのか、今だぼんやりとした返事だったが、それでものそのそと起き出したゾロを見てクスリと笑ったサンジが「じゃ、用意してくる。」と部屋を出て行った。 そのままサンジが出て行ったドアをぼうっと見つめていた。 階段を降りて行く足音を聞き終え、漸く覚醒したのか、パチパチと瞬きをして、ゾロは急に顔を赤らめた。 よくよく考えれば、シてしまったのだ。仲間であるコックと。 それもお互いかなり盛り上がった。これ以上ないほどに。 ゾロの中では、これはあくまで形だけの関係だと、何度も刷り込むが、その言葉以上に夕べのサンジの肢姿が頭から離れない。 やばい。 やばい、とゾロは思った。 よく娼婦から一つどころに留まるように促された理由に「身体から始まる恋愛もある」と言われたことまで思い出した。こんなところで思い出すことではないと思うが、それでもその言葉まで頭に何度も浮かび、サンジの媚態と一緒にゾロを苦悩の渦に陥れようとしている。 やべぇ。 まじぃ。 いろいろな言葉次から次へと浮かぶが、どの言葉もやはりサンジの身体と一緒に浮かんでくる。サンジの身体と言葉がまるで自分の体に絡み付いてくるようだ。 しかし、本当に忘れられないほど、ゾロには確かに夕べのサンジが善かったのだ。今までの娼婦など、問題ではない。 男なのに。 仲間なのに。 仲が悪いはずなのに。 気に食わないことが多いはずなのに。 ケンカばかりしているのに。 アホコックなのに。 女好きなのに。 初恋の男がここにいるのに。 それでも嫌いではなかった。 いや、本音を言えば、サンジという男を結構気に入っていたりもする。 コックなのに強いし。 仲間思いで、結構さり気ない気づかいをしてくれる。 口は悪いが、男性相手でも態度では実は優しい。 そして、作ったメシはどんなものでも旨い。職業的な旨さだけでなく、愛情が篭っているといっていいだろう。 偽りの恋人で。 今だけの期間限定で。 本気の恋ではないはず・・・・・なのに・・・。 ゾロはこの思いがどういったものか自覚せずに、無意識で己の中で成長させていた。 ドアをパタンと閉めるとカツカツと音を響かせて、階下にあるレストラン部分へと、向かう。 向かいながらサンジはよく普通に話せたな、と思った。 今朝はやはり、いつも通りの時間に目が覚めた。半分職業病のようなものだろう。 島で宿に泊まっているのだから、自分が朝食を用意する必要はないので、朝早く起きる必要もこれまたない。 しかし、習慣で起きてしまう。 起きてしまった一瞬、自分がどこで寝ているのか、わからなくなってしまったが、すぐに宿だということを思い出した。 そこでくるりと頭を廻らせて、途中で動きが止まってしまった。 目の前に緑があったからだ。 眼前に広がる緑。 さて?と、顎に手をやろうとして、手が動かないことに気が付く。 は? と宿にいることから先のことをそこで一気に思い出し、思わずぎゃ〜と声が出そうになった。 そうだ。 そうだった。 夕べシてしまったのだ。この緑と。 緑の頭をした、この、いつもムカつくと思っていた人物と。 ムカつくと思い、しかし、嫌いではないと改めて思う。 まぁ、確かに本当に嫌いだったら、愛情がそこに存在しなくても夕べのようなことはできないだろう。 しかも、自分の方から誘ったのだ。乗ってこないだろうと、計算はしていたのだが・・・。 それでも、乗ってきてもかまわない、とも考えていた。 ロイとそういう関係になった歳と内容を考えれば、自分は割と早熟の方だとも思っているが、ある意味必要以上には開放的ではないとも思う。 なんせ、遊びとしては、男とは、そういった関係は持ったことがなかった。 結論から言えば、ロイ以外の男性とは関係を持ったことが、なかった。 ロイとは好きあっていて、所謂恋人同士という関係だった。だからだ。 元から男性嗜好があるわけではない。ハッキリ言えば女性のが好きだ。 とはいえ、何をどう嗅ぎつけるのか、ロイと付き合ってからは、そういった嗜好の男達からやたらと声が掛かった。もちろん、ロイ以上に好きになる男性などいなかったので、全て一蹴で終わらせたが。 それは今でも時々あって、陸に上がって何気なしに街を歩いていて声が掛かる事がある。 自分は、それだけ貧弱に見えるのか、はたまたロイとのことが忘れられなくて、どこかで男性を求めるような、そんな空気をどこからともなく醸し出しているのか。 でも、自分は誰彼構わず、抱かれたいわけではないのだ。 ロイとの事だって、一体自分に何があったのか、悩んだことか。それほどサンジは、自分はごく普通の嗜好の持ち主だと思っている。 それなのに。 ゾロとは簡単に一線を越えてしまった。 仲間なのに。 仲間でそういった関係を持つということは、普通ならそれ相当の覚悟がいるはずだ。それとも処理と割り切るか。いや、割り切るといったって覚悟が不必要なわけではない。対等だと思っているお互いの力関係が崩れてしまう事もあるのだ。 そういった覚悟とか、割り切るとか、一切考えずに一気になだれ込んでしまった。 いや、全く考えなかったというわけではない。 考えた。 ほんのちょっとだけれども、考えた。考えている途中で、構わないと思った。 どんな関係を築こうとも、ゾロは、自分を蔑んだり、女扱いはしないと思った。今まで通り仲間で対等に扱ってくれると思った。 それだけ、このゾロという男を信用していると言っていいだろう。期間としては短いのだろうが、それでも信用に足るだけこの男の生き様を見てきている。 だからだ。 だから、簡単に関係を持つことができたのだろう。 もちろん、好きという感情もあるにはあるのだが。 それは、サンジの中にはまだしっかりとした形にはなっていなかった。 階段を降りると、まだ夜までは時間があるのにすでにロイは開店の準備をしていた。JJの姿は見えない。 「どうした、サンジ?」 「あ〜〜〜、いや。朝食の用意をしたいんだが、厨房貸してくれるか?」 「朝食?さっき食べたんじゃないのか?それとも、もうお腹が空いたのか?めずらしいな、お前が・・・。海賊になってそれ相応の食欲を持つようになったのか?」 あざやかな包丁さばきのまま、掛ける声は止まる所を知らない。昔はもう少し寡黙だと思ったがそれは幼心が見せた本当の彼ではなかったのだろうか。 サンジはカウンターに凭れた。 今ロイが捌いているのは、この島で取れる魚だろうか、サンジは見た事がなかった。思わず覗きこんでしまう。 「え〜〜〜と、食べるのはうちの寝ぼすけさんだ。昨日のようにきちんと起きる方が珍しい。いつも起こさないといけないんだ。」 瞬間、ロイの顔が微妙に固くなるのをサンジは感じた。余計なことまで言ったかと、失念する。 が、いやいや、今はゾロと恋人同士ということになっているんだ、問題ねぇと思い直す。 「じゃぁ、ちょっと待っててくれないか。この魚を下処理したら用意するよ。腹空かしているんだろう、彼?」 「いや、ちょっと場所貸してくれたら俺がやるよ。店の準備の邪魔をしたくないし・・・。材料、今朝俺達が食べた物なら使っていいか?」 「あぁ・・・悪いな、客に料理させてしまって。」 ロイが笑っている。が、その口元が歪んでいるのが横目に見て取れた。 サンジはあえてそれを見知らぬふりのまま、勝手に冷蔵庫を開ける。 ひんやりとしたレタスとキュウリを取り出す。奥から真っ赤に熟れたトマトも腕に乗せる。あと、サラダに使われていた野菜は何だったかと声にならない呟きを溢しながら、卵とベーコンも出した。 ふいに後ろからロイの声が降ってきた。 「長いのか?」 「・・・?」 振り返るとすぐ後ろにロイが立っていた。魚は捌き終わったのだろうか。 冷蔵庫の2枚ある開いていない方のドアに手を凭れさせてサンジに覆いかぶさるように立っていた。食材を探すため屈んでいたサンジを今にもそのまま冷蔵庫に押し付けてしまうほどの勢いだ。 気配は感じてはいたがいきなりこの距離に少し驚く。それでも気にしない風にサンジは首を捻る。 一体何が長いのかサンジにはわからなった。何か拙い野菜でもあったのだろうか、と思う。 「あの剣士とは付き合い長いのか?」 朝食とはまったく関係のない話で意外に思ったが、ロイからすれば意外でも何でもないのだろう。あれこれ言いたそうな顔をしている。 「あぁ、それなりにな・・・・。それがどうした。もうロイには関係ないだろう?」 「それなりに・・・って、グランドラインに入ってからか?」 「あぁ、そうだよ!だからどうしたっ!」 夕べ、ケリがついただろうことを蒸し返そうとするのが見て取れた。いい加減にしてくれと、サンジは思う。 「夕べからだろう?恋人っていうのは・・・。」 「はっ!」 声が詰まった。思わず立ち上がってしまったサンジの腕からトマトが転がり落ちた。 「JJの手前、俺は納得した風を装ったが、全然納得していないぞ。サンジ・・・。」 ぐいっとロイが体を進める。 冷蔵庫とロイに挟まれて、サンジには身動きが出来なかった。トマトだけでなく他の野菜も潰してしまう。そんなことを頭の隅で思う。 さらにロイは詰め寄った。 「わかるんだ、お前のことなら、サンジ・・・・。何故、あんな真似をするんだ。5年前、あんな別れ方をしたからか?俺がお前を捨てたと思っているのか?・・・サンジ!」 ロイはガシッとサンジの腕を取った。次々に野菜が床に零れた。 あぁ〜、野菜がダメになっちまったとサンジは思う。 「俺が本当にお前と別れたかったわけじゃない。仕方なかったんだ、あれは。だから・・・。だから、もう一度やり直そう。今なら、一緒に俺とお前の夢を叶えることができるんだ。一緒に・・・。」 「JJはどうする?」 ほんの少し上にある眼を睨みつけた。5年前はまったく見上げるほどだったのに、いつの間にか上背もほとんど変わらないほどになっている。 「昨日も言っただろう!別れるって。」 「JJが納得しない。もちろん、俺もだ!」 「恋人の剣士がいるからだと言うつもりだろうが、わかるんだ。嘘だろう?剣士と恋人同士っていうのは!」 「嘘じゃねぇ!」 腕を取るロイの手に力が加わった。必要以上に力が加わりサンジは顔を顰めた。 もはやロイは、冷静さを失っているように思われる。夕べの繰り返しだとサンジは思った。何度言えばわかるのだろう、この年上の料理人は。 5年も経つと人間は変わってしまうものだろうか。性格は変わろうと本人が努力して7年掛かるとよく言われるのにこの変わり方は逆だろうと思う。 昔は自分の方が、もっと我侭で、傲慢で、人の話を聞こうとしなくて、さんざんゼフを困らせたものなのに。いつの間にか立場が変わってしまったようだ。 ロイが興奮するに従って過去を思い出していく。 いや。 もともと、こういう人物だったのだろう。この男は。自分が気が付かなかっただけだ。 この人はいつも自分の都合の良いように考え、自分の思うように動き。 そうして、「愛している」と言いながら、自分の為にサンジを見捨てたのだ。落ち合う場所と時間を決めておきながら。 あの出来事は、サンジをかなり打ちのめした。人間不信に陥りかけたぐらいだ。立ち直るのにどれだけ時間を要したか・・・。 「・・・夕べだって、ゾロと抱き合った。気が付かなかったか?」 口端を上げて告げた。 とたんにグッとロイが詰まる。 しかし、その眼は怯むどころか、反って怒りを買ったらしい。グググとロイの力が篭る。思わずサンジは呻いた。 「嘘だろう?君はそんなことをするヤツじゃない。誰とでも寝るようなヤツじゃないはずだ!」 「だから、言っているだろう、恋人だって。何だったら証拠ってヤツ、見せてやろうか?」 普通なら人との情交の痕を見せるなど、ありえない事だったが、そこまでしないと信じようとしない男にイライラした。 サンジもそれなりに気が立っているのだろう。自分の顔がかなり歪んでいるだろうことが、サンジには容易に想像できた。 それでもロイの眼の中に見える嫉妬の炎は消えるどころか、増々勢いが増しているようだ。 「何だったら、聞かせてやろうか?ゾロがどうやって俺を抱いたか。どんな風にして俺を悦ばせてくれたか・・・。それとも見たいか!」 ロイの目に煽られて言いたくないことまでしゃべってしまう。 こんな事までいう自分が信じられなかった。 「止めろ、サンジ。」 張り詰めた空気の中。 ゾロがそこに立っていた。穏やかとは言いがたいが、落ち着いて自分達を見つめていた。 「・・・・ゾロ。」 「・・・・・っ!」 咄嗟にロイを押しのけて厨房を出た。 ドカドカとゾロの前に来るとあからさまなため息を吐いた。ゾロはサンジの肩をポンポンと叩いて落ち着かせてくれた。 「部屋で食事じゃ面倒だろうと下りてきたんだが・・・。外で食うことにする。」 ポンとサンジの頭に手を乗せてサンジを促した。 「ちくしょう・・・。」 俯きながら歩くサンジの目尻には涙が滲んでいた。床に落ちたままの野菜が気になったが今更戻るわけにもいかない。 そのままサンジはゾロと一緒に歩いた。 2人が出たドアの後ろから食器でも割れたのか、ガシャンという大きな音がした。 サンジはゾロの朝食に付き合って外の店に入ったが、何も口にすることができなかった。 |
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一応、8を抜かしてもわかるつもりでいたんですが〜、・・・わかりにくくてごめんなさい。
2006.02.09.