過去と今と未来と10
「あの宿、出るか?」 日も傾きかけた頃、ゾロがふと呟いた。それは横に座っているサンジに聞こえるか聞こえないか程度の小さなものだったが、サンジの耳にはしっかりと届いていた。 風が気持ちいい。頬を撫でられているようだ。 目を閉じて風を感じていた。 人気のまったくない、野原というには手入れされている丘の上。公園という言い方でいいのだろうか。 海がよく見渡せて、誰もいないのが不思議なくらいいい場所だった。 白と黄色が混ざりながら揺れている。名前はわからないが、花びらが小さくて可愛らしい花だ。一面に咲いている。 なだらかな斜面に2人して座っていた。 どれくらいそうしていたかわからないぐらいずっとそうしていた。 「まぁよぉ、好きな奴のことに執着するヤツがいるのは、よくある話だろうが、あれはちょっと尋常じゃねぇ。お前に言うのは悪いけどよ・・・。」 「あぁ、わかるよ。お前の言いたいことは・・・。」 「こんなこと言っちゃあいけないかもしれないが・・・。」 「いや・・・。」 「眼が普通じゃねぇ気がする。何がって聞かれると困るが・・。」 「あぁ・・・。わかる。」 「ナミに言って、あの宿を出よう。」 ナミの言葉に反応するサンジにゾロは内心苦笑する。 「そういう訳にはいかねぇ。せっかく安く泊まれる宿を見つけたのに。ここで宿を変えたりしちゃあ、お金を管理しているナミさんに迷惑がかかっちまう・・・。」 相変わらずナミ至上主義のサンジにゾロはため息を吐くしかない。 「じゃあ、船に帰るか?ロビンとも交替しなきゃいけないし・・・。」 思い出したように口にしたロビンの名前にもサンジは反応した。忘れていた訳ではないのだろうが、そこまで余裕がなかったのだろう。 「あぁ〜〜〜〜、ロビンちゃんに悪い事しちゃったなぁ〜〜。昨日今日と・・・。ちゃんと食事してるかなぁ〜・・・。」 声に出したようなため息を吐いて、サンジは立ち上がった。パンパンと埃を払う。 「船になら俺が戻るわ。ロビンちゃんと交替ってことで・・・。」 独り言ともとれるセリフにゾロはふむと思う。 これであの執着の塊のような料理人と上手く手を切れるだろうか?何となくだが、それだけでは無理のような気がする。 でも、とりあえず船に帰れば落ち着いた時間が過ごせる。宿でも部屋にまであの料理人が入ってくることはないだろうが、それでも日に追うごとに新たな考えを擡げて次には何を言い出すかわからない。 サンジがゾロを恋人に選んだ理由もなんとなくだが、解るような気がした。 これは女性人には無理な話だろう。関係なくサンジに迫ってくるのは想像できた。あの勢いでは女性の方が危険だ。ウソップやルフィのお子さまには、どう対応してよいかわからないだろう。ルフィは力はあるが、それ以外のことはからっきし対応がお子様だからだ。 隣に立つサンジをゾロは見上げた。 理由は何であろうと、たとえ振りだろうと、サンジが自分を選んでくれたことをゾロは喜ばずにはいられなかった。 (俺がこいつを守ってやれる。) 守るというには、語弊があるかもしれないが、それでもサンジに今必要とされているのがゾロにはむしょうに嬉しかった。 男だから守る、守られるとは違うのだろうが、それでも。 それでも。 困っているサンジを支えてやりたかった。 「船に戻るなら、俺も一緒に行こう。」 「え?」 すでに1人で船に帰るつもりだったサンジが驚いてゾロを見つめた。 「恋人同士なんだろう?俺らは・・・。」 「しかし・・・・宿じゃねぇし・・・。」 困惑するサンジを横目に立ち上がる。二人並んで風を受けた。ズボンに付いた草が風に飛んで行く。ゾロは気持ちいのいい風だと言った。 「この島にいる間は恋人同士。そう言ったのはお前だろう?だったら船に戻ろうが戻るまいがそれは変わらねぇ・・・・。」 「いいのか・・・。」 海ではなく、足元を見ながらサンジは困ったように呟いた。 そんなサンジを何故か可愛らしく思い、自然、ゾロはサンジの前に立った。 俺も大概、変わり者だな・・・こんな、どう見ても可愛らしさの欠けらもない男を気に入るなんて。 そう自嘲してしまうが、サンジの傍にいるのはとても心地よかった。例えケンカが主流だとしても・・・。 「・・・・!!」 軽く触れた唇は乾いた風のせいか、多少かさついて感じられた。 「・・・・・・・前言撤回だ!島にいる間だけじゃなくて・・・。ずっと恋人同士ってのは、どうだ?」 「ゾロッ!・・・・お前、何、本気で・・・・・!!・・・・・そんなことっっ!!」 自信ありげにニヤリと笑う剣豪に絶句するコックの顔はまるでアホそものもだったが、それもまた、ゾロにとっては楽しいサンジの一面だった。 ついつい大声で笑ってしまう。 「てめ・・・・。バカにしやがったな!」 あまに笑うので、「騙された」と、サンジが怒り出した。 「ちげぇよ・・・。ついつい、てめぇの顔がアホだったもんで・・・。」 「クソまりも!!」 本気で怒り出してしまったサンジの足が上がった。 シュッと風を切る蹴りに仰け反ってしまったが、動揺しながらの蹴りはいつものキレがなく、ゾロは容易くその長い足を掴んだ。 「くそっ!!」 舌打ちするサンジに、ゾロがクックッと笑う。そのままグラッと傾く身体を容易く抱えると今度は穏やかな笑みでもって抱きしめた。 こいつは一体誰だ、とサンジが目を丸くする。 「本気だ。騙してねぇよ・・・。」 「・・・・・!!」 「てめぇが、気になる・・。」 「・・・・・お前・・・、もしかして俺の身体に参っちゃったわけ・・?」 「そうかもしれねぇ・・・。でも。」 「でも・・・?」 ゾロは、言葉を続けることなく突然サンジの薄い唇に口唇を押し付けた。それはかなり濃厚で、先ほどの軽く触れたそれとは全く違っていた。それでも厭らしさを伴ったそれではなく、ただただ恋人との甘い時間をより密にしたいそれだった。 「・・んんっ!」 鼻の抜ける声を出す事しか出来なかったサンジはそれでも抵抗せず、いや、できなかったというのが正解かもしれない。あまりにゾロの行動が突拍子も無かった。 ゾロが! あの剣の道しか脳のない朴念仁が!! 忘れられない少女がいるっていっていたゾロが!! 恋人の降りをしろといったのは、確かにサンジだが。それは、やはり、振りなわけで。本当に恋人になるつもりは、サンジにはなかった。 しかし、今、振りをしているはずのゾロは「振りではなく、ずっと」と言う。 意外すぎて、何も言えない。 が、意外ではあるが、嫌ではなくて・・・。 もしかして、俺も絆されちまっているんだろうか・・。そんなことまで頭を掠めた。 今だって、かなりなキスをこの筋肉ダルマと普段罵っている男と交わしている。それも、また決して嫌ではない。寧ろ気持ちいいとさえサンジは思ってしまっている。 夕べのことを考えたら、今更だと思えば思えなくも無いのだが、セックスとキスは別物だ。セックスは愛がなくてもできる。しかし、キスは嫌いなヤツとは到底出来るわけは無い。 と、いうことは。 やはり俺もゾロが好きなのか?本当に恋人同士になったとしても構わないほど・・。 すでに抱き合う形でお互いの唇を貪っているが、その中でもサンジの脳は冷静な判断を下そうと思っていた。 ロイという過去の恋人が現れたことで、普通じゃないのかもしれないが。 それでも、きっかけにしろ、理由にしろ、今、サンジの気持ちが本気でゾロへと傾いている事だけは事実だった。 いい・・・・かも・・・。このまま、ゾロと一緒に。ずっと一緒にいるのは。 もし、島から離れて、お互いの気持ちがやはり錯覚だったと後悔することを想像するのは簡単だったが。でも、まだわからない先のことでくよくよするほど自分は年老いていない。それはゾロもきっと同感だろう。 まだ、島から出るには1ヶ月ある。それまでに、ゆっくり考えればいいことだ。 そうサンジは判断した。熱いキスをしながらも、決してお互いが悲しい決断を下すことはないと心の奥で理解していた。決してロイの時と同じ轍は踏まない。 「お試し期間ってことで、どうだ?」 「お試し期間・・・?」 なんとも理解不能だと顔に書いてある。今度はサンジが笑う番だった。 「俺もお前も、確かに今はお互いが気になる・・・ってところだろ?だったら、やはり、この島で恋人として1ヶ月過して。それからその先の結論を出そうぜ?もちろん、やっぱ、『止めた』っつっても、後腐れなく元の仲間の戻るって条件で・・・。」 「けっ、バカバカしい。お試しだろうが、なんだろうが、結果は一緒だろうが。・・・まぁ、いい。行き着く先は同じだ。」 「その自信は何処からくるんだよ?」 「わかるさ。テメェのことなら。戦闘中だってそうだろうが!それが証拠だ!」 あぁ、なるほどね。そこから来るのね。サンジは納得しかねる納得をついついしてしまった。 でも、とても気持ちがいい。いっそ清々しさまで感じた。 ずっとゾロと一緒にいる。それだけでも、何故か幸せに感じた。 行き着くはずの夢は重なることがない夢なのだが、その夢の場面に一緒に居たって構わないだろう。 男女のように添い遂げるのとは、わけが違うのかもしれないが、お互いの夢に付き合ったって問題があるわけではない、逆にゾロが大剣豪になる瞬間を見てみたいし、オールブルーにある様々な魚達を使った料理をゾロに食べて欲しいとも思う。 そこまで考えて、それが仲間としての対象の夢なのか、特別な相手としての夢なのか、まだ正確な判断は付きかねるが、それでも一緒にいたいと思う気持ちに偽りはない。 自分もゾロも。 「さて、結論も出たし・・・とりあえず宿に帰ってナミに船に戻ることを言っておくか・・。」 結論ってなんだよ!と、突っ込みたいのを耐えて、2人並んで丘を降りた。 ならだかな勾配の階段を降りていく。階段の幅はたいして広くなかったので、順番に一列を成す形で歩いた。 ゾロを先に歩かせると、どうしてかわからないが、来た道でさえ迷う。今も一本道のはずなのに、上がってきたはずの階段を横目に獣道らしき木々の間を進もうとした。 その為、サンジがあわてて「俺が先だ」とずんずん階段を降りていった。ゾロは「こっちの方が近道なのになぁ?」と首を捻りながらもグングン進むサンジに後れを取ることもなく階段を降りていく。 と、突然サンジが立ち止まったのでゾロはサンジにぶつかった。階段の上から降りてくる途中でぶつかったので、悪意はなくともサンジを突き落としそうになった。 あわてて、彼の一見華奢に見えて、しかし、しっかりとした太さと筋肉のついた腕を捕らえる。今度は反動でゾロの方に倒れ掛かるのを容易く受け止めた。 文句の一つでも出てくるかと思い身構えるが、腕に抱きとめたいまだ仮初のだが恋人の身体は動く事が無かった。 不思議に思い、一段下に立つサンジを上から眺める形で、見下ろすと、下方に目線が止まったままだった。何に目を奪われているかと、彼の目の先をたどるとゾロは大きくため息を吐いた。咋だったが、致し方ない。本当にため息を吐きたくなる気分だ。 「ロイ・・・。」 サンジの声を聞いて、何でまた、こんな所で・・・。と、ゾロは立て続けのため息が出てしまう。 時間の許す限りサンジのストーカーでもやっているのではないかと疑ってしまう。それほど、暇なレストランなのだろうか。 それとも、サンジが来てから暇になる店になってしまったのだろうか。判断に難しいところだが、問題は店の景気ではない。今、ここにロイがいるという事実だ。 「サンジ・・・。もう暗くなるのに、全然帰ってこないから心配したんだ。さぁ、家に帰ろう・・・。」 サンジに向けた笑顔は、ゾロにはきつく怒りを耐えた顔に見えた。 何なんだよ、家っていうのは・・・。 そうロイに突っ込みたいのをあえてサンジの様子を見ることで我慢して、ゾロはサンジが返事を返すのを待った。 ここでゾロから答えを返しても構わないのだが、ロイとしてはサンジからの答えが絶対だろう。無視されることはないだろうが、ゾロが何を言っても同じなのは、考えるまでも無かった。 「ロイ、今日、俺達は船番に戻るよ。ずっとロビンちゃんに任せっぱなしだったし・・・。」 「ロビンってあの黒髪の女性だろう?だったら心配ないさ、もう宿に来てるから・・。」 「え?」 ロイにとって意外になるはずのセリフは、そのまま逆にサンジとゾロを戸惑わせるやりとりに変わってしまった。 ロビンは島に着いた初日に「自分が船番になる」と一人船に戻ったのだ。 交替するにしてもログは1ヶ月あるから、すぐには交替せずにいたのだ。まだ次に誰が船番をやるかは正式には決めていなかったので、それを理由に今さっき船に戻る事を提案したのだが。 ロビンが宿にいるということは、先に誰かが船番を買って出たのだろか。この丘に来る前の宿の様子からして誰からもそんな様は、見受けられなかったのだが。 「あぁ、もう居るよ、宿に。俺が船番をしなくても大丈夫な場所に船を案内したから。今日から皆一緒だ、サンジ。」 ニコリと見上げる笑顔はかわらずサンジにのみ向けられている。おそるべきライバル心だ。ゾロは今度は見えないように、今日何度目かのため息を吐いた。 |
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無駄にながいですね・・・。あわわ。
2006.02.16.