永遠の思いはあるのか23
プットが15歳を迎えた日。 船は大きな島に着いていた。 その島は、海軍がいなかったわけではないが、どうやら今のところ騒ぎになりそうな気配はない。念のため、船は岩場の陰に隠れてはいるが。 島に降りて騒ぎを起こしてもまずいということで、誕生祝いのパーティとは名ばかりの盛大な宴会は船で行われた。 船内でのパーティになってしまったが、島に着いているのだ、食糧の心配はなかった。それだけでも、みんなの心には余裕もあり、いつも以上に明るい。 それが理由というわけではないが、誰もが、プットの誕生を祝い、成長を喜んだ。 彼は乗組員の誰からも愛されていた。 プットがナミとゾロの子どもというのは誰もが知っていることで、彼がこれからこの船で益々海賊として大きな男になっていくことを疑う人間は誰一人いない。 喧騒が船内に響き渡る。 船の真ん中で行われている宴会場と化した甲板から離れた位置で、ナミとゾロは並んで海を見ていた。海は凪いていた。 船の最後尾に位置する場所で、誰にも見つからないように二人で話をしていた。 ナミがゾロに話がある、と持ち出したのだ。 プットが15歳になったということで、何か区切りとして、言いたいことでもあるのだろうか。 ゾロにはナミの意図がよくわからなかったが、何か考えていることだけはわかった。 お互いの奥底での思惑は別にしても、この10年間、少なくとも夫婦としてやってきたのだ。彼女の考えの底まではわからないまでも、この祝いの席では見せない、何かしらの考えがあるのは、様子が多少なりともいつもと違うということでわかる。他の人間には分からないほどのちょっとした違和感だけだが。 「あ〜〜〜あぁ。せっかく”天使”って名づけたのに、やっぱり戦いからは逃げられない運命なのね・・。」 「そりゃあ仕方ないだろう。俺達ぁ海賊だ。」 「わかってるけど・・・。」 「大丈夫だ、あいつにはみんなが付いている。」 手摺りに凭れていた身体の向きを変える。 戦闘ではまだ小さなながらもそれなりに戦った。まだ子どもだが、それでも一人前に剣を手にした。 その手に剣は重く、血塗れの道はあまりにも非道だが、この船に乗る限り、避けられる道ではなかった。 そして、自ら望んで進んだ道でもある。 それでもまだ成長途中の子どもに重荷にならないようにみんながプットをフォローしてくれる。頼もしく、温かい仲間達。 ナミは一度深呼吸して、ゾロに向き合う。 「ありがとう。ゾロ・・・。」 「ナミ・・・?」 今までにない笑顔でゾロの胸に手を添える。 「プットが生まれて15年。貴方と再会して・・・・サンジくんが出て行って、13年。いろいろなことがあったけど、私は幸せだったわ。」 プットは、まだ宴会場でみんなに囲まれて笑っているだろう。年齢的にお酒はまだ飲ませていないが、それもいつ覚えるかと期待と不安が頭の中を過ぎる。ゾロのように飲んだくれになって欲しくないとちょっとは思うが、なにぶん、両親が両親だ。先のことは容易に想像がつく。 そして、それ以外にも。 まだ15歳ということで身体は完全には出来ていないが、今できること、これからしなければいけないことは沢山ある。それらはいつの間にか、ゾロが全て伝えていた。 この先、ゾロと別れる事になっても構わないために。 そのこともナミは知っている。 「ずっとずっと、私とプットのために貴方の時間をくれてありがとう。」 ぽろっとナミの頬に一筋の涙が零れた。 「開放してあげる。この呪縛から・・・・・。プットはもう一人前の海賊よ。もう、大丈夫。だから、ゾロ・・・・・。これから貴方の行きたい所へ行って。」 「お前・・・・。」 ゾロがナミの顔を見ようとするが、俯いていて表情が見えない。 だが、チラリと気が付いた涙は、ただ単に悲しいだけで流れているわけではない事はわかった。 「わかってるわよ、貴方が本当はどうしたいか・・・・・。わかってるわ。だから、これ・・・・。」 ナミが懐から地図とエターナルポースを取り出した。 「この行き先が直接、サンジくんのところに繋がっているわけじゃないけど。でも・・・・、このログポースの示す所にはサンジくんの居場所のヒントが隠されているの。」 「どういうことだ?」 ナミは頬を濡らしたままゾロを見上げる。 その顔は笑顔だった。 「もう何年前か忘れちゃったけど・・・。立ち寄った島で噂があったの。イーストブルー出身の凄腕のコックがやっている店が繁盛しているって・・・・。」 「そりゃあ!!」 がばりとナミの肩を掴む。 その力強さに少し顔が歪むが嫌な痛さではなかった。 「気になって島の人に聞いたんだけど、飽くまで噂で・・・、その島の店のことじゃなかったから、サンジくんに会えることも確証を掴む事も出来なかった。それに、ちょうど海軍に見つかってすぐにその島を出なきゃいけなくなったから・・・・・、きちんと噂を確かめることもできなかったわ。だから、その時に貴方に話すこともできなかった。でも・・・・いつかまたサンジくんを捜す時が来たらって、なんとか、その島を指すエターナルポースだけは手に入れておいたの。」 ごめんね、とナミが一度上げた頭を再び下げた。 「その時に、きちんとみんなに話をして、その島に戻ってサンジくんを捜せばよかったのかもしれない。・・・・・でも。まだ私は貴方が離れた時の覚悟が出来ていなかったの。・・・・本当にごめん。」 項垂れるナミの頭をゾロはそっと撫でた。 「でも、プットも大きくなったし、私も漸く・・・・。遅いかもしれないけど・・・・ほんとにごめんだけど。でも、ゾロ。まだ、アンタ、今でもサンジくんのところに行きたいって思ってるんでしょう?」 「・・・・あぁ・・・。」 ナミの言葉に、ゾロは素直に首を縦に振った。 「いつになるかはわからなかったが・・・。それでも俺はいつか、時が来たら、あいつの所に行くと決めていた。」 ナミが差し出したエターナルポースを受け取る。 「お前がこれをくれたということは、いいのか。船を出て行っても。」 「うん。」 「ルフィには・・・・。」 「ルフィはわかってるわ。」 「プットは・・・。」 「プットもわかってる・・・。あの子、まだ小さかった頃の、サンジくんに育てられた頃の記憶が朧気だけど、あるみたいなの。あんなに小さかったのにね。だから、わかってるわ。プットも。」 「そうか・・・・。」 一旦、間を置いて、改めてゾロは海を見つめた。 「俺は、今からでも遅くないと思っている。あいつの所へ行きてぇ・・・・。例え、あいつが新しい生活を送っていようとも、会って、改めてきちんと俺の思いを伝えてぇ・・・。それがどんな結果になろうともだ。ナミ、お前には悪いが、俺も、もう限界だ。」 「そうね。わかってる。」 ナミが凭れるとゾロはそっと彼女の身体を抱きしめた。 「これで二度と会えなくなるわけじゃねぇ。いつかまた、みんなで会える。」 「うん。」 「俺の心は確かにずっとずっとサンジにあったかもしれねぇが、それでも、お前と息子も愛している。これもずっとだ。サンジに対する思いとは違うが・・・・・、言い訳のように聞こえるかもしれねぇが、それだけは、分かって欲しい。」 「うん。」 「元気で暮らせよ。」 「うん。」 「生きてまた会おうな。」 「うん。できればサンジくんを連れて帰って来て欲しい。」 「わかった。」 「私もずっとずっと貴方が好き。そして、サンジくんもプットもみんな愛してる。」 「あぁ。」 「サンジくんもずっとゾロのこと、・・・・・今も好きだと思う。言葉にはしてくれなかったけど、サンジくんのこと、なんだか判る気がするから。」 「あぁ。そして、お前達のこともな。」 「うん。」 二人が顔を上げるとそこにはいなかったはずの二人の息子が立っていた。 「父さん、行くんだね。サンジのところに・・・。」 「あぁ、お前には悪いが・・・。」 「大丈夫だよ。母さんは俺が守るから・・・。安心してサンジのところに行って。そして、サンジに伝えて。」 「プット・・・。」 「僕もずっと「パパ」のこと、好きだって。」 「・・・・・・・。」 「大丈夫だよ。父さんと「パパ」がどんな関係だって、僕は二人のこと、好きだよ。愛してる。」 「知っているのか?」 「・・・・ルフィから聞いた。」 「そうか・・・。」 「サンジを連れてここに帰って来て。それが出来なかったら・・・、僕が、大きくなったら二人のところに行く。だから・・・・。」 「あぁ・・・待ってる。プット・・・・・母さんを頼むぞ。」 「うん。」 ゾロはプットをぎゅっと抱きしめた。 その島を出航する時、麦わら海賊団の船には、もう大剣豪は乗っていなかった。 END |
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07.04.04
長らくお付き合いくださいましてありがとうございました。m(__)m