永遠の思いはあるのか9




ほどなくして着いた島は、ポカポカと陽気な春島だった。
ナミの指示のもと碇を下ろし、先発隊というべき数人が上陸する。
海賊船ということもあり、断崖絶壁が続く景色の真っ只中にメリー号は停泊していた。もちろん、上陸に支障が無い程度の隙間を見つけて小船を出す。
先発隊はナミにウソップ、それにサンジだった。
賞金首の連中は当然、暫くは留守番だ。チョッパーはまだ調べものが終わらないということで、本に齧り付いたままだ。

「ほいじゃあ、行ってくるからよ!」

ウソップが元気に手を上げる。

「チェッ・・・・。」

それに口を尖らせてずっと拗ねたままのルフィは見張り台の上からブラブラぶら下がっていた。



出かけたのは昼前で、昼食はサンジが用意しておいてくれた。
先発隊が帰るまでの数時間、ゾロは見張りも兼ねてお決まりの場所で錘を振っていた。

煩悩を退けようと、振る錘を増やそうが、回数を増やそうが、脳裏に浮かんだサンジの表情がゾロの頭から消えることはなかった。

サンジと出会ってからのことを思い出す。
サンジが仲間に加わって一緒に旅をするようになって、戦って、ケンカして。一緒に過ごした時間はゾロには無駄とは到底思えなかった。
いや、それ以上に時々勃発するケンカもゾロにはいい鍛錬になった。くだらないと笑われるほどに闘争心をむき出しにして狩勝負をしたこともあるし、お互いに息のあった戦いをしたこともある。
どれもこれもゾロにはプラスになれども、マイナス要因にはならないサンジとの時間。
そんなサンジといつまででも一緒にいたいと思う。

しかも。
できれば・・・・・恋仲だったら最高にいいだろう。
自分の想いに気が付いた時はさすがに驚いたが、否定するつもりはなかったし、昔、師匠から請うた教えを思い出せば、大事にしていい想いだと思った。当時は意味はわからなかったが、今なら師の言わんとすることがわかる。
大事な者、大事な想いを守るための剣。
それが更に己を強くする。
もちろんサンジは守らなければならないほどに弱くはないが、時々、他人を優先して自分の命さえ投げ出すようなことをしてしまう。
そんなサンジをバカ呼ばわりをしたこともあるが、それがサンジの信条ならば、それを尊重してやり、その分、自分がサンジを守ればいいとさえ思えるようになった。
サンジの気持ちを考えれば一生叶う事のない思いだが、それでもずっと一緒にいられればそれでいいと思う。
だからこそ、告白したあと、サンジの返答はいらない、と言ったのだ。


だが。
ずっと一緒に居られればいいとはいえ、あんな顔をさせたいわけではない。

告白劇のあと、ギクシャクしていた関係も以前同様とはいえなくとも、少しずつではあるが多少は修復したと思っていた。
もう無理かと思っていた夜の酒宴もナミも同席するようになったが、またできるようになった。
それだけで良かったはずだ。

それなのに。

抱きしめるナミの向うに見えた歪んだサンジの顔。
最初、驚愕に目を見開いたかと思えば、そのすぐ後にはクシャリと崩れた。特徴のある眉は下がり、目を細めて、口元は歪んで。今にも泣きそうな。
それが、どういった感情からくるものか、ゾロにはわからなかったが、それでもサンジにそんな顔をさせた原因は今、ナミを抱きしめる自分にあるとわかった。














「ちょっとの間だけでいいから・・・・・、こうしていて。」

鍛錬をしている時に突然現れたナミ。
どうした、と声を掛けると、その目には涙が溢れていた。
誰かとケンカでもしたのか、それとも、何か航海に支障が起きたのか。普段のナミを考えるとそんな程度で涙を流すことはないが、兎も角何かあったんだろうと、問おうとした時、ゾロが聞くよりナミが先に答えた。

「夢を見たの・・・。昔の・・・。」
「夢・・?」
「アーロンが村に来た日の夢・・・・。私とノジコを庇って死んでいったベルメールさんの夢・・・・・。」
「アーロンが笑うの、大声をあげて笑うの!」

ガタガタと身体を振るわせる、いつもは勝気な少女が今日は小さく見えた。
それはあまりにも幼くて儚くて、守らなければ、と庇護欲を掻き立てられた。
俯き震える身体を自ら抱きしめる少女を、ゾロはほっておけなくて、そっとその肩に手を添えた。
とたんに凭れくる体重は想像以上に軽く感じた。時々、戦闘でナミを助ける事があるが、その時とはまるで別人のようなナミ。
声を殺して涙を流す少女は自分に助けを求めてきている。過去のことはないことにはできないが、今、この胸を泣き場所にしたいのなら貸そうとゾロは思った。
空いたもう片方の腕を腰に廻し、頭を胸に預けさせ、思い切り泣かせてやろうと思った。




暫くそうしていたら、感じてしまったのだ。
驚愕に見開かれる視線に。

気が付いたが。
ゾロは、ただ何も言えずに、そのままナミを抱きしめるしかできなかった。







ナミを抱きしめるゾロを見て、ゾロに嫉妬したのか。
それとも、反対にナミに嫉妬してくれたら、どんなにか嬉しいだろう。

が、どちらにしてもサンジがそれを口にすることはないと思った。


サンジは言ったのだ。
ナミとゾロの仲を祝福すると。ナミとゾロが結ばれればいいと。
それがサンジの本音だとはゾロも到底思わなかった、いや、思いたくなかったが、それでもサンジはその言葉を取り消す事は決してしなだろう。
それが、サンジという男だ。





ゾロは錘を置いた。
気持ちが不安定だったせいか多少乱暴になってしまい、ゴンと音がして穴があいたようにも見えたが気にしない。
しかし。
修行不足だ、と深呼吸をした。
例え結ばれることはなくとも、サンジとはずっと一緒にいよう。何度となく、ゾロは口にするでもなく思った。






















昼を過ぎて船に残っていたメンバーで昼食を食べた。
手軽に食べられるようにおにぎりが大量に作られていて、しかもそのどれもが違う具が入っているのには、ルフィだけでなく、ロビンもチョッパーも喜んだ。船一番の大皿に山盛りに乗ったおにぎり。
ゾロからすれば、鍋に味噌汁まで用意してくれているのが、嬉しかった。温めなおすのは、女性であるロビンにお願いしたのだが・・・。
チョッパーも美味しいを連発しておにぎりを頬張っている。留守番メンバーにルフィがいることがわかっているからか、おにぎりの量も大きさもかなりのものだった。さすがというべきか、大量にあるおにぎりには、多少似たものはあるにしても、殆どが違う具が入っていることに誰もが喜んだ。
誰もが頬張るように食べ、最後の一個はジャンケンをしたほどだった。

そうして、皆が気持ちよくお腹を満たして休憩しているところで、遠くから近づいてくる音に気が付いた。
先発隊のナミ達が帰ってきた音だった。


「おお〜〜〜〜〜〜〜〜い。」

思ったより早く帰ってきたことに、ルフィはすぐに上陸できると喜ぶ。
が、反対に手を振るウソップには何故か笑顔が硬く見えた。
一体どうしたことか、とルフィは首を捻っている。
当然だ。
何かがあれば、引き攣っているとはいえウソップが笑顔のはずは無い。
どうした、とゾロが声を掛けようとしたが、隣で船首に立っていたロビンの顔が急に厳しいものに変わったのが目に入った。

「どうした。何があった・・・。」

心持ち軽く、気にならない程度の声音でもってゾロはロビンに声を掛けた。

「長鼻くんの叫んだのが、わかったの。まだ皆にはよく聞こえなかったかもしれないけど・・・。この島にいるそうよ。」
「・・・・・?」
「誰がいるんだ?」

まだ何もわからないチョッパーは不思議そうに顔を上げるだけだが、何かを察したのか、船長も険しい顔になってロビンに尋ねる。

「・・・・・私から話さなくても、すぐにみんなここに着くわ。」

手摺りに手をかけ、そう答えたロビンはチラリとゾロを見た。
ロビンの視線にどうやら自分に関係している事だけはゾロにもわかった。

一体何だってんだ・・・?

多少のイラツキを感じだが、ロビンの言う通り、気が付けばウソップ達が乗っている小船はもうはっきりと声が届くほどにメリー号に接近していた。

「ゾロ〜〜〜〜〜〜、ゾロォォッッ!おお〜〜〜〜〜〜ぃ、ゾロォォッッッ!!」

やたらとウソップがゾロの名前を連呼していた。

「どうしたんだぁ〜〜〜〜〜、ウソップゥゥ!!」

ルフィが大声を上げてウソップを呼ぶ。
名前を連呼されるゾロも思わず身を乗り出した。

「いたんだぁぁ〜〜〜〜〜〜〜。アイツがいたんだぁぁ〜〜〜〜!!どうするぅ。大変だぁぁ!」

喚くウソップに隣にいたナミの顔も、オールを漕いでいるサンジも心なしか緊張の面持ちを隠せないのが見えてきた。

「いた・・・・?誰がいたんだ??」

意味不明の言葉を連ねるウソップにゾロも痺れが切れる。

「誰がいたってんだ、ウソップ!!」

怒鳴り声になってしまうのは仕方がないことだ、と内心呟く。
アイツアイツ、というウソップの言葉を理解する前に先発隊の小船はメリー号に横付けされた。



結局そのまま皆でラウンジに集まる。
昼食の後片付けよりも、話よりも先にサンジがみんなにコーヒーを配った。
それは少し落ち着こうという意味を持たせているに他ならないのが、誰の目にも明らかで、よほどのことがあるのだろう、とさらに緊張を持って話に臨んだ。




メリー号に着く前にかなり興奮していたウソップも今は静かにしている。
が、心なし身体を震わせているのは誰が口にしなくともわかった。が、今はそこを突っ込む者はいなかった。


カタリ。

とナミがテーブルの上に置いたのはエターナルポースだった。

「これは・・・?」

代表してロビンが口を開く。

「ゾロへ・・・・と、預かったわ。」

「「「「!!!」」」」

留守番組は意味がわからずナミを見つめ、そして今度はゾロへと視線を移した。
コーヒーからあがる湯気は消えかけていて、誰からもゾロの顔をはっきりと見つめる。
当のゾロは、わけがわからず困惑に眉を跳ね上げる。

「誰からか、わかる?」
「はっきりと言え!」

含みを持たせるナミに単純なゾロは簡潔な答えを求める。

「いいわ・・・・・・、回りくどく言っても結局は同じ事だし・・・・・。」

ゆっくりと深呼吸をしてナミは改めて口を開く。かなり緊張しているらしく、わなわなと震えているのが誰の目にも明らかだった。

「そのエターナルポースを預かったのは、ジュラキール・ミホーク・・・・。鷹の目よ、ゾロ。」

「な!!!!」

あまりに思いがけない人物の名前にゾロはガタンと立ち上がった。勢いで目の前のコーヒーが零れたが、いつもは「このクソマリモが!!」と怒り出すはずのサンジもタバコを吹かしながら黙ったままだった。

「私たちが上陸して入った街で騒ぎがあったの・・・。何事かと思って見に行った先に、鷹の目がいて・・・。」

ゴクリと唾を飲んだのは誰なのか。

「街の騒ぎというのは、その島一と言われる剣士がどうやら鷹の目に戦いを挑んで負けた、ということだったわ。騒ぎを聞きつけて集まった人ごみの中に・・・、ウソップとサンジくんの顔を覚えていたのね。ゾロは一緒なのか、と聞いてきたわ。」

ナミはゾロに視線を移して伝えた。

「鷹の目は、貴方のことを待っているようよ。そのログポースを渡して、伝えろって・・・。」
「・・・・・・・。」

返事を返すこともないゾロに、ナミが話題のログポースを机の上に出して、ゾロを見つめた。

「もし、貴方が今、鷹の目と戦うことを望むなら、このログポースが示す島で待っているって。1週間待つそうよ。もし、1週間待っても貴方が来なかったらまだ戦う時期ではない、と判断するそうよ。今まで手ごたえのある人との勝負がなかったからつまらないって言ってたわ。鷹の目も貴方と戦いたいらしいけど、でもやはりそれなりに力をつけてもらってなければ困るって。だから、勝負は貴方の判断に委ねるって。」
「鷹の目が・・・・?」
「高く見られたものね・・・・、剣士冥利につきるんじゃない?」

ゾロは鷹の目に負けたあの瞬間を思い浮かべる。
まだまだ己の力不足と、世界の広さを感じて倒れた。
が、鷹の目はゾロの力量を推し量り、生かすだけの男と。この先、最高の勝負ができる剣士と感じたのだろう。『高みで待つ』とあの男は言っていた。
そして。
それは、今なのだろうか・・・。
鷹の目は、ゾロの手配書を見て、時が来たと判断したのだろうか、それはわからないが、この瞬間のタイミングで出会うのは、ある意味、自分では理解できないがそれなりの意味があるのだろうか。

考え込んでいるようで、何も発することのないゾロに変わってルフィがナミに声をかける。

「その島はここから遠いのか?」

ハッとしてナミが答えた。

「ううん、この島の人達に聞いたけど、そう遠くないそうよ。一日もあれば、着くらしいわ。でも、無人島らしいの・・・・。」
「無人島・・・?」
「どうやら誰にも勝負の邪魔をされたくないらしいわ。ルフィ、貴方にもだそうよ。」
「・・・・・あ?」
「鷹の目は、ルフィ、貴方のこともわかっているみたいだったけど、それでも、たった二人で勝負したいって・・・・。だからその島にはゾロ一人で来てもらいたいらしいのよ・・・・。」
「・・・・・・。」


鷹の目の思惑がどういったものかはわからないが。
それでも相手がそういうなら、麦わら海賊団は従わないわけにはいかないだろう。この先、ゾロが大剣豪になろうとも、今は実力も居場所も向うの方が上なのだから。

「ゾロ・・・・どうする?貴方が決めなければいけないことよ・・・。」

最初の頃よりさらに重い口調でナミがゾロに問う。
その視線は困惑したものだったが、ゾロの答えはわかっている、という風に怯えている。





「・・・・・・答えは、決まっているだろう。」

緊張の面持ちは隠せないままに、ゾロは口端を上げた。






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06.09.18




鷹の目との戦いが通りすがりのようになっているこの話ってどこへ向かっているのだろう・・・。(いや、まだまだ先は長い?)