過去と今と未来と2−10
サンジがジョーを倒したという噂は瞬く間に島中に広がった。 一時は、海軍が出てくるかと思ったが、ジョーという人間が賞金首になってはいないものの、所謂犯罪者に近い人間だったと言う事もあり、サンジは御咎めなしになった。 それどころか、一部の人間からはある意味英雄扱いだ。 料理が上手くて、強くて、優しくて。 どこから来たのかわからないため、ミステリアスなニュアンスもいつの間にか含まれて伝わってしまい、ちょっとした話題の人間になっていた。 一時は、サンジ会いたさに店に来る野次馬が増えて困ったことになったのだが、そんな中にも、しっかりと料理の腕を認めて常連になった客もできた。 イネストロは暫くの間、事件の忌まわしさに塞ぎこみがちだったが、当人のマリアとサンジが表面的には何事もなかったように振舞う為、同じように仕事に精を出すようになった。 もちろん、二人とも完全に事件のことを払拭できたわけではなかったが、一人で抱えるのと二人で哀しみを共有できる違いからか、誰の目にも事件を引き摺っているようには見えなかった。 実際は、マリアは一人で寝ることすらできない日々が続いたが、そんな時はサンジがずっと付いていた。涙に暮れるマリアを抱きしめ、暖め、安心させた。 マリアもサンジの優しさに安心するのか、徐々に落ち着いていき、一時は人間不信に陥りかけたことも感じさせないほどに回復した。 そんな二人にイネストロは、内心ホッとした。 このままずっと二人で店を継いでもらえたら、と何度も思った。 元々近所ではいい娘だと評判だったマリアと、料理の腕の良さと強さで人気の出たサンジと。二人が恋人同士ということで泣いた人間は数知れずだったが、それでもみんなは二人を祝福してくれた。 そうこうしているうちに、人の噂もなんとやらで、暫くすると街にも店にも落ち着いた雰囲気が取り戻されていった。 それから半年が過ぎる。 サンジがいつものように、マリアと共に仕入先へと出かけた。 「ちょっと荷物、多かったかしら?」 「いや、大丈夫だよ、これぐらい。」 笑顔でサンジが返す。 この辺りでは漁れない魚が入ったということで、つい買いすぎてしまった。 イネストロは多少渋い顔をするが、それでもやはり料理人だからだろうか、珍しいものを手に入れるとすぐに喜々として料理を始めるのを知っている。それはサンジも同様なのだが・・・・。 ついつい凝った料理を作ったりしてしまうのだが、それがまた常連を始め、客に受けがいい。しかも、予定外に仕入れた食材の為、その時しか食べられない料理なのだがら、その日に来た客は運がいいと、喜んでくれる。 そうしてメニューにない料理が時々出るようになったのはサンジがつい珍しい食材を買ってから始まったことだが、それをきっかけに今まで決まった料理しか作らなかった父親が目を輝かせて料理をするのを知ってマリアは喜んだ。これもみな、サンジのお陰だと思っている。 ほんとうは最初、目を覚ました時、ちょっと怖かったけど、サンジはとても優しくて、強くて、今ではなくてはならない存在。 今日もまた、新しい食材を手に目を輝かせているサンジを見ると、記憶がなくてもこの人とずっとやっていけると信じている。 マリアは幸せだった。 ただちょっと不安なのは、先ほどの噂。 「海賊らしい船を見かけたって話だが、大丈夫かな・・・。」 「海賊って、どんなやつらだ?」 「わからん。漁をしていた奴がそれらしい船影を見たっていうだけで・・・・。」 「単なる噂か?見間違いか?」 「だったらいいがな・・。」 「この島にゃあ、海軍があってないようなものだからな・・・。」 あまり大きく広まっているわけではないようだが、それでもマリアの心を不安にするには充分だった。 「マリア・・・?どうした、顔色が良くない。そっちの荷物を持とうか?まだ時間はあるから何だったら、ちょっと休んでから帰っても・・・。」 サンジが心配そうに顔を覗いてくる。 その顔を見て、サンジが強いのを思い出す。 今までも、サンジをがジョーを倒したと言う事で腕比べをしたいという連中が時々、店を訪れるのをマリアは思い出した。 ジョーとの事は彼らにとって鬼門になっていたので、その場ではサンジは一もニもなく断っていた。 が、実はマリアは知っている。 ジョーがサンジに倒されてから、ジョーに代わって「我が島一番の強者だ」と名乗るものが後を絶たなくなった。が、それは実質言葉だけであり、お互いに誰も認めない。だったらジョーを倒したサンジを倒せた者が島一番だ、ということがその手の者の合い言葉代わりになり。 サンジは勝負の申し込みを断るのだが、名乗りを上げた者がその勝負を諦めきれずに、サンジに三三に渡り勝負を挑むため、止む仕方なしとサンジは勝負をマリア達に内緒で受けている。 時々、ふっといなくなることがあるのは、その勝負に出かけているためだ。後で聞けば、サンジは散歩とか、買い物とかごまかすが・・・。 結局、サンジを倒せる者はこの島には居ず、裏ではサンジがこの島一番のツワモノと実しやかに伝わっているのもマリアは知っていた。 だが・・・・。 海賊となれば話は別だ。彼らは大勢で攻めて来て人々を襲うのだ。 「さっきの海賊の噂・・。」 「何だ、それを心配していたのか?大丈夫だろ、俺たちには関係ない。」 「でも、貴方、悪い人達に追われているって・・・。」 「あぁ〜〜〜、そんなこともあったらしいが、俺達は難破してこの島に辿り着いたんだろ?だったら、相手に俺がここにいるのはわかるわけじゃないし・・・。それに、あくまでさっきのは噂だ。本当に海賊が攻めて来てたら島中大騒ぎになっているはずだ。」 サンジの言う事はもっともだ。 マリアはコクリと頷く。 「そうね・・・・。大丈夫よね。」 「そうそう、俺がここに来て、もう半年経つし・・・。追っていたっていうそいつらも、もう忘れてるさ、きっと・・・。」 マリアを安心させようと、ニコリとするサンジに誤魔化されているように思いながらも、ついついその笑顔に安心してしまうマリアであった。 多少元気が戻ったのか、マリアはちょっとだけデート気分になりたい、と思った。 いつもいつも、サンジとマリアが一緒に出かけるのは、仕入れとか買い物などの用事でばかりだ。 同じ屋根の下で生活しているとはいえ、きちんと付き合いだして半年も経つのにまともなデートすらしていないことを思い出す。代わりに、たまに買い物ついでに休憩を兼ねてコーヒーを飲むことはある。 今でも荷物はあるが、ちょっとした贅沢ぐらいしてもいいだろう、とマリアは思った。 「ねぇ、ちょっと休憩しましょう?」 「え?・・・・あぁ、いいけど。」 「たまには、いいわよね、こういうのも。」 「・・・マリアは結構甘えんぼだね・・・・。まぁ、いいか。確かに今日は荷物が多いし、ちょっと休憩しよう。」 両手に荷物を抱えているため、腕を組むことは叶わないが、それでもくっつくぐらいに隣にサンジがいる。 今度は、テーブルでサンジの顔を見て、お茶を楽しもう、マリアは綻んだ。 仕入れの途中で寄るのはいつも決まった店だったが、居心地がいいので、この日もいつもと同じ喫茶店に入った。 もともとマリアとサンジが出会う前からマリアは通っていた店なのだが、サンジが来てから、その回数は増えた。やはり二人で飲むコーヒーはおいしいものだ。 さほど大きくはない店内で、客もいつも満杯というわけではない。それでも人の出入りが途切れることがないのは、マリアの店同様、この街の人間にはとても人気がある証拠だ。 マスターも気のいいイネストロと同年代のスラリとした男だ。ヒゲの生えた見た目も穏やかでいかにもマスターという雰囲気で、マリアにはもう一人の父親とも思えるほど信頼を寄せていた。 店の扉を開けると穏やかな声で「いらっしゃい」と二人に笑顔を向けてくれた。 開店したばかりの店内は、まだ他の客はおらず、まるで貸切のようにも思えたが、それでも朝のひと時をコーヒーで過す人は少なくない。やはり島が穏やかだからできることなのか、二人が入ってすぐ、一人二人と客が入り始めた。 半分も埋まっていない店内で、最初に客になった二人は窓際に座った。 午前中は日が温かく入り、通りが眺めることの出来る席はマリアのお気に入りだった。 湯気の昇るコーヒーを眺めて、マリアとサンジははゆったりとした時を過す。 先ほどの不穏な噂を忘れたい、とマリアが思ったのをサンジもわかったのか、特に話しかけることもなく、穏やかな時を二人で過ごした。 会話がなくても成り立つ温かい空間にマリアは笑みを溢した。いつまででも、こんな時を二人で過ごせればいい、と思う。 が、カップの中味が半分になった頃、サンジは不意に背中にビリッとした感触を感じた。 通りから視線を感じたのだ。 そっと伺うと、じっと見つめるのは刀をぶら下げた知らない男だった。 ずっとこちらを睨んだまま、微動だにしない。まるで鬼神のように睨んでいる。 その横では、睨みつけた男を心配顔で見つめている華奢な少年と呼んでも過言ではない、やはり男がついていた。綺麗な顔をした男だ。 見たことがないが、この島の人間なのだろうか。サンジはまだこの街から出たことがないので、隣町からでもやってきたのか、と思う。 また腕比べでもしようという輩なのか? サンジの目が険しくなった。 通りにいる男と窓越しに睨みあう。 男は一瞬、ハッとしたが、やはり睨みつめる様子は変わらなかった。いや、今まで以上に表情が険しくなった。 サンジの様子に気が付いたマリアも心配気に声を掛ける。 「サンジ、どうしたの・・・・・。」 どうしてよいのかわからないので、不安にサンジを見上げることしかできない。 通りにいる男は只管サンジを睨んだままだ。 気にはなるが向こうが動かなければ、わざわざこちらから仕掛ける必要はない。腕比べのことはマリアには言いたくない。 だったら、そ知らぬ顔をするしかない。 サンジはそう判断した。 サンジは男と合わせていた視線を外すと、業と何事もなかったようにカップに手を掛けた。 その仕草にホッとマリアが胸を撫で下ろすと、その男がこちらに向かって歩いてくるのが、視界の端に入ってきた。 それは、サンジにもわかったようで。 かと言って、外した視線は今更戻せない、と手に取ったカップに口をつける。 ガラン と乱暴に扉が開くとドシドシと足音を響かせて、通りで睨みつけていた男が二人のテーブルの前に向かって歩いて来る。その後ろでは慌てて隣にいた少年も着いて来る。 「お・・・・お客さん!?」 何事か起きるのではないか、と心配したマスターが間に入ろうとしたが、容易にかわされてしまった。 結局、男はサンジとマリアのテーブルの前に来て、サンジに向かう。 男はサンジを睨みつけたままだ。 サンジは不快だと言わんばかりに眉間の皺を深めて、目線だけで男を睨み返した。 「お前・・・・・。」 暫く睨みあった末、漸く男が声を発したが、低い音の中に躊躇の色が見える。 ただの腕比べではないのか、とサンジは不思議に思う。何が言いたいのだろうか。 「何だ、お前は。一体何の用だ?」 「・・・・・?」 「この街の人間じゃねぇな。俺に何の用だ?」 サンジが男に尋ねた瞬間、バキッと音がした。 サンジが吹き飛ぶ。 店内にキャァと声が響いた。隣のテーブルにサンジが吹っ飛ばされたのだ。 マリアは突然のことに声さえ出ない。 殴られたサンジも一体、どうしたのかわからなかった。 「てめぇ・・・・・!」 男は低音で唸るばかりで要領を得ない。 変わりに今まで隣でオロオロしていた少年が切欠を得ることが出来たとばかりに倒れているサンジに詰め寄った。 「どこ!ね、ロイはどこ!?」 この島で最初に聞いて今はすっかり忘れ去られていた名前に、サンジは目を見開いた。マリアも驚きのあまり、ガタンと椅子を倒す。 サンジに詰め寄る少年とは対照に、サンジを殴った緑髪の男は「クソッ」と一言呟くと、そのまま震える拳をポケットに突っ込んで、店から出て行ってしまった。 |
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2006.12.06.