過去と今と未来と2−11




「誰だ?お前・・・。」

サンジのセリフに目の前の少年が目を見開く。

「な・・・・・・。」

が、それも一瞬のことで、サンジの言葉に怒りが込み上げてきたらしく襟首を掴み食って掛かった。

「何言ってんだよ!とぼけようとしたって無駄だよ!!ロイは何処にいるんだ。会わせろっ!この半年、どれだけ捜したと思ってるんだ!!」

少年は目に涙を溜めて訴える。
この少年と先ほどの緑の髪の男が自分達を追ってきた悪い連中なのだろうか。だったら、白を切るほうが賢明ではないのだろうか。
が、その前にサンジには記憶がないのだ、どう答えるべきか、戸惑う。

「・・・・・・・悪いが、人違いじゃないのか?」

少年の手を払いのけながら立ち上がると、いかにもな様でマリアを連れて出て行こうとした。
マリアの方も、やはりこの連中のことをサンジ同様に判断したのか、襲われる不安に青い顔をしながらサンジに連れられて店を出る準備をする。
少年は、逃がさんとばかりに扉を塞いだ。

「待てよ!サンジ、何だよ、その女。お前は自分さえ良ければ、仲間は見捨てるのかよ!」

ピクリとサンジの眉が上がった。

仲間?
自分達を追っていたのは、悪い連中だったのではないのか?
ロイと一緒に逃げてきたという話は違うのか、他にも仲間がいるのか?
この連中は自分達を追ってきた悪いやつらではないのか?

一気に湧いて出てきた疑問にサンジの足が止まる。

「仲間・・・・って俺に仲間がいるのか?それはコックの仲間なのか、お前はコックなのか?」

この連中は悪者ではなくて実は仲間で・・・・。
自分の記憶を手繰り寄せることができるのなら、この少年の話を聞く方がいいのではないか?

そう咄嗟に思い、サンジが少年の言葉に反応をしてしまった。
瞬間、マリアの手がギュッとサンジの腕を掴む。
はっとしてマリアを振り返ると今にも倒れそうなほどの顔色の悪さをしている。

マリアにとってサンジの記憶がなくなる前の人間に会うのは、自分との関係を無いものにされると思ったのだろう。
サンジは「いや・・・。」と慌てて首を振った。

「過去がどうあれ、今はこの島で暮らしている小さな店の一介のコックだ。お前達のことは知らないんだ。悪いな・・・。」
「ロイは!!」

少年がロイについて必死に聞いてくる。
一体、自分とロイと、そしてこの少年はどういう関係なのだろうか?わからないが、これだけは答えなければいけない、と少年の顔を見て何故か思った。

「ロイは・・・。」
「・・・・・。」

少し顔を伏せて、少し声を落としていかにも伝えにくい事だと表情で教えた。
が、それは少年にはわからないらしい。必死に聞いてくる。一生懸命に耳を傾けてくる。

「ロイは亡くなったよ・・・。船が遭難した時に、大怪我を負ったらしい。それが元で・・・。」

予想外の答えだったのだろう。
少年はまるで時が止まってしまったように動かなくなってしまった。

「悪いが、俺はその時のことを覚えていないんだ。だから、それしか答えられない。」

それだけ伝えるとサンジとマリアは荷物を持って、店を出ようとした。
が、納得がいかないのだろう、少年が後からさらに大声を上げる。

「待ってくれ!そんなの嘘だろう!!どこだよ、どこにいるんだよ、ロイは!!」

信じられないのは、仕方が無いだろうが、事実は事実だ。サンジとしてももう答えることは何も無い。
詰め寄る少年を振り切ろうとした時、今まで青くサンジの後で震えていたマリアが声を荒立てた。

「貴方達でしょう?サンジを追っていた悪い人達っていうのは、ロイが言ってたわ。サンジとロイが何をしたかは知らないけど、ロイはもういないし、サンジも記憶を失っていて今は私達と平和に暮らしているの、もう構わないで!!」

怖くて震えている体を叱咤してマリアは少年に噛み付かんばかりに伝えた。
過去との繋がりが無い今、二人はこれ以上、覚えてもいない過去に振舞わされるのはごめんだった。
この少年と剣を持った男が悪い連中でサンジに危害を加えるのなら、戦ってもいいとさえマリアは思った。
そして、全て一切のことにけりをつけて、本当にこれからこの島で幸せに暮らすのだ。

呆然とする少年を後にサンジとマリアは足取りも速く店を出て行った。




















その日の夜は、いつもほどの元気がなく仕事でも失敗が多かったマリアとサンジにイネストロは眉を顰めた。怒りたい気持ちはあるのだが、二人の様子に声を上げる事もできない。

「今夜は、早々に店を閉めるか、客も今日は少ないし・・・・。」

閉店まではまだ時間があったが、客が引けて誰もいなくなったタイミングを見計らって看板を下げた。

「すみません・・・・。」

項垂れるサンジにイネストロが一体どうした?と声を掛けた。昼間のことは心配を掛けてはと話していなかったのだ。
目配せしあう二人にイネストロが不審気な顔を咋に見せた。

「話せないことなのか・・・。もしかしてジョーの事件が関係しているのか?」

今だトラウマになっている件のことがあるのだ、イネストロが心配するのも無理は無い。

「あ・・・・。いや、そうじゃなくて・・・。」

サンジがやはり説明をしようと、「実は・・・・」とイネストロに向き合った時に店の扉が強い勢いで開けられた。
一瞬昼間の二人かとサンジとマリアはビクリとする。
が、そこに立っていたのは麦藁帽子を庇った少年だった。

「悪いが、今日はもう閉店なんだ。申し訳ない。明日また、来てもらえないだろうか。」

イネストロが穏やかな口調で詫びるが少年はずかずかと店に入ってくる。
そして、そんままサンジの前で立ち止まった。
顔ぶれは違うがやはり昼間の連中の一味なのか、と背中に冷や汗が流れた。

「サンジ・・・・。」

少年はサンジを見つめていた。

「・・・・・・。」

やはり少年はサンジを知っている。
が、サンジには記憶がないため、この少年を何と呼んだらいいのかわからない。が、どうやら知り合いらしいことは少年の持つ雰囲気でわかった。
追っていた悪い連中ではないのだろう。

「帰ろう、海へ。」

ただ突拍子もない言葉に結局答える言葉を失った。
マリアが慌ててサンジの前に立つ。

サンジは少年の目を見つめる。
昼間の睨みつける男とは違う空気を持っていた。
昼間の男の目はどこか怒りが篭っていた。が、それだけではなく哀しみが含まれていたような気もする。ただし、それが何故であるかはわからなかったが。
対してこの少年はただ純粋にサンジに帰ろうと訴えているのがわかった。
しかし、サンジはその少年の言葉にそのまま従うわけにはいかない。
まだ何も思い出せていないし、今の生活をずっと続けて行こうと、あのジョーの事件の時にイネストロとマリアに誓ったのだ。

「悪いが、昔がどうだったかわからないが、今はこの人達にやっかいになっているし、この店でコックとして働いている。どこにも行くつもりはない。」
「夢はどうするんだ?」
「夢・・・?」
「オールブルーの夢・・・・。」
「オールブルー・・・?」

最初、この家で目覚めた時に聞いた言葉だ。
その時は何の思いも湧かず忘れていた言葉だったが、何故か、この少年から発せられた瞬間、サンジはドキリとした。


オールブルー
どこかで聞いたことのある言葉。
知っているはずの言葉。
自分の夢と関係のある言葉。


漠然としていたが何かを感じる言葉。


「お前の夢まで忘れちまったのか?」
「・・・・。」

表情は変わらないのに、その瞳には哀しみが篭っていた。
が。
何かモヤモヤした思いをどうにかしたいが、その前に先にはっきりとさせないといけない事がある。でなければ、場合に寄ってはマリアとイネストロに迷惑を掛けるだけでなくなるのだ。
サンジはオールブルーの事を聞きたいのを我慢して話を切り替えた。

「その前に聞きたいことがある。」
「何だ?」

「俺は、この島に着いた時、悪い連中に追われていると聞いた。それはお前達ではないのか?お前、刀を持った男と金髪の少年の一味だろう?お前は誰なんだ?」
「サンジ・・・。」
「昼間、その二人に会った。それを聞いてここに来たんだろう。連中に聞かなかったか?俺は記憶がない。」
「それは聞いた。」
「そして今はこの島でコックとしてここで生きている。」
「・・・・。」
「海へ帰ると言われても意味がわからない。そもそもお前達が何者なのかも知らない。お前達が悪者か違うかどうかもわからないんだ。一緒に海へ行く理由がない。」
「仲間だ。」

麦わらの少年は真っ直ぐにサンジを見つめる。

「仲間・・・?」
「俺達はみんな仲間だ。」
「仲間って・・・・・?」
「皆で一緒に海を渡っている仲間だ。俺はワンピースを捜しているし、ゾロは大剣豪を目指している。ナミは世界地図を書く夢があって、チョッパーは・・・」
「ちょっと待て!そんなにいろいろ人の名前を出されても。」
「サンジ、お前はオールブルーを捜しているんだ。」
「オールブルー・・・・?」
「世界中の魚が集るっていう奇跡の海だ。」
「・・・・・。」

そこに今まで黙っていたイネストロが口を挟んだ。

「急に来て、そんなことを言われてもこっちも困る。だいたい誰だ、あんた・・・。」

イネストロも言う事ももっともだ、と少年は「あぁ、悪ぃ・・・。」と答えた。

「俺はモンキー・D・ルフィ。海賊王になる男だ。」
「海賊王・・・・・!?」

海賊の言葉にイネストロは声を詰まらせる。

「あ・・・・あんた達、海賊なのか?」
「そうだ。」

見かけではそうは見えないが、はっきりと海賊と名乗ったことに、三人は絶句した。

「海賊って・・・・・。もしかして、俺もなのか?」
「そうだぞ、サンジ。」
「まさか!」

追っているのが悪い連中ではなく、自分が悪い連中だということにサンジも驚きを隠せない。
イネストロもマリアも言葉を無くしていた。
サンジは無理矢理に笑みを顔に貼り付ける。

「悪い冗談はよしてくれ。俺が海賊だって?」
「あぁ、そうだぞ。海賊で一流のコックだ。」
「そんな・・・。」
「お前も一緒に戦った仲間だ。」
「戦うって・・・。奪略とかしたのか?」
「んな事はしねぇ。でも、悪い連中とは戦ってた。お前もコックだが戦闘員やってたし。」
「海賊なのに悪い連中と戦うのか?」
「いろんなヤツと戦ったぞ。それにお前を育てゼフも海賊だぞ。」
「ゼフ?」
「お前を育てた変な魚のレストランをやってるヒゲのおっさんだ。」
「どこにあるんだ?それは・・・。」
「東の海だ、俺達はそこからグランドラインへ来たんだ。」
「東の海から来たのか?そのレストランってとこで俺は修行を積んだのか?」
「あぁ、そのおっさんに育てられたんだ、お前は。で、今は俺達と一緒に冒険をしながら奇跡の海を捜しているんだ。」

「待って!!」

海賊の言葉に嫌な顔をしながらも、どんどんルフィの話にのめり込んで行くサンジにマリアがストップを掛けた。

「出て行って!」
「マリア・・・。」
「海軍を呼ぶわよ!それにサンジだって強いんだから!海賊に用はないわ!出て行って!!」

頬を真っ赤にして叫ぶマリアにサンジは慌てるが、イネストロはマリアを止めるどころか一緒になって怒っているようだ。

「帰って!ここは海賊が来るところじゃないわ!」
「ちょっと待ってくれよ、俺はまだサンジに・・・。」
「いいから出て行って!!」

ルフィの背中を強引に押し、扉を開けた。
あまりの剣幕にルフィもとりあえず、と諦めた様子だった。

「明日また来るぞ。ナミもチョッパーもウソップもロビンもJJもみんな連れてくるぞ。だから、待ってろ!すぐに記憶なんて戻るから。それに!」
「・・・・。」
「それにゾロだって、ずっとお前を捜してたんだぞ!!」
「ゾロ?」
「ゾロだ。俺たちの仲間で剣士のゾロだ!」
「・・・・・ゾロ・・・。」
「サンジ。明日な!」

ニカッと笑い、そのまま店を出て行ったルフィにマリアはバタンと扉を閉めた。
はぁはぁと息遣いが荒い。かなり興奮したのだろう。
そのままギュッとサンジに抱きついた。
だが、サンジにはいつものように素直にマリアを受け止めることができない。
先ほどの話が本当ならば自分は海賊なのだ。悪い連中は自分の方で、ここにいてはいけない人間なのだ。
それがわかっているのか、イネストロもサンジに慰めの言葉すら掛けない。そのまま店の奥へと入って行ってしまった。
サンジはマリアの腕をそっと外すと、黙ってカウンターの中に入る。


「あの人の言う事なんて間に受ける必要はないわ。」
「・・・・。」
「サンジ・・・?」
「店、片付けないと・・・。」

それだけしか答えられなかったサンジにマリアもコクリと頷くと黙って一緒に片付けを始めた。
黙々と片付けを終え、そのまま黙ってお互いの部屋へと戻っていく。





サンジはルフィの言葉がずっと心に引っ掛かっている。

「海賊」
「奇跡の海、オールブルー」
「待っているという仲間・・・ルフィ、ナミ、チョッパー、ウソップ、ロビン、JJ、そしてゾロ。」

ゾロというのは、昼間殴った剣士のようだ。
あの睨みつけた眼。怒りの中にも哀しみも含んでいた。
あの眼を思い出すと何故か自分も悲しかった。







その晩、サンジはただでさえ寝付けなかったが、久しぶりに頭痛にも悩まされた。

頭痛に呻くだけでなく、心がぽっかりと開いている気がした。
やっぱりなんだか、口寂しいなぁ。
そう思った。






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2006.12.08.




なんだか中途半端・・・。