過去と今と未来と2−12
ルフィが船に戻るとちょうどタイミングよくラウンジの扉が開いた。 「お帰り・・・、ルフィ。どうだった、本当にサンジくん?」 ナミが落ち着かないのを押さえてルフィに聞く。影で表情も見えない。一体どんな思いでいるのだろうか・・・。 「あぁ、本当にサンジだった。」 「だったら、今すぐにでも・・・」 踵を返し、皆に声を掛けようとするのをルフィが止める。 「待て、ナミ。」 「どうしたの、まだ遅い時間じゃないわ。今から行きましょう!」 「明日行こう。」 「どうして、ずっと捜してたサンジくんでしょう!」 「一晩、考えさせたいんだ。」 「・・・どういうこと?」 カツとナミのパンプスの音が響いた。 中にいるチョッパーやウソップは今すぐにでも飛び出して行きそうな勢いだ。 「やっぱ、サンジさぁ〜。記憶がねぇって言ってた。俺の顔見てもわからんもんなぁ〜。」 声は呑気だが困った顔でそのままに手摺りに凭れる。ちょうど扉の隙間から他のメンバーの様子も伺えた。 チョッパー、ウソップはソワソワしている。ロビンは椅子に座ったままだが、じっとルフィを見つめていた。 JJは、顔を背けたまま頬杖をついている。きっと不貞腐れているのに違いない。 ゾロは・・・とルフィは視線を移してみるが、いつもと変わらず目を瞑って片隅に座り込んでいた。寝ているのでは、と思える様子だが、寝ていないのはその気配でわかった。 「サンジには、もうサンジの生活があるみたいだ。」 「じゃあ、そのままこの島に・・・。」 「いんや、俺、サンジも一緒に旅をしたい。そんでオールブルーに連れて行かなきゃな。」 「ルフィ・・・。」 「とりあえず、明日行くって伝えた。明日、みんなで行こう。」 ナミががっくりしたのを隠さずに「そうね。」と答える。本当なら今すぐにでも飛び出したい衝動を抑える。それは誰もが同じだと思った。 が、そこに「行かない。」という声が届く。 JJだ。 「俺は行かない。もう、会いたくない。」 「JJ・・・。もしかしてロイのこと・・・・。ロイにも会わないの?貴方、ずっと会いたがっていたじゃない。それなのに、どうして!」 「ロイは死んだって・・。」 「・・・!まさか・・・。さっきそんなこと言わなかったじゃないの。」 JJの言葉に皆がJJに注目する。 ゾロもそこまでは聞いていなかったし、先に一人で帰ってしまったので知らなかったのだろう。驚いた顔をしてJJを見つめていた。 「何て言ったの?コックさんは・・・。」 ロビンが落ち着いてJJに聞く。 「遭難した時の怪我が原因って言ってたけど、きっと違うよ。サンジが殺したんだ。だから、都合が悪くなって記憶がないって言ってるんだ。」 咋な嫌悪の言葉にルフィはタンと手摺りから降りるとラウンジへと入ってきた。 「サンジはそんなヤツじゃねぇ。きっと事故か何かだ。」 「でも、そんなのわかんないじゃないか、誰も見ていないんだ。」 ずっと後を見ていたJJが振り返った。その瞳には涙がボロボロと零れている。 「サンジじゃなきゃ、誰がロイを殺したってんだよ!」 「だから事故だって・・・。」 「ウソだ!」 髪を振り乱して叫ぶJJにゾロが徐に立ち上がった。 「お前、もう寝ろ。」 「ゾロ・・・・。」 JJがゾロを見上げる。それはひとりぼっちで震えている仔猫のような瞳でゾロを縋っていた。 ゾロの声はいつになく優しくて、回りの皆が二人から目を逸らす。 それをいいことにゾロはJJの肩を抱くと、ゆっくりと彼を立ち上がらせ、そのまま二人してラウンジを後にした。 「ルフィ・・・・・。」 ナミがルフィを呼ぶ。 「JJの事はゾロに任せて、俺達は明日、サンジに会いに行こう。」 「でも・・・・。ゾロは・・・・。」 「ゾロはゾロの思うようにするだろう?」 「せっかくサンジくんが見つかったって言うのに、・・・・・素直に喜べないわ・・・。」 「会いたくないか?」 「うぅん。会いたいわ。ずっと捜してた仲間だもの。」 「一緒に旅したくないか?」 「したい・・・・けど、JJはどうするの?」 「JJももう子どもじゃねぇんだ。自分で考えなきゃいけない時期じゃねぇか。」 一時は諦めてしまったとはいえ、ずっと捜していた仲間を漸く見つけられて嬉しくない筈が無い。 でも、いなくなった仲間を無理矢理だが忘れる事で漸く出来た船の関係がまた崩れてしまうのをナミは恐れた。 ただ、サンジは記憶がないという。 本当にこの船に戻ってきてくれるのかさえわからない。 チョッパーもウソップも素直に声を上げて喜びたいのを出来ないでいた。 それは普段、表情を崩さないロビンも同じだ。 誰もが、本当なら両手を挙げて喜びたいのを出来ないでいる。 昼間のゾロとJJを見たら。 街に買出しに行くと言って出て行った二人がバラバラに帰ってきた。 しかも、普段なら迷子になってめったに1人で早く帰ってくることのないゾロが真っ先に。 留守番をしていたウソップが、「どうかしたのか。」と声を掛けようとして固まってしまった。 鬼のような形相で声を掛けようとしたウソップをギロリと睨みつける。まで親の仇のような目で見られて、睨まれた方は怯えないわけがない。 あまりの気に近づく事さえ出来なかった。 でも襲撃があるのなら、このまま船を停泊させておくわけには行かない。 遠くからだが、なんとか勇気を振り絞り声を掛けようとしたところで、JJがもの凄い勢いで帰ってきた。顔を真っ赤にして。 ケンカでもしたのか。と邪魔をしないようにウソップが二人に背中を向けた時だった。 ずっと封印されていた名前に思わず振り返る。 「サンジは酷い!」 「サンジ?」ウソップが目を丸くして二人を見つめた。 JJはゾロの並々ならぬ雰囲気さえ気が付かずにゾロに抱きついている。 「サンジは嘘つきだ!」 「どういうことだ?」とウソップは逸る気持ちを抑えて遠くから二人の様子を伺った。 JJはウソップに気が付かないのか、さらにゾロに自分の抑えられない気持ちをぶつけた。 「サンジはきっとウソを付いているんだ!」 「記憶がないっていうのは、ウソなんだ!」 「俺達のことが邪魔なんだ。だから・・・・だから・・・・。」 あまりの怒りのためか、JJはそれ以上何も言えなくなり、ただ只管泣くばかりだった。 JJの言葉にゾロは一瞬眉を顰めたが、そのまま黙ってJJを抱きとめていた。 結局、JJとゾロがサンジを見つけたと言う事とサンジの記憶がないらしい、と『らしい』ことしかわからなくて、船長のルフィがまずは確認するために1人で船を降りた。 最初、みんな行くといいはったが、ここは船長だからとルフィがめずらしく頑として譲らなかった。 昼間のJJの様子にあまり騒ぐとまずいと判断したのだろう。経緯はどうあれ、今はJJも仲間なのだから。 ナミとルフィがラウンジで飲んでいたら、ゾロがそっと入ってきた。 「めずらしいな、お前らだけで飲んでるなんて・・・・。」 先ほどの喧騒から時間が経ったからだろうか、ゾロの言葉は落ち着いたものだった。 「あんたが知らないだけよ。時々、一緒に飲んでるわよ。」 「いや・・・。ルフィが大人しく飲んでいるのが珍しいって言ってんだ。」 ゾロが苦笑するのをルフィは、これも珍しく真顔で聞いていた。 こんな面もあったのか。と、いつもはのほほん、としているところしか見ないだけに意外すぎて普通に聞いてしまった。 変わりにナミが答える。 「JJとあんたがあんな関係になってからよ。そういうのも。ルフィはただ飲むだけで、私が一方的にしゃべっているだけだけどね。」 「・・・・・・。」 触れられたくない話題なのか、つい黙ってしまう。 が、逃がさないとナミが立ち上がり、ゾロの分のコップも出す。 「どうせ、飲むんでしょう?だったらここで飲まない。」 「いや・・・・俺は・・・・。」 「ゾロが飲まないわけねぇじゃんか。」 ニシシと笑いながらもいつになく穏やかなルフィにゾロは仕方なしとルフィの隣に座った。 「JJはどう?・・・・落ち着いた?」 「あぁ、疲れたんだろうな、寝ちまった。今日はいろいろあったからな・・・。」 「そう、ならいいけど。明日はまた、一悶着あるかも。」 ナミが心配そうに言葉を紡ぎながらゾロの分の酒を注ぐ。 コクコクと注がれる酒をじっと見つめていたゾロはルフィの言葉を聞き逃した。 「・・・・くれ。」 「なんて言った?ルフィ。」 「だからさぁ〜。お前の気持ちだよ。」 頬杖を付いてルフィが見つめる。 「JJのことと、サンジのこと。お前の気持ちはどうなんだ、はっきりと聞かせてくれ。」 「気持ちって・・・。」 ナミも黙って聞いている。この二人は誤魔化せないだろう。いや、この船の仲間、誰にも誤魔化せないような気がゾロにはする。 が。 「お前とJJがくっついたことも、一時でもお前とサンジがそういう関係だったことも、昔、サンジとロイが恋人同士だったことも、JJとロイが恋人だったことも、誰も驚きはしたが非難はしなかったろう?」 「・・・・あぁ。」 「別にさぁ、男同士だからって今更じゃねぇか。誰を好きになろうともみんなそれを受け入れるぞ、みんな仲間だからな。」 「そりゃあ、感謝している。」 「サンジとのことはどうするんだ。サンジが見つかって、嬉しくないのか?俺は嬉しいぞ。」 ニカリと笑うルフィはいつものルフィだが、船長でもある。ここぞという時はやはり一端の船長として船の仲間のためを考えてくれる。 「・・・・・俺は・・・。」 「JJに気がねしてるの?」 ナミもルフィ同様、これまでのこと、これからのことを心配しているのだろう。 「そういうわけじゃ・・・。」 「だったら何だ?サンジのこと、嫌いになったのか?」 「・・・・・。」 「そうは見えねぇけどな。」 ルフィの真っ直ぐに見つめてくる瞳は澱みがない。 ゾロは思わず顔を逸らしてしまう。 ナミはため息を吐いている。 ルフィはゾロを見つめたままだ。 「もしかして、女か?」 ルフィの言葉にゾロが眉を顰めたのを二人とも見逃さなかった。 サンジと一緒にいた女性のことが気になるのだろう。 「それとも記憶がないことか?」 ゾロが目を瞑る。 記憶のないサンジと、一緒にいた女性。 明らかにサンジは新しい生活をしている。自分達とのことはなかったことになっているのだ。 「サンジのこと、怒っているのか?」 「・・・・・あぁ。」 「そうか。」 「・・・・・・・。」 「本当に?」 ルフィはゾロの心の奥を見通しているように聞いてきた。 ゾロは「わからない」と首を振った。 「確かにあいつがロイと一緒に消えて腹が立った。が、本当にそれがあいつの意思でやったとは思えねぇ。ただ何があったのか、わからない。俺はあいつを信じたい。が・・・・・。」 「JJか?」 「JJはずっとロイと一緒にいたんだろう。だからJJが言う事も一理あるような気がしてならねぇ。・・・・本当にわからないんだ。」 「だったら。」とルフィは言う。 「本当にこのまま別れていいとは思わないぞ。」 「ルフィ。」 「このまま、別れたとしても後悔するだけだぞ。」 「それは・・・。」 「俺はサンジの飯を食いたいし、また一緒に旅をしたい。俺はサンジを船に乗せる。」 「・・・。」 「俺がそうしたいんだ。それに記憶が無くてもサンジはサンジで考えて答えてくれるだろう。だから俺は俺のしたいようにする。ゾロはどうしたい?」 「俺は・・・。」 「どうしたいか、答えたくないなら答えなくていい。でも・・・。」 ゾロが再度ルフィを見つめるのを確認して、ルフィはゾロに言う。 「自分の心に嘘をつくな。」 「・・・・・。」 めずらしく饒舌な船長にナミはもう何も言わなかった。 ルフィも言いたいことを言ったからか、それ以上何も言わなかった。 ゾロは、ルフィの言葉に頷く事しか出来なかった。 ゾロには今だ答えが出ない。 サンジのことを信じたい気持ちはある。 ただ、ロイに置いていかれたJJと自分を重ねてしまい、流されたとはいえ今はJJと愛し合う仲になっている。その彼の言葉を信じたいし、彼を裏切れない気持ちもある。 しかし、二度と会うことがないと思われたサンジに再会した。 もう二度と会わない、会えないと思ったからこそ、サンジを忘れる為にもJJとの関係を作ってしまったのに。 しかも、消えてしまったあの時、一体何があったのか。 本当のことを聞きたかったのにロイは亡くなり、サンジには記憶がない。 事実がまったくわからない。 ルフィのいうように自分の心に嘘はつきたくない。 が、真実が見えない。 自分の心がわからない。 サンジのことが今だに忘れられなくて彼を愛しているはずなのに、その気持ちに自信がない。 また、JJのことは好きだと公言したはずなのに、それを今は心から誇りを持って言うことができない。 全てにおいて中途半端な自分に心底嫌気が差した。 ルフィとナミがラウンジを出てから、ゾロは一人で酒を飲んだ。 それは自棄酒なんだろうな、と思いながらも手が止まらなかった。 その晩、ゾロは、どれだけ飲もうとも寝ることができなかった。 |
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2006.12.10.