過去と今と未来と3−13




「とりあえずの買い物はこれだけだな・・・。」
「うん。」

ドサリ、と小麦粉がたっぷりと詰まった麻袋を倉庫に積み上げ、手をパンパンと叩く。

「それじゃあ、俺は行ってくるからな。」
「ゾロっ!」

さっさと踵を返すゾロにJJは慌てて袖を掴む。

「待って!」

縋り付くJJにゾロは眉間に皺を寄せる。いつになく他人行儀なゾロにJJは口を尖らせるが、いつもの拗ねた顔はどうやら通用しないらしい。ゾロはゆっくりとだが、離せとばかりに腕を振り上げる。

「刀を出しに行くんだろう?僕も一緒に行くよ。」
「いい。俺一人で行く・・・・。」

今までなら、何もせずとも一緒にいる時間の方が多かったのがここのところあまりなく。
先日の戦闘でのゾロとサンジの息のあった戦いを見ているだけに、JJは不満が募るばかりだ。

「どうして?今までなら、一緒に連れて行ってくれたじゃない!道に迷うでしょ?僕が一緒に行くよ!!」

必死な顔をするJJにゾロは多少なりとも罪悪感が湧くが、今回ばかりは、一人になりたかった。

「悪いな・・。今回は、一人で行きたいんだ・・・。時間はまだあるし・・・。帰ってきたら・・・・お前の料理を食べたいから、用意しておいてくれないか?」

なんとなく歯切れの悪い様子に、更に詰め寄りたかった。しかし、今はサンジに向かっては口にしない、ゾロの「料理を食べたい。」とのリクエストには答えてあげたかった。

「わかった・・・。」

JJはゾロの袖を掴んでいた手をそっと離した。

「まだ明日も買出しの続きがあるから・・・。それは、一緒に行ってくれるよね?」
「あぁ・・・。買出しは一緒に行こう。」
「それから!」

「まだ続きがあるのか?」と口にしそうになったゾロは、ウンザリした顔をなんとか抑えた。

「今日はいいけど・・・刀を取りに行くときは・・・・、今度は僕も連れて行って!!」

手は離しても様子は変わらず必死なJJに、ゾロは半ば諦めて苦笑する。

「わかった・・・。」

ゾロの答えに漸くホッとした顔をするJJに、本人にわからないようにため息を吐いて、ゾロは船を改めて降りて街へと向かった。





「でも、やっぱり・・・。」

閉まった扉を暫く見つめていたJJは、俯く。

「心配なんだ・・・。」
「サンジのところに行ったわけじゃないよね・・・・・。」

誰に聞かれるともない独り言に自分で頷くと、慌てて駆け出した。
船を降りるとすでにゾロはさっさと街に向かったようで姿は見えなかった。が、行き先はわかっている。刀を研ぎに出すと言っていたし、その店も買出し途中で確認している。
船の隠し場所から街には、走らなくとも30分も掛からずに着くし、今、ゾロは船を降りたばかりだ。ゾロが迷う事を計算に入れれば、自分の方が先に着くかもしれないと踏んで、JJはその足を速めた。




ハァハァと息を上げて足を緩める。
先ほど買出しで歩き回った市場までにはまだ後少しあるが刀を出す目星にしている店は、この先だ。
一旦、休憩をしようと通りに面した壁に凭れかかろうとして、「あ。」と声を上げる。

視界の端に見慣れた緑の頭を見つけた。

キョロキョロと回りを確認すべく見回しながら考える仕草をしたあと、今度は迷いなくまっすぐ進む方向は、それなりに治安の悪いと思われる通りに繋がっている。
ゾロの向かう爪先を見て、ほんの僅かだが、サンジ達と合流すべく動いたのかとも思ったが、刀を見つめる仕草に、そうではないと踏む。

「やっぱり迷ってんじゃないか!!」

肩をあげて小さく怒鳴ると、慌ててその後を追った。
ゾロが一人で刀を出しに行きたいと言った理由はわからないが、それでも偶然という産物にはよく出会う。
ゾロにその意思がなくとも、彼らに会う可能性はあるのだ。そういった方向へと向かったのだから。

伺うようにして、しかし、ゾロに気づかれないように後をつける。
こんなことをしても、きっと人の気配に機敏なゾロのことだから、JJの存在に容易に気づくだろう。
そう思い出し、後をつける足を速める。怒られるかもしれないが、訳を話せばきっとゾロもわかってくれる。声を掛けようと顔を上げたとき、後からポンと肩を叩かれた。

「え?」と思い、後ろを振り返るとそこには見知らぬ男がJJを覆うように立っていた。

「なに・・・・?」

「よぉ、嬢ちゃん?こんな所に一人でどうしたんだ?遊び相手でも捜していんのか?」

ゾロの後を追っていたのだ。自分の行動をどう見れば遊び相手を捜しているように見えるのか?と首を捻るが、そんなのはただの口実だということに男の風貌を見て気が付く。
そういえば、道に迷ったとはいえ、裏界隈に入ったのだ。
と、慌ててゾロの方を振り向く。

が、JJの存在に気が付いたらしく視線を一瞬寄越したが、気が付かずにそのまま行ってしまった。ように、JJには見えた。

「え?・・・・・ゾロ!」

ゾロの行動がまるで信じられない、と目を丸くしていると、そのまま呆然としているJJに気を良くしたのか、不躾な男はJJの腕を取るとそのまま路地裏へと引っ張り込んだ。

「っっ・・・・・痛い!!」

咄嗟に叫ぶがやはりゾロは来ず。
JJにはあまりの衝撃で抵抗する術すら思いつかなかった。

「うっ」

ドンと壁に押さえつけられる。
逃げ道を塞ぐべく大きな体でJJの前に立ちはだかる。

「お金も欲しいが〜〜〜〜〜、綺麗な面をしているその顔を啼かせちゃうのもまたいいな〜〜〜。お前さんを先にもらっちゃおうかな〜〜〜〜〜。」

お約束とばかりにベロベロと舌で口の回りを舐め捲くっている様は、欲望が抑えきれないと訴えている。
気が付けば、男の股間はすでに布を押し上げんばかりに膨れていた。

ゾロの行動で呆然としてしまい、チンピラ男に好きなように路地裏に連れ込まれてしまったがこれでも海賊の端くれなのだ。対処しなくてどうする、と内で叱咤し、JJは懐にある銃を取り出そうとする。
が、それもすぐに男にはわかってしまったようであっけなく銃を取り上げられる。

「くそっ!」

思ったように抵抗できない自分に舌打ちする。体は動いているようでも、先ほどのゾロの様子で受けた衝撃が抜けていないのか、動きがぎこちない。
こんなに自分は脆かったのか、と改めて涙が出そうになった。いや、自分に対して意ではなく、ゾロに対して悲しくなってしまったのだ。

「ゾロォ・・・。」

声にならない呟きは、欲望に取り込まれている男には聞こえなかったのか。男が急に振り返った。
釣られてJJも男の視線の先を見つめる。

「誰だ、てめぇ・・・・。俺の邪魔をするな!」

男の叫び声に誰かが自分を助けに来たことがわかる。が、大きな男の影になってその姿は見えなかった。
JJは、それがゾロだと思った。


やっぱり、ゾロが戻ってきてくれたんだ!


「ゾロっ!!」

大声で叫ぶ声に返ってきたのは、予定していた声とは異なった。

が。知っている。

「残念だが、ゾロじゃねぇよ・・・。でも見過ごすわけにはいかない状況だよな・・・。」

漸く男の肩ごしに見えた姿は、黒スーツを着た、船の仲間だが仲間とは認めたくない男。いや、それ以上に憎くて仕方がない男だった。

「サンジ・・・・。」

恨みを持った男の名前を呟いたまま、JJはそれ以上何も言えなくなった。


「おい、お前!見たことない顔だが、その様子じゃこの街のモンじゃねぇな?俺の邪魔をすると痛い目に会うぞ。さっさと行け!!それとも、てめぇも俺様に犯られたいか!あぁん?じゃなけりゃ、俺の邪魔をするな!」

軽く笑うと、男はサンジをただの優男だと思っているのか、大して気にもしない風に改めてJJに向き直る。
サンジの方もそんな男に大して気に留めるでもなくJJに声を掛ける。

「JJ。俺が手を貸した方がいいように見えるが、それが嫌なら自分で片をつけるか?それとも、とりあえずは俺は助けていいのか?」

麦わら海賊団のメンバーからすれば、ただのチンピラ風情のレベルなのだろうが、二人の間で笑っている男はこの街ではかなり知られているのだろう、その態度と様子にただのチンピラにしてはそれなりに力があることが察しされた。
同時に、JJには癇に障る言葉だったが銃を取られた今、そしてまだまだ海賊としての経験が少ないJJには、目の前の男を倒す力量がないのは、悔しくとも容易に判断できた。

「・・・・・・助けて・・・・・。」

悔しさで声が震えていたが、明らかに助けを必要としている言葉がJJの口から零れた。

「わかった・・・・。」

サンジもそれなりにJJには気を使うらしく、簡単に返事をすると、男に目をやる。
男は、サンジに無視をされたことに腹をたてて息を荒くしている。いつの間にか、JJから奪った銃をサンジのこめかみに押し付けていた。
しかし、サンジは目の前の銃もやはり気にもせず、ふぅと軽く息を吐く。
そんなサンジの行動は、怒りに満ちた男を今度は、脱力させた。

「どうした・・・?やはり、俺様には叶わないと諦めたのか・・・?それとも」

サンジの様子を誤解したのだろう。ニヤリと笑った男の言葉は、しかし、続かなかった。

ダンと音が裏道に響いたかと思えば、気が付けば男は袋小路になっていた壁に打つかっていた。
メリメリと、男が埋まったように壁にはヒビが入っている。
あまりに瞬間的な出来事で、JJは呆然と立ちつくしかなかった。


あの時と同じだ。


先日、他海賊から襲撃を受けた時のように。
この瞬発力と脚力。
JJには逆立ちしても到底手に入れることのない強さ。俊敏さとしなやかさ。
だからこそ、ゾロの隣に立つことができるのだろうか。


いや、そんなことはない。


JJはブンブンと頭を振った。

JJは知っている。
ただ単に強ければいいというわけではない。
それだったら、最初からゾロはJJと一緒になるわけはないのだ。

強くなくとも、強くありたいと願う気持ちがあれば、その努力を怠らなければ、認めてくれる。
今すぐ強くなれなくとも、いつかは隣に立つことができるように己が頑張れば手を差し伸ばしてくれる。
ゾロはそういった優しさを持った男だ。

だからこそ、JJを抱きしめてくれるし、戦闘になればJJのフォローもしてくれる。
彼はきとんとJJを認めてくれているのだ。


今はこの強さがなくとも・・・。


憎くとも、ある種、憧れを持ってしまうほどの強さを持った目の前の男は、一撃で壁に埋まったチンピラを一瞥すると、JJの傍にやって来た。

「大丈夫か?」
「・・・・・うん。」

一瞬、これがゾロだったらと憂いてしまうが、もうゾロはこの辺りにはいないのだろう。回りの空気は変わらない。
仕方なしに、サンジが差し出してくれた手を掴んだ。
その行動に意外だったのか、サンジが驚いた顔をしたが、何食わぬ顔でJJを立ち上がらせてくれた。

「じゃあ、俺は行くから・・・。」

パンパンと埃を払っているJJに、もう大丈夫だと判断したのか、踵を返すサンジ。
彼の後姿を見て、ふと、思い出したようにJJの不安が過ぎった。


そういえば、何故サンジは一人でこんな所にいるのか?チョッパーやウソップと一緒ではなかったのか?


一旦は「大丈夫だ。」と口にしたのに、サンジのもう「行く」という言葉に不安になる。

「どこへ行くの?一人なの?」

不安げに見上げるJJにサンジは何かを感じ取ったのだろう。
普段はJJに見せないような笑顔を見せた。

「何だ?何を心配しているんだ?」
「あ・・・・・その。」

口篭るJJにサンジはふむと顎に手をやった。薄い髭を撫でて笑う。

「お前も一人ってことは、ゾロも一人ってことだろう?・・・・だが、別にゾロのところへ行こうってわけじゃない。心配すんな。」
「だったら、何でこんなところに?ウソップやチョッパーはどうしたんだよ。」

多少声音がキツクなってしまうのは、今更だ。助けてもらったが、それとこれとは話が別だと気持ちを入れ替えて睨みつける。

「あぁ、あの二人とはちょっと別れた。俺だって一人になりたい時もある。だが、本当にゾロとは関係ないんだ。今はちょっと、・・・・・・・一人で飲みたいと思っただけなんだ。」

そうだな、と通りの方に顔をやり、僅かな隙間からしか見えなかったのだが、目に入ってきたらしい店の看板を顎で杓った。

それが嘘が本当かわからなかったが、そのまま踵を返して向かう足先が証拠とばかりに店に真っ直ぐ向かっているのがJJにもわかった。
内心ほっとした。
しかし、助けてもらったお礼を言っていないことも、改めて思い出す。
借りを作るのは癪だった。
それにどうせ、行く先はわかっているがゾロを見失った。目的地への行きにしろ帰りにしろ、どうせ、迷子になっているだろう。このまますぐに後を追ってもそうはゾロ自身に追いつかないのは明白だった。
それなら・・・・。

「だったら、僕に奢らさせて・・。」
「は?」

すでに歩き出していたサンジの後から声を掛ける。
サンジが不思議そうな顔をして振り返った。JJがこんなことを言うのはまったく予期していなかったのだろう。

「借りを作るのは嫌なんだ。不本意だけど助けてもらったんだ。礼はちゃんとしておきたい。それに、買い物のおつり結構あるんだ。」
「だが、買い物が全部済んだわけじゃないだろう?まだ、金はいる。」

困ったような表情でサンジは佇む。

「大丈夫だよ。大体の目途は立っているんだ。それに僕自身の小遣いだってないわけじゃないよ。買出しの支障はないよ。」

JJの言葉にサンジは驚きと同時に嬉しそうにする。

「すっかりメリー号のコックだな・・・。」
「当たり前だ、今は俺の方が先輩だ!」

立場がひっくり返ったわけではないが、サンジを意識しているJJとしてはサンジの物言いに多少なりとも腹が立った。

「ほら、行くぞ!」

立ち止まったままのサンジより先に店に向かうべく、JJは素早く足を進めた。






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2007.08.05.



お久し振りです・・・。(汗)