過去と今と未来と3−14




先ほど示した目の前にある飲み屋に入る。
カランと扉に付いた鈴の音を響かせて、二人の男が店内に入ると、中に居た客は一斉に視線を向ける。
咋に胡散気な目を向けるが、旅途中の余所者だとすぐに判断したのだろう。すぐにそれぞれ自分達の会話に戻った。
どうやら常連の多い店だ。

「いらっしゃい。」

数席あいているカウンターの端に座ると、白いヒゲを長く伸ばした老人が、軽く曲がった背を伸ばした。

「ここらじゃ見ない顔じゃなぁ・・・。」

愛想がないかと思えばそういうわけではなく、ただ珍しいという表情をしただけだった。

「この店じゃ余所者は嫌われるのかと思ったが、そういうわけじゃないみたいだな・・・。」

サンジが視線を軽く流すとチラチラと見やる連中も数人いたが、だからといって難癖をつけたり絡んでくる気配はなかった。
しいていえば、色欲を含んだ視線だ。二人ともに熱を持った目を向けるが、その中でも、JJをやたらと意識している者が多いように感じた。
年齢や背格好を考えれば、格好の獲物と言っていいのだろう。

「別に余所者を受け入れないってわけじゃないが・・・・・。まぁ、あんた達は見た目がいいから、どうやら勘違いする連中が多いってことじゃろうな・・・。」

一人でいたところを引っ張り込まれそうになった先ほどのJJを思い出す。
JJもそれを思い出したのだろう、ブルリと体を震わせてキョロキョロと瞳が彷徨う。
そういった輩は場所によっては多いのは不思議ではないが、入ったこの店も多いのだろうか、とサンジがJJに顎で杓って店を出ようとする。

「その様子だと、すでに痛い目にあったんじゃな。なぁに。この店じゃあ、手は出させんよ?」

ホッホッと笑う年老いたマスターは一見ただの老いぼれ爺さんに見えるが、この界隈ではきっと知られた人物なのだろう。誰もが爺さんの言う通りに動いているようにも思えた。
回りを見て大丈夫だとわかると、二人して座りなおした。

「何を飲む?」
「あぁ、俺はウィスキーを。こいつには・・・。」
「俺も同じのでいい。」

あまり酒に強くはないJJを一旦は気にかけるが、別にまったく飲めないわけじゃない。ましてや、先ほどのことがあったばかりだからそれなりに加減はできるだろうと踏んでサンジは口を挟まなかった。
年季は入っているが綺麗に磨かれたテーブルに静かに酒が置かれる。
お互いに出された酒に口をつけると、JJがチラリとサンジを見上げる。

「さっきは・・・・・・助かったよ。」
「あぁ・・・・。」
「でも、・・・・・本当なら・・・・・・ゾロが助けてくれたのかと思った・・・。」

俯いてがっかりしているJJにサンジは軽くため息を吐いた。

「別にあいつが気づいていなかったわけじゃないぜ?」
「え?」

サンジの言葉にJJは驚きを隠せない。

「どういう・・・?」
「いや、逆に俺が出すぎたのかもしれんな・・・。悪かったな・・・。」

グラスを持ったまま凝視しているJJに、サンジはバツが悪そうにした。

「本当に偶然なんだ・・・。俺も、ゾロとその後を付いて行くお前を見つけたんだ。声掛けちゃ悪いと思ってその場を離れようとしたんだが、間が悪かったというべきか。お前さんが連れて行かれるのを見つけちまって・・・。ゾロもそれに気が付いたようだが、どうやらあいつも俺がいるのに気が付いたようで。俺にまかせるつもりになったのか、そのまま行っちまった。」
「・・・・・・・。」
「悪かったな・・・。」

サンジがいなかったら、きっとゾロが助けてくれたのだろう。
そう思うと、せっかく助けてくれたとしても感謝の念が薄れる。
それがわかったのだろう、サンジの方が頭を下げた。

「それに・・・。」

言い難そうにサンジは言葉を探しながら、改めて頭を下げる。

「JJにはいろいろと悪かったと思ってる。」
「色々って・・・・・何さ・・・。」

ちょっと湧き上がってしまったサンジへの逆恨みが過去の憎しみをも引きずり出してくる。

「その・・・・・・ロイとのことも・・・。」

突然の話の展開にJJは眉を顰めた。

「でも・・・・・ロイだってJJのことを好きだったんだ。それだけは・・・。」

ダン!!

手にしたままのグラスをテーブルに叩きつけるように置いた。酒がテーブルに飛び散った。
響いた音に店内の注目を集めるが、やはりマスターである爺さんが首を振ったことにより、店は何事もなかったように元の賑やかさをすぐに取り戻した。

「何でそんなことが言えるの?何か思い出したの!!」

ぎっと睨みつける瞳は、すでに恨みを持った者と化している。

「・・・・・・・。」

サンジはどう答えればいいのか考えあぐねた。
一旦言葉にしてしまったものを取り消す事もできないし、サンジとしては取り消すというよりは、どうやったら上手く伝えれるのかを考えているようだ。
JJの眉間の皺がさらに増える。

「何か思い出したんだね・・・。」

真っ直ぐに見上げる瞳は確かに憎しみが篭っているが、それだけではなく、真実を知りたいという欲求が伴っているのをその中に見つけることができた。
サンジはJJに目を合わせるとコクリと頷いた。

「だが、・・・・・・・まだ誰にもそれは言っていない。」
「どうして・・・・!?アンタの為に皆が必死に調べているじゃないか。アンタが記憶を失くした原因があの煙草にあるんじゃないかって!!それをどうするのさ!」

『煙草』の言葉が耳に入ったのか、我関せずを装っていた爺さんのグラスを拭く手がピクリとなったのをサンジは目の端に止めた。が、今はJJと話をしている。そ知らぬふりをした。

「この島で一通りの事を調べて何もわからなかったら、それはそれで皆納得すると思う。もう、それでいいんだ・・・。」
「皆には黙っておくって言うの?記憶が戻ったこと。」

自分のグラスを一撫でして、サンジはふっと笑う。

「そうだ。」
「どうしてっ!?」

恨み辛みだけでない何かがJJの中に新たに湧き上がる。

皆、サンジのために必死になってくれているのに。
今もきっと、記憶を失った原因である煙草のことを調べてくれているのに。

「もう過去のことなんだ。」

サンジは過去のことだというが、本当にそれだけで片付けていいのだろうか。
まだ、きちんと解決していないことが山ほどあるといのに。

「だったらそれはそれで、きちんと皆に言わないと!」
「お前ももう船の仲間なんだろう?」

振り返るようにして言われる言葉に、JJは目を細めた。

「俺もお前も、ロイという男をよく知っているが、他の皆はほんの一時期の彼しか知らない。真実を知ることで、ロイの本当を皆に知られることで、ロイのことを傷つけることになってもいいのか?それに、ロイの奥底をさらに知ることで、自分を傷つけることになってもいいのか?俺はもう過去のことと割り切れるっているが、お前はそれができるのか?」
「・・・え?」

サンジの言おうとしていることがわからない。
JJは、彼を見つめる。

「JJ。今でこそお前にはゾロがいるが、今でもロイのこと、好きなんだろう。だったら、ロイの過去を知って平気か?」


ロイの過去を知ってというが、ロイが酷いことをするわけがない。
ロイが悪いことをするわけがない。
原因があるとすれば、それはきっとサンジの方に原因があるはずだ。


JJはそう今も信じている。
実際にサンジとの間に一体何があったのか、それはわからないが、JJは首をブンブンと横に振った。

「だったら、今、この暮らしを大事にすればいい。」
「・・・・・。」
「もう彼は死んだんだ。死者のことをこれ以上暴く必要はない。それに、俺にも責任の一旦はある。だからってわけじゃないが・・・・・一言、謝りたかったんだ。」

サンジへの憎しみはずっと続いている。サンジが悪いと思ってもいる。
が、ただ形だけで謝られても、それを素直に受け入れるほどJJはまだ大人ではなかった。

「もういいよ・・・。」
「すまん。」

一旦俯いたJJは、チラリとサンジを見る。
意外なほどに詫びの言葉を口にするサンジにJJは不思議な感覚がした。
それだけ、彼はもう何もかもを感受しているってことなのだろうか。

「だったら・・・・・過去は忘れるってことなら・・・・・ゾロのことも、もういいんだね。」
「あぁ。」

侘びを口にしたサンジの垂れた頭は、ゾロの名前に一旦は顔を上げるが、そのまま頷いた。

「もうゾロとは関わらない?」
「あぁ。」
「ロイとのことも忘れる?」
「過去と決別して、未来に生きると決めたんだ。だから、俺には誰もいらない。夢さえあえれば、それでいい。」

あまりの潔さにJJは反ってすっきりしない気分だった。
すでに空になっているグラスにはいつの間にか、新たな酒が寄越されていた。
チラリと爺さんの方を見ると、変わらずグラスを拭いている仕草が目に入った。
何も聞いてないようでいて、それとなく気を配ってくれているのだろう。気を配っているということではないかもしれないが、それぞれに酒とつまみが嫌味でない程度に追加されているのは、なんとなく有難い。

JJはいつかあんな風になりたい、とふっと思った。

「それで本当にいいの?」
「JJ、お前は俺を怨んでいるだろう?余計な心配はしなくていい。」

サンジの口元は自嘲のように歪んで見えた。

「僕にはできないよ。あんたみたいな生き方。」
「本当に一人になったわけじゃないから・・・。今、この船には仲間がいる。それで充分だ。」





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2007.08.12.



ラストはハッピィエンド!のはず・・・。予定は未定。(あれ?)