過去と今と未来と3−15




JJは、一人ポツポツと歩いていた。
日はすっかり暮れ、この時間帯の方が先ほどよりも危険だといわんばかりにネオンが煌々としており、街を歩く人の柄も悪くなっている。だが、幸いにも誰にも声を掛けられることなく、JJは街を抜けることができた。

サンジの心配を余所に、JJは「一人で船に帰る」と、話を終えると店を出た。
サンジはもう少し飲んでから帰るという。

自分がこの街に再度降りた目的さえ忘れてしまったように、JJは船への岐路につく。
街から離れるにつれ街灯も少なくなり、輝く星の数が増えているのが目に入った。月は周期の関係か、今だ地面擦れ擦れの高さで、輝く星々にその主役の座を奪われている。
暗い空は高く美しく感じられた。

「綺麗だなぁ・・・・・・。」

自分がちっぽけな存在だと改めて思い知らされる。

先ほどサンジが口にした侘びの言葉を頭の中で反芻する。
やはり理性では理解しても、感情がついてこない。JJはまだまだ彼を許す気にはなれなかった。


昼間の買出しの疲れも出てきたのか、JJの足取りは重い。
船に戻ったら、各自収集できた情報の交換を定められていたが、時間指定はなかった。
それにゾロは別にしても、みんなには夕食の用意をすると言っていたわけじゃない。

「ま・・・・・いいか。」

一人呟いて納得させる。

空を見上げる為に止めてしまった歩みを再開させようと、一歩踏み出す。
が、足は結局動かずにそのまま立ち止まったまま。
目の前に愛しい人が立っていたから・・・。

「ゾロ・・・・・・。」
「遅かったな、JJ。」

暗い中でも軽く笑っているのがわかった。

「どうしてここに・・・?」
「船に戻ったらお前がいなかったからな。・・・・・美味い夕飯食わしてくれる約束だったろうが。」

相変わらず約束には硬い男だと内心笑うと同時に、行きに見失った道行で迷子になったことを知っているだけに珍しく早々に船に戻ってきていたんだなと多少なりとも感動した。


「早かったんだね・・・。」
「まぁな・・・。お前こそ、どこ行ってたんだ・・・?」

JJがどこに行ってたのか、ゾロが知らないわけがない、とJJはむすっとする。
ゾロを追っている途中で男に絡まれた瞬間を見ているはずなのだ。サンジもそう言っていた。

ゾロの何気ない質問にJJは腹が立った。

「知ってるくせに!」
「・・・・・・。」

ゾロが困った顔をする。
男に絡まれた時にそ知らぬ振りで去ってしまったことを言っているのはお互いにわかっているのだ。

「あれは・・・。」
「何!?」

ゾロの言葉に珍しく弱気がにじみ出ていたのにJJは気を強くする。

「あれは・・・・・コックがいるのがわかったから・・・・任せようと思ったんだ。」
「え?」

酒場でサンジが言っていた事を細かく思い出す。

ゾロもJJとサンジの存在に気が付いた。そして、サンジの姿を見つけると、サンジにそれを任すことにしたのだろう、その場を離れていってしまったのだ、と。


ゾロもサンジもお互いに考えている事は同じなんだ・・・。


「ちぇっ・・・。」

面白くない。実に面白くない。
どうして、そんなにお互いの心が読めるのか。
それは単なる一緒にいた月日の違いだろうか。

「サンジがいるのを知ってたってことは、本当は会うサンジと会う予定だったの?」

そんなことはないことは酒場でのサンジとの会話でわかっているのだが、やはり心のどこかで消し去れない疑惑が持ち上がる。

「そうだったら、こんなとこでお前を待っていないだろうが・・・。勘繰りすぎだ!!」

わかってるだろうことをまるで信じていないとばかりに衝いてくるJJに、ゾロの方も機嫌が悪くなる。
JJから出た言葉は単なるヤキモチからだというのはわかるが、やはり信用されていないようで腹が立つ。
つい、ゾロの声も荒くなる。
が、お互いに湧き上がった怒りをそのままぶつければ、折角待っていたことも無駄になる。
確かに、困っているJJを助けなかったのも事実。
JJからしてみれば、あの場面ではサンジではなく、ゾロが割って入るのが当たり前なのだろう。
そう考えれば、一人になりたかったというのは、単なるゾロの我侭であるのかもしれない。


ゾロは一旦、目を閉じて深呼吸をした。



考えたかったのだ。
足を地に付けて、ゆっくりと考えたかったのだ。
今までのこと。
今現在のこと。
そして、これからのこと。

ゆっくりと考えて、自分としての結論を出したかったのだ。
サンジがすでに彼なりの結論を出しているように。
いや、船の中で、何度となく困惑し、何度となく考え、そして、既に結論は出ていたのだろうが・・・。まだ覚悟が出来ていなかっただけだろう。
その覚悟を決めるために一人になりたかったというのが正解なのかもしれない。




ゆっくりと息を吐くと、ゾロはそのままJJに歩み寄った。


不安なことと、自分を助けてくれなかったことと、そして八つ当たりだとわかってはいるが、やはり怒られたことに対する自己嫌悪と・・・。

ありとあらゆる感情がない交ぜになっているのだろう。
拳を震わせるJJをゾロは見つめた。
いろいろな思いが噴出さんとばかりに目尻に涙を浮かべるJJの手をそっと包む。

「JJ・・・・・。怒鳴って悪かった・・・。」
「ゾロ・・。」

潤んだ瞳でJJはゾロを見上げた。
ゾロも真っ直ぐJJを見つめ返すと、そのままJJの手を握ってゆっくりと歩き出す。
ゾロにしては珍しく、まっすぐに船の岐路へと足が動いていた。
手を繋ぎながら、二人でゆっくりと船に向かう。
低く、それでいて暖かく感じるように、ゾロは噛み締めながら言葉を紡いだ。
JJは静かに耳を傾けながら、相槌を打つ。

「一人にして悪かった・・・・。」
「うん。」
「ただ、ほんのちょっとの時間でいいから、一人で考えたかったんだ。」
「・・・・・・・。」

JJがゾロに視線を送るが、ゾロは真っ直ぐ前を向いたまま言葉を続ける。

「お前・・・この間の戦闘で、コックとの差を見せられて落ち込んでいるんだろう?」
「・・・・・・ぅん。」

ゾロはJJの返事にふっと笑う。

「確かに最初の切欠が切欠だったのかもしれんが・・・。俺があいつに惚れたのは、ただあいつが強いからじゃねぇ。元々、あいつの性根には惹かれていた。ずっとそれに気が付かなかっただけだが。」
「・・・・でも。」
「ま、確かにこの船にいる限りは強いに越した事はねぇが、どちらかといえば、腕力の強さより、精神的な強さが男の魅力だと俺は思っている。あのウソップだって、腕力はないし、時々逃げ腰になることもあるが、いざって時には、きとんと前を向いて戦ってるだろうが。」
「・・・・そう・・・・だね。」
「お前もそうだろう?」
「え?」

一旦、ゾロは足を止めてJJに向き合う。

「そりゃあ、お前が船に乗った理由も俺とこういった関係になったのも、全てが誇れる理由じゃないが。それでも、お前だって前向きに生きようとしているだろうが。今だって、お前なりに心を整理しようとしてるんだろう?」
「・・・・うん。」
「今はまだあいつを許せるほどにはなっちゃいねぇが、それでもいつか、あいつを許せるようになりたいって・・・・心のどこかで思ってはいるんだろうが。」

JJは戸惑った。
ゾロの言葉は、間違ってはいないのだろう。
でも、サンジを許したいと思う心が自分の中に本当にあるのかどうか、まだ自分でもわからないのだ。今は、まだまだ彼を憎む気持ちしか感じられない。

「わからない・・・・。まだサンジを許したいって思ってるかどうか・・・・僕はわからない・・・。」
「素直でいいな・・・。」

ポンとゾロはJJの頭を一撫でした。

「あいつを許そうという気持ちが欠けらもなかったら、今頃お前は船から降りてるよ。」
「・・・・・・。」
「それか、あいつが船に乗っていないはずだ。だから、大丈夫だ。」
「ゾロ・・・。」
「何も心配するな。俺はお前を選んだんだ。」

ゾロはまっすぐJJに向かって言う。
ゾロの言葉にJJもほんの少しだが、やっと笑みが零れた。

「ゾロは、一人になって何を考えたかったの・・・?」
「ん・・・。」
「あ・・・・言いたくなければいい・・。でも、気になっちゃって・・・。」
「俺は俺の心の整理をしたかっただけだ。」
「もしかして、・・・・・サンジのこと。」
「・・・・・そうだ・・・・。」
「サンジのこと・・・・好き?」
「あぁ、好きだ。」

はっきりと答えるゾロにJJはバッと頭を振る。浮かんだはずの笑みはあっという間に消えた。

「じゃあ、何で!!」

改めて怒りの表情をするJJにゾロは淡々と答える。

「仲間としてな。」
「え?」
「今は、仲間としてあいつを支えてやりてぇと思っている。」
「ゾロ?」
「あいつだって、いろいろあった。あいつにも俺にはわからない苦しみがあっただろう。それらを全て超えて、夢を追うことを決めたんだ。あいつは覚悟を決めたんだ。」
「・・・・・ゾロ。」
「だったら、俺もそいつを応援してやろうと思う。お前は怒るかもしれんが、俺はもう、あいつを憎んじゃいねぇよ。」
「何があったの。サンジと?」

ゾロはふっと笑った。

「何もねぇよ。本当だ。」

だったら、何でそんなに全てを悟ったような顔をするのか。
全てがわかったような表情をするのか。
まるでサンジの記憶が戻ったことを知っているかのように。
先ほどのサンジの顔を思い出す。まるっきり同じ表情をしているようにJJには思えた。


「もしかして、ゾロ。サンジの記憶が・・・!」

はっとJJはゾロを見つめた。

ゾロはただいつになく穏やかな顔でJJを見つめている。

「・・・・・・・・っっ。」

JJはそれ以上、言葉を続けることができなかった。
会話はしていなくとも、ゾロはきっとサンジの記憶が戻ったことをわかっている、と核心した。
ギュッと裾を握り締める。

「何だ?」
「・・・・・・・・・なんでも・・・・・・ない。」



ゾロの言う通り。
そして、サンジの言う通り。
きっとこの二人は、サンジが煙草のことで倒れてからはろくに会話を交わしていないのだろう。
それでも、通じているのだろう。JJにはわからないところで。

JJは唇を噛み締めた。




こんな愛もあるのか!

こんな想いもあるのか!





ゾロはJJを愛しているという。サンジのことは仲間として好きだという。
ならば、恋愛ゲームにおいてのみだったら結論として、JJはサンジに勝ったと云えるだろう。

だが、その底で。
お互いを想う二人の想いには勝てない。と思った。



低く輝きが鈍っていた月が、いつの間にか空高く煌々と二人を照らしていた。






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2007.08.30.



夏休みもあと僅か!!