過去と今と未来と2−14




「なんてこった・・・。」

カウンターの上で頭を抱え込むように俯いてしまったサンジに声を掛けることが誰にもできなかった。
マリアだけが、ただ黙ってサンジの肩に手を掛けている。彼女なりに慰めているつもりなのだろう。

ロビンは話を終えると「どうする?」と首を傾げた。
どうするも何も、まだ漸く事の真相を知っただけだ。それもあくまでロビンの話を信じてロイが言ったことが本当のことではなければ、の話だが。
とはいえ、サンジにはロビンの話が本当なのか、それとも、細かいことはわからないとはいえロイの言葉が真実なのか。その判断が今は冷静にできない。

「貴方達が、私の話を信じられない、というのは当たり前のこと。証拠も何もないもの・・・・。でも、信じてもらうしかないわ。」
「・・・・あぁ・・・。」

静かに答えるサンジの返事には覇気がなかった。悩むな、というのが当然なのだ。

その昔、ロイと恋人だったこと。
ロイと別れて数年経ってから再会して、ロイにまた関係の修復を迫られたこと。
だがロイにはJJという恋人がいること。
ロイとの関係にピリオドを打ちたいがためにゾロに恋人の変わりをお願いして、結局本当に関係ができてしまったこと。
ある日突然、ロイとサンジが消えたこと。
みんなで半年間、ロイとサンジをずっと探し回ったこと。

途中途中の細かい理由などはわからないため、簡単にだったが、ロビンの話はまるでどこかの空絵事のような話だった。
しかも男同士と言うのがさらにサンジを落ち込ませる。男同士での三角関係、いや四角関係か、など見るに耐えないだろう事柄だ。
それをこの海賊達は仲間の出来事として真正面から向き合ってくれている。ある意味、すごい奴らだとサンジは思った。自分なら、当人でなければ知らない振りをしただろう。


が、その当人達の顔ぶれが今はここにない。

「そのJJとゾロがいないのは、何でだ?」
「・・・・・・・・。」

そう問うたが改めて昨日の出来事を思い出し、「あぁ、そうか。」と呟いた。
誰もがすぐに返事を出来ない事で答えも納得した。

会った瞬間、いきなり殴りつけてきたゾロ。
ロイは何処かと詰め寄ったJJ。



二人にとってはサンジはもはや顔も見たくない存在なのかもしれない。
だったら、敢えて迎えに来るこの仲間の行動が不思議に思えた。


「さっきも言った通り、俺はあの二人には嫌われている。ロビンさんだっけ、その方の話が本当なら、俺がまた船に乗ったら、反って船の雰囲気が悪くなるんじゃないか?だったら、やはりお互いのためにもこのまま別れた方が得策だろう?会わなかったということでいいんじゃないか?」

マリアもサンジの言葉に同意したらしく、隣で頷いていた。

ゾロとJJの関係にはすぐに答えられない連中もことサンジが戻る戻らないの話になるとすぐに反応を返す。

「それはダメだ。サンジは俺達と一緒に海に出るんだ!」

断言する船長に誰もが同じように思っている。
どうしてだ、とサンジは思う。

「だが、それで航海に支障が出たらまずいだろうが。あの二人はどう見ても俺を嫌っている。それは俺が船に乗っても変わらないだろう?そんな関係の悪い中に入りたいと思わない。それに、俺自身まだそういう気はない。」
「ゾロなら大丈夫だ。」

ゾロがいない理由を言えなかったくせに何が大丈夫なのだろうか?

「誰もサンジのことを嫌っているわけじゃないからな。だから大丈夫だ。」
「何が大丈夫なもんか。そもそもここにいないこと自体が俺を嫌っている証拠じゃないか。昨日だってゾロは俺を殴ったし、JJって奴はロイが亡くなったのは俺の所為だって言ってだぜ?そんな連中と仲良くやれねぇよ!」
「・・・・二人とも、サンジのことを嫌っているわけじゃねぇ。ただ・・・・・・どうしたらいいのかわからないだけだ。」

サンジを真っ直ぐ見つめる船長の眼は嘘偽りがないと言っているように思えた。
それはサンジの心を射抜くほどに真っ直ぐな眼をしている。
サンジは内心動揺した。

「それに・・・。」

ルフィは一瞬俯いて口篭ったが、改めてサンジを見つめた。

「ゾロは来たぞ。昨日の手前、中に入れないだけだ・・・。」
「え?」

ルフィの言葉はどうやら海賊の仲間にも意外だったらしい。誰もが驚いてルフィを見つめている。

「来てるの、ゾロ?だって今朝は・・・・。」

ナミはルフィがどうしてゾロがここにいるのがわかったのか、聞きたいようだ。ナミだけでなく、誰もが同意見だろう。

「さっきから窓際にいるぞ。入れよ。ゾロ・・・。」

ルフィが朝日の入ってくるドア横の窓を振り返って名前を呼んだ。
暫くして今度はドアから朝日が入ってくる。ほんの少し開いて隙間から入ってきた光はドアベルの音を伴って大きな影を作った。

ゴツと重みを乗せて、黒いブーツが店内を移動する。
ルフィの座っているテーブルまで近づくと、黙ったまま横の椅子を出し、ドカッと座った。
その表情はかなり険しく、まるで怒っているようだ。が、どうやらそうではないらしい。ゾロの顔を見て、仲間の誰もが怖がるではなくため息を吐いたり、肩を落としたりしている。
が、そんな強面には慣れていないので、マリアはサンジにしがみつき、サンジはゾロを宿敵のように睨みつける。

「JJはどうした、ゾロ?」
「あいつは留守番しているとよ。」
「よくここまで迷わずに来れたわね。」

ルフィとゾロの会話に遠慮なくナミも入ってくる。

「別にそんな難しい場所じゃねぇだろうが。」

その難しくない場所ですらいつも迷うだろ!と言いたいのをウソップは止めたらしい。口がもごもごしている。
ゾロはサンジから眼を離さずに仲間と会話をしている。
サンジもゾロから眼を逸らさずに会話を聞いている。

「ゾロもサンジには帰って来てほしいだろう?」

表情には似合わない声でルフィがゾロに聞いた。一瞬眉が動くが何も言わない。

「・・・・。」
「まったく素直じゃねぇなぁ〜〜〜。」

答えないのをYESと取ったのか、ルフィはへらへらと場にそぐわない表情で笑っている。
ルフィの言葉を聞いてゾロの眉がさらに上がった。

「船長さんよ。それは違うんじゃないのか?俺を親の仇みたいに睨んでいるぜ。と、そうだな、仇そのものだよな。だったら、やっぱり俺が船に行くのはまずいんじゃないか?」

何度も同じことの繰り返しをサンジは口にする。

「俺はお前を憎んじゃいたが、帰って来るな、と言った覚えはない。寧ろ、船に乗ってお前の夢を叶えるのが当然だと思う。」

低音で唸り声を上げるゾロにサンジは目を丸くする。
声音と言葉が釣り合っていないだろうが。そう言いたくなる表情と言葉の違い。言葉の奥まで読み取るとすれば、ゾロもサンジに帰って来いと言っているのだろう。
一体、ゾロという人間はどういう人間なのだろうか、とサンジは思う。

もしかして、先ほどのロビンの話し通り、ゾロと自分は恋人で、まだゾロの方は自分に好意を持ってくれているのではないか、そう思ってしまった。
が、続く言葉でそれは否定された。

「俺はお前との関係はすでになかったものと思っている。だから、お前も覚えていないのは気にしないで遠慮せずに船に乗ればいい。」

今はJJと恋人という関係だと、先ほどロビンの話にあった。
だったら、昨日、何故殴ったのか。

「過去のことはなかったというのなら、昨日、何故・・・。」
「昨日、突然殴ったのは悪かった。確かに元はお前が俺を裏切ったと思って殴ってしまったが、今はお互い様だと思う。」

それはJJとの関係のことを指すのだろう。
まわりに誰もいないかと錯覚するほどの二人だけの会話に、サンジは改めて目眩がする思いだった。
特にマリアには聞かせたくない話題だ。

「わかった、もうその話はよそう。」
「・・・・・。」

早々にその手の話を切り替えようとサンジは手を上げた。
ゾロもそれには異論がないようだった。

が、内心、サンジはゾロの態度に平伏した。
見た目硬派な剣士はとかくプライドが高そうに思えた。実際、そうなのだろうと彼の持つ空気は教えている。が、自分に非があれば素直に頭を下げる潔さも持っていた。
ゾロに目を見張ったサンジにゾロもまたサンジを見つめる。
険しく睨みつめているのには変わり無いが、昨日とは別の瞳だった。

とりあえず、ゾロとは話が済んだ。
だが、だからと言って、船に乗ると言ったわけではないし、まだJJとのわだかまりも解けたわけでない。

酒棚の上に掛かっている時計に目をやると、サンジはガタンと音を立てて立ち上がった。

「とりあえず、今日はもう一旦帰ってくれ。仕入れの時間だ。」

釣られて時計を見た海賊連中は、「わかった。」と素直に納得した。

「今すぐにでも、サンジを連れて船に帰りたいが、サンジの都合もあるもんな。わかった。」
「悪いな、答えを変えるつもりはないが、まずは時間をくれ。」

暗に船に乗らないことを告げるが、それに対しては何も言わなかった。

「ログもまだ溜まっていないから時間はあるわ。」

ナミが儚く笑う。

「今度は突然いなくなるってことないよな?」
「あぁ、大丈夫だ。他に行くところはないからずっとここにいるよ。」

チョッパーが心配そうに尋ねるのを安心させる。彼にはつい優しく答えてしまう。

「サンジの飯、食べに来ていいか?」

さり気なく聞く、ウソップの言葉にルフィが反応して「めし〜〜。」と叫ぶ。

「開店時に来りゃあ、客だ。食わせてやるよ。」

いつでも来いと伝える。

答える結果がどうあろうと、ともかくサンジには考える時間が必要だった。それは海賊団の誰もがわかってくれた。
船長を先頭にみんな順番に店を出て行く。

最後に店に入ったから、というわけではないだろうが、いつまででもゾロは椅子に座ったままだ。

「ゾロ、行くぞ。」

一旦は店を出たルフィが扉から顔を覗かせて、声を掛ける。

「あぁ、わかった。」と小さく呟いて漸くゾロも立ち上がった。
ゆっくりと背中を向けて扉に向かう。サンジはゾロの背中をずっと見つめていた。
ゾロの方もサンジの視線をわかっていたのだろうか。扉を潜る瞬間に振り返った。




「コック・・・・。帰ってくるよな・・・・。」

そう言い残して去っていく剣士の表情にサンジは目を奪われた。





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2006.12.19.





漸くゾロサンに戻ってきた?いや、まだまだですね・・・。(涙)