過去と今と未来と2−15




夜の開店時間になると看板をOPENにするべく扉を開ける。
と、そこには、今朝見た顔ぶれが並んでいた。

「お前ら・・・・。」

まだ今日の出来事で、たった数時間しか経っていない。
サンジは苦虫を噛み潰した顔をした。
船長のルフィは涎を垂らさんばかりにサンジに飛びついた。

「店、開いたか?」

ずっとずっとこうやってサンジの料理を食べられる日を待っていたのだろうか。
そう思うと、邪険にはできなかった。

「あぁ、開いたぜ?何が食いたい?船長。」

ニヤリと笑うサンジの顔は昔のサンジと何ら変わらない。やはり料理をしている時が彼にとって、なにより至福の時間なのだろう。

「肉!肉!にく〜〜〜〜〜〜〜〜!」

只管肉を連呼するルフィにサンジは海賊を前にして初めて大笑いした。

「お前、そんなんでよく海を渡っていけるなぁ〜〜〜。肉ばっかりなんて、そうそう海じゃあ食えないだろうが!待ってろ。今、用意する。」

グリグリとルフィの頭を拳で押さえつけるが決して嫌悪でも敵意もない。
最初はかなり溝があったように思えたサンジの様子だったが、今はそれを感じない。それがルフィにはとても嬉しかった。他の連中も同じように、朝とはまったく違う笑顔で二人に付いて店内に入った。

中に入ると、料理の仕込みがすでにされているのだろう、とてもいい匂いがした。
クンクンと鼻を鳴らすのはルフィだけでなく、チョッパーもウソップも同じだった。
ナミもちょっと涙目になっている。今朝は話が話だったので、表に出したい感情をそうとう我慢していたのだろう。
ロビンはナミほど表情には出していないが、やはり今朝とは違う笑顔を浮かべていた。

小さなテーブルが数えるほどしかない店内の為、ルフィ達は離れていたテーブルをくっつけてみんなで座った。
それぞれが椅子に座ると何を食べようか、思案する。メニューを選ぶというより、食べたいものがありすぎて困ったという感じだ。
と、そこへ鋭い視線を感じた。

「いらっしゃい・・・。」

声もいくぶんか硬い。
本来なら店を追い出したいと思っているのだろう。
が、サンジがそれに気づいて声を掛ける。

「マリア・・・。彼らは今は客だ。」

今度はキッとサンジを睨んだ。

「でも、この人達、海賊だわ。いつ、この店を襲うかわからないわ!」

マリアは相当に彼らのことを嫌っているのだろう。もともと海賊なんて人間は、一般市民に受け入れてもらえるものではない。
当たり前の反応なのだが、サンジはマリアの態度が悲しかった。覚えていないにしても、彼らはサンジの仲間だったという連中だ。今後、彼らと一緒に海に出ることはないにしても不和のまま別れたくないと、彼らの顔をみて思った。
よくよく見れば気のいい連中だ。海賊というだけで人を判断してはいけないだろう、とサンジが改めて認識した連中だ。
マリアを宥めすかそうとして、後から声が掛かった。

「マリアの言う通りだ。本来なら、出て行ってもらう連中だ。それどころか海軍に通報しないと・・・。」
「おやっさん、待ってくれ!」

サンジが慌てて後ろを振り返った。

「今日のところは、通報は勘弁してやる。だが、うちに海賊が出入りしたと分かったらうちも困る。静かに食事したらさっさと帰ってくれないか・・・。」
「・・・・・。」

この店の主はイネストロなのだ。世話になっている以上、彼には迷惑は掛けられない。
刺々しい声音と言葉にサンジは俯いた。

サンジの過去に何があろうと、サンジを受け入れてくれるといった二人の言葉は嘘だったのだろうか。いや、サンジ自身を追い出したりしないのは、その言葉に嘘偽り無い事を表している。だが、実際に過去に関わる人間が海賊でここに存在することは別の話なのだろう。
イネストロの言葉に店内は一瞬にして静まり返っている。他の客がいないからこその言葉だろうが、それでも彼らには厳しいと思う。
悔しいが、彼を説得する言葉をサンジはまだ持っていなかった。

「わかった。」

ルフィは怒る事もなく、素直に頷いた。

「俺達海賊だもんな〜。仕方ねぇ。でも、サンジの料理は食べたいし、サンジと話がしてぇ。」
「ログが溜まるまでまだ日にちがあるし、問題を起こすことはしないわ。だから、時々ここに来てもいい?」

本来なら怒るべく言葉に素直に従うのは、サンジの立場を思ってのことだろうか。
多少表情が引き攣りながらも、ナミもルフィに同意するべく店の主に伺う。

「おやっさん、俺からも頼む。こいつらは、ただ単に飯を食いに来ただけなんだ。」

朝の時には海賊だというこの連中を半ば敵視していた自分が不思議なほど、彼らを弁護する言葉がサンジの口から出た。
たいして時間を共有していないのに、いつの間に自分はこの海賊達を受け入れることができたのか、不思議に思いながらもサンジは彼らに好意を感じた。
きっと記憶がなくてもどこかで彼らと共に過したことを身体が覚えているのだろう。

「・・・・・問題を起こしたら、すぐにでも出て行ってもらうからな・・・。」
「ありがとうな、おっさん。」

苦しげに呟く声にサンジはホッと息をついた。
頬に視線を感じるとマリアがサンジを睨んでいた。

「マリア・・・。」

サンジが声を掛けるがマリアはぷぃとそっぽを向いてしまった。
仕方がない、とサンジは諦めてルフィ達に声を掛けた。

「で、何が食いたい?」
「肉!!」
「お前には聞いていねぇ!さっきからそれしか言わないだろうが!えっとナミさんにロビンさん。何を作ろうか?」
「サンジの作ったのだったら何でもいいぞ!」
「お前らの注文は後だ!レディファーストだ!」
「あたしもサンジくんの作ったのだったら何でもいいわ!でも〜、サンジくんの作ったスープが飲みたい。自慢の一品だったもの、あれ。」
「私も同じでいいわ。」

「かしこまりました。」と頭を下げて、ウソップやチョッパーにも向かうと「あれ?」とサンジが声を上げた。

「どうした、サンジ?」

ウソップが声を掛ける。

「やっぱ、来ないのか、ゾロとJJってやつは・・・。」

予想はしていたのだが、改めて気が付くと多少落ち込む。

「あ・・・・・。JJはまだ、その・・・・。」
「そうか。」
「ゾロは、JJが夕食を作るって言ってたから、船で食事をしていると思う・・・。」

ウソップに続いて、やはり多少言い難そうにチョッパーが続けた。

「気を使わなくていいぜ。」

そうニコリとチョッパーに返すと、すでに何事もなかったように再度ウソップとチョッパーのオーダーを聞いた。ルフィは「肉!」としか言わないので、肉料理を適当に見繕うつもりだ。
全員のオーダーを聞き終えると、「待ってな。」と笑顔で奥へと引っ込んだ。
が、その笑顔が多少強張っているのはバレないか。サンジがちょっとドキドキしながらルフィ達に目をやると、それぞれが話に夢中でサンジの様子には気が付かないようだった。
JJはともかく、ゾロがサンジの料理を食べに来なかったのが、なんとなく予想はしていたが、やはりサンジにはかなりショックだった。

「俺のメシ、美味いのによ・・・。」

今朝、「帰ってくるよな。」そう言ったゾロの顔を思い出して呟いた言葉は、誰にも聞かれなくてサンジはほっとした。

















ルフィ達のテーブルに料理がところ狭しと並べられる頃、他の客も少しずつだが入ってきて、いつの間にか、店内は賑わっていた。
見慣れない顔ぶれがあるのに常連客は「お?」と顔を向けるが、初めての客がいないわけではない。まだ子どもに見える顔があるのに誰もが海賊だなんて思わないだろう。
誰一人として、店内の一角で料理を頬張っている連中に気を向けてはいなかったが、それも時間が経つにつれ、イネストロ達が懸念するのとは違う意味で注目を浴びるようになっていった。

「よぉ、兄ちゃん。すごい食べっぷりだなぁ〜。初めて見たよ、そこまでの大食い。」

ガハハと笑う男は毎日のように通っている常連客のラルクだった。
隣にいる男もルフィの前に積まれている皿の数に目を丸くする。ラルクと共に一緒に店に来た、これも常連客の一人でハリーだった。

「そうかぁ?まだまだ食えるぞ!なんたってサンジの飯は美味いからなぁ〜。あ、もちろんおっさんのもうめぇぞ!!」
「それ以上食べると店にもう来れなくなるわよ!予算オーバーよ!!」

一旦ごくん、と口に入ったものを飲み込むと口の周りに弁当をつけたまま笑うルフィに隣のナミが拳を上げた。

「まだ食うのかい!すげぇな、兄ちゃんは・・・。」

驚きのあまり笑うしかない常連客達同様に、サンジも驚きを隠せなかった。
やはり覚えていないため、ルフィの食欲の凄さにサンジは参ったと額に手をやった。
今朝、仕入れた食材のほとんどがこのルフィの腹に入ってしまった。この分だと、今日は早々に閉店だろう。
最初の頃は、嫌悪しか感じていなかっただろう、イネストロの表情もルフィの食欲ぶりに解れたのか、今は苦笑している。料理人として嬉しい限りなのはサンジもイネストロも同じだ。

ナミに頭をゴンとやられても嬉しいのか、料理を口に運ぶのを止めない。
かく言うナミの方も、笑って料理を口にしている。
気が付けば、店内は店主も常連客も交えて宴会状態だった。
パンパンに膨れた腹をゴムマリのように弾ませるルフィ。
一つしか持ち合わせがない、といいながらずっと割り箸を鼻に刺した芸を続けているチョッパー、椅子の上に立ち、誰が聞いているとも聞いていない演説を続けるウソップ。
女性陣は特に何をするでもないが、一緒になって笑ったり騒いだりしていた。
こんなに賑やかな宴会は始めてだった。
苦笑していたイネストロもいつの間にか大笑いしている。
もう一人は、とサンジがそっとマリアの方を伺えば、彼女もまたお腹を抱えて笑っていた。

あぁ、海賊でも本当に彼らは異質なのだと、サンジは感じた。
こんな海賊がいてもいいだろう。そう思う。そして、以前はこの中に自分も含まれていたのだろう。そう思うと何故か嬉しかった。
また、こんな時を過せたらどんなに幸せだろう。

その日はやはり食材が早くに尽き、いつもより閉店時間が早まったが、店内の明りはいつもより遅くまで灯っていた。











結局、気さくな海賊は毎日のようにサンジの料理を食べに店に通った。
初日の宴会で気を許せたのか、今ではイネストロもマリアも文句を言わなくなった。

だが、ゾロとJJは、一週間経とうとも店に食事に訪れることは無かった。





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2006.12.22.





結局、ゾロとサンジの絡みがないまま時間が過ぎます。すみません。m(__)m
道のりは遠し・・・。