過去と今と未来と2−16
ルフィ達が現れてからすでに1週間が過ぎようとしていた。 今のところ、平和な日々が続いている。 こんなことも珍しい。 海軍がいない島ではないが、呑気なものだとゾロは思った。 念のために、と島に降りる時は、剣は2本のみしか持たないように注意はしている。が、元々あまり島に降りることはなかった。 ルフィ達は、毎日のように街に降りてサンジのいる店に行き、サンジの料理を口にしている。 ゾロは再会してから今だひと口もしていない、サンジの料理。 口にしたいとは思う。 正直に言えば、すぐにでもルフィ達と合流して、一緒にあの美味い料理を手に美味い酒を飲みたいと思っている。 が、それは、今キッチンに立っているJJのことを思うと出来ない。ゾロ一人のためにJJは心を込めて料理をしている。 そのため、今だ船でJJと一緒に食事を取っているゾロだ。 「ゾロ、待ってて。もうすぐできるから・・・。」 笑顔で振り返り、手にしているレードルをクルリと回す。 「あぁ。」と相槌を打ち、壁に凭れて頭の後ろに組んでいた腕を外した。 よいしょと立ち上がると、JJがビクリと肩を震わせる。 「どこ行くの、ゾロ?」 「あぁ?便所だ・・・。」 「そう・・・・。」 咋にホッとする表情を見ると、肩を落としたくなる。 そんなにゾロの動向に敏感に反応をするJJが、ある意味哀れでならない。 すでに済んでしまったこととして、「ロイのことを忘れろ。」とまでは言わないが、ずるずると引き摺っていても仕方が無い。 とはいえ、JJにとって吹っ切れるような切欠さえない。 ましてや自分達のいないところで、ロイとサンジがどういった言葉を交わし、どういう経路で自分達の前から姿を消したのか、今だわからないのだ。サンジは記憶を無くしているのだから。 それにロイの死を認めたくなくために、ロイが眠っているという場所へも行っていない。 ゾロと恋仲になったといっても、まだロイへの思いが断ち切れない。当たり前といえば、当たり前なのだろう。 再会した当初、サンジに憎しみをぶつけたJJは、記憶喪失とわかった相手に今はそれも叶わず、怒りの矛先を探していた。 他の仲間は彼の料理を求めて毎日、島に降りている。経緯はどうあれ、今はこの船のコックはJJである。大概、島に降りた時は休暇も兼ねて島で食事を取る事は少なくないが、それでもここまで毎日続く事はなかった。 それなのに、彼らは毎日毎日、島に降りる。 身体の中で燻る怒りと憎しみを、島に降りている仲間にぶつければきっとケンカになり、JJの方がこの船を降りることになるだろう。それだけはJJのプライドが許さない。いや、プライドだけの問題ではないのだが、あまりにも惨めだ。 他人に頓着ないゾロでさえ表向きは元気に見せているJJが、内心塞ぎ込んでいる事が手に取るように分かる。 ゾロはラウンジの扉を出る瞬間、JJをチラリと見やった。 一生懸命にゾロが口にする料理を作っている。 すでにテーブルに置かれているのは、ゾロの好物の一つ、里芋の煮物だ。今朝、市場で手に入れて、早速今日のメニューに入っているところを見ると、いつも以上に力が入っているのがわかった。 眼を瞑り、サンジの作る煮物も美味しかったのを思い出す。 だが、今はJJのことを想い人としているのだ。JJもまたゾロを好きだと言う。お互いの真意はどうであれ、JJを見るのが当たり前ではある。 ゾロは、苦悩しているJJを放っておくわけにはいかなかった。 「美味かった。ごちそうさん。」 「御粗末さまでした。」 手を合わせて食事を終える。 直後、ゾロの耳に聞きなれた声が複数届いてきた。それに伴い足音も近づいてくる。 「今日は、早いな・・・。」 ラウンジの扉を開けて入ってきた面々を見て、ゾロが声を掛けた。 「あ〜、ちょっと今日はもう店じまいだとよ・・・。」 「ふ〜〜〜ん」 JJが気のない返事をする。 「でも、もうみんな食事終わったんでしょう?だったら、別に用意をする必要はないよね?」 「・・・・・あぁ。」 あまりにみんなが毎日サンジの店に行くものだから、拗ねているのだろう。特にJJの様子に頓着していない船長は別にして、ナミ達はちょっとまずったかな、と思う。 サンジの料理が食べられるのが嬉しくて、JJのことをお座なりになっていたと改めて気が付いた。そのつもりはなくとも、JJとしてはやはり気分がいいものではなかったのだろう。 「あ・・・・でも、お茶もらえるかしら。」 「俺、あんまり食べれなかったから、ここでもう一度食いなおしていいか?JJの食事、美味いもんなぁ〜。」 そう口々にして席に座る連中にゾロはため息を吐いた。今更だが、仕方がないだろう。 それでも、みんな気を使っているのはそれはそれでいいのだろう。 JJは多少気分が収まったのか、口が滑るように話かけた。 「そうそう店の料理ばかりだと、温かみがないだろう?今から何か作るよ。何が食べたい?」 伺う顔が笑顔だと、つい「サンジの料理だから店だろうが関係ない」と思っても口には出せない。 口々に食べたい料理のメニューを伝える。 「チョッパー、どうした?」 JJが料理を改めて作り出している間、そわそわとしているチョッパーにウソップが声を掛ける。 「俺、やっぱり行って見る。」 そう立ち上がるチョッパーにルフィが「やめとけ。」と留める。 「でも・・・・。」 大男に変化したチョッパーが心配気にルフィを見た。 「サンジの問題だろ?・・・・・俺達が口を挟むことじゃねぇ。」 「どうした?」 二人のやりとりについ間に入るゾロにJJがピクリとするが知らぬ振りをした。 「ゾロ・・・・・。ゾロなら助けてくれるか?サンジを。」 「あぁ?」 また小さく戻ってゾロに縋りつくチョッパーに、ゾロが不審気に見やる。背中に刺さるJJの視線が痛い。 それを見たナミが頬杖を突いて説明した。半ば無理矢理冷静になっているようだ。 「どうやらちょっとまずいことに巻き込まれているみたいなの・・・。」 「まずいこと?」 「・・・・・ナミ。」 これ以上聞かない方がいいだろうに、気になってしまう。それがわかるからだろう、ルフィはナミを睨んだ。 が、実際はルフィもサンジが心配なのだろう。表情が苦しいものになっている。 ナミもルフィの気持ちはわかっているのか、言葉を止めなかった。 「うん。本当は店じまいってわけじゃないけど、雰囲気が悪くなったから、帰ってきたの。」 それがサンジを助けることと何の関係があるのか。ナミがわからない顔をしているゾロに続けた。JJはまだ料理を作っている最中だからか、かかわりたくないからか、何も言わない。だが、聞き耳を立てているのは間違いがなかった。 「サンジくん、突然店から消えたの。って言っても、『ちょっと出かける』って一言だけ告げて出て行ったから消えたって言うのは違うかもしれないけど、でも、それから急に店の雰囲気が悪くなって。・・・・・・・店のおじさんも突然不機嫌になったのよ、他のお客さんも気を使ってはくれるけど、まるで私たちが悪いみたいにおじさんの態度が変わったわ。」 ゾロの眉が跳ねる。 最初は敵視されていた店の連中とも上手くいったのではないか。そう聞いていたはずだ。 「どうやらサンジくん、時々、勝負を申し込まれているみたいなの。」 「何だ、そりゃ。どういうことだ?」 ナミの言う意味がわからない。 「以前、この島で悪評の高いジョーって奴を倒したらしいんだけど、裏でこの島を牛耳っていたのね、そのジョーってのが。それをサンジくんが倒したってわけでしょう?だから、時々、裏家業の連中から狙われたり、島の一番をめぐって勝負を挑まれたりしているらしいわ。」 時々、サンジに勝負を挑む奴がいる。 嫌な顔をしながらも、そうマリアがそっと教えてくれた。 本当なら今はコックとしてのみ生きているサンジなのだから、止めるべきだとナミは思ったがそう簡単なことではないようだ。 サンジが表立ってはそれを誰にも言わずにいるものだから、誰も何も言えない、知らない振りをするしかない。 ましてや、サンジが店を出ていくのを止めたところで、本当のことを言わず、買い物忘れとしたり、気分転換に外の空気を吸ってくる、としか言わないのだ。そして、勝負に出かけるサンジを止めるための説得や押さえる力が自分達にはない。 悔しそうにするマリアにルフィは「そうか。」と言って、そのまま素直に帰って来た。 ナミ達も心配そうにしているが、だからと言って、今のサンジの生活に口を挟めない。 もちろんサンジの強さを知っているからこそではあるのだが。 サンジが島の誰かと勝負をしているなんて、ゾロには意外だった。 しかし、今回は話がこれで終わるわけではなかった。それが何故、ルフィ達への態度が変わるのか、わからない。 「どうやら噂だけど、今回はこの島を狙っている海賊が関わっているらしいの?」 「あぁ?俺達はそんなことしてねぇぞ。」 ゾロがギロリと睨む。 「わかってるわよ。私たちは関係ないって言ったわよ。・・・・でも、彼らには海賊はみんな一緒なのよ。」 ナミが唇を噛む。 「それに・・・、確証はないけど、先日、見た海賊かも・・・。」 この島に辿り着く前に見た海賊船。 一旦は仕掛けてきたが、相手が麦わら海賊団と知るや否やとたんに踵を返して退散した。 船長のルフィも裏船長ともいえるナミも、無理に追ってもメリットが無いと判断し、そのまま見逃した。 その連中が、どうやらこの島に目をつけたようだ。 平和で活気があり、人当たりのいい人間の多い島。 裏商売をするには持ってこいと判断したのだろう。 ボソボソと常連客が噂する特徴から、今回のサンジが店から消えた理由にこの海賊団が関わっていると思われた。 本格的に海賊団が正面から攻めてきたら、島全体で対抗することができたのだろうが、どうやらそうではないららしい。裏からじわじわとこの島を侵蝕しようとしているようだ。 きっとサンジのことを嗅ぎつけて、まずは片付けようという算段なのだろう。 が、あくまで噂からの推測でしかない。はっきりとした証拠がない。 だからというわけではないが、誰も何も言えないのだろう。 誰も何も言わないからか、証拠がないからか、島の海軍が動く事も無い。 一通りの話を聞いて、JJが振り返った。 「ルフィの判断が正しいよ。俺達は関係ないだろう?」 「そういうことじゃねぇ。」 ルフィは苦しい顔を向けた。 「約束したんだ。問題を起こさねぇと・・・。だから、俺達が行ったらまずいだろ・・・。サンジは記憶がなくてもこの島で一番強いジョーって奴を倒したんだ。大丈夫だ、サンジも強い。サンジを信じよう。」 自分に言い聞かせるように言葉を吐くルフィの気持ちは誰にもわかった。 「でも、相手は海賊よ。今のサンジくんじゃあ・・・。」 「やっぱり行きましょう。」というナミにルフィが腰が上がりかけるが、そのまま止まる。 「もし、問題を起こしてすぐにでもこの島を出て行かなきゃいけなくなった時、サンジは・・・・。」 「その時は一緒にサンジも・・・。」 ウソップが間に入る。ウソップもナミと同様の考えなのだろう。 「サンジの答えをまだ聞いていないんだ。それに店のおっさんともまだ・・・。」 サンジにも助っ人を頼まれた訳ではない。ましてやイネストロやマリアには、どちらかといえば、関係ないから関わるなと言われている。 が、気持ちはサンジのところに行きたい。サンジが弱いわけではないが、今は昔と事情が違う。 いつになくジレンマに陥り考え込んでいる船長に「だったら」とゾロが立ち上がった。 「問題を起こさなきゃいいんだろう?だったら、俺がちょっとだけ様子を見てくる。」 「ゾロ!」 JJが咄嗟に反応する。 「だったらゾロが行く必要はないだろう?ルフィが行ったらどうだ?船長だし。」 「ルフィが行ったら、まず収まんねぇよ。」 JJの頭を撫でながら、ゾロはJJを見つめる。 「心配はいらねぇ・・・。ちょっと見てくるだけだ。」 「でも・・・。」 「過去はどうあれ、まだあいつも仲間だ。」 「ゾロ・・・。」 「何にもねぇよ。」 JJの気持ちを察したのか、ゾロは徐に今は三本挿している脇にある刀のうち一本抜き取り、JJに差し出した。 「どうせ、3本も必要ねぇ。1本をお前に預ける。帰ってきたら返せ。わかったな。」 ゾロの大事な刀の一本を差し出したJJの手に乗せた。白い鞘の刀だ。 「うん・・・・わかった。・・・・・・気をつけて。」 頬を少し緩めJJはゾロを見上げた。 「ゾロ・・・。サンジを頼んだぞ?」 「っていうか、ゾロ、場所わかるの?」 「あぁ?そんなの気配でわかる。」 「ゾロ、気をつけて・・・。」 それぞれがサンジを心配するのはわかる。 何があっても今だ彼は仲間なのだ。 「すぐに戻ってくる。」 ゴツゴツとブーツの足音を響かせて、ゾロは暗くなった夜の街に降りた。 |
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2007.01.12.