過去と今と未来と3−17




老マスターに手招きされて、サンジは席を立った。
店内にいた常連客という名の下っ端だろう連中がなんともいえない顔のまま、サンジと老マスターの動向を見守る。すでにサンジは攻撃対象ではないと判断したようであるが、味方と断言できるような状況でもない。ましてや客ではないことから、彼らの表情は複雑だ。
老マスターは、カウンター横に設置されている、裏口へと通じているらしい扉を開いて手招きした。
サンジは、静かに老マスターにつてい行く。
扉をくぐると、真っ暗な通路が目の前に現れた。

「てっきり裏口かと思ったが、違うのか?」
「まぁ、普通に勝手口もあるが、行く先は別じゃ・・・・・こっちじゃ。」

ほっほっと肩を揺らしながら壁に掛けてあるランタンに灯りを灯した。ポッと手元が明るくなるが、通路の先までは明かりが届かない。どれだけ続くのだろうと目を凝らしていると、突然、老マスターは通路の先ではなく壁へと体を向ける。

「何だ?こっちじゃないのか?」
「そう単純じゃ困るじゃろうが・・・。」

てっきり暗く続く通路の先がその目的地かと思っていたのだが、どうやら壁に秘密の扉が隠されているようだ。
眼を凝らしてじっと見つめているとなんだか取っ手らしきものが現れ、予想だにしなかった所から新たな扉が浮かび上がった。もっとも、灯りがしっかりと辺りを照らしていたとしても気づかなかっただろう以外な場所にその扉はあった。

「これは!」
「秘密の扉じゃて。」

最初はまっ平らな壁だと思っていたのに、気が付けば扉が出現した。サンジにはその仕組みはわからなかったが、敢えて聞かない方が賢明だろう、と何も聞かずにただ老マスターの仕草をぼうっと見ていた。
ギギギと硬い音を伴い開いた扉の先もまた暗闇に包まれていた。老マスターがランタンを先に突き出し、そのまま歩き出した。

「その扉は閉めとくんじゃよ。」

口調は軽くなんとも心許ないが、この先がこの島の秘密と言ってもいいだろうシロモノが隠されているのだろう。心なしサンジは緊張した足取りで老マスターに続いた。

カツカツと響く足音が反響するあたり、暗く狭いだけでなくこの通路がかなり長いものだとわかる。それもそうだろう。こういった隠れ家的な施設はよくあることだ。道中に時々見かける、壁に埋め込まれているように作られた扉も全てが使われているというよりも、カモフラージュ的な要素を含んでいるのを感じられるものもある。
黙ったままだったが、進む内になんだかこの空気が重く圧し掛かってくるように息苦しく感じるようになった。それは、単に空間が狭く暗いから感じられるものではなかった。
気分転換にサンジは老マスターに話しかけた。

「ロイは・・・・・その男はどんな様子だったか、覚えてるか?」
「あぁ・・・。」

暫く考えるようにして沈黙が続いたが、しわがれた声がふと通路に響いた。

「なんでも、『煙草』の噂を聞いてここに来たとか。まだ、この島の『煙草』のことはグランドラインでもごく僅か一部にしか話が流れていないからどこでその情報を手に入れたのかはわからんがの。何だか必死だったのはよく覚えとるよ。『このチャンスを逃すとあいつは行ってしまう!』と言って必死じゃったのぉ。お前さんが海賊だということを考えるとどういった経緯で会ったかはわからんが、あれだけ必死なヤツも珍しかったよ。」
「そうか・・・・・。昔、麦わら海賊団に加わるずっと前・・・彼とは恋人という関係だったんだ。それもとうの昔に別れたんだが、ひょんなことから再会して・・・。俺はヨリを戻すつもりはなかったんだが、あいつはヨリを戻したがっていた。すでに別の恋人がいたのにな・・・。」
「あぁ、あの小奇麗な小僧のことか・・・。」
「そうだ、JJと俺が呼んでいた子だ。再会してから暫くして俺とロイが二人して消えたもんだから、俺の仲間と一緒になって俺達を捜してたらしいんだが、なかなか見つからなかったらのが悪かったんだろうな。いつの間にか、今度は俺の仲間と恋仲になっちまった。そいつとも俺は一時はやはり恋人の関係があったもんだから、気がきじゃないようだ。」
「複雑じゃのぉ・・・。」

皺の多い顔をくしゃっと歪める。

「まぁな〜〜。それでなくとも男同士での、恋愛沙汰ってのは、やっかいなのにな・・・。」

サンジも苦笑するしかなかった。


どれくらい歩いただろうか。
用心の為だろうが、かなりの距離があるとわかる。
それだけの施設を作ったのだろうか、とサンジはため息を吐いた。

「結構歩くじゃろう?昔、戦争の時に作られた防空壕を利用したんじゃよ。」
「へぇ〜。戦争ねぇ・・・。」

大抵どの島にも血塗られた過去はあるものだが、この島もそういった時代があったのだろう。
老マスターの話によると、今、裏産業として成り立っているこの『煙草』も、その昔は原材料そのままに使われていたのだが、やはり、その利用法、利用量により争いが起こったのだという。いつの時代も人間は愚かなことを繰り返すのだ、と老マスターは笑った。
今回の自分達のことも含めて、『煙草』の原料となるシロモノによりこの島は、何度と無く繁栄と衰退を繰り返しているということだ。

「そんなもんじゃねぇの?」

サンジも頷くしかなかった。
そうして話が途切れると、タイミングを計ったように、歩が止まる。

「ここが倉庫になっとるんじゃよ。」

ギィと扉が草臥れた音を伴って開かれた。
こちらの扉はカモフラージュもされていなかった。もはや、その必要もない程に、ここまで辿り着くのに困難な道程だった。途中、曲がりくねっていたり、分かれ道があったり、老マスターは何事もないように歩いていたが、サンジ一人では到底辿り着く事はできなかっただろう。
扉横にあるスイッチをパチリといれると、思いのほか明るくなったのに目を細める。今まで暗く狭い通路を歩いてきたのだから眩しく感じても仕方が無い。

「これがお前さんの言っておった『煙草』じゃろう?」

老マスターは、一端の売人のような顔つきに変わり、ふふん、と唸る。
漸く目が慣れたサンジも目の前にある大量のモノに驚いた。

「こんなに・・・・あるんなんて・・・・ちょっと驚きだな?」
「そうじゃのぅ。裏家業によってこの島は支えられておるからの。じゃが、小さい島だから余所のそう言った類よりもはるかに少ないじゃろうて・・・・。」

この島に着く前にサンジが倒れた原因とも言えるパッケージが大量に山積みにされている。その山はサンジの背丈をも容易に越す高さにまで積み上げられていた。
その横には、違う形式のパッケージが、これもまた、同じように山積みになっていた。
後ろには、名目は風邪薬とあるが、錠剤なのだろうか。『煙草』とは違う形で作られたモノだろうことはわかった。ロビンの話だと、以前流行った時は、『煙草』タイプのモノと、注射タイプ、錠剤タイプと様々な形で出回っていたと言う。ならば、これらはそれらと同様で注射や錠剤のものなのだろう。

「それにしちゃあ、結構あるな。一度、姿を消したって俺の仲間から聞いていたが、それは嘘だったのか?こんなにあるなんて・・・。」
「確かに一度、このクスリは世間から姿を消したよ・・・。このクスリを扱っていた商人、そして海賊は海軍の手に寄って全て壊滅させられた。じゃが・・・。」
「けど?」
「もう一度この島の復興を願って、儂が新たに開発しなおしたんじゃよ。しかも、昔と違って技術が進歩したからの、以前よりもっと質のいいのができるようになった。これなら、昔と違って大量生産できるようになるから、もっと多くの海賊に売り飛ばすことができる。まだまだこれから増えるじゃろうて。」
「人のいい老人にしか見えんのにな・・・。なかなかの悪党じゃねぇか?長生きするよ!」
「海賊には言われとうないわ!」

ケッとそっぽを向く老人になんだかサンジは違和感を感じた。
確かに自分達も海賊だ。島を襲撃したり、略奪したりはしないが、人を殺した事がないわけじゃない。正義を語るのは、身の程知らずともいえよう。

「じゃが、儂は確かに長生きをせねばならん。あいつらを見つけるまでは・・・・・。」
「あいつら?」

ボソリと老人が呟いた言葉にサンジが反応を見せると、老人は慌てて被りをふった。

「いや、なんでもない。老人の独り言じゃ・・・。」
「・・・・・。」
「ふ〜〜〜ん。」

なんだか、老人の表情が気になった。が、敢えて顎に手をあてて、何気なく話を逸らしたように聞く。

「昔よりももっと質がいいとは言ったが、だったらかなり高額なんだろう?よく一介の料理人に売ったな?ロイがそんなに金を持っていたとは思えんが・・・。じいさんが開発したってなると、じいさんから直接だと安く手に入るのか?」
「まぁ、儂の気分によっちゃあ、安くまけないこともないがな・・・。言ったろうが、そのロイって男には、根負けしたんじゃよ。」
「じゃあ、俺が欲しいって言ったら、安く分けてもらえるかな?」
「お前さんが?」
「そう、俺が・・・。」
「一体何に使うんじゃ?」
「一介の海賊にモノを売るのに理由を聞くのか?」
「いや、そういうわけじゃないが・・・・。お前さんにゃあ、必要ないものじゃろうが。」
「ま、確かにな。」

サンジは苦笑した。
それにしても本当だろうか?この老人が『煙草−クスリ−』を開発し、大量に作ったというのは。
かなりの人手と人を雇うだけの金やら力やらが必要な裏家業のトップとしているというが、そうカリスマ性があるようには見えない。今はただの老人に見える。もっとも見た目だけで人を判断してはいけないのだが。

「このクスリを手に入れるには、じいさんからしか出来ないのか?」
「この島を繁栄させているものじゃ。あちこちに売人はおるよ。じゃが、そうそう簡単には手に入れれないように用心はしておる。店以上に難しいんじゃよ、薬の客の常連になるのは。特に最近、海軍がこの島の情報を得たという話もあるでのぉ。」

何か考え込む老人にサンジは人懐っこい笑みを向けた。

ただの金儲けだけではない何かがある、とサンジは直感的にだが感じた。
だったら、これ以上この老人の思いに踏み込んではいけないだろう。

一昔のことはわからないが、この老マスターの口ぶりでは、現在、自分が島の裏家業を牛耳っているようなことを言っている。
だが、扱っている商品は別にしてもこの老人からはあまり商売ッ気が感じられないのは何故だろうか。
大量に作られているにも関わらず出回っているのはまだまだほんの極僅かで、噂にはなっているようだが、大きく広まっているというほどでもない。もちろん、本人はこれからだというが。


これから大きな仕事を控えているのか?


その大仕事も何かしら曰く有りげだが、これ以上は関わる理由がない。


気にはなるが・・・・。


サンジも老人とは別に、考え込むように『煙草』の山を見つめた。






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2007.11.20.



久し振りなのに、進展が少なくてすみません。(土下座)