過去と今と未来と3−18




「お帰り、サンジくん。」
「お帰りなさい、コックさん。」

扉を開けると、ナミとロビンが揃ってコーヒーを飲んでいた。

「ただいま、ナミさん、ロビンちゃん・・・。」

すっかりと遅くなってしまったので、誰もいないと踏んでいたが、ラウンジの明かりが点いていた。
今までの経験からすれば、ゾロとJJが二人でいることが多いのでサンジはそう踏んだ。大抵は酒を飲むゾロをJJが世話をする構図だ。まぁ、妖しい雰囲気になっていれば近寄るつもりもないが、ラウンジからはそういった空気はまったく感じられなかったので、やはり、酒を飲んでいると思った。
が、まさか女性陣がいるとは思っていなかったサンジは一旦は驚いた顔をしたが、すぐに穏やかな顔になった。
内心、緊張していたのだ。
バサリと上着をテーブルの空いている場所に置く。

「遅かったわね・・・。」
「ん・・・。まぁね。」

二人に習って自分もコーヒーを飲もうと豆の入っている缶に手を伸ばす。
多少酔ってはいたが、帰ってくる間にすっかりと酔いは醒めた。

「チョッパーとは早々に別れたってね。大丈夫、体調の方は?」

情報収集のことももちろん大事だが、それよりなにより自分の体調の方を気に掛けてくれて、サンジは有難いと微笑んだ。

「あぁ、大丈夫だよ。ごめんね、心配かけて・・・。」
「うぅん。大丈夫ならいいけど・・・。」

ナミは軽く首を振ってまだ冷めていないのだろう、湯気の上がったコーヒーを啜る。
サンジも手際よくコーヒーを入れると、湯気の立ったカップを持ってナミの隣に座った。

「みんなは?帰ってきてるの?」
「うん。とりあえず、分かった事は一通り聞いたけど、ほとんど収穫はなかったみたい・・・。また明日、続けようってことで早々に寝ちゃったわ。」
「そっか・・・・。・・・・そういえば・・・・JJは?」
「JJ?」

サンジから出た人物の名前にナミが不思議そうに眉を上げる。

「あぁ〜。いや・・・その、街で変なヤローに絡まれてたから・・・。」

サンジはどう答えたもんか悩んだが、とりあえず事実である出来事のみ伝えた。

「そうなの?なんだか、ちょっと元気はなかったけど・・・・。でも、いつもとそう変わらなかったと思うわ。私達は街で食事を済ませてから帰ってきたから結構な時間だったけど、帰って来た時、丁度、ゾロと二人で夕食を食べ終わった後だったみたい。それから、暫くしてルフィ達が帰ってきて。ルフィ達も夕食を食べて帰ってきたみたいだったんだけど、「また食べだい」って言い出して食事を作ったりして賑やかだったわ・・・。特に変わったところはなかったと思うわ。」
「そう・・・・。」

暴漢に絡まれた時にゾロに助けてもらえなかったことでゾロと揉めなければ、と思ったが、どうやら気にし過ぎらしい。サンジはホッと胸を撫で下ろす。

「その変な人に絡まれたって、大丈夫なの?大きなことにならなかった?」
「あぁ。それは問題ないと思うよ。ただのチンピラだったし。」

サンジがコーヒーを口にして軽く笑う。

「コックさんがJJを助けたの?」

ロビンが避けていた所を衝いてきたが、それもJJとは話して解決済みだ。問題ないだろう。

「まぁね。彼にしちゃあ不本意だったろうけど。大した輩じゃなかったし。」

笑顔で応えるサンジにナミはため息を吐いた。

「サンジくん・・・・人がいいのは昔っからだったけど・・・・今も変わらないのね。」
「そうなの?」

ナミの言葉にニコリとすることしかできなかった。
彼女らには、まだ自分の記憶が戻ったことは話していない。そして、これからも話すつもりはない。
じっとみつめるロビンの視線に、敏い彼女は何か気が付いているかもしれないとなんとなく感じたが、突っ込まれても白を切るつもりだ。

「それよりさ・・・・。もう遅いよ。夜更かしは肌に良くないんじゃない?」

話を逸らして、もう今日は終いにしようとサンジは言外に伝えた。
きっと彼女らも街を奔走して疲れているだろう。自分が今日一日、いろいろあって疲れているように。

老マスターとのことは、今は話すつもりはなかった。
自分の記憶が戻ったこととは別のことだとしても、なんとなしに話す気になれない。
それは、あの老マスターに『仲間には適当に話す』と言ったこともあるのだが、老マスターなりに人には言えない何かを持っているとその顔から感じたからだろう。
これ以上踏み込んではいけない何かが。
説明を簡単にすればいい事なのかもしれないが、きっと話すうちに細かいところにまで話が進んでしまう可能性がある。、踏み込んではいけない何かに土足で踏みにじってしまうことは充分に考えられた。
サンジの意図を察してなのか、『肌に悪い』ことがやはり気に掛かるのか、ナミは「そうね。」と空になったカップを手に立ち上がった。
ロビンもナミに倣って立ち上がる。
カップを流しに置くナミが「そういえば・・。」と振り返った。

「サンジくんは何か収穫あった?」
「え?」

考え込んでいたサンジは思わず上擦った声を上げた。

「『煙草』のこと・・。何か手がかり掴めた?」

何気なく聞いているだろう言葉だが、何故か心臓がドキドキした。

「いや・・・・何も無かったよ・・・。」
「そう・・・。」

震えそうになる声を叱咤して返事をした。
ナミは気が付かない様子で、軽く返事をすると扉に向かって歩き出した。ナミの隣に立っていたロビンはほんの少し目を細めたが、特に何も言わずにナミに続いた。

「じゃ、おやすみなさい。」
「おやすみなさい、コックさん。」
「おやすみ、ナミさん、ロビンちゃん。」

就寝の挨拶を交わすとそのまま二人は出て行った。


ごめんね、ナミさん。ロビンちゃん・・・。


サンジは内心ホッと胸を撫で下ろす。
と、同時に二人に嘘をついてしまったことに罪悪感が湧く。

サンジが記憶がないままにこの船に戻って来た時、喜んで迎えてくれた二人の笑顔を思い出す。
再び乗船した後も、何かと食って掛かるJJを諌めたり、後のフォローをしてくれた二人だ。
記憶が失なう前もサンジにとっては二人は天使のような存在だったが、今もなお、いや、それ以上の存在の二人に申し訳なく思う。

ぎゅっと胸元を掴んだ。
聡明な二人のことだ。
隠しても隠しても、いつか隠し切れなくなる時が来るかもしれない。
記憶が戻ったことも。
ロイが『煙草』をこの島で手に入れたことも。
全てが分かってしまう時が来るかもしれない。

その時は素直に頭を下げるしかないだろう。もちろん、そんなことで許してくれないだろうことは、容易に想像がつくが。


足音を忍ばせて食器棚に近づく。
食器棚の引き出しを開けて、そこにずっと仕舞われている煙草に目をやった。
ロイが手に入れたモノではなく、行方不明になって記憶がなくなるまでずっとサンジが吸っていたそれだ。
もう、ずっと手にしてしなかった箱を手に取った。引き出しに仕舞われていたので、綺麗な状態を保ってはいたが、それでも埃を少し被っていた。

「ちょうど禁煙になって・・・良かった・・・よな?」

誰に聞くともなく一人呟いて笑った。

「暫く、あの店に通うか・・・。」


明日、またみんなで島を調査し、情報の交換をするつもりのようだったが、サンジは誰に言うつもりも無く、一人であの老マスターの所に通おうと決めた。
踏み込んではいけない領域とわかっていても、何だか老マスターの呟きが耳に残っていたのだ。
何ができるわけでもないが、せめて客の一人として、年老いた男を元気付けたいとサンジは思った。






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2007.11.28.



ちょっと横道にずれるような感じですが、とりあえず・・・。