過去と今と未来と2−18




痛む体を叱咤して走り、街に辿り着けば、ざわざわと人のざわめきが近づいてくる。
あの方向は、と人だかりのする方へと視線を向けると見覚えのある通りへと繋がっている。
嫌な予感がした。

あの大男は作戦と言っていた。
街を支配する足がかりとなる襲撃。
楯突く者は容赦しないと島中の人間に知らしめるための贄。

それがサンジが今お世話になっているイネストロとマリアの店。


何度も転びそうになるのをゾロに支えられて漸く着いた場所には、すでに建物は跡形も無くなっていた。



「なんだ・・・・・。こりゃぁ・・・・・。」

人垣を掻い潜り、そこにあるはずの店の前に呆然と立ち尽くすサンジの目には、今だぼうぼうと燃え盛る炎が黒い煙を巻き上げて周りにいる野次馬に熱い空気を叩きつけていた。

「サンジ・・・・?サンジじゃねぇか?」

名前を呼ばれ、ハッと振り向くサンジの前に黒い顔をした人物が立っていた。一体誰かと思えば、隣人の雑貨屋の主人だった。黒いのは煤汚れているからか。

「何処言ってたんだ、サンジ・・・。こっちは大変だったんだぞ。」
「それは・・・・。」

口篭るサンジにゾロが目線で話したらどうた、と伝えているが、今更と思う。いくら理不尽に狙われて海賊と戦っていたと言ったところで、自分がここにいなかったのは事実なのだから。
が、思い出したように慌てて雑貨屋の主人に詰め寄る。

「おっさん、二人は?」
「え?」
「マリアとおやっさんは何処だ?一体、店に何があったんだ?!」

首を絞める勢いで服を鷲掴みに聞いてくるサンジに主人は苦しそうに顔を歪める。それに気が付き、サンジはちょっとだけ手を緩めるが二人の行方を聞くまでサンジは手を離さなかった。

「それが・・・・。」
「・・・・・・?」

言い難そうに主人は顔を背けて小声で答える。

「1時間ほど前か?なんか、いきなり銃を撃つような音が辺りに響いたんだよ。そしたら、悲鳴が聞こえて・・・。で、気が付いたら店から火は出ているし。」
「それで!?」
「なんか、いきなり物盗りか、海賊に襲われたみたいだ。・・・・残念ながらイネストロは殺されたよ。」
「なっ・・・・?!」
「マリアちゃんは・・・・・。マリアちゃんも襲われたみたいで、なんとか命は取り止めたものの、意識がないらしい。病院へ運ばれてったよ。」

主人が顎で杓った方向に、布切れで覆われた大きな塊が見えた。それは明らかに人の大きさをしており、布は白い色をしていただろうが、血らしきものがあちこちから滲んでいる。
サンジは、恐る恐る白い塊に近づくと、がっくりと膝を付き、そっと布の端切れを摘み上げた。

「・・・・・・っっ。」

ギュッと顔を顰めて、布をそっと戻す。それが何か聞くまでもないだろう。
サンジは両手で顔を覆い、ガクリと蹲った。
ザリッと足音を響かせて、それでも遠慮深げにゾロはサンジに近づいた。

リアクション大きく涙を流して喚く事は過去にも間々あったが、声を殺して涙を流すサンジを見るのは、初めてではないだろうか。サンジを見て、ゾロは不謹慎にも思ってしまう。
その姿があまりにも痛々しかった。静かに涙を流して震えるサンジに、思わずゾロはそっと手を彼の肩に置いた。
ゾロに気が付いただろうに、しかし、サンジは顔を上げることさえ出来ない。

「・・・・・っっ・・・。」
「・・・・・もう一人の女の方を確認しよう。運ばれた病院を聞いてきた。」

ゾロはサンジが呆然と塊の布の中身を確認している間に、その主人からマリアが運ばれたらしい病院の名前を聞き出した。

「しかし、・・・・おやっさんをこのままにはしておけねぇ・・・。」

そう呟くサンジの声はか細く、今だパチパチと店の焼け落ちる音に掻き消されるほどだった。
ざわざわとざわめく野次馬から離れた位置にいる二人に、元々が仲が良かったのもあるだろう、先ほどの主人が声を掛けてきた。

「マリアちゃんのところ、行ってやれよ、サンジ。こっちは俺がやっとくから・・・。海賊の仕業のようだから、海軍も動くみたいだ。そっちの方も俺が話しておくよ。」
「すまない・・・。」

ゾロの隣に立つ雑貨屋の主人にサンジは頭を下げる。
ゆっくりと立ち上がると、足取り覚束無くふらつくサンジにゾロが支える。
涙で濡れた頬をそのままに呆然とした表情のサンジにゾロの目が細められる。

「大丈夫か・・・・・。」

自然に心配する言葉が口から出る自分に多少驚きながらも、サンジが心配なのは本心だ。しかも、ともすれば抱きしめたい衝動に駆られる。
が、ギュッと拳を握る。
この場所と状況、そして今の自分達の関係を思い出し、改めて、ゾロは自分を律した。

「行こう・・・。」

囁くように肩に手を添えて、ゾロはサンジと歩き出した。





マリアの運ばれた病院というのは、ここから歩いて10分ほどで着いた。


























自分達が先ほどまで感じていた騒動とはまったくの別世界のようにそこはシンと静まり返っていた。

白い病室に白いシーツ。ぐるぐると身体に巻かれている包帯。静けさと白さに溶け込むように横たわる身体に一瞬、死んでしまったのではないかと思われるほどの場景に二人は一瞬息を飲む。
部屋を案内してくれた看護婦の説明がなければ、亡くなったと言われても信じてしまうほどの様に、サンジはまるで自分までも同調してしまったように青白い顔をしている。

「命は取り止めました。しかし、まだ意識は戻っていませんし、暫くは安静にしなくてはいけません。お連れの方か確認が取れましたら、一旦、部屋を出て行ってもらえますか?」
「彼女の傍に居てはダメですか・・・・・?」
「でも・・・。」

看護士はチラリとサンジを見やる。
その視線はサンジの身体のあちこちからにじみ出ている紅い色に届いている。

「どうやら貴方もケガをしているようですね。まずは、そちらの手当を先にしましょう・・・。」

落ち着いた笑みでもって治療を促す彼女に断りを申し出ることはできなかった。また、実際、ケガが酷いのも確かだ。

「はい・・・。」
「どうぞ、こちらへ。」

看護士がでは、と治療室へと向かう足先をサンジはやはり、と声を掛ける。

「でも、治療が終わったら、部屋に居ていいですか?」

半分虚ろになりながらも、真剣な眼で訴えるサンジを看護士は拒む事はできなかった。

「わかりました。でも・・・・きちんと服も着替えて清潔にしてからにしてくださいね。」

コクンと頷くとサンジは看護婦に着いていく。
その様子を見届けて、ゾロは踵を返した。
それに気が付いた看護士は「あら?」と振り返る。

「貴方もよ。ケガしているでしょう?」

親切な看護士は一見襲撃者にも見えないこともないゾロにも声を掛けた。たぶんゾロも海賊に襲われた人の一人だと思ったのだろうか。

「俺はいい。たいした事は無い、かすり傷だ。一旦、戻ってそいつの着替えを取ってくる。そいつの治療を頼む。」

そう言って看護士の返事を待たずに、病院を後にした。


これだけの騒ぎが起きたのだ。海軍が動くのは間違いない。
自分達の素性がばれないとは限らない。いや、間違いなくばれてしまうだろう。
ルフィ達は散々あの店に通っていた。場合によっては、襲った海賊と間違われてしまう可能性もあるのだ。自分達の身も危険だ。
サンジを置いてこの島を出ようか、とチラリと冷たいことが頭を過ぎる。
とはいえ、ログが溜まっていない。

だが、それ以上に気持ちが島の出航を許さないほどに怒りに満ちていた。





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2007.01.29.





う〜〜〜ん。なんとなく・・・ごめんなさい。m(__)m