過去と今と未来と2−19
ルフィが行くというのを騒ぎが大きくなるから、と敢えて自分が買って出た役目。 強いから問題ないだろう、様子を見に行くだけ、というつもりで船を降りた。 それが、どうだ。 一人戦うサンジを手助けしたのは、相手が海賊で街から離れた場所だから問題ないだろうと思った。 店が襲撃されたのも、自分達は関与していない。どちらかといえば、被害者側と言ってもいいだろう。とはいえ、海賊が起こした事件ということで、実際は関係ないとしても自分達が疑われる可能性は高い。元々、追われる身だ。 だが。 ログが溜まっていないので、この島から出て行くわけにもいかない。 しばらくはここから離れて身を潜ませていた方が賢明だろう。そして、ログが溜まれば人知れず出航するのが一番だということもわかる。 頭ではわかっている。 だが。 だが、このまま行けば騒ぎを起こさずにはいられないほどにゾロの身体中から怒りが溢れ出していた。 様子を見に行くと船を降りたのは、船長をはじめ、彼を心配している仲間達のためのつもりだった。 小さな島で。 知りもしないおやじとその娘と一緒に、何食わぬ顔をして暮らしていた相手。 もはや関係ないと思った相手。 自分の知らないところで幸せを掴んでいた相手。 恨みすら抱き始めていた相手。 その相手をこんな不幸に陥れた海賊に本来なら拍手喝采してもいいはずなのに、逆にその連中を地獄の底に突き落としたいと思うほどゾロの中は怒りに満ちている。身体から湯気が出そうだ。 こんな小さな島を手に入れて何ぼのもんだかわからないが。 その為に彼を泣かせるのは、許せなかった。 どうせ追われる身に代わらない海賊稼業、自分が騒ぎを起こしても今更だろう。 着替えを取りに行くと、一旦戻ると言ったその言葉に嘘をつくつもりはなかったが、ゾロの足は彼が今は住まいとし焼け落ちた店でもなく、自分達の住処としている船でもなく。 只管、殺気を纏う卑劣極まりない海賊達の塒へと向かっていた。 あのような連中が隠れ家としているところは大体察しがつく。 ゾロは無言でそこに向かっていた。 ルフィ達と約束していた内容すら忘れて。 「ゾロのやつ、遅いなぁ〜〜〜〜〜〜〜。」 呑気に欠伸を噛み殺し、ハンモックの上でゆらゆらしているルフィの上にカタンと音がし、僅かながらの光が入ってきた。元々灯りを点けているのでそう暗くは無い男部屋だが、上空から注がれる月明かりもまた、美しい光を注いでくれる。 が、すぐさま影と押し殺した声音がいまルフィのいるこの部屋を薄暗い部屋へと変貌させる。 「ルフィ・・・・・。」 上から頭のみを出してナミがルフィを呼んだ。 声に僅かながら緊張を含んでいる。 「どうした、ナミ。ゾロが帰ってきたのか?ゾロの足音もしなかったし、JJの声も聞こえなかったからまだだと思ったけど?」 「大変なの・・・・。ちょっと、来て。」 ルフィの質問に答えるでもなく、ナミはルフィを上へと呼んだ。 はてなマークを顔に浮かべながらよっこらせ、と腕を伸ばして勢い部屋から出る。 「見える?あの煙・・・。」 「火事か?」 「うん・・・・。ただの火事ぐらいだったらいいんだけど、そうじゃないの・・・。」 「?」 「それから、あっち・・・。」 最初、ナミが指を指した方向の、街から上がる煙とは反対方向に、こちらは煙ではなく赤い炎が上がっている。 「なんだぁ?今日はやけに火事が多いな。」 「だから、火事じゃないの。襲撃があったようよ、海賊の・・・。」 ルフィの目が細められる。 「襲撃?」 「うん、もう煙になっているけどさっきまで赤い火があがっていたから、ちょっと気になって街に降りたの。で、私、見てしまったの・・・。」 「何を?」 「あの煙・・・・サンジくんがいるお店から上がっていたの。」 ナミの言葉にルフィの顔色がさっと変わる。 「サンジくん・・・・出て行ってたでしょう?私たちが帰った後に上がった火だからサンジくんは無事だと思うけど。」 「おっさんとマリアは?」 ルフィに見つめられてナミは苦しげに言葉を発する。 「おじさん・・・・・殺されたわ。マリアは重傷で病院へ運ばれていったそうよ。近所の人から聞いた話だと突然、爆発があったそうよ。それで、叫び声なんかが聞こえて・・・大勢の男達が店から出てきて逃げていったって言うから、それが店を襲った海賊達だと思う。今、海兵が犯人を捜して街中をウロウロしているけど。」 ナミはまだ顔を海軍に知られていないから、問題なく船に戻れたという。が、いつまででもここに船を泊めておくわけにはいかなだろう。 しかも。 「私がここに戻ってからすぐ、あっちからも炎が上がったの。」 「あの火は、その海賊がからんでいるのか?」 ナミが2番目に指した炎は上がってまだ時間が経っていないのか、小さくなることはないように見えた。 「わからないわ。本当にさっき上がったの。そのお店を襲った海賊が関係しているのかどうかわからないけど、嫌な予感がする。」 「サンジと・・・ゾロか。」 コクンとナミは頷いた。 「サンジくんとゾロの行方がわからない。当然といえば当然だろうけど。」 ナミは視線を炎からルフィに移した。 苦渋に満ちた表情はずっと変わらない。 パチパチと何かが燃える音が遠く響いてくる。 それに同調するようにコツコツと靴が床を鳴らす音が二人の耳に届いた。 「お店を襲撃したのが、この島に入る前に見かけた海賊だろうが、私達もうかうかしてられないでしょうね。海軍が動き出してるなら。下手をしたら、店を出入りしていたから、私達が襲撃犯に間違われる可能性は大きいわ。」 「ロビン・・・。」 後から届いてきた言葉に振り返ると、そこにはロビンが静かに立っていた。 「聞いてたの?」 「えぇ、何だか物騒な気配がしたから・・・。それは船長さんも気が付いたのでは?」 ロビンがルフィの方を向く。真っ直ぐに見つめる視線にルフィはコクリと頷いた。 被っていた帽子を手に取り、見つめる。 「なんとなくだけど、あれはゾロだと思う。」 ルフィの勘は外れることはない。 「あれって・・・街からのじゃなくて、離れた方に上がっている炎?」 ずっと一見穏やかではあるが、徐々に緊張が高まっていくのがわかった。 「ロビンが言ったろ?物騒な気配がするって・・・。あれ、ゾロだろ?」 ルフィの言葉にナミが目を吊り上げる。 「あんな物騒な気配。始めてかもしれねぇ・・・。」 ルフィが腕をみるとプツプツと鳥肌が立っていた。 「だったら急いでゾロを探さないと!」 「でも、まだ帰ってこないんだろう?」 あっけらかんとした言葉でルフィはゾロが帰って来ていないのを改めて確認した。 「そうだけど・・・。でも、もし海軍に捕まったら・・・。」 「それは大丈夫だろう、ゾロなら。それにまだログが溜まってねぇから、どうせこの島から出られないし・・・。それよりも心配なのはサンジの方だ。」 ルフィの言うとおりだとナミは思った。 が、だからと言って船はここに停泊しておくべきではないだろう。正式な港に寄港しているわけではないにしても、浜辺にある。 店の襲撃のことを考え、ルフィの勘が当たっていればゾロも騒動を起こしているはずだ。もう少し人目につかない場所に移動すべきなのは、考えなくてもわかっている。 船を移動した場合、ゾロの帰還が心配されたが、元々、迷子癖があるのだ。船を移動しても移動しなくてもきちんと戻ってこれる保障はない。だったら船を移動しても問題はないだろう。 ナミは肩を落とした。半ば諦めたようだ。 「結局、ゾロが行っても一緒だったわね。騒ぎになっちゃったわ。」 ナミの気持ちを察したのか、ロビンは肩を竦めている。 ルフィは表情を変えないまま「仕方ねぇ。」とあっけらかんとしている。鳥肌をたてるほどゾロのことを感じているが、よほどゾロのことを信頼しているのだろう。 「サンジくん・・・・大丈夫かしら。」 改めて屍となったイネストロを思い出す。マリアはすでに病院へ運ばれた後だったので、詳しいことはわからないが、どちらにしても父親が亡くなったのだ。尋常ではいられないだろう。 最初に嫌悪の目でマリアに見られたのを、また再度受けることになるのだろうことは覚悟しなくてはいけない。 いや、それよりも今のマリアの心中を考えると居た堪れなかった。 暫く三人で遠く上がっている炎と煙を見つめていたら、上から声が掛かった。見張りをしていたウソップが叫んだのだ。 「ゾロだ!」 自前のゴーグルに手を添えて、目を凝らしているのだろう。もう片方の手はゾロがいるだろう方角を指しているようだ。あっちあっちといっている。 ウソップの声に反応して、三人は指し示す先を見つめた。 まだ遠く人影が漸くわかる距離だが、それがゾロだと誰もがすぐにわかった。 甲板に上がるゾロを見つめるナミとロビンは目を細めた。顔が顰めっ面になっているだろうこともわかったがそれを隠すつもりはない。それどころか口から発せられる言葉は不快極まりないと相手に告げる。 「街中、大騒ぎになってるじゃない!どういうことか説明して頂戴!!」 「・・・・・・。」 全身真っ赤になっているのはゾロ自身の血ではなく返り血であることは誰でもわかることだったが、その姿は体中から湯気を出しているのかと思うほどに凄まじかった。ルフィでさえ険しい顔をしている。 「ゾロ・・・・。」 船長が名前を呼ぶと、ゾロは申し訳なさそうに俯いた。 「ルフィ・・・・すまねぇ・・・。」 真っ直ぐに見つめてくる船長に素直に頭を下げた。 「お前がそうしたかったんだろう・・・。」 コクリと頷くとゾロは声は小さいがはっきりと伝えた。 「騒ぎになってみんなにはすまないと思っている。が、後悔はしてねぇ。」 「そうか・・・。なら、し方ねぇな。」 笑顔ではないが、ルフィはからりと答えた。 それに納得がいかないのは航海士の方だ。 「ちゃんと説明してよ。でないと、わからないわよ!場合によっちゃあどうにかして、すぐにでもこの島を出なきゃいけないのよ!街の中はまだ騒ぎが続いている?サンジくんはどうなったの?あっちにあがっている炎はあんたの仕業よね。仕掛けた海賊はぶっつぶしたわけよね?海軍には見つかったの、追われなかった?」 「わめくな。」 ぎゃんぎゃんとうるさく怒るナミにゾロはそれでも申し訳ないと思い、向き直った。 「街の中はまだ騒ぎが収まってねぇ、おっさんとおっさんの店は近所の連中がなんとかしてくれてるみてぇだ。娘とコックは病院だ、娘は命に別状はねぇようだが絶対安静だ。コックは今、ついている。」 ナミが相槌をうつと、視線を街から離れた場所に上がっている炎に移して話を続けた。 「確かに、あの上がっている炎は俺がやった。卑怯な海賊だったんでな、ぶっつぶしてきた。もう、誰一人残っちゃねぇよ。そっちは片付いた。だが・・・。」 誰かが、ため息を吐いた。 「海軍が動き出している。この島の海軍はわりとのんびりしてるって話だったが、さすがにこれだけの騒ぎになっちゃあほかっとけないだろう。」 「私達のせいになっているの?」 「わかんねぇ・・・。だが、やっぱもう街に降りない方がいいだろう。海兵がうろうろしていやがった。」 「サンジくんは・・・・。」 「あいつは・・・・、この島に置いていく。」 「サンジくんがそう言ったの?」 ナミが改めて確認をするとゾロは口篭った。 「・・・・・いや・・・。まだ、それは本人の口からきいたわけじゃねぇけど・・・・でも、娘が一人になっちまったんだ。ほっとかねぇだろ、あいつなら。」 ゾロは苦しげに呟いた。 それには他のメンバーも同意するしかないだろう。 「船を移動しましょう。とりあえず、ログが溜まるギリギリの位置でログが溜まるのを待って、溜まったらすぐに出航しましょう。」 ナミの言葉に反論するものはいなかった。 |
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2007.01.30.