過去と今と未来と2−20




3日もすればほとぼりは冷め、恐れ慄いていた住民にも漸く活気が戻ってきた。
もちろん、焼け落ちたイネストロの店はまた全てが片付けられていたわけではないが、それでも大きな瓦礫はほぼ退かれ、店があった場所の周りもそれなりの落ち着きを取り戻していた。
あれから特に街には異変はない。イネストロの店が襲撃された際に声高に届いた「今後、街は海賊のもの」という言葉も、当の海賊がその後ぷっつりと消えたため、ただの脅しだけだったと街の住人達は口々に囁いた。
イネストロの亡骸も、ありがたいことに心温かい近所の住人達により荼毘に付された。
その間、マリアはずっと病室で寝たきりだった。ケガの具合は、思ったよりも酷くなく、もう少しで退院できる程度だ。だが、マリアは、退院どころか病室から出ることさえできない。
それだけ精神的なショックがでかかったのだろう。




サンジはその間、マリアの世話をした。
彼にも帰る場所がないのもそうだが、何よりマリアの様子に心を痛め、なんとかして彼女を支えてやりたいという思いが強かった。
それは、恋人として当然といえば当然なのだろうが。時々、マリアを見舞いに来る近所の人間や常連客だった者からすれば本当に感心してしまうほどだった。
意識も入院後すぐに戻っていたのだが、目覚めても反応の薄いマリアを毎朝起こし、スプーンを口に運んで食事を取らせ、身体を清め、化粧を施し、話し掛けた。
それから10日経った今も、マリアはサンジに返事らしい返事を返すことはない。



「おはよう、マリア。今日もいい天気だよ。せっかくだから、今日こそ外に出てみようか・・・。」

肩に手を添えて、視線を窓へと促す。
ベッドに座ったまま、ぼうっとした表情で窓に目を映すマリアにサンジは微笑んだ。

「行ってみよう・・・。ね?」

返事はないが、ゆっくりと抱き上げ、今だ使われたことのない車椅子に座らせる。
とたん、虚ろな表情をした少女はいやいやと首を振った。

「や!・・・や!!」
「・・・・!・・・・ごめん。ごめんよ、マリア・・・。俺が悪かった。ベッドへ戻ろう。」

しまいには暴れだしそうになるのを抱きしめる事で押さえ、元いた場所へと身体を移す。
身体をベッドに横たわせ、そっと髪を梳く。

「まだ、外に出るのは、早かったかな・・・。」

寂しそうに呟くサンジに言葉にも、マリアはきょろりと瞳を動かすだけだった。


コンコン



静かな病室の中にノックの音がやけに大きく響いた。

「どうぞ?」

時々、気のいい近所の住人や常連客だった者が見舞いに来る。
さもすれば殺風景になりがちな白い部屋を華やかに彩ってくれているのは、そんな優しい人達から送られた見舞いの品の数々だった。
マリアの心が癒されるように、と淡い色で纏められた花束。マリアが好きだから、とガラスで施された透き通った動物の置物。笑ってくれたら、と恥かしげに持ってきてくれたぬいぐるみ。
そのどれもが、心温まる品々だった。

今日もそんな見舞い客の一人かと、サンジは微笑む。
が、ガチャリと開けられたドアから覗く顔を見て、サンジに緊張が走る。

「・・・・ナミさん・・・・。」
「お久し振りって言っていいのかしら・・・。サンジくん。」

看護士から話を聞いたのだろう、マリアに刺激を与えないようにそっとドアを開ける。

「どうぞ・・・。何もないけど。」

一瞬強張った顔を晒してしまって申し訳ない、と微笑みでベッド脇にある椅子を勧める。

返事がないのもかまわず、「こんにちは。」とマリアにも声を掛ける。
サンジには、見舞いの品だとピンクを中心に彩られた花束を渡した。

「ありがとう、ナミさん・・・。」
「マリアさんに似合う色ってこれかな・・・って思って。」

進められた椅子に座りながら、ナミはサンジを見つめる。

「どう、マリアさんの調子。」
「うん・・・・・。身体の方は徐々に回復しているって先生は言ってくれているけど、ちょっとショックがでかかった様で・・・・、今だ外にも出られないんだ。」
「そう・・・・。」

どうやりとりしていいものか、お互いに口が閉じられる。

「あ・・・俺、せっかくだからこの花、生けてくるよ。空いている花瓶、看護士さんからもらってくるから、ちょっと待ってて・・・。」

すくっと立ち上がるサンジにナミは「あ・・・。」と話すきっかけを失う。
やはりそっと開閉されるドアの向こうにサンジはすぐに消えてしまった。
ナミはドアの向こうに消えたサンジの後姿に小さくため息を吐く。
何をどうしていいのかわからずに、手をギュッと閉じたり開いたりした。

「やっぱり言えないわ・・・・・。」

ただ呆然と目を開けているだけの少女を見ると何も言えなくなるナミだった。

ナミが持ってきた花束は綺麗にマリアが見える位置に飾りつけられた。
それを見てほんのりと笑顔が戻ったような気になるが、一見、マリアの表情には変わりがないように見える。

「さすがサンジくん。綺麗に生けてあるわね。」
「そうかな・・・・。」
「憎まれ口叩かれてもいいから、早く元の元気なマリアさんに戻ってくれるといいわ。」
「ナミさん・・・・。」
「マリアさんには、ずっと付いているの?」
「ん・・・。マリアがこうなってしまったのも、俺の責任だ。もう、おやっさんもいないし・・・。一人きりになっちまったんだ。彼女を守るのが、俺の役目だよ。」
「大事にしてあげてね。」
「ありがとう。」

ナミは軽く笑うと、すくっと立ち上がった。

「じゃ、私これで帰るわ。」
「あぁ・・・。花をありがとう。」
「サンジくん。」
「?」
「元気でね。」
「うん。ナミさんも。」

お互いに目を合わせると、にこりと笑いあった。

来たときと同様にそっとドアを開けるとナミは静かに部屋を出て行った。
ナミが出て行った後の部屋はいつも以上に静寂さがサンジには感じられた。

「きっと出航なんだな・・・。」

なんとなく、サンジの口から零れた言葉に、マリアがピクリと反応したのは、サンジには気がつかなかった。






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2007.01.31.





別れっすか?・・・あれ?