過去と今と未来と2−21
コンコンと再度ノックの音が部屋に響いたが、そこにはマリア以外誰もいなかった。 そのため、返事が部屋からはなかったが、そんなことはまったく気にせず、ゾロはそのままドアを開ける。 ナミの時のような、気を使った優しい開け方ではないが、それでも乱暴にならない程度に配慮する。 「コックは、やはりいないな・・・。」 予想したとおりの部屋の様子に発した言葉は独り言にしかならない。 マリアの様子は、ナミや先ほど声を掛けられた最初にこの病院で出会った看護士に聞いている。 サンジが出かけたのもやはり看護士から聞いたのだが、彼がいなくても構わずにこの病室を訪れた。 いや、サンジが居なくて反ってよかったような気がした。 「意外と元気そうだな・・・。」 返事がないのは、承知で話しかける。 「今まで、見舞いに来れなかったのは悪かったな・・・・・。俺達も海賊だからな、あの事件の後、用心してずっと隠れていた。ナミもさっき来ただろうが、今日、やっと街に出たところでな。だが、この島とももうお別れだ。ログが溜まった。」 マリアの反応は当然ない。 「俺達はこれから出航する。・・・・・・・くそコックのこと。・・・・・・サンジ・・・のこと、頼むな。」 一旦目を瞑って一呼吸置き、ゾロの独り言は続く。 「本来なら、あいつが海に出るかどうかきちんと返事を聞くのが筋だろうが、こうなった以上、返事を聞くまでもないことはわかっている。俺達の船長が悲しんでいたが、大丈夫だ。俺とナミで説得した。だから、安心するといい。」 「あいつの夢、この海のどこかにあるというオールブルーを探すのは、俺達が変わりに果たそう。だから、この島で平凡な暮らしでいいから・・・・・、あいつを幸せにしてくれ。襲った海賊のことならもう心配ねぇ。片付けておいた。」 「この島で出会った最初は怒りさえ覚えた相手で・・・・今は離れてしまった関係だが、それでも、俺は今でもあいつのことを大事に思っている、俺はあいつの幸せを願っている。女にだらしなく、一見どうしようもないように見える男だが、あんたを大事にするだろう。俺には与えられない幸せをあいつに与えてやって欲しい。」 淡々と紡いだ言葉はマリアに届いたのかどうか彼女の表情を見ただけではわからないが、ゾロには、マリアの心には届いていると何故か核心できた。 コツとゾロは一歩前に歩み出す。 ベッドに座り呆然と壁を見つめているマリアに近づくと、小さな声で、改めて口を開いた。 「あいつに、・・・・サンジに伝えて欲しい。・・・・愛している、と。」 一瞬、マリアの頬がピクリと反応したように見えたが、それも目の錯覚か。 「じゃあな。幸せにな。」 フッと笑うとそのまま踵を返して、あっけないほどにあっさりと部屋を出て行ってしまった。 部屋に残されたマリアの表情はそれでも変わらなかったが、何故かその頬にはいつの間にか涙が流れていた。 暫くするとゆっくりとドアが開けられサンジが顔を覗かせた。 「ごめんね、マリア。遅くなってしまったね。ほら、さっき街に出た時にもらったんだ、マリアに食べさせてくれって。みんな、いい人だな。」 「美味そうだろ?」と、紙袋からりんごを取り出していると、部屋の様子がなんだかいつもと違うと感じる。 キョロリと眼を動かすと「あぁ・・・。」と一人納得する。 「あぁ・・・。剣士が来たのか。すれ違ったようだな。・・・・・ゾロには助けてもらったお礼もできなかったが、・・・・まぁ、いいか・・・。もう、会うことはないだろう。」 自嘲して目を閉じるがそれも一瞬のことで、改めてマリアにりんごを見せる。が、サンジの方を見向きもせず、マリアはずっとベッドに腰掛けたまま、ひたすら涙を溢していた。 「マリア!どうしたんだ?・・・・・一体・・・・・。」 りんごに気をとられてたのか、漸くマリアの様子に気づく。 今まで何をしても、何を言っても無反応だったマリアが涙を流している。サンジの言葉に身体を動かす事さえなかったのに、こんなことは、あの事件があってから初めてのことだ。 「マリア・・・・・。」 サンジには何があったのか、わからない。気が付いたら泣いていたのだ。 部屋に帰ってくる前から泣いていたとわかるほどに、涙の痕が服に染み付いている。一体、どれくらいの間、泣いていたのだろうか。 もしかして、ゾロが何か彼女にしたのか、と一瞬思ったが、乱暴なことをする男ではないのは記憶がなくてもわかる。 しかし、原因はわからないにしても、何かしら彼女の心が動いたことは確かだ。 不安と同時にサンジの中では嬉しさが込み上げた。 「一体何があったのかわからないけど・・・・、とにかく、涙を拭こうね。」 彼女の哀しみを取り除くべく笑顔を向ける。 声を掛けても当然のごとく返事はなかったが、とりあえず、部屋に取り付けてあるタオルを手にする。自分のもっているハンカチでは到底対応しきれないほどの水分が彼女の身体から出ていた。 ゆっくりと丁寧に彼女の頬を拭いていると、突然、ポツリと何かが耳に届いた。 「・・・・?」 「う・・・・・・・み・・・・・・。」 「マリア?」 「うみ・・・・。」 突然、発した言葉にさらに驚きを隠せないサンジの耳に再度、か細い声が流される。 「うみ・・・・。」 「マリア、話せるようになったんだね!・・・あぁ、マリア。本当に・・・。」 サンジは喜びを隠せない。もう何日も耳にすることのなかった美しい声を漸く聞くことができたのだ。 が、当人は、只管にサンジに訴える。壊れたテープのように、何度も何度も訴える。 「うみ。」 「海が何なの?マリア・・・。」 「い・・・・く・・・・。うみ・・・・・・いく・・・・。」 どうやら海へ連れて行って欲しいらしい。 病室に来てから初めて要求される内容にすぐにでも応えたいが、しかし、ずっと部屋に篭ったままなのだ。 先ほど、外へ行こう、と声を掛けた時から時間も経ち、すっかり身体が冷えてしまう時間帯になっている。 できれば今から海の見える場所へ行きたいが、今日は、もう遅い。 だが、マリアは何度も何度もサンジに伝える。 連れて行くまで頑として譲らないとばかりに。 「うみ・・・・。いく。・・・・・・海・・行く。・・・・・海、行く。」 先ほどの涙のように今度は言葉が止まらない。 嬉しさは隠せないが、サンジはどうしようかと逡巡する。 ここから連れ出さない限りマリアは納得しないだろう、となんとなくだが、彼女の様子から感じるとることができた。 「わかった・・・・。海の見えるところへ行こう・・・。でも、もう風が冷たくなってきたから、ちょっとだけだよ?いい?」 そう話しかけると、こくり、と頷いた。 こんなにすぐに反応を返せるもの、本当に久し振りだった。 マリアの頑なさに、サンジは嬉しさと同時に新たな不安が湧き上がったが、彼女の手前、それを顔に出さないように努めて身支度を始めた。 |
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2007.02.04.