過去と今と未来と3−20




ガチャリ


昨日、帰り際に教えてもらった裏口の扉を開けると案の定、鍵は掛かっていなかった。
午前中という時間帯を考えれば開店まではまだまだ早いし、基本レストランとは違うので仕込みもさほどない。いなくても不思議ではなかったのだが、なんとなく店にはあの老マスターがいるのがわかったのだ。

「ちわ〜。じぃさん。いないのか?」

扉は大きな音を伴って開いたので、店にいる限りは誰かが裏口から入ってきたのはわかりそうなものだが、返事はなかった。知ってあえて気にしていないのか、それともやはり、わからないのか。

「どちらにしても、あんな稼業をしているにしては、無用心だな・・・。」




やはり、性にあっていないんじゃないか、と思う。
確かに、麦わら海賊団が島に着いた情報を逸早く手にしていたこととなどを考えればネットワークはしっかりしているし、店の常連とも言える連中はプロとは言えないまでも、それなりに手練れが多いようにも見えた。
もちろん、あの老マスターも裏稼業での仕事も長いだろう店の作りと自分達が店に入った時の注意深さ、観察力はそれなりにあると思える。が、裏の仕事が大きなことの割には御粗末なレベルと言えよう。本人に言わせれば、「そんなことはない。」と皺がれた顔を歪めるだろうが・・・・・。
それに、過去、ロイのしつこさに根負けして容易にいち一般人に『煙草』を渡してしまう情の脆さ、そして、危険はないと判断しても初対面の海賊である自分にあそこまで設備を見せてしまうほどの人間を容易く信じてしまう優しさ。
ただの用心深い飲み屋の店主ならそれでいいのだろう。
が、悪党連中と多く取引し渡らなければならない商売をするには、ちょっと優しすぎる面と脆すぎる面があるようにサンジには思えた。
きっとあの老マスターの元々の性分がそうなのであろう。
そんな根っから悪党になりきれないだろう人間が、それだけ裏の仕事をするにはきっとそれなりの訳があるはずだ。踏み込んではいけない訳が。
なんとなくだが、きっと毎日毎日、神経をすり減らして生きているのだろう、と思われた。

だったら。
自分はただの通りすがりでしかないが、そのほんの僅かの期間でも、その老人がのんびりと飲み屋の一店主でいられる時間を増やせれたらと思った。
何も力にはなれないが。



裏口から通路を渡り、店内に続く扉を改めて開けようとして、明かりが扉から漏れているのが、見えた。

「やっぱ、いるじゃねぇか・・・。無用心だな・・・。」

軽く笑って、ノブに手を掛けると話し声が聞こえた。なんだか切羽詰ったような声音に思わず、ノブを取った手にギュッと力が入る。

「なぁ、じぃさん。わかってんだよ、あんたのところに『クスリ』があることは。俺に売ってくれ!いくらでも出す。」
「なんの話じゃ。儂ゃそんなもんは、知らん。他を当たってくれ・・・。」

僅かな隙間から覗くと、見知らぬ男が老マスターに詰め寄っている。どうやら、老マスターから例の『煙草』、いや、『煙草』の形態ではないだろうが、『クスリ』を買おうと店にやってきたのだろう。

「どうしても・・・どうしても彼女が欲しいんだ!その為には、アンタが持っている『クスリ』が必要なんだ!」
「そんなもん、別にそのお前さんが言っておる『クスリ』なんてもの、使わなくともできるじゃろうが?」
「ダメだ!それじゃ、ダメなんだ。彼女には、もう決まったフィアンセがいるんだ。だから、彼女を手に入れるには、アンタが持っている『クスリ』が必要なんだ。あるんだろう?その『クスリ』!なぁ、いくらでも払うから売ってくれ!」
「そんなもんは、ないよ・・・・。仮にあったとしても、そんなもんじゃ、その彼女はお前さんの手には入らんじゃろう・・・。気持ちまでは手に入れれんよ。」

諭すようにゆっくりと話す老人の言葉は、必死に食い下がる男の耳には入らないのだろう。
尚も身体をカウンターの上に乗り上げる勢いで食い下がる。

「大丈夫だ。その『クスリ』がありゃあ、絶対彼女は俺のもんになるんだ。彼女も実は俺に惚れているんだ。ただフィアンセが彼女を手放さないから、彼女は俺のところに来れないんだ。フィアンセは島の有力者で・・・。彼女は、俺が力づくでその男から彼女を奪い去ってくれるのを待ってるんだ!!」



いろいろ勝手抜かしてんな・・・。なんだ、こいつは・・・?



何やらその男の妄想も入っているような勝手な話にサンジはため息を吐いた。
が、ふと眉を寄せる。



もしかして・・・・・ロイと同じような輩か?



サンジは眼を細めて改めて店内を覗いた。
男は老人の腕を掴んで離さない。
サンジの脳裏になにやら嫌な感覚が過ぎった。



もしかして、こういう奴らって結構いるんじゃないのか・・・・。



終わらないやり取りを前に、サンジは店内へと足を踏み入れた。
バタンと大きな音が店内に響き、半ば争いかけた二人が揃って音の発生源を見つめて驚く。
老マスターの腕を放さなかった男は突然現れた見知らぬ男に眉を顰め、老マスターはサンジだとすぐにわかったらしく一瞬ホッとした顔をするが、それもすぐに潜めて咋に嫌な顔をした。

「よう。また来たぜ?」
「お前さん・・・。もう、ここには来ないと思ったんじゃが・・・・一体、何の用じゃ!」

目の前の男の存在を忘れて、老マスターはサンジに向き直った。

「あ〜。いや・・・。ただの客として来ただけだ。酒を飲みに来ちゃいけなかったか?」
「まだ開店前じゃろうが・・・。酒が飲みたいんじゃったら、それから来るんじゃな。」

予想出来た反応だった。素っ気無く答えるのにサンジは苦笑する。

「俺より先に帰ってもらう客がいるんじゃないのか?」

顎で先ほどからサンジの方を睨みつけている男を指す。
老マスターが大きくため息を吐いた。

「そうじゃったな・・・・。悪いが、お前さんにも帰ってもらおうか。ここには、お前さんの言うようなもんはないよ・・・。」

サンジが店内に来ただけでその場の空気が変わったのか、いや、赤の他人には知られたら拙いと判断したのだろう。先ほどまでガンとして譲らなかった男は諦めたように俯いた。
俯いてしまった男は覇気がなくなった所為か、どこにでもいるような、ごくごく普通の男にしか見えない。背もそう高い方ではないが、スラリとして顔立ちも割りと整っている。性格まではわからないが、色男とまではいかなくとも女に嫌われるような風貌はしていない。一見すれば、『クスリ』に手を出すような悪党には見えないし、好きな女を『クスリ』を使って攫おうとしているような大胆な行動を取るようにも見えなかった。

「わかった・・・・。今日は、帰るよ・・・。」

ポツリと溢して、そのままサンジの入ってきた扉から店を出て行った。

「裏口はその扉を出て、直ぐ正面にある扉を開けるだけじゃ。真っ直ぐ帰るんじゃよ。」

老マスターも冷静さを取り戻したのか、穏やかな声をその男の背に言葉を掛けた。

「あぁいう輩がここ最近、多いんじゃ・・・。一般人には、関わらせたくないんじゃが、一体どうしたもんか・・・。」

肩を竦めてカウンター内にある椅子にドカリと座ると、チラリとサンジの方に視線を向けた。

「で・・・・俺はいていいの?それとも、俺も帰んなきゃいけない?」

ニコリと屈託のない笑みを向ける。
老マスターも釣られて笑った。

「あぁ、酒を飲みに来たんじゃったな・・・。まだ開店前じゃが、まぁ、いいじゃろう・・・。何を飲むんじゃ?」
「ん〜〜〜。じぃさんに任せるよ。」
「こんな時間じゃ。昨日のより薄めに作っとくぞ。」

サンジも老マスターの正面の席に腰を落とした。老マスターは頷くと、昨日と同じだろう酒を作り出した。

「あぁいう輩って・・・。ロイやさっきの男のような連中はよく来るのか?」
「お前さんには関係ないことじゃろうが。」
「そう言うなよ。今更隠すようなことでもないだろ?」

屈託のない笑顔で顔を上げると、老マスターは「そうじゃな。」と呟いた。
何事か考える風でも仕事に対してはやはり長い経験のなせる技か、手際良く酒を選びグラスに注ぐ。

「ここ半年ぐらいかのぅ・・・。ああいう輩が来るようになったのは・・・。」

サンジはじっと老マスターの動向を見つめる。

「お前さんの時の場合は、『煙草』の形態じゃったが、まぁ、同じもんじゃ。・・・・あぁやっての、『クスリ』を使って好きな人を手中に収めようとするんじゃ。それも何故か必要以上に大量に買って行くんじゃ。まるで監禁しとるんじゃないかってぐらいの・・・。中毒性はあるんじゃが、まぁ、あの『クスリ』自体に惚れ薬のような作用はないから、そういう形でしか好きな人を手に入れられないんじゃろうな・・・・。」

ため息まじりにグラスを差し出した。
カランと音を立てたそれを受け取りながら、サンジはさらに質問を続けた。老マスターも、もはや何の躊躇いもなく答える。

「今までどれぐらいそういう人間が来た?」
「どれくらいじゃろうのぉ・・・。あんたの男から始まって・・・・・すでに20人は超えておろうと思うが・・・。」
「ロイが来てから半年以上は経って、その数か・・・。月に3人以上同じような人間が・・・?一般の人間ばっかなんだろう、そういう連中は。海賊や裏稼業の人間ならいざ知らず。いくら何でもそりゃ、多くないか?同様の手口を使おうってやつが。」
「そうじゃのぉ・・・。そういった噂が立っているのかと思っておったが、改めて考えれば、多いかもしれんの・・・。」
「噂でも・・・その手口が上手く機能しなかったら噂にもならんだろうが、惚れ薬でもないのに、惚れた人が手に入る話になっているってのは、不自然な気がするが。」
「全部が全部、近海の島の連中じゃないじゃろうが、誘拐や監禁が増えたって話も聞かんしの・・・。」

一旦、二人して考え込むように黙り込む。
老マスターは腕組みをしながら、何か思うところがあるのか、皺だらけの顔にさらに皺を寄せた。
サンジは伺うように老マスターの顔を見つめると、思いついたように言葉を発した。

「またさっきの男が来たら、それを売ってやってくれないか?そいつは俺が尾けて探りを入れる。なんだか、この一連の連中には裏があるような気がするんだ。」
「何でそう思うんじゃ。」
「ま・・・・海賊の勘ってやつかな?」

ニカリとサンジは笑った。
  





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2007.12.12.